お母さんは冬の女王

まさかミケ猫

お母さんは冬の女王

「お母さんなんか大嫌い!」

 泣いて、喚いて、怒鳴り付けた。
 お母さんはただ困った顔で首をかしげている。
 本当は分かってるくせに。

「突然どうしたの?」
「そうやって知らん顔して……お母さんの裏切り者っ!!」

 魔法学校の教科書を投げつける。
 玄関の床をダンダンと踏みつける。
 それでもお母さんは困った顔をするだけで。

 怒りのやり場がなくなって、目が潤んだ。

 涙なんか溢してやるもんか。
 私は急いで階段を駆け上がると、部屋の扉を思いっきり閉めた。


 部屋に近づく足音がした。
 扉の外にはお母さんがいるんだろう。

『メイナ?』
「…………」
『お母さん、春まで戻ってこれないから。帰ってきたら、怒ってる理由聞かせてね?』
「…………」
『体調、気を付けてね? 暖かくして――』
「うるさい! 早く出てって!!!」

 ダン、と扉を叩くと、声が止まる。

 しばらくして、お母さんが玄関を出ていく音が聞こえた。
 これで三ヶ月は顔を合わせずに済む。
 私はやりきれない思いをため息にした。



 お母さんは最悪の裏切り者だ。
 その事実を知ったのは、魔法学校の授業でのこと。

「子供はみな、両親どちらかの魔法を引き継いで生まれます」

 先生の説明を聞いて心が凍った。

 私のお母さんは冬の女王をやっている。
 秋の終わりになると「季節の塔」に行って、そこから三ヶ月間を塔で過ごす。お母さんの魔法で、世界は雪に閉ざされる。
 一方で、お父さんもまた氷の魔法使いだ。
 冬の間は降り積もった雪を魔法で雪だるまにして歩かせるし、夏になれば街中に大きな氷を置いてみんなの役に立っている。

 先生の話からすると、私が持ってるのは絶対に氷の魔法じゃなきゃおかしい。そうじゃなきゃ、誰かが嘘をついている。


 なのに……私が持ってるのは炎の魔法だった。



 私は部屋の鏡を見た。
 お母さんそっくりの白く透き通った髪。

『ますますお母さんに似てきたね』

 昨日までは照れ臭く聞いていた言葉が、胸に刺さる。

 こんなに似てるんだ。
 お母さんが私のお母さんだってことは間違いない。
 そして、私が炎の魔法を持ってるってことは、私の「本当のお父さん」は炎の魔法を持ってる人なんだろう。

 私だってもう10歳だ。
 それがどう言うことかってくらい、分かる。


 お母さんは、お父さんを裏切ったんだ。




 お母さんが塔に行き、一ヶ月が過ぎた。
 布団から出ると、朝の空気が肌を突き刺してくる。

「おはよう。今年の冬は特に寒いね」

 お父さんは寒そうに両手を揉みながら、心配そうな顔で「季節の塔」を眺めている。
 私はお父さんの顔を見れなくて、一緒に塔を眺めた。

「温かいポトフを作ったよ」
「うん」
「パンも焼いたし、メイナの好きな蜜柑のジャムもある」
「うん……ありがとう」

 お父さんの顔を見ずにお礼を言う。
 私は小さく息を吐く。

「それで、落ち込んでいる理由は聞かせてくれないのかい?」
「……ごめんね」

 お父さんにこそ、言えるわけがない。

 窓の外を見た。
 本当にいつもの冬より寒くて、もう雪が積もっている。
 お母さんは今何を考えてるんだろう。



 お母さんが冬の女王になったのは、私が4歳の時だった。
 その時は、どうしてお母さんが帰ってこないのか分からなくて、夜通し泣いてはお父さんを困らせたっけ。

『ほら、あの塔を見てごらん』
『とう?』
『今、お母さんはあの塔で一生懸命頑張ってるんだよ』

 何度も何度も、繰り返し聞いた言葉だ。
 私が寂しくて泣く度に、何度も。

『メイナはお母さんのこと好きかな?』
『すき……』
『そうだね、お母さんだってメイナのことが大好きで、だから塔で頑張ってるんだよ。お父さんも、そんな頑張ってるお母さんのことが大好きなんだ』
『うん……』
『お母さんが帰ってくるの、頑張って待とうね』

 春になってお母さんが帰ってきたときは、泣きながら抱きついた。お母さんもあの時は泣いてたっけ。
 一緒にごはんを食べて、お風呂に入って、同じ布団で寝て。
 1ヶ月後には私の誕生日が来て、ケーキを一緒に食べて。

 それまで普通だと思ってたことが、こんなに幸せなことだったんだって、その時に知った。
 それから一年一年を乗り越えて、ここまできたんだ。

 だから、お母さんが嘘を吐いてたなんて知りたくなかった。
 今でも信じたくない。


 お母さんが帰ってきたら、ちゃんと話を聞こう。
 私はそう心に誓った。
 だけど……


 今年は冬が終わっても、お母さんは帰ってこなかった。




 春が始まらないまま1ヶ月が過ぎようとしていた。
 街には雪が積もり、食料も底をつきはじめている。

「求む、炎の魔法使い……」

 お城の前に貼られた、王さまからのお触書。
 それを読んで、私の頭は真っ白になった。

『求む、炎の魔法使い。
 厳しい冬が終わらず、街は雪に埋もれている。
 春の女王の季節が始まらねば、全ての命は絶えるだろう。
 集え、冬を終わらせるために。
 炎の魔法使いよ、季節の塔に集うのだ』

 お母さんが危ない……!
 私は慌てて走り出した。


 冬の女王が出てこない。
 お母さんが帰ってこない。
 塔に閉じ籠ったまま。
 どうして出てこないの?

