異世界でマンション経営 - 異世界だろうと金が物を言うことに変わりはない -

霧谷霧夜

鍛錬

「……なんでマトモに剣も触れないんですか? 男なら筋力くらいある程度鍛えておいてくださいよ」

「ほら、俺って平和主義だから……」

「主義があるなら、それをまっとうするためにも最低限の筋力は必要です」

 呆れたようにため息を吐きながら言うアリシア。
 昨日はあれから、あの薄暗い部屋に布団を敷いて寝た。日本人である俺は布団を敷いて床で寝るのに慣れていたから特になんとも思わなかったが、異性二人とひとつ屋根の下で寝るなんていう経験が今まで無かったため多少の緊張が無くはなかった。……が、色々あって疲れていたためかぐっすり眠れた。
 あそこの部屋はただ俺を捕まえておくための部屋だったらしく、普段は別の場所で暮らしているらしい。クラウに関する一件が済んだらここを去ると言っていた。
 それさはさておき、朝になり、用意されていた黒くて固いが決してまずくはないパンを食べてから、日当たりの良い丘でアリシアに鍛えられている――が、先ほどから呆れられてばかりだ。

「あのさぁ、これって魔法でなんとかなったりしないの? 例えば、筋力増強魔法とかさ」

「たしかに筋力増強魔法は存在しますが、私たちに魔法は使えませんし、あれは元の身体能力に比例して筋力が強化されるのであなたの筋力では使えたところで大した効果は得られませんよ」

 クッ、異世界なんだから細かいことくらいパパーッと解決させてくれよ。魔法あるのに使えないとか生き殺しみたいなもんだろ……。

「でもさー、作戦決行は夜なんだろ? 夜なら、『冥王』の力使えば何とかな……らなかったけどさ、アレでダメならどうしようもなくね?」

 言ってから、自分のミスに気付いた。いや、正確には気付かされた。徐々に寄せられていくアリシアの眉間のシワによって。

「なぜ、あなたみたいなのをこの作戦に参加させなければならないのかが甚だ疑問です。シャドーさんの指示でなければ、あなたなんてどこかに捨てますね」

 ゴミを見るかのように俺を睨むアリシア。うん、なんか猛烈に向こうの世界の妹に似てる。やっぱり、同一人物説が濃いかもしれない。いや、恐らく間違いないだろう。
 昨夜の会話の時にシャドーさんに確認を取りたかったが、問えない事情も悟ったから問わなかった。もし訊ける機会があったらなるべく早めに訊いておきたい。アリシアが妹だとしたら、俺は彼女のために命を捨てるくらいの覚悟でこの作戦に挑みたい。彼女だけは、死なせない――絶対にだ。

「何ぼさっとしているんですか? まだ休憩するほど動いてもいないのに」

「最も効率的な方法ない? なるべく最短で最低限の筋肉をつけれるような方法」

「死ぬ直前まで腕立て伏せ、腹筋、背筋、剣の素振りを繰り返すといいですよ。死にそうになっても、シャドーさんが癒してくれます」

「……癒す? あぁ、よくあるヒールとかの治癒魔法ね……。てか、さすがにそこまでやるのは無理だな」

「……まったく、なんであなたみたいなのが……」

 俺を作戦に組み込んだシャドーさんを恨むように呟くアリシア。いやー、さすがに文化部にこれはシンドいね。
 普通に接するには、今のアリシアと俺の相性はかなり悪そうだ。育て屋に一緒に預けられても絶対にポケモンの卵はできないだろう。や、さすがに手は出しませんよ? 年齢=彼女いない歴の俺にそんなこと出来るわけがない。

「『冥王』の力による筋力強化は元の筋力に比例するので、鍛えるに越したことはありません。ぼくだって、シャドーさんによって鍛え上げられましたから、最低限剣は振れます。それに……あ」

「どうかしたか?」

「えぇ、あなたの筋力を鍛えるよりも効率的にあなたを使えるようにする方法を思いつきました」

「一応確認だけど、それって筋トレよりも楽?」

 運動嫌い系文化部の模範のような質問をする俺に対して少し考え込むアリシア。
 楽じゃないならやりたくなーい!

