転生したら美少女勇者になっていた?!
第三十四話-・・・だれ?
かぽーん。
そんな音が聞こえてきそうなほどには、その場の雰囲気は静かなものであった。
ただっ広い浴場には俺一人だけしか居ない。
そしてその俺はと言えば、鏡の前で唖然と口を開いて固まっている。
客観的に見てバカみたいな状況だった。
まあ、それも仕方のない事であろう。
なにせ今までブサイクだの何だのと自身ですら見たくもなかった顔が、こんなに可愛らしいものだったなんて一体誰が信じられようか。
俺は現実派なのである。
こんなよくあるラノベみたいな展開、中々に受け入れがたいものであった。
「・・・全然可愛くないことないじゃん」
感想をそのまま口にする。
そしてその後どうしたものかと迷った末、目の前の自分の顔に魅入ってしまっていた。
とりあえず自分の目の錯覚ではないかと疑い、ぐしぐし擦ってから改めて凝視する。
上から順番に、逐一丁寧にチェックをしていった。
最初に意識が向いたのは、その大きな目だった。
勝気で無邪気に紅く燃える瞳は元気な少年を連想させる。
そしてちょっぴり低い鼻。
それでもしっかり筋は通っており、将来もっと成長すればきっと綺麗で整ったものになるであろうことは容易に想像できる。
ぷくっとした唇。
熟れた林檎のようにてらてら輝き、ぱかっと開けられたそれは大人の指が一、二本ぐらいしか入らないんじゃないかってぐらい小さい。
ほんのり上気した頬。
産まれたての赤ん坊のようにプニプニしていて、うっかり指で触りそうになってしまった。
最後に、思わず手に取って確かめたくなるようなサラサラした髪の毛。
紺色の髪は肩までの長さしかなく、クセ毛なのかところどころぴょんぴょん跳ねている。
首を少し傾けると、水に流れされるかの様にふさりと揺れた。
全体的に線が細く、見た目の年齢からしても幼い顔立ちだとは思う。
強張った肩やぺたんとした胸からも分かるように、年相応の子供っぽさが滲み出ている。
「・・・だれが子供だ」
自分の評価に自分でツッコミを入れるも、ちょっとムッとしたような顔からも残念ながら子供感が漏れ出ていた。
そのことにちょっと傷つき、今度は少しカッコつけて顎に手をやり口をきゅっと結ぶ、考える大人の仕草をしてみる。
が、結果は変わらなかった。
背伸びをして大人の真似事をする子供にしか見えない。
「はぁ~~・・・」
色々と諦めて素に戻る。
こういう時俺はどんな反応をすればいいのかよくわからない。
予想よりはるかに可愛くて、文句の一つも出てこない満足のいく顔なんだけど、今まで培ってきた19年間の人生を全て棒に振ったかのような心境だった。
それに、いくら可愛いと言っても所詮は中身が自分なのである。
一番近いようで、最も遠いもののように感じられた。
だってそうでしょ、普通可愛い子を愛でるのって可愛がりたいからであって、自分がそうなりたいわけじゃないでしょ・・・。
鏡の中の不機嫌そうな少女は、不思議と目が離せなくなるような魅力を持っていた。
我が物にしたくなるような面持ちでその顔を見つめる。
「でも、俺なんだよなぁ」
その一言が加わるだけですべてが霧散していく思いだった。
何で神はこんな不条理ばかりを押し付けるんだ・・・。
ヒドイです・・・。
どのくらいぼーっとしていただろうか。
ふいに浴場のドアが開かれる音と共に、よく響く女の子の声がした。
「ステフ! 大丈夫?!」
「うわっとぉ?!」
ペツァニカだ。
切羽詰まったような表情で俺の下へ駆けてくる。
俺はと言うと、自分の体だとは言え少女の体を凝視していたことに後ろめたさを感じ、慌てて取り繕ったような笑みを浮かべる。
「俺は大丈夫だけど・・・ペツァニカこそどうしたんだ?」
「どうしたって、ステフがあまりにも遅いから何かあったのかと心配で・・・」
「あー・・・」
しまった。
自分でも気付かぬ内に相当な時間が経っていたらしい。
どう言い訳したものかときょろきょろ辺りを見回す。
と、丁度目の前の湯突が目に入った。
「や、なんかこれの使い方がよくわからなくて」
「なんだ、そうだったんだ・・・びっくりしたぁ。湯突は、下に桶を置くと一杯になるまでお湯が流れる仕組みなんだよ」
「なるほど、ありがとう。ごめん迷惑かけて」
「いいよいいよー、これも仕事だから! それじゃあごゆっくりー!」
それだけ言うと、安心したような笑みを一瞬浮かべて来た道を走り去っていく。
