転生したら美少女勇者になっていた?!
第十五話-リーダーチェンジ(泣)
こうして俺は木刀を手に入れた。
ゾルフは俺の気迫にあっさり降参してすぐに剣を切り出してくれた。
エラメリアと俺の二本分である。
短い剣でスパッスパッと切り出していく様は、恨みも忘れてすっかり魅入ってしまう程だった。
やればできるじゃないか、ゾルフ。
サクサク切ってしまうと、その後はずっと俺のご機嫌取りに回っていた。
まあ済んだことだしもう怒ってもいないのだが、正直うっとうしいのですげなく無視してやる。
でもよくよく考えてみればエラメリアは最初から気付いていたように思う。
それにゾルフは回復魔術のようなもので自己治癒していたし、その程度の魔術をエラメリアに使えないはずがない。
思い出せば何かしら疑問点が浮かび上がってくる。
うん、エラももしかして共犯?
彼女の言動とちぐはぐなところが感じられ色々と思うところはあったが、まあ気のせいだろうということでスルーした。
エラメリアが間違うはずがないもんな。
いつだって彼女が正しい。
そんな茶番はひとまずおいておこう。
というかどうでもいい。
気にするべきはこれからの事だ。
さて、チャチな物であるとはいえ剣を手に入れた俺は、ようやく剣術について教えを乞うに至った。
実際ものすごく時間がかかったように思う。
ゾルフの余計な芝居のせいでかなり時間もとられてしまったし、それまでの旅路も慣れていない俺には長く感じられたものである。
まさに”ようやく”であった。
剣を持って開けたところまで移動する。
エラメリアは俺の数歩先で立ち止まると、剣をスッと構えた。
凛々しい立ち振る舞いは熟練した達人のそれを確信させる。
剣先がまったくブレることなく構えられており、彼女の強い体幹を知るには容易い話だった。
構え一つで人の目を引き付けることが出来る。
ここまでの技量を手に入れるにはきっと毎日欠かさず身体を鍛え上げていくことが大事になってくるのだろう。
俺が見とれていると、いつのまにかエラメリアは魔術で水の像を作り出していた。
俺よりかなり身長が高いそれは、悠然とした立ち振る舞いで仁王立ちして構えていた。
たかだか水の像なのに言い知れぬ圧力を感じる。
・・・よく見るとなんか引っかかる顔をしている。
うっすらゾルフに見えないこともない。気のせいか。
エラメリアは相対する様に像の目の前に立つと、剣の重さを確かめるように握り直す。
「ではステフ。まずどの程度があなたに求められているのか、目の前の像を魔物に見立てて実践したいと思います。よく見ていてください」
そう軽く言ってエラメリアは一歩を踏み出した。
そして次の瞬間、像の頭の部分が爆発四散した。
「・・・殆ど剣先が見えなかった」
「まだですよ」
頭部を消し飛ばしたかと思えば次々に剣を繰り出す。
肩、肘、手、胴、太腿、膝、足という順番に次々斬りこんでいく。
剣が掠りでもする度に像から水しぶきが散った。
モーションや剣の腹までは何とか俺でも視認できる。
しかし、剣の先端はというと全く目が追いつかなかった。
エラメリアは一振りごとに全力を注いでいる。
それでも連続して剣を振るうことが出来るのは、一つ一つの動作のエネルギーをいなすのが上手なのだ。
上から斬りを入れたと思いきや振り切る前にサッと方向を右に逸らし、そのまま身を反転させて次の斬りへと繋げる。
さらにその動作さえも少しずつ方向を変えていくことで三段目の攻撃に備えていくのだ。
これを永久に繰り返し、全力の振りを途絶えることなく成功させているのである。
自分の力量と武器の出せる力をカンペキに把握した、プロの技だった。
呆気に取られている間にもかわいそうな像は切り刻まれていく。
しぱしぱと爽快な音を立てる様はまるで噴水のようだった。
ただ、噴水を立てているのは紛れもなく像自身なのだが。
これが本当の魔物相手だったらと怖気が走る。
粗方像をイジメ抜いた後で、エラメリアはふうっと息を吐くいて剣を収めた。
俺は思わず拍手を送っていた。
顔はさぞマヌケな表情になっていただろう。
「こんな感じですかね。できそうですか?」
無言で首を横に振る俺。
エラメリアは苦笑いすると、俺に剣を取るように指で示した。
とにかく手を付けなければ何も始まらない。
素直に従う。
エラメリアは構えた俺の姿を少しづつ直しながら説明を始めた。
「本来、剣術は相手との読み合いや体力勝負といった対人武芸の一環として在り続けていました。しかし効率的に魔物を狩るために、魔術と組み合わせた戦闘スタイルが現在の剣術には求められています。