「楽かどうかはあなたの才能次第です。才能があれば苦もなく習得可能ですが、才能がなければ時間を割くだけ無駄になります。どうしますか?」

「あぁ、何かよく分からないけど、とりあえず試したい。筋トレやりたくないし」

「動機が不純ですが、まぁいいでしょう。……私が今から教えるのは、ただのテクニックです。ぼくは過去に見かけたものを模倣しているだけですが、かなり役に立つはずです。ちなみに、シャドーさんには無理でした。まぁ、彼女は頭脳派……と言ったところですから仕方ないですけど。攻撃用の立ち回りなので、身をもって味わうのが一番でしょう。死にたくなければ防御に徹してください」

 何やら物騒なことを言ってから、アリシアは地面に置いていた剣を手に取り、俺の方へユラユラと歩いてくる。だが、決して無気力という訳ではなく、錯覚か分からないが、ユラユラとしているように見えるだけ……? うん、よく分からない。

「――フッ」

 右側から鋭く息を吐く音がすぐ近くから聞こえたと思い、驚いて数歩左によろけると先程まで俺がいた場所を、いつから目の前にいたのか分からないアリシアの斬撃が襲っていた。
 ――なんとか避けられた。そう思った瞬間、下に振り下ろされた剣がそのまま俺の元に跳ね上がってきた。慌てて剣で防いだが、僅かに弾かれた剣はまたしても間髪入れず予備動作抜きで俺の元に真っ直ぐ俺の喉元へ向かってくる。
 回避は無理、剣を喉元まで持ってきて防ぐのも無理。剣が到達するまでの一瞬で、そのようなことを判断した。もう無理だ。

「降参」

 慌てて言うと、アリシアの剣は俺の喉を貫く直前で停止し、引き戻されていった。
 ……え? 今のって俺が降参しなかったらもしかして殺されてたの? 何この子、怖いわぁ……。

「やってみてください」

 いやいや、急にやってみろって言われたって……。

「今のって……要するに何?」

「要するも何も、ただの……戦術? みたいなもの。殺すこと――ただそれだけを考えて直感に身を委ねて剣を動かす。相手に避けられたり弾かれたりしても、それに逆らわずに、むしろその勢いを使うくらいのつもりでただ殺しにいく。殺すための剣技です」

 ふむ……。説明だけ聞くとできそうな気がしなくもない。要は、ただ単にひたすら相手を殺しにいけばいいのか。こういう特に何も考えない脳死作戦は嫌いではない。

「えーっと……、やってみるのはいいんだけど、何を斬れば……?」

「ぼくに決まってるじゃないですか。恐らく、もし仮にさっきのぼくのを再現できたとしても今のあなたではぼくに傷を付けることはできないはずです」

 いちいちこちらの癇に障るようなことばかり言いやがる……。やってやろうじゃねぇか。

「じゃあ、行くぞ」

「分かりました」

 初手は何も考えずに右上からの袈裟斬り――。当然だが弾かれる。そのまま勢いを殺さずに剣を握る力を緩めてクルリと回し、喉元を狙って突く。
 一瞬驚いたような表情をしたアリシアだったが、驚くべき反応速度で体をひねり紙一重でこれを躱した。
 そして、突きをしたことによって伸びていた俺の腕に腕を絡めてきた。

「痛ッ、ギブギブ! 折れる折れる折れる!!」

 腕を絡めて関節を極めてきやがった。

「んだよ……、一方的に攻撃させてくれるんじゃなかったのかよ……」

「そんなことは一言も言ってません。実戦で相手が止まっていてくれますか? そんなことは有り得ません。実戦で有り得ない事の練習に割く時間はありません」

 俺の恨み言のようなつぶやきに正論で反論してくるアリシア。うん、たしかに正しいよ? でもさぁ……、ちょっとくらい……ねぇ……。

「ところで、あなた、今までに道場などで剣を学んだことはないんですよね?」

「あぁ、ねぇよ。あったら、もっとマシだったのにーとかって嫌味言いたいのか?」

「逆です。むしろ、剣をまともに振ったことがない人間があそこまで容赦なく剣で人の命を奪おうとできることに感心しています。あなた、どんな人生歩んできたんですか? 躊躇いますよね、普通は?」