俺は目の前のドアが閉じられるまで静かに彼女の背中を見送っていた。
「・・・」
あ、危なかった・・・。
何が、ってわけじゃないけど、なんか色々と不味いような気がしてならなかった。
さっきよりもずっと心臓がバクバク言っている。
これはヤバいな・・・色々気を付けないと。
しかし、ペツァニカのお陰で我に返ることが出来たのも事実だ。
そのせいか、鏡の中の自分に最初ほど意識を奪われることもなかった。
とにかく汚れた体を洗おうと桶に手を伸ばす。
言われた通りに湯突の下まで持って行くと、本当にお湯が流れてきた。
なみなみまで注がれた所でピタリと流れが止まる。
手を浸すと、程よい湯加減だった。
それを一気に頭からかぶる。
ざばーっと勢いよくお湯が体を洗い流していった。
顔に張り付く髪の毛がどこか心地よい。
腕で顔を拭うと、やっぱり汗の粘り気が残っていた。
近くの石鹸を手に取る。
汚いものは全部このお湯で洗い流してしまおう。
そんな心境で俺は石鹸を擦り始めた。
*****
「遅いですね・・・ペツァニカに様子を見てもらうようお願いしましたが、大丈夫だったんでしょうか」
部屋の中でそう呟く声がする。
エラメリアだ。
彼女は先ほどからずっとステフの帰りを待ち続けている。
かれこれ一時間も経とうとしていた。
「私もちょっと見にいってみましょうか」
心配げな声でそう言うものの、その顔はどこか嬉しそうだった。
さては心配していると見せかけて、一緒に風呂に入ろうという魂胆か。
何とも抜け目のない女である。
しかし、そんな彼女の行動に先手を打つかのように部屋のドアがコンコンと叩かれる。
「はーい、今行きます」
「エラー、俺だよー」
その声は今まさに覗き、ではなくて様子を見に行こうとしていたステフのものだった。
「おかえりなさい。遅かったですね」
「え? あー、いや、あはは。思いのほか広くてびっくりしてね」
何かがあった風を思わせる反応が若干怪しいが、とりあえず笑顔で出迎える。
「そうですか。それで、どうでしたか?」
「どうって、え、何が?」
「? お湯の方ですよ」
「あ、そっちね、うん。結構よかったよ。湯加減も丁度良かったし」
目に見えて狼狽しだすステフ。
明らかに風呂場で何かがあったに違いないが、しかし本人はそれで隠し通せていると思っているらしく引きつった笑みを浮かべていた。
だが、どうせ聞いてもわからないだろうし、エラメリアは敢えて触れない方向で話を進める。
「それはよかったです。では、次は私が行ってきましょうか。久々のお風呂で楽しみです」
「うん、行ってらっしゃい」
ステフに見送られ、エラメリアも部屋を出る・・・ように見せかけて、ドアを閉める直前にサッと部屋の角に隠れた。
ドアがパタンと閉じられる音が響く。
エラメリアはそのままじっとしていた。
「・・・ふぅ」
ステフは今の音でエラメリアが風呂に行ったと思い込んでいるのか、自身の布団を引っ張り出してきた。
それを下に敷かれた藁の上にパサリとかぶせる。
その上にちょこんと腰を下ろすと、諦めたようなため息とともに自身の身体を見下ろす。
「女、かぁ・・・」
そうぼやきながら両方の手の平を胸のあたりまで持ち上げ、何かを掴まんと指を曲げる。
しかし、その手が胸に当たるか当たらないかの内にはっとした素振りを見せると、ぶんぶん首を振って腕を下ろした。
そのままパタリと布団に倒れる。
顔はエラメリアとは反対側を向いていた。
(何をしているんでしょうか)
そんな疑問を持つエラメリア。
さっきの行動から察するに、恐らく自分の胸を触ろうとしたことは間違いないだろう。
だが、それで一体何を確かめようとしていたのかはエラメリアにもわからなかった。
(大きさ、でしょうか)
そう思いながら、エラメリアも自身の胸に手を当てる。
大きく豊満に育った二つの峰は、確かな重量と弾力をもって反発してきた。
しかし、それでは思いとどまる理由が見当たらない。
何か別の理由があると考えた方がよいだろう。
エラメリアは自分の胸を揺らしながら、ステフの行く末を見守る。
「んっ・・・んー?」
今度はそんな言葉と共に自分の顔をぺたぺた触り始めた。
頬を揉んでみたり、耳や鼻の部分を確かめたりしている。
そして時折、疑問めいた声を発していた。
(今度は何をしているんでしょう)
再びエラメリアは考える。
しかし、今回ばかりは流石に見当もつかない。
そんなに自分の顔が珍しいか?