それにはまず、倒すことよりダメージを受けないことが最重要となってきます。上達してくると攻めの動きで戦闘を優位に動かせるようになりますが、自信が付かないうちはヘイト稼ぎや誘導といった形で魔術使用者のフォローに徹することになります」
「うん、それはなんとなく分かるよ。あ、でも待って。さっき魔術を習った時に、魔術も近接戦闘者のフォローをするように動けって言われてたけど」
「その通りです。
敵のヘイトを操る立ち回りとは、近接と遠距離の両方から敵の”目移り”を誘発していくことで、常に意識外の誰かが攻撃態勢に入れるように動く戦法です。剣に注目していたら魔術に、魔術に注目していたら剣に、魔物の意識を分散して混乱させるのが最も安全な立ち回りですね。
そうなるように互いをフォローし合いながら戦闘を推し進めていきます」
「なるほど。逃げ腰スタイルでもいいんだったら俺でもなんとかなりそうかも」
「面白い表現をしますね。剣は身から離れて攻撃する術と違って最後まで自分とともにある武器ですから、ステフの言った通り一撃離脱には最適だと思いますよ」
「だけどエラメリアみたいな攻撃は俺には無理だな・・・」
「さっきのは少々攻めの姿勢での剣でした。魔術を頼るならもっと楽になると思いますよ。ですが、私はステフにはもっと凄い戦術が出来ると思っています」
「アレより?! 無理無理、何年あってもエラメリアより上手くなれる自信はないよ・・・」
「そんなことないですよ。ステフは天性のものなのか筋力に恵まれています。その細い腕で木登りできたのを覚えているでしょう? 適度に鍛えれば恐らく私より数倍速く重い斬りこみが出せるようになります」
「マジでか・・・」
剣を握りしめている手を見つめる。
多少日に焼けて健康そうな色をしてきたとはいえ、基本は木登りのみで鍛えた腕だ。最近では効率的な腕の動かし方を知ってしまったので、筋肉はほとんど付いていないと言ってもいいだろう。
果たしてこんなのでも剣を振るうことが出来るのだろうか。
考えている内にエラメリアは俺の姿勢を正してくれていた。
「習うより慣れろ、ですよステフ。まずは剣を一回振る動きから練習してみましょう」
「その慣用句こっちの世界でもあるんだ・・・」
「?」
「あ、いやなんでもない。・・・こうかな」
あれこれ考える前に体で覚えろ。現世でもよく先輩に言われたものである。ちなみにゲームの先輩様である。
ホント初めてのジャイロONでのゲームは慣れるのにほんとに時間がかかった・・・。
エイム習得するのにこの俺が二週間ぐらい掛かったレベルだ。
もう当分新しいシステムは追加しないでくれよ、任〇堂。
まあ今でこそ色々言っているものの、あの頃は苦行のように感じられていた事も慣れてみればいい思い出である。なんの話や。
魔術同様じぶんの力を乗せるようにイメージしながら剣を掲げ、雑念とともに全力で下に振り切った。
――ヒュバッ
・・・・・・。
なんかものっそい音が出た。自分でも見えないくらいのスピードがだったように思う。
一瞬気のせいかと思ったが、腕を振るった反動で俺の身体が少し後ろに下がっていた。
地面の土も靴とこすれて少し盛り上がっている。
まず間違いなく俺の感覚は正しかったのであろう。
剣先を見てみると、こちらも地面に縦線が入っていた。
ちなみに地面と接触はしていない。
風圧でこうなったのである。
地面に着く直前に慌てて剣をストップさせたから良かったものの、あとちょっと気付くのが遅れていたら木で出来た剣は粉砕されていたであろう。
自分でも驚きで固まってしまった俺。
恐る恐るといった表情でエラメリアの顔を伺う。
するとエラメリアも唖然としてしまっていたようだった。
俺と目が合い、思い出したように俺の腕を評価した。
「・・・正直、ここまでとは思っていませんでした。練習を重ねれば一週間ほどであるいは、と思っていたのですが」
「俺もびっくりだよ・・・。木登りサマサマですな。ちなみに本番だったらこの後どうしたらいいの? 後ろに飛びのいて魔術の軌道を確保すればいいのか?」
スピードは出ていたとはいえ所詮は今日初めて剣を持った輩。
一振りでモーションが崩れてしまい、とても次の一撃に移れるような姿勢では無かった。
実際の戦場ならこの後急いで逃げて、魔術使用者が術を使いやすいよう位置を変えるのが正しいのだろうか。
予測していない事態にエラメリアもどうしたらいいのかわからないようだった。
もしかしたら俺が中途半端にスピードをだしたせいで逆に手の付けようがない子だと思われてしまったとか? 