「特に何もやってねぇよ。普通の人と同じように普通に生きてきただけだ」

 アリシアが俺の妹だとしても、今は記憶が無いからそれを利用して嘘をつかせてもらった。

「んで? この剣技を極めればいいんだよな?」

「はい。それを極めれば勝率は若干ながらも上がります。殺す気でかからなければクラウディアさんを止めることはできません。仮に致命傷を与えてしまっても、即死でさえなければシャドーさんによって治してもらえるので、安心して全力で殺しにかかってください」

「ま、筋トレやらされるよりはこっち鍛えた方が楽そうだしな」

 肩を回しながら、呑気に答えると――、

「舐めてやるんだったら斬りますよ?」

 相変わらず怖い返事が返ってきた……。

「ところで、タクマさんは剣で人を殺したことありますか?」

「……なんで急に?」

「いえ……、先ほどのように初めから躊躇いなく殺しにくるなんて思っていなかったので……」

「やー、俺が元々いた世界じゃ剣とか危ないものを所有することが禁止されてたから剣で人を殺すどころか握ったことすらねーよ」

 嘘は吐いていない。アリシアの質問にはちゃんと答えた。問題は無いはずだ。

「そうでしたか。先ほどの突きは見事でした。不意をつかれたというのもありますが、危なかったです」

 いやー、怖いけど褒めてもらえると嬉しいもんだね。ツンデレだわー。

「ところで、これってどうやって鍛えればいいんだ? 殺そうとするだけでいいんだろ?」

「ある程度体を柔らかく動かせるようにした方がいいので、ひたすら柔軟運動ですね。体が自由に動かせれば動かせるほど次の攻撃に繋げやすくなります」

「あー、柔軟ねー……。俺、体固いんだけどどうしたらいいと思う?」

 少し考え込むように静まってから、アリシアは木に向かって指を差して言った。

「例えば、あの木を敵だと想定し、ひたすら攻撃を続けてください。そうすると、どのような動きの時に体に負荷がかかっているのか分かるので、そこを柔らかくするようにすればいいです」

「ふーん、りょーかい」

 案外わかりやすく教えてくれた。てっきり自分で考えろとでも言われるかとおも……あ、いや、これもある意味自分で考えろってことじゃねーか……。まぁ、親切な回答だったから許すけど。

「では、私は食料の買い出しに行ってくるので、怠けないように」

「へいへーい。行ってらー」


「はぁ~」

 アリシアが離れて行ったのを確認してから、大きくため息を吐く。
 なんていうか、アリシアは俺と相性が悪そうだ。扱いにくいとも言い換えることができる。たぶん、互いのタイプが違うせいだろう。

「まぁ、とりあえず言われたことでもやるか……」

 小さく呟いてから、アリシアが指差していた木に向かって歩を進める。
 とりあえず、ひたすら剣をぶつけ続ければいいだろう。
 力を込めて記念すべきでもない一発目をぶち込む。すると、鈍い音を立てて、刃が木の幹にくい込んだ。

「ん? おい、クソッ!」

 アニメとかならスパッと切れる木だが、あんなに綺麗に切れることはないどころか、刃が外れなくなってしまった……。アリシアめ、嫌がらせだろこれ絶対。

 ――さて、とりあえずどうしようか……。選択肢は二つだな。剣を放置して昼寝するか、頑張って剣を抜くか……。
 うーん、少しは努力してから寝るとしよう、そうしよう。

「ぐぬぬぬぬぬ」

 気分的に今の俺は、大きなカブの登場人物だ。それでもカブは、抜けません。あ、抜けないのはカブじゃなくて剣だけどね。
 柄を持って左右に動かそうとしてもごく僅かにしか動かすことが出来ない。いやー、実に困った。もう打つ手なしだね。

「よし、寝るか」

 いやー、切り替えの良さには定評があるものでして。
 剣が刺さったままの木の下で横になる。地面には柔らかい草が生えていて、気温は元の世界の春のようにポカポカしている。そして、木の葉や枝の隙間から差し込む日光。こんなにも昼寝に良好な状態、そうめったにあるものじゃない。つまり、これは神様が昼寝をしろと俺に仰られているのだ。そうに違いない。
 そういう事なら、甘えるに越したことはない。


 ――目を閉じると、すぐに俺の意識は途絶えた。

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