導帝転生 〜仕方ない、世界を救うとしよう。変態の身体だけど〜

飛びかかる幸運

1 - 1 「生まれたままの姿で」

 ――気付けば、そこは森の中だった。


 衣類も何も身に付けていない。

 あるのはその身一つのみ。

 大自然に囲まれたそこに、春人ハルトは生まれたままの姿で――


 浮いていた。


 これはどういうことだろうか?


 まず全裸である点にツッコミを入れたい。

 転生先の肉体は赤児という訳ではなく、成人した身体だ。

 よく歴史書の絵で見るホモ・サピエンスですら粗雑な皮の腰布を巻いている。

 最近ではホモ・サピエンスでも身体の大部分を覆う服を着ていたとされる研究報告すらある。

 それなのに転生した先の器は、人の身でありながら何一つ衣類というものを身に付けてはいないではないか。

 衣服を身に付ける行為は人類だけの特徴だと思っていたのだが、それは間違いだったということだろうか?

 ――ふむ。

 それが、仮に人一人いないプライベートビーチだとか、お風呂の中とかであれば納得できた。

 だが、どうだろう。

 目の前には冒険者風の格好をした女性が3人、こちらに気付く様子もなく歩いている。

 何かが可笑しい。

 いや、違和感しかなくて状況が正しく飲み込めていないと言う表現の方が正しいかもしれない。

 その三人の後を、春人ハルトは両手と両足を大の字に広げながら、ゆっくりと接近していた。

 足音も立てず、ふわふわと浮かびながら――


 そう、浮かんでいるのである。


 想像して欲しい。

 その姿が如何に恐ろしいことになっているのかを。

 側から見たら…… いや、側から見なくともそれは異質な光景だった。

 仮に赤の他人、または友人でもいい。

 成人した肉体を持つ人間が、大の字になりながら空中を全裸で漂って来たとしよう。

 どう思うか? 

 俺なら逃げる。

 全力で逃げる。

 それが友人だった場合、見なかったことにするかもしれない。

 その異様な光景は、見る者全てに言葉に表しようのない恐怖を与えたことだろうと思う。

 幸いなことに、どう言う原理か分からないが、目の前を歩く女性冒険者の三人は、後ろから全裸で忍び寄る変質者に全く気付く様子はなかった。


(待て待て、これどういう状況? 何これ…… 何かの冗談? ちょ、ちょっと一回冷静になろう。ふぅ。はぁ…… ダメだ。訳が分からん。というか、この状況を受け入れたくない。この先、自分がどうなるかなんて考えたくもない! うぉおおお! やっぱり良く考えなくてもこの状況不味いって! 死ぬ死ぬ! 振り向かれただけで社会的地位が死ぬ! 一発即死! 翌日のニュースで報道されるレベルの変質者だよ! 真っ当に生きてきた見返りがこの仕打ちかよっ! くそくそくそぉおおっ!?)


 必死に身体を動かそうとするが、全く動かせる気がしない。

 まるで金縛りにあったかの様に、眼以外は何も動かせないでいた。


(どうするどうするどうする!?)


 俺は金縛りで動けず、全裸で大の字のポーズ。

 ありえない体勢のまま、空中に浮きながら移動してる。

 目の前には女性が三人。

 背後を浮遊する変質者には気付いていない。


(落ち着け、取り敢えず落ち着こう…… い、いや、無理無理無理! この状況で落ち着ける訳がない! このまま目の前の女性が振り返ったらどうする!? 確実に捕まって牢獄行きだよね!? むしろその場で斬り捨てられる可能性すらあるよね!? な、何とかしないと……)


 春人ハルトは顔を真っ赤にしながら、それこそ青い血管が浮き出るくらいに力を込め、身体を動かそうと力み続けた。


 その結果――


 パリーンと頭の中に何かが響き――


 身体を浮遊感が襲った。


(う、うおっ!? な、何!? 落ちる!?)