下手なら教えればいくらでも伸びるだろうが、アンバランスに一部分だけ特化していたら教える側としてはかなり気が滅入るだろう。
その昔俺にも似たような経験がある。
俺の事を師匠師匠と(ネット内で)慕ってくれていたゲームの後輩と話していた時のこと。
そいつは俺に新作fpsについて色々と教えを乞うて来たのだが、いかんせんエイム力が抜群に優れていた。
そのせいで、立ち回りは完全に敵の的になるような動きのクセに中途半端な強さを発揮してしまったのだ。
だがそうなると当然上のランクに行けば行くほど勝率は下がってくる。
矯正しようにも、ナカナカどうして立ち回りは全く改善されない。
曰く、教えたばかりの立ち回りのコツが全然理解できないらしいのだ。
結果俺もどう指導してやったらいいのかわからずお手上げだったというわけだ。
エラメリアもこういう事態に陥っているのかもしれない。
だったら非常に不味い。
この後の俺の進展はエラメリアにかかっているのだ。
ここでぺいっと捨てられてしまったら俺はどうなるかわからない。
両者焦りまくって非常に怪しい雰囲気になっていた時である。
タイミングよく救いの神が現れた。
俺の肩をポンと叩く者がいる。
誰ぞやと後ろを振り向くと、そこにはゾルフが得意げな顔で立っていた。
「やっぱり来ましたか」
エラメリアが嫌そうな顔をする。ゾルフは鼻で笑ってそれを聞き流すと、俺の方を見ながら言ってきた。
「ステフ、俺にまか」
「剣は後にしてとりあえず魔術の方をサクッと極めちゃいましょうか。ステフが上達するまで私がずっと隣にいますよ」
「わーい、”けん”なんか気が向いた時でいいや!」
ゾルフの手を振り払いエラメリアの元へ駆け寄る。
「邪魔が入らないところまで移動しましょう」などと言いながらエラメリアは俺を連れてどこかへ行こうとしていた。
俺もエラメリアがつきっきりで教えてくれるならなんでもいいやと素直について行く。
しかし、残念ながら目の前をゾルフに通せんぼされてしまった。
そのまま手を合わせて懇願スタイル。
「待って、待ってください! オレに復活のチャンスを! ちゃんとやりますから!」
それを冷たい視線で見下ろすエラメリア。先ほどの怒りも冷めやらぬままゾルフに告げる。
「荷物番はどうしたんですか? さっさと戻って寝ていなさい」
「そこをなんとか。剣についてお困りでしょう? オレが手取り足取り、アナタのビンカンな部分をちゃんと刺激してあげますから」
「無理やり下ネタにもってこうとするのがウザいので却下で」
エラメリアの痛烈な一言でゾルフが力なく沈む。
アイデンティティを否定された彼は最早立ち上がることすらできない。
本人も今のは無理があったと自覚していたようで、特に反論することもなく項垂れている。
しっかし個性が下ネタってひでぇな。
少しかわいそうに思った俺はゾルフに救いの手を差し伸べる。
ゾルフが女神を見る様な目で俺の手を握った。
そんな彼に言ってあげる。
「俺はだいじょうぶだから、な? あっちで俺たちの邪魔にならないよう荷物を見張っててくれ」
「ぐはぁ!」
オーバーリアクションで再び地面に沈んでいくゾルフ。
エラメリアが若干引いたような顔でゾルフを見据える。
俺は知らん顔で遠くの景色を眺めていた。
目に見えて意気消沈する彼に、エラメリアは仕方なしといった風に話しかけた。
「はぁ・・・実際私の力ではステフをちゃんと強くしてあげることはできませんからね。かなり癪ですがあなたも口を出す権利を与えます」
そう言ってプイと顔を背けてしまった。
なんだかんだでエラメリアは他人に甘いように思う。
そして彼女の目論見通りゾルフは食いついてきた。
姿勢を正すと土下座でもせん勢いでエラメリアに頭を下げる。
「あざっす! 全身全霊をかけてやらせていただきたく存じ上げやす!」
「鬱陶しい・・・」
そういってエラメリアは息を吐く。
本当に鬱陶しそうな顔をしていた。
ゾルフは一瞬ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、わざとらしすぎる演技から一転、いつもの彼の姿で俺の方を向いた。
