一般人に魔王をしろと言われても

百舌@

1-12.脱出成功

飛び出したサクラは矢が放たれたように真っ直ぐにミズホへと向かっていく。

「…ちッ、助けてやったというのに随分じゃな」

勢いのまま互いはぶつかるが元々接近戦は苦手なミズホは突っ込んできたサクラの一撃を一瞬だけ受け止めた後に後ろへ飛びなんとか威力を殺した。

ただでさえサクラはミズホとは真逆で接近戦においては上手である。例え威力を殺せたとしても無傷と言うわけにはいかず、膝を折り地面を着いた。

一度の突撃で、いや一度の突撃分で限界なのだろうか。ミズホを弾き飛ばした彼女の身体からは攻撃も受けていないのに血が流れ出し一部は蒸発し蒸気として立ち昇っている。
だが彼女の瞳からは意識が削げ落ち本能だけで動いているのだろう、次の突撃のため限界を越えている身体は先程までのような精彩な動きは見られず軋んでおり油の切れた機械のようにぎこちなく得物を振り上げるその姿は例え本人が意識を失っているとは言え身体に染み込んだ動きを再現し堂に入っている。

「――ガァッ!!」

「ッ、……グレイヴッ!」

爆ぜるようにして飛んでくるサクラを避けるだけの力は戻っておらず、痺れを残した身体でようやく吐き出し唱えた地属性の魔法も対応しきれず彼女に眼前に岩の槍として出現させ足止めにするので精一杯だった。

もちろんその程度の妨害で止めれるはずはなく、足を止めることなく召喚した岩は破壊され真っ直ぐにミズホの元へと向かってくる。

だが一片ほどの隙は出来た。
その一間だけとはいえ出来た隙は大きく、ミズホが避けるだけの大きな時間となった。

サクラ自身の狙いも確実ではなく弾丸のようにミズホのいた場所へと突っ込めば大きな砂煙を撒き散らし、振り下ろされた薙刀から手応えのない感触を受けると逃げた得物を探し意思のない瞳が揺れ動く。
獣ような視線は直ぐに彼女を見つけ出し、今度は逃すまいと先程よりも早く構えも歪に、相手を貫くためだけに薙刀も真っ直ぐに添えられ再び爆ぜる。

一度隙さえ出来てしまうとそれは大きな差となってしまう。
彼女の攻撃を避け、自身の突進力により巻き起こした砂煙は一瞬とは言えミズホ自体も隠してしまう事でそれはさらに大きなものとなった。

その間、ミズホは態勢を立て直すと次なるサクラの追撃は再び空を斬ることになる。

飢えた獣のように飛びつく事しか考える事の出来ない彼女の動きは単調で、ミズホの動きも次第に慣れてきたのか泥臭く転げ回るような事はせず一回一回しっかりと見極め舞うようにサクラの追撃を往なしていく。

思考の余裕も出来ていく中、ミズホは反撃移ることはなくジッとサクラの様子を観察しながら考える。
(こやつ、これから先主殿の敵として障害になるであろうな…。とは言え人を攻撃するのは止められとるしなぁ。)

現状、意識もなくただがむしゃらに突っ込んでくるだけであるからこの程度である。
実際に万全の状態で行う戦闘ではミズホでは勝てないだろう。

そう思わせるだけの強さはあると踏んでいるからか、いつでも返り討ちにするだけの準備は出来ている。
ただ事故であったのだと、そう済ませていいと思う程度にはミズホの中でサクラの危険度は一撃一撃を見極めていく中でどんどん高くなっていく。

端目に自分の主の姿を捉えながら最後に確認をする。
これは必要だったのだろうと。
生まれたばかりとは言え主となった人間の命令を早々に破る事に使い魔として心苦しくツラく想う。
だが、それ以上にこれから先の事を考え、例え結んだばかりの脆い信用を崩してしまう事になったとしても必要だろうと信じる。

だが彼女も彼女で慢心していたのかもしれない。
サクラは意思もなく飛び掛かってくるだけの獣なのだろうと、

その動きは唐突だった。
他から見れば気付かないだろう、ミズホがシュウに意識を向けたのはほぼサクラの攻撃を避けた後の隙にである。
飛び掛かり通り過ぎるはずがミズホを過ぎた辺りで急停止したのである。

「しまっ?!!」

サクラは急な姿勢変更で態勢を崩してはいるがそれでも巨大な得物による一撃である。
ミズホは一瞬とはいえ油断したためか彼女の攻撃に先程のように避けるだけの余裕はない。