『お母さんなんか大嫌い!』

 そんな。
 まさか、私のせい?
 私がお母さんに、酷いことを言ったから?

 私は走った。
 息が切れて、脇腹を押さえた。

 少し立ち止まって、大きく息を吸う。
 また走った。
 肺に冷たい空気が入る。

『冬を終わらせるために。
 炎の魔法使いよ、季節の塔に集うのだ』

 嫌だ。
 嫌だ。
 私のせいで、お母さんが殺されちゃう……!

『体調、気を付けてね? 暖かくして――』
『うるさい! 早く出てって!!!』

 嫌だ。
 嫌だよ。
 あんなのが最後の会話だなんて。


 私は走った。
 泣きながら走った。
 走って転んで擦りむいて。
 それでも全力で走り続けた。




 ボロボロになって「季節の塔」にたどり着く頃には、あたりは薄暗くなっていた。
 塔には何人かの大人が忙しそうに出入りしている。

「はぁはぁ……っはぁはぁ……」

 もしかして、もう手遅れ……?
 半分泣きそうになりながら、足を引きずって塔に向かう。

 と、そこで知っている声が私を呼んだ。

「メイナちゃん?」
「はぁはぁ……あれ、ナターシャ、さん?」

 お母さんの同僚のナターシャさんだ。
 同僚と言っても、女王の仕事じゃない。
 お母さんが春から秋の間働いている、国立魔法研究院の人。
 うちに泊まりで遊びに来たこともある。

 どうしてナターシャさんがここに?
 と聞く間もなかった。
 ナターシャさんは私の肩をガシッと掴む。

「メイナちゃん、もしかして炎の魔法使える?」
「……え、えっと」
「答えて、大事なことなの」
「は、はい……使えます」
「――よっし来た!!!」
「え?」

 どういうこと?
 理解するための時間も説明もなく、ナターシャさんは私を肩に担いで塔へと走って行った。
 米俵のように担がれた。
 私、一応乙女なのに。



 塔の最上階。
 何十人もの炎の魔法使いが、円形に座り込んでいる。
 中心には「季節の宝珠」、そして――

「お母……さん?」

 頬が痩けて、髪がボサボサで。
 普段ののんびりした印象とはまるで違う。
 ボロボロの冬の女王がいた。

 女王は宝珠に向かって全力で魔法力を注いでいる。

「メイナ……」
「お母さん」

 お母さんは私をちらっと見ると、口角を少し上げる。
 それで笑ってるつもり?
 全然笑えてないよ。

 笑えないよ。

「メイナ、誕生日、おめでと」
「お母さん……」
「ごめん、帰れなくて」
「そんなの……!」

 そんなの何でもない。
 何でもないよ。
 お母さんは、こんなボロボロになって頑張って。
 私は……


「はいはい、感動の再会は後にして」
「ナターシャさん?」
「メイナちゃん、お母さんの魔法波動、感じ取れる?」
「……たぶん」
「お母さんと波長を合わせて、共鳴させるの」
「うん……やってみる」


 私は目を閉じる。
 そして、周りの魔法を肌で感じる。

 お母さんの魔法はすぐにわかった。
 暖かくて、安心して、いつまでも触れていたい。
 赤ちゃんの頃から慣れ親しんだ波動。

 私の魔法とよく似た波動。

「なーんだ……」
「メイナちゃん?」
「ううん。お母さんも炎の魔法使い・・・・・・だったんだなーって」
「え? そりゃ、冬の女王・・・・だもの」

 なーんだ。
 私って本当におバカだなぁ。
 はじめから、無知な私の誤解だったんだ。

 私の魔法とお母さんの魔法が共鳴する。
 宝珠の光が段々大きくなっていく。

 他の人にとっては、お母さんの波動に合わせるのは難しいのだろう。
 だから思うように増幅できなかった。
 けど私なら。
 実の娘である私なら。


「お母さん」
「……メイナ?」
「大好きだよ」
「ふふ……」


 お母さんの顔にほんの少し精気が戻る。
 よかった。
 少しだけ安心した。

 さぁ、もう終わりにしよう。

 早く帰って、お母さんにいっぱい謝らなきゃ。
 お父さんも心配そうに待ってる。
 それで、みんなでケーキを食べるんだ。
 忘れてたけど、私今日誕生日だし。


 次の季節に進む時だ。
 冬よ、終われ。


 フワッ。
 お母さんの魔法と一つになる。
 宝珠がまばゆく光って、部屋を照らす。


 塔の窓から暖かい風が吹き込んできた。

「はぁ、さすが母娘」

 ナターシャさんが感心半分、呆れ半分のような声で呟く。
 それを聞いて緊張の糸が切れた私は、座り込んで意識を失うのだった。





 冬を終わらせてしばらく。
 命の魔法を使う「春の女王様」と交代して、お母さんが帰ってきた。

「冬の女王は、寒い冬を暖める炎の結界を張る仕事よ」
「知らなかった……」

 本当の冬は、もっと寒くて厳しいものらしい。
 それこそ、街が全部雪に埋もれちゃうくらい。
 冬の女王は、炎の魔法でみんなを守ってるんだってさ。

 今