「てなわけでこれからは俺がステフの剣術の専属講師だ。よろしくな」
「・・・よろしくです」
自分でもかなり嫌そうな声が出てしまったと一瞬後悔してしまったが、ゾルフは全く気にした風もなくエラメリアから剣を受け取っていた。
ブンブンと片手で振り回してその感覚を確かめている。
・・・本人が気にしていないならいいか。
でも次から気を付けよう。
例え冗談と分かっていても自分の存在を疎まれたら結構傷つくからな。
エラメリアに教えて欲しかったが、ゾルフの方が俺に合ってるというのならそれに越したことはない。
俺はちょっとだけ反省しつつゾルフの動向を伺った。
ある程度武器の質を感じ取ったのか、一回こくりと頷くと俺の方に目配せして先ほどの開けた場所へ歩いて行く。
付いてこいということだろうか。
名残惜しい気持ちでエラメリアを見上げる。
しかし、彼女は薄く笑って首を振るだけで特になんの助け船も出してくれなかった。
「ステフ、嫌でしょうけど付き合ってあげてください。彼もああ見えて寂しがり屋なんです。きっと一人で荷物番をしていることに耐えられなくなったのでしょう」
「エラがそういうなら・・・」
「彼の実力は国イチオシです。まず間違いなくあなたの力になるでしょう。気負いせず頑張ってきなさい」
「はい・・・。行ってきます」
エラメリアはくすりと笑うと、俺の頭をポンと叩いた。「行ってらっしゃい」とどこか面白そうに言う。
彼女に見送られながら、俺はゾルフの元へと歩き出したのだった。
こうして俺の剣術の先生はゾルフへとチェンジされてしまった。ああ、俺とエラの二人きりタイムよ・・・。
ゾルフは俺の気迫にあっさり降参してすぐに剣を切り出してくれた。
エラメリアと俺の二本分である。
短い剣でスパッスパッと切り出していく様は、恨みも忘れてすっかり魅入ってしまう程だった。
やればできるじゃないか、ゾルフ。
サクサク切ってしまうと、その後はずっと俺のご機嫌取りに回っていた。
まあ済んだことだしもう怒ってもいないのだが、正直うっとうしいのですげなく無視してやる。
でもよくよく考えてみればエラメリアは最初から気付いていたように思う。
それにゾルフは回復魔術のようなもので自己治癒していたし、その程度の魔術をエラメリアに使えないはずがない。
思い出せば何かしら疑問点が浮かび上がってくる。
うん、エラももしかして共犯?
彼女の言動とちぐはぐなところが感じられ色々と思うところはあったが、まあ気のせいだろうということでスルーした。
エラメリアが間違うはずがないもんな。
いつだって彼女が正しい。
そんな茶番はひとまずおいておこう。
というかどうでもいい。
気にするべきはこれからの事だ。
さて、チャチな物であるとはいえ剣を手に入れた俺は、ようやく剣術について教えを乞うに至った。
実際ものすごく時間がかかったように思う。
ゾルフの余計な芝居のせいでかなり時間もとられてしまったし、それまでの旅路も慣れていない俺には長く感じられたものである。
まさに”ようやく”であった。
剣を持って開けたところまで移動する。
エラメリアは俺の数歩先で立ち止まると、剣をスッと構えた。
凛々しい立ち振る舞いは熟練した達人のそれを確信させる。
剣先がまったくブレることなく構えられており、彼女の強い体幹を知るには容易い話だった。
構え一つで人の目を引き付けることが出来る。
ここまでの技量を手に入れるにはきっと毎日欠かさず身体を鍛え上げていくことが大事になってくるのだろう。
俺が見とれていると、いつのまにかエラメリアは魔術で水の像を作り出していた。
俺よりかなり身長が高いそれは、悠然とした立ち振る舞いで仁王立ちして構えていた。
たかだか水の像なのに言い知れぬ圧力を感じる。
・・・よく見るとなんか引っかかる顔をしている。
うっすらゾルフに見えないこともない。気のせいか。
エラメリアは相対する様に像の目の前に立つと、剣の重さを確かめるように握り直す。
「ではステフ。まずどの程度があなたに求められているのか、目の前の像を魔物に見立てて実践したいと思います。よく見ていてください」
そう軽く言ってエラメリアは一歩を踏み出した。
