忘却の焔

陰東 一華菱

動き出す陰謀

「赤色の髪に緋色の瞳か……。その情報が確かなら、ルイン一族の生き残りと言う事になるのだな」

 暗い玉座の間で深々と椅子に腰を下ろしていた男が、たっぷりと蓄えられた顎鬚に意地悪そうな目元を眇めて口の端を引き上げて呟く。
 強張ってごつごつとした大きな手を椅子の手摺に置き、恰幅の良い体格をしたこの男はこの国の現王トルディである。そして、その隣に堂々と座っているのは彼の息子であるアルトスだった。

 アルトスは齢16歳と言う年齢ながらすでに威厳を感じられ、目の前に跪いているゲオを睨むように見据えたまま無表情だった。
 トルディは近頃、病により体が思うように動かせずこうして椅子に座っていることが多い。
 近い内にアルトスに王位を譲る事が決まり、次期国王として必要だからと、こうして傍に座らせている。

 トルディは顎鬚を撫でつけながら、意外そうに呟く。

「リディルもたまには役に立つな」
「まだこれからですよ。王子はどうやら、その娘に惚れているようでしたから」

 ゲオの言葉にトルディは一瞬目を見開いたが、すぐに肩を揺らして笑い出す。
 さもおかしげに笑う父王の姿を横目に見るアルトスは、無表情のままだ。

「あのリディルがルイン一族の生き残りに熱を上げたか。女には不自由をしていないと思っていたが、つくづく強欲な男だ。そう言うところは、さすが我が一族の血を継いでいると言える」

 皮肉めいた言葉を吐きながら、トルディはひとしきり笑うと満足そうな表情で呟く。

「ならば存分に役に立ってもらうとしよう。その娘に熱を上げているのだとしたら、こちらからけしかけずとも、奴はデルフォス通い詰めるはず」
「そして娘も王子に心が傾けば、私達は手を汚す事も無くデルフォスの弱みを握る事になる……」

 ゲオの言葉に、トルディはニヤリと笑い深く頷く。

「そう言うことだ。我々は長くデルフォス管下に置かれている。その立場を逆転させる可能性が見えてくるだろう。ここは一つ、リディルに期待しようではないか」

 しばらく奴をそのまま泳がせておけ。と言うトルディの言葉に、ゲオは深く頭を下げてその場を立ち去った。

「運はこちらに向き始めている……。アルトス、よく見ておけ。これからのこの国の行く末と、デルフォス権力失墜の瞬間をな」

 くぐもったように笑うトルディに、アルトスもまた口元に笑みを浮かべた。


                *****


 抜けるような空の青さと、心地よい風が大地を吹き抜けて行く中、大きく息を吸い込む。
 草木の香り、お日様の香りが胸いっぱいに広がり、これまでの鬱々とした気持ちを取り払ってくれるかのようでとても心地よかった。

「姉上ぇ~! ちょっと、待って下さいぃ~!」

 遥か後方で情けない声を上げているラディスが、まだ慣れていない馬の手綱を握り一生懸命に追いかけてくる。
 朝食を終えてから乗馬レッスンに行くというラディスに付き合って、私も自分の愛馬のジェミニに跨り草原を駆けていた。

「ラディス! 早く! 置いてっちゃうよ!」
「ま、待ってぇ~!」

 半べそ気味のその声に、思わず笑ってしまった。
 将来はデルフォスの王様になろうと言う子が、そんな涙声の情けない声を上げていると知ったら、きっとアリスは目くじらを立てて怒るだろうな。

「一国の王となる人間が、そんな事ぐらいで泣き言を言うだなんて末代までの恥だわっ!」
 とかなんとか。

 アリスと言うのは、ムーの妹に当たるパティと、デルフォス軍の総司令官であるクルーの間に生まれた一人娘の事。ラディスの三つ上の従姉に当たる、ちょっと強気でおしゃまな女の子だ。彼女は将来、父の座を引き継いで総司令官になる事が夢らしい。だからこそ、次期国王であるラディスにはしっかりしてもらいたいと、子供ながらに堅実的な考えを持っている子だった。

 馬を止めて待っていると、ひぃひぃ言いながらようやく追いついてきたラディスは肩で大きな息を吐いていた。

 気弱な性格もさながら、体力もないだなんて……。これじゃ、アリスに怒られても仕方ないかも。

「ラディス。あなたちゃんと体力作りしてる?」
「し、してますよ。クルー叔父や、あと時々父上に剣術の稽古をつけて貰ってます」
「ふぅん。でももっと体力つけなきゃ駄目ね。心身ともに強くならないと」

 その言葉に、ラディスは僅かに眉間の皺を寄せた。
 そんなの言われなくたって分かってる、とでも言いたげなのに、絶対に口には出さない。

「でも、姉上を守る為だったら僕は頑張れます。あ、姉上は僕の……将来のお嫁さんになる人ですから……」

 むくれたように口を尖らせていたかと思うと、僅かに頬を染めてそっぽを向きながらラディスは一人前な事を口にする。

 そんな台詞どこで覚えたの? それは好きな子に言ってあげれば効果覿面なのに。

「う~ん……。ラディスが結婚できるくらいの年齢になったら、私おばさんになっちゃうわ」
「いいんです! 姉上なら僕は気にしません!」

 あんまりにも真剣に食い下がってくるラディスに、私は困ったような笑みを向けた。

 どう言ったらいいのだろう。とても悩む……。

「お嫁さんになれるかどうかは分からないけど……でも、期待してるわ」

 血の繋がりはなくても、一応姉弟と言う関係がある以上結婚する事は出来ないのを、ラディスはまだ分かっていない。
 彼の花嫁にはなれないけれど、強くなって私を守ってくれるというのなら、それは大いに期待しようと思う。
 そんな言葉で納得してくれるかどうか怪しいとは思ったけれど、彼は「期待している」と言う言葉がよほど嬉しかったのか、満足そうに微笑んでいた。

 こんな単純なところが、本当に可愛いと思う。だからこそ、少し苛めてみたくもなったりして……。

「じゃあ、ここからお城まで競争しましょ。先にお城に辿り付く事が出来たら……私のおやつをラディスにあげる」
「え! ほんとですか?」

 おやつに釣られるだなんて、まだまだ子供ね。

「よーし、じゃあ行くわよっ!」

 私は馬の腹を蹴り、その場から真っ先に走り出す。すると出遅れたラディスも慌てふためきながら馬の腹を蹴り、一生懸命後ろから追いかけてくる。

「あ、姉上ぇーっ!」

 ぐんぐん突き放されていく距離に、早くもラディスは情けない声を上げていた。

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