忘却の焔

陰東 一華菱

夢か現か

 ヒュウ、と喉の奥が鳴る。頭の芯がぼんやりして、もやっとした嫌な気持ちになった。
 何ともいえない倦怠感。ズシリと誰かに乗られているようなそんな重たい身体を丸め込んで、きつくシーツを握り締める。軽い吐き気に、眩暈。ふわふわと身体が浮いているようで気持ち悪い。

 あぁ、まただ。またあの発作が起きた。ここしばらく何とも無かったのに……。

 浅く繰り返す呼吸に、額から汗が流れ落ちていく。
 襲い来る不安に胸が押しつぶされそうになりながら、ただひたすら息苦しさと寒気と酷い倦怠感に耐えていた。

「マーヴェラ様!」

 様子を見に来たドリーが、ベッドで横たわって丸くなっていた私の異変に気が付き、血相を変えて駆け寄ってくる姿が視界の端に映る。

 今、一体何時なの……? 私、今、どこにいるんだろう……?

 空ろな眼差しでドリーを見上げるも、声が出てこない。
 とても寒くて、暖かくして横になったはずなのに身体の震えが止まらなかった。
 その私に、ドリーは手馴れた様子でゲーリ先生が処方してくれていた薬をベッドサイドに置かれていた引き出しから取り出し、私に近づいてくる。

「マーヴェラ様。お薬ですわ」
「……っ」

 震える身体を起こしてもらい、焦点の合わない視界の中でやっと手に薬を持たせてもらいそれを口に捻じ込む。
 気持ち悪くて、本当は何も口にしたくない気持ちだったけれど、今はこの発作を止めなくては話にならない。
 ドリーの手に握られた水のカップを握り締め、彼女に手伝って貰いながら水を含んで何とか飲み下す。

「時期に熱が上がってきますわね。医師を呼んで参りますから、横になっていてください」

 ドリーに促され、もう一度ベッドに横たわった私は、震えの止まらない身体を抱きしめるようにして目を閉じた。

 身体の芯は燃えるほどに熱いのに、震える体はとても寒い。
 ひゅうひゅうと鳴る喉に、呼吸のし辛さが追い討ちをかけてとても苦しかった。

 はやく、この発作が治まればいいのに……。

 ギュウッと抱きしめる身体に力が入る。
 こうなるといつも頭を過ぎるのは、「もしかしたら自分は、このままどうにかなってしまうんじゃないか」と言う不安感だった。
 その不安を無理やり揉み消すかのように、ぐっと歯を食いしばって目を閉じて耐えている内に、いつの間にか私は夢を見ていた。


                 *****


 真っ暗い空間にぽっかりと丸く空いた穴からは、鬱蒼と茂る森の木々が覗き見える。
 風が吹くと木々の葉はざわめき、同時に何かが焼けているような焦げ臭い臭いがしてきた。
 夢を見ているのに、この鼻先を掠める焦げ臭さとぬるい風がやけに現実味を帯びていて動揺してしまう。

 はやくこの穴から出なければ。

 そう思うものの、体が言う事を利かず動けない。
 夢の中の私は酷く焦って、何とかして身体を動かそうと試みた。でも、ビクともしない。

 このままでは、焼け死んでしまう!

 死にたくない一心で、声を出そうと口を開いた。

「助けて」

 そう言おうとしていたのに、私の口から発せられた言葉は言葉ではなく、まるで獣のような唸り声だけだった。
 やがて、パチパチと木の爆ぜる音がハッキリと耳に届いてくる。

 あぁ、もう駄目だ。もう助からない。

 諦めかけた瞬間、穴を塞ぐように黒い影覗き込んできた。

 ――子供?

 迫り来る火の恐怖と漂い始めた煙を吸い込んで、頭と視界が朦朧としている中でこちらを見て驚いている女性の姿が見える。
 影になっていて顔は分からない。それでも、相手が女性だと言う事だけは分かった。
 女性は穴の中にいる私に向かって手を伸ばし穴から助け出してくれる。その時、焦げ臭い臭いの中によく知っている香りが鼻先を掠めた。それが何であるのか、今は分からない。

 ――あら、この子はもしかして……? でも、確かあの一族は滅んだはずじゃ……?

 女性はこちらを見た瞬間、驚きを隠しきれない表情を浮かべてそう呟く。
 彼女が何を言っているのかは分からない。ただ、女性は困惑しながらこちらを見つめ、やがてきゅっと口を引き結ぶとそっと私の額に手を当てた。

 ――記憶を消しましょう。血の記憶を。その方があなたの為だわ。

 何を言っているの? 血の記憶って、何? あなたは、誰……?

 遠のく意識の向こうで問いかけるも、それは彼女には届かない。
 霞む視界に、ほんの僅かな時間見えたのは、栗毛色の巻髪をした鋭くも優しい目をしたその女性の顔だった……。

                  ****

「マーヴェラ」

 ふと至近距離で名を呼ばれ、閉じていた目をゆっくりと開くと、そこには手を握り締めたまま見つめてくるリーナの心配そうな顔だった。

「……リーナ」

 まだぼんやりとする頭で名を呼ぶと、リーナは心底ホッとした顔をして笑みを浮かべる。

「良かった。いつもより発作が強く出ていたから、凄く心配してたのよ」
「……」
「マーヴェラ。大丈夫か?」

 さらりと頭を撫でる、暖かくて大きな手に気付き緩慢な動きでそちらに目を向けると、リーナの隣で同じようにこちらを見つめているムーの姿もあった。
 ゆっくりと頭を撫でて緩く微笑む彼の顔を見ていると、ぎゅっと胸が苦しくなる。

「ムー……」
「ん? どうした?」

 鼻先を掠める彼の香りは、昔から変わらない。
 そう言えば、さっき夢で見た女性からも同じ香りがしたような気がした……?

「夢を、見たの……」
「夢?」
「……私が何かの一族の生き残りだって……そう言っている女性がいたわ……」
「……!」

 私の言葉に、ムーはぎょっと目を見開いた。その表情はとても険しくて、少し怖い印象を受けた。
 なぜそんな顔をするのか分からない。ただ、今は眠たくて仕方がなかった。
 再び襲い来る眠気に抗えず、私はまたゆっくりと瞼を閉じて眠りに引きずり込まれてしまったのだった。

 

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