そして次の瞬間、像の頭の部分が爆発四散した。
「・・・殆ど剣先が見えなかった」
「まだですよ」
頭部を消し飛ばしたかと思えば次々に剣を繰り出す。
肩、肘、手、胴、太腿、膝、足という順番に次々斬りこんでいく。
剣が掠りでもする度に像から水しぶきが散った。
モーションや剣の腹までは何とか俺でも視認できる。
しかし、剣の先端はというと全く目が追いつかなかった。
エラメリアは一振りごとに全力を注いでいる。
それでも連続して剣を振るうことが出来るのは、一つ一つの動作のエネルギーをいなすのが上手なのだ。
上から斬りを入れたと思いきや振り切る前にサッと方向を右に逸らし、そのまま身を反転させて次の斬りへと繋げる。
さらにその動作さえも少しずつ方向を変えていくことで三段目の攻撃に備えていくのだ。
これを永久に繰り返し、全力の振りを途絶えることなく成功させているのである。
自分の力量と武器の出せる力をカンペキに把握した、プロの技だった。
呆気に取られている間にもかわいそうな像は切り刻まれていく。
しぱしぱと爽快な音を立てる様はまるで噴水のようだった。
ただ、噴水を立てているのは紛れもなく像自身なのだが。
これが本当の魔物相手だったらと怖気が走る。
粗方像をイジメ抜いた後で、エラメリアはふうっと息を吐くいて剣を収めた。
俺は思わず拍手を送っていた。
顔はさぞマヌケな表情になっていただろう。
「こんな感じですかね。できそうですか?」
無言で首を横に振る俺。
エラメリアは苦笑いすると、俺に剣を取るように指で示した。
とにかく手を付けなければ何も始まらない。
素直に従う。
エラメリアは構えた俺の姿を少しづつ直しながら説明を始めた。
「本来、剣術は相手との読み合いや体力勝負といった対人武芸の一環として在り続けていました。しかし効率的に魔物を狩るために、魔術と組み合わせた戦闘スタイルが現在の剣術には求められています。
それにはまず、倒すことよりダメージを受けないことが最重要となってきます。上達してくると攻めの動きで戦闘を優位に動かせるようになりますが、自信が付かないうちはヘイト稼ぎや誘導といった形で魔術使用者のフォローに徹することになります」
「うん、それはなんとなく分かるよ。あ、でも待って。さっき魔術を習った時に、魔術も近接戦闘者のフォローをするように動けって言われてたけど」
「その通りです。
敵のヘイトを操る立ち回りとは、近接と遠距離の両方から敵の”目移り”を誘発していくことで、常に意識外の誰かが攻撃態勢に入れるように動く戦法です。剣に注目していたら魔術に、魔術に注目していたら剣に、魔物の意識を分散して混乱させるのが最も安全な立ち回りですね。
そうなるように互いをフォローし合いながら戦闘を推し進めていきます」
「なるほど。逃げ腰スタイルでもいいんだったら俺でもなんとかなりそうかも」
「面白い表現をしますね。剣は身から離れて攻撃する術と違って最後まで自分とともにある武器ですから、ステフの言った通り一撃離脱には最適だと思いますよ」
「だけどエラメリアみたいな攻撃は俺には無理だな・・・」
「さっきのは少々攻めの姿勢での剣でした。魔術を頼るならもっと楽になると思いますよ。ですが、私はステフにはもっと凄い戦術が出来ると思っています」
「アレより?! 無理無理、何年あってもエラメリアより上手くなれる自信はないよ・・・」
「そんなことないですよ。ステフは天性のものなのか筋力に恵まれています。その細い腕で木登りできたのを覚えているでしょう? 適度に鍛えれば恐らく私より数倍速く重い斬りこみが出せるようになります」
「マジでか・・・」
剣を握りしめている手を見つめる。
多少日に焼けて健康そうな色をしてきたとはいえ、基本は木登りのみで鍛えた腕だ。最近では効率的な腕の動かし方を知ってしまったので、筋肉はほとんど付いていないと言ってもいいだろう。
果たしてこんなのでも剣を振るうことが出来るのだろうか。
考えている内にエラメリアは俺の姿勢を正してくれていた。
「習うより慣れろ、ですよステフ。まずは剣を一回振る動きから練習してみましょう」