その程度の言葉しか思いつかなかった。
(・・・そろそろお風呂の方に行きますか)
考えるのを諦めたエラメリアは、ステフ観察もそこそこにそっとドアを開く。
細く開かれたその隙間から、誰にも気付かれぬようにひょいと飛び出した。
そしてまたゆっくりとドアを閉める。
一瞬小さな音が立ってしまったが、ステフはなにやら集中しているし、きっと気付かれることも無いだろう。
そう確信し、エラメリアは地下への階段へと足を運んでいった。
*****
部屋の入口の方から何か音がした。
「ん?」
そう思って顔を向けてみたが、特になんの変化も見られない。
エラメリアも先ほど出て行ったみたいだし、きっと俺の気のせいだろう。
そう思って再びごろんと横になる。
その体勢のまま、両手はひっきりなしに自分の顔を弄っていた。
「・・・これが小学生の顔かあ」
そう口にしてみるも、別段これといった感慨深い何かは得られない。
ただ単に自分の顔がどのようなものだったか確認しているだけだ。
「ま、これはこれで最初からやり直せって神様のお告げなのかもな」
過去19年間の人生を悔い、新たな人生をしっかり歩んでいけ。
そのためにこちらの世界に飛ばされたのだと考えると、なるほどストンと胸に落ちてくるものがあった。
・・・まあ、この世界が本物だって実証はまだされてないんだが。
夢説は未だ健在である。
だが、やはりそちらの可能性は希薄であるように感じられる。
それでも一応は可能性として残しておいた。
だって、ここまで来て実は夢でしたー!なんてオチになったら、嫌じゃない?
あくまで保険は残しておかなきゃ。
そんなことを考えつつ、俺は動かしていた手を止める。
「とりあえず、俺の事はここまでとして、また明日からのことも考えなきゃな」
そうなのだ。
自分の容姿にばかり気を取られていても始まらない。
考えることは他にもごまんとある。
「でも俺一人じゃどうしようもないしなあ」
この街のことはエラメリアが最もよく知っている。
対して俺は無知と言ってもいいほどに何も知らない。
そのため、考えようにも特にこれと言った案は思いつかなかった。
仕方がない、エラメリアが戻ってくるのを待とう。
それまでゴロゴロしていよう。
そう思い、転がっていた布団を体に巻き付けた。
すぐに温もりに包まれる。
子供の体は大人より発熱に優れていると聞く。
こういう場面でも役に立つんだなと実感した。
そうやって少しの間布団にくるまっていると、すぐに睡魔がやってきた。
無理もないだろう。
今日一日で一体どれだけの経験があった事か。
疲れていても仕方がない話だ。
エラメリアが返ってくるまで起きていたかったが、まだ帰ってくる様子もない。
なにせ彼女が風呂に向かってから、まだ20分とて経っていないのだ。
もうしばらくかかると考えた方がよかろう。
だったら、エラメリアが帰ってきた時にすぐに反応できるように、今の間に仮眠をとって休憩しておこう。
俺はそんな結論にたどり着くと、迷わず瞳を閉じた。
途端に眠気が強くなってくる。
今日も色々騒がしい一日だったなあ。
押し寄せる波に身を任せるようにして、俺の意識は闇へと沈んでいった。
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