結論、半端な一撃と半端な回避はどちらとも間に合わず、ミズホには当たる事なく彼女のいた場所を破壊した。
その衝撃も普通では考えられないほど強力で、当たってもいないはずのミズホは大きく壁まで吹き飛ばされてしまった。

叩きつけられる身体にダメージこそ無いものの衝撃で怯んでしまう。
そこに付け入るだけの隙は多く、サクラの獣のような突進は明らかにミズホが立ち直るよりも速い。

再び、サクラの身体は渾身の力を振り絞り矢のように得物を真っ直ぐに、姿勢も必殺と言わんばかりに手足を地面へと着き身体を引き絞り……、放たれた。

矢のように真っ直ぐと放たれた身体は直ぐにでもミズホを貫いただろう。
ただ一つ、邪魔さえ入らなければ。

無謀にも常人ならば入ろうとすら思えない空間にただの人間であるはずの青年は割り込んでしまったのである。

だがそれでもサクラにとってそれは致命的であってしまった。

意識がないとは言えお人好しの彼女にとって瞬間とは言え写り込んだ存在は、ただのちっぽけな人間だとしてもそれは大きく彼女の意思を取り戻すには充分過ぎた。

咄嗟に揺れた穂先は彼等の横へと反れ背後の岩盤へと突き刺さる。

直ぐ眼前に現れた同年代の男の子、サクラはそれを認識し自分の手で怪我の一つ与えていない事を悟ると"良かった"と一言残し、限界を重ねた身体から力がようやく抜け落ち意識を手放した。


ぐらりと揺れた身体が俺に寄り掛かってくる。ほとんど死んでいるのかと思うんじゃないかって程に身体が冷たくなってきているが本人はさっきまでの威圧感は何処へやら、歳相応に安らかに寝息を立てて寝ている。

それを見たからだろうか、いくら運良く助かったとは言えあんな場所に突っ込んでいった事が今更恐くなりどっと押し寄せてきた恐怖心から地面にへたり込んでいた。
参った、思っていたよりも自分の身体に力が入らない。

見上げると信じられないといった表情で見下ろすミズホがポツンと、えー、なんか言った方が良いよな。

「ふぅ、なんとか助かったな。」
「ッ、たわけか!! 自分諸共死ぬことになると思わなんだか!」

案の定怒られる事になった。
語調の強さから本気で俺を心配してくれているというのはわかるが身体が勝手に動いてしまったものは仕方がない。
ミズホの気持ちも気持ちはわからなくもないが会って間もない、配下程度の魔物と言え自分を助けてくれた相手が早々にやられる所なんて見たくはないわけで。
とは言え自分のしたこともわかっている。

「えっと、ごめん…。」

「……まぁ、良い。それでそこに居る者たちは如何様にするつもりじゃ?」

大人しく頭を下げて謝るがまだ当分許してくれる気は無さそうで罰の悪い顔でこちらを睨んでくるが、これ以上言及する気がないようで恨みがましく見る瞳は薄れ身体に着いた埃を払いながら距離を空けられてしまった。
というか、ミズホに言われて思い出したがそういえばまだ人はいたんだった。
あまりにもこっちに夢中でちょっと忘れかけてた…、

彼女に促されるままあちらで信じられないものを見る人に視線をやればこちらの扱いに困っているのか無事な数人がこちらに刃を向けている。
自分の胸で豪胆に呑気な寝息を立てているこの少女もなんとかしたいしこのままあちらにまで敵になってしまうのはとても困る。

「すいません!えっと、…これからダンジョンから脱出するつもりなんだけど着いてきますか?」

……どう言い訳して懐柔すればいいかなんてわからないし、まだ立つこともままならない。それに気付かれてこれ幸いと斬りかかられたらきっと俺が止めてもミズホは動くだろうしあちらが動く前にと、なるべく穏便にと話しかけてみる。

「そちらの妖狐がこちらを襲わないという確証はあるか!!」

あちらとしても階層に関係なく多数の魔物から襲われるような状況は勘弁して欲しいのか全員で顔を見合わせた後、剣を下ろした。
代表らしい先頭に立つ男はまず、こちらに安全であるかどうかを聞いてくる。

当たり前ではあるが目下、先程の少女と同等の戦闘力を持っている。しかもそれが本来ならば自分たちの敵である魔物であることから疑念と警戒心は高い。
だが、ここで脱出するという魅力も同時にあるんだろう。大勢の怪我人を抱えている状況でミズホという戦力が出口まで送ってくれるならこれ以上に頼もしい存在はない。