「その慣用句こっちの世界でもあるんだ・・・」
「?」
「あ、いやなんでもない。・・・こうかな」
あれこれ考える前に体で覚えろ。現世でもよく先輩に言われたものである。ちなみにゲームの先輩様である。
ホント初めてのジャイロONでのゲームは慣れるのにほんとに時間がかかった・・・。
エイム習得するのにこの俺が二週間ぐらい掛かったレベルだ。
もう当分新しいシステムは追加しないでくれよ、任〇堂。
まあ今でこそ色々言っているものの、あの頃は苦行のように感じられていた事も慣れてみればいい思い出である。なんの話や。
魔術同様じぶんの力を乗せるようにイメージしながら剣を掲げ、雑念とともに全力で下に振り切った。
――ヒュバッ
・・・・・・。
なんかものっそい音が出た。自分でも見えないくらいのスピードがだったように思う。
一瞬気のせいかと思ったが、腕を振るった反動で俺の身体が少し後ろに下がっていた。
地面の土も靴とこすれて少し盛り上がっている。
まず間違いなく俺の感覚は正しかったのであろう。
剣先を見てみると、こちらも地面に縦線が入っていた。
ちなみに地面と接触はしていない。
風圧でこうなったのである。
地面に着く直前に慌てて剣をストップさせたから良かったものの、あとちょっと気付くのが遅れていたら木で出来た剣は粉砕されていたであろう。
自分でも驚きで固まってしまった俺。
恐る恐るといった表情でエラメリアの顔を伺う。
するとエラメリアも唖然としてしまっていたようだった。
俺と目が合い、思い出したように俺の腕を評価した。
「・・・正直、ここまでとは思っていませんでした。練習を重ねれば一週間ほどであるいは、と思っていたのですが」
「俺もびっくりだよ・・・。木登りサマサマですな。ちなみに本番だったらこの後どうしたらいいの? 後ろに飛びのいて魔術の軌道を確保すればいいのか?」
スピードは出ていたとはいえ所詮は今日初めて剣を持った輩。
一振りでモーションが崩れてしまい、とても次の一撃に移れるような姿勢では無かった。
実際の戦場ならこの後急いで逃げて、魔術使用者が術を使いやすいよう位置を変えるのが正しいのだろうか。
予測していない事態にエラメリアもどうしたらいいのかわからないようだった。
もしかしたら俺が中途半端にスピードをだしたせいで逆に手の付けようがない子だと思われてしまったとか? 
下手なら教えればいくらでも伸びるだろうが、アンバランスに一部分だけ特化していたら教える側としてはかなり気が滅入るだろう。
その昔俺にも似たような経験がある。
俺の事を師匠師匠と(ネット内で)慕ってくれていたゲームの後輩と話していた時のこと。
そいつは俺に新作fpsについて色々と教えを乞うて来たのだが、いかんせんエイム力が抜群に優れていた。
そのせいで、立ち回りは完全に敵の的になるような動きのクセに中途半端な強さを発揮してしまったのだ。
だがそうなると当然上のランクに行けば行くほど勝率は下がってくる。
矯正しようにも、ナカナカどうして立ち回りは全く改善されない。
曰く、教えたばかりの立ち回りのコツが全然理解できないらしいのだ。
結果俺もどう指導してやったらいいのかわからずお手上げだったというわけだ。
エラメリアもこういう事態に陥っているのかもしれない。
だったら非常に不味い。
この後の俺の進展はエラメリアにかかっているのだ。
ここでぺいっと捨てられてしまったら俺はどうなるかわからない。
両者焦りまくって非常に怪しい雰囲気になっていた時である。
タイミングよく救いの神が現れた。
俺の肩をポンと叩く者がいる。
誰ぞやと後ろを振り向くと、そこにはゾルフが得意げな顔で立っていた。
「やっぱり来ましたか」
エラメリアが嫌そうな顔をする。ゾルフは鼻で笑ってそれを聞き流すと、俺の方を見ながら言ってきた。
「ステフ、俺にまか」
「剣は後にしてとりあえず魔術の方をサクッと極めちゃいましょうか。ステフが上達するまで私がずっと隣にいますよ」
「わーい、”けん”なんか気が向いた時でいいや!」
ゾルフの手を振り払いエラメリアの元へ駆け寄る。