 ふらつきながらも何とか着地に成功する。

 どうやら金縛りが解けたらしい。

 だが、問題はそこじゃなかった。

 金縛りは解けたが、最悪な状況は変わっていなかった。


 春人ハルトが地面に着地すると、目の前の女性達が身体を硬直させたのが分かった。


(うぉおおおお、やばいやばいやばい気付かれた! どうする!? どうすんの!? 振り向かれるぞ!? み、見つかる! このままじゃ見つかっちまう! そ、そうだ! 逃げよう!! 顔を見られる前に逃げ……)


 その場から逃げようと足に力を入れて気付く。

 身体が硬直していて力が入らない。

 というより全く動く気配すらない。

 まさかの金縛り再来である。


(ひぃっ!? 無理無理無理、バレるバレるバレるぅううう!?)


 時が酷く遅く進む世界で、春人ハルトは走馬灯のように転生前のことを思い出していた。



 ――――春人ハルトがこの状況になる数分前。



 コンビニの店長だった春人ハルトは、店の物を万引きしようとして逃げた客を追い掛け、捕まえた。

 そこまでは良かったが、捕まえた客が隠し持っていた包丁で腹を刺されてしまった。

 33年間、結局彼女も出来ず、それでも真っ当に働き、最後は万引き犯に刺されて生涯を閉じる。

 そんな自分の半生を、春人ハルトは冷たいアスファルトの上で大量に血を流しながら、薄れゆく意識の中で他人事のように振り返っていた。


 会社勤めだった頃、傲慢な上司の為に気を使うのが嫌だった。

 辞めたいなら辞めてもいいんだぞ?と言わんばかりの態度が春人ハルトの精神をすり減らした。

 それでも数年勤めたが、結局は我慢出来ずに辞めることになる。


 それから少し経ち、春人ハルトはコンビニの店長へと立場を変えた。

 これで嫌な上司におべっか使わずに済む。そう考えて張り切って始めた春人ハルトだったが、今度は雇ったバイトの為に精神をすり減らすことになった。

 結局は、仕事と人間関係は切っても切れない関係なんだなと、一人溜息をつく日も少なくない。

 それでも、前の職場のときのような、傲慢な上司にはなるまいと、バイトの要望は出来る限り呑むようにした。

 その結果、春人ハルトの労働時間は過密を極め、もはや何のために生きているのか分からなくなる程になった。

 特に大型連休時にはピークに達し、実は自分がレジの一部なんじゃないかと本気で思ったりもした。

 それくらいの精神状態だった。

 働き過ぎにより精神状態が不安定になり、自分の人生に対して半ば自棄になっていた春人ハルトが、万引き犯を捕まえることのリスクを完全に無視して、普段はしないような行動に出たのも無理はないだろう。

 だが、その代償は大きかった。

 赤黒い命の水が、止まる事なく外へと流れ出て行く。

 その上に力なく横たわりながら、血って結構温かいんだなぁと馬鹿な事を考えていた春人ハルトは、意識が途切れる瞬間、こんな事ならもっと自分の好きなことをやって自由に生きるんだったと後悔しながら瞳を閉じた。

 目の前が闇に包まれ――

 その直後、眩いくらいの白い光に包まれた春人ハルトは、次の瞬間、純白の翼を背中から生やした女性の前で棒立ちしていた。


 その天使のような女性とのやりとりは、残念ながら今となってはあまり覚えていない。

 夢から覚めた時、直前まで見ていた夢の内容が思い出せなくなるのと同じ感覚だ。

 だが、断片的ではあるが、覚えていることもある。


 まず一つ目は、異世界に転生できるということ。

 だが、赤子からのやり直しではなく、同じ年齢で突発的に死んだ肉体への成り代わり転生となる。


 二つ目は、異世界で生き抜くためのギフトと呼ばれる異能を得られること。

 これは生前での行いが良ければ良い程、強力な力が手に入るとのことだが、残念なことに、春人ハルトはギフトが得られるギリギリのラインだった。

 そのため、授かるギフトを選ぶことができなかったのだが、それでも十分だと、その時の春人ハルトは感謝した。


 そんな感謝の気持ちも、転生後僅か1分で後悔に変わるとは、その時の春人ハルトには夢にも思わなかった……


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