あちらとしても賭けであるんだろう。
蛇の腹の中に行くか、あるいは本当に出口へと導いてくれるのか。
どちらとしても生き残る確率が高い方を選ぶ、例え嘘でもこちらの口から確証が欲しいらしい。

「主殿に危害を与えねばワシも手を出すつもりはない。そんなに気になるのであれば先に行き道を開いておくでな。」
「悪いな、任せた。」

「……主殿、わかってはおろうがくれぐれもバレるようなヘマはするでないぞ?」

目配せをすればミズホも察してくれたのだろう。
こちらにボソリと注意だけ残し俺の傍を離れてしまう。
彼女は着物を翻すと一方通行の出口へと進み暗闇の中へと消えていった。

「これでいいだろう? 納得してくれたか」

「感謝する! 皆行けるな!!」

本当に満身創痍だったんだろう。
無事な人間は少なく死者も多い中、仲間同士庇い合いなんとか立ち上がる姿が見られる。

それでだ…。
先程俺と話してくれていた人も仲間を背負い準備を整えている。
つまり誰も手が空いている様子はない。

「すまないがこちらも手が足りない。サクラさんはそちらにお願いしてもいいだろうか?」

この少女はサクラというらしい。
って名前は今はどうでも良いんだよ。

女の子の方はなんとか背負えそうだ。うん、こんな小柄な子は背負える問題はない。
問題は横に突き刺さってるこれだ、これ。
でっかい薙刀、どう見ても持てる気がしない、絶対重いだろ、これ。

手伝ってくれる人はもちろんいないよなー。
……よし、頑張るか。

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「で、主殿はそんな成りでここまでやってきたと。馬鹿かえ?」

出口までの道のりはしっかり掃除されており、あれだけいた魔物もほとんど道端のゴミのように掃除されていた。

出口に出るまでは本当に地獄のようだった。
前方で冒険者たちが必死になって出口に向かっているのと同じようにこっちもそうとう必死に重たい薙刀と羽毛みたいに軽い少女を背負って足取り重く進んでいく。
運動なんて学校の授業と部活くらいしかしてない人間にこれはツラい。明日は右腕だけ筋肉痛だろうな、

で、出口には退屈そうに待っていたミズホから突然の罵倒である。
いや、わからなくはないがさ。

「ありがとう!! ホントに助かった!感謝してもし足りないくらいだ!」
「あ、どうも…。」

それよりもこいつを持って欲しいって言いたい。すごく言いたい。

「おや、わざわざそれを持っていたのか。ちょっと貸してみたまえ」

自分が持っている薙刀を半ば強引に奪うと眠りコケているサクラの手に握り込ませた。
すると途端に彼女の手の中に光に変わって消えていくのを目の当たりにした。

え、なにそれ。俺がわざわざ必死になって運んできた意味は?
これが所謂冒険者の力ってヤツですか、そうですか。

「ありがとう。助かったよ。 重くてしょうがなかったんだ」

知らなかったとはいえ本当に助かった。
これでようやく重さから開放される。

「いや、なんてことはない。君は人間なんだろう? 知らなくても仕方ない。」

人間というのもバレているらしい。
まぁ隠すつもりもないから大丈夫だが、

「それでなんだがこちらには手が足りない。街まで彼女を運んではもらえないだろうか?」

そういえばこのままこの子をここで放置するのはいかんよな。
ダンジョンの異変もなんとかしなきゃならないしあんまり行きたくはないが…。

「では主殿、ワシはまだやることがあるでな。また中へと赴くがなにかあればちゃんと呼ぶんじゃぞ?」

どうするか、困ってミズホに視線を配らせてみると行って来いとのことらしい。
そうしてそういった事になるのかはわからないがとりあえず断っておかしな疑いを持たれるのも問題だな。

「わかった。じゃあこのお嬢様の護衛はなんとか頑張ってみる」

「そう言ってくれるとありがたい。俺はローグ、帰りまでだがよろしく頼む。」

こちらに名乗りを上げる青年はまだ休憩を入れる余裕がないのか背負う負傷者を担ぎ直すと踵を返して仲間をまとめ始める。

ミズハの方はもう用はないと言わんばかりにすでにダンジョンの中へと消えてしまっている。

さてと、いつかはと思っていたがこんなに早くに街へ行くと思っていなかった。
好奇心はあるが、ミズハもだれもいない状況で不安もある。
まぁなんとかなるさ。

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