「邪魔が入らないところまで移動しましょう」などと言いながらエラメリアは俺を連れてどこかへ行こうとしていた。
俺もエラメリアがつきっきりで教えてくれるならなんでもいいやと素直について行く。
しかし、残念ながら目の前をゾルフに通せんぼされてしまった。
そのまま手を合わせて懇願スタイル。
「待って、待ってください! オレに復活のチャンスを! ちゃんとやりますから!」
それを冷たい視線で見下ろすエラメリア。先ほどの怒りも冷めやらぬままゾルフに告げる。
「荷物番はどうしたんですか? さっさと戻って寝ていなさい」
「そこをなんとか。剣についてお困りでしょう? オレが手取り足取り、アナタのビンカンな部分をちゃんと刺激してあげますから」
「無理やり下ネタにもってこうとするのがウザいので却下で」
エラメリアの痛烈な一言でゾルフが力なく沈む。
アイデンティティを否定された彼は最早立ち上がることすらできない。
本人も今のは無理があったと自覚していたようで、特に反論することもなく項垂れている。
しっかし個性が下ネタってひでぇな。
少しかわいそうに思った俺はゾルフに救いの手を差し伸べる。
ゾルフが女神を見る様な目で俺の手を握った。
そんな彼に言ってあげる。
「俺はだいじょうぶだから、な? あっちで俺たちの邪魔にならないよう荷物を見張っててくれ」
「ぐはぁ!」
オーバーリアクションで再び地面に沈んでいくゾルフ。
エラメリアが若干引いたような顔でゾルフを見据える。
俺は知らん顔で遠くの景色を眺めていた。
目に見えて意気消沈する彼に、エラメリアは仕方なしといった風に話しかけた。
「はぁ・・・実際私の力ではステフをちゃんと強くしてあげることはできませんからね。かなり癪ですがあなたも口を出す権利を与えます」
そう言ってプイと顔を背けてしまった。
なんだかんだでエラメリアは他人に甘いように思う。
そして彼女の目論見通りゾルフは食いついてきた。
姿勢を正すと土下座でもせん勢いでエラメリアに頭を下げる。
「あざっす! 全身全霊をかけてやらせていただきたく存じ上げやす!」
「鬱陶しい・・・」
そういってエラメリアは息を吐く。
本当に鬱陶しそうな顔をしていた。
ゾルフは一瞬ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、わざとらしすぎる演技から一転、いつもの彼の姿で俺の方を向いた。
「てなわけでこれからは俺がステフの剣術の専属講師だ。よろしくな」
「・・・よろしくです」
自分でもかなり嫌そうな声が出てしまったと一瞬後悔してしまったが、ゾルフは全く気にした風もなくエラメリアから剣を受け取っていた。
ブンブンと片手で振り回してその感覚を確かめている。
・・・本人が気にしていないならいいか。
でも次から気を付けよう。
例え冗談と分かっていても自分の存在を疎まれたら結構傷つくからな。
エラメリアに教えて欲しかったが、ゾルフの方が俺に合ってるというのならそれに越したことはない。
俺はちょっとだけ反省しつつゾルフの動向を伺った。
ある程度武器の質を感じ取ったのか、一回こくりと頷くと俺の方に目配せして先ほどの開けた場所へ歩いて行く。
付いてこいということだろうか。
名残惜しい気持ちでエラメリアを見上げる。
しかし、彼女は薄く笑って首を振るだけで特になんの助け船も出してくれなかった。
「ステフ、嫌でしょうけど付き合ってあげてください。彼もああ見えて寂しがり屋なんです。きっと一人で荷物番をしていることに耐えられなくなったのでしょう」
「エラがそういうなら・・・」
「彼の実力は国イチオシです。まず間違いなくあなたの力になるでしょう。気負いせず頑張ってきなさい」
「はい・・・。行ってきます」
エラメリアはくすりと笑うと、俺の頭をポンと叩いた。「行ってらっしゃい」とどこか面白そうに言う。
彼女に見送られながら、俺はゾルフの元へと歩き出したのだった。
こうして俺の剣術の先生はゾルフへとチェンジされてしまった。ああ、俺とエラの二人きりタイムよ・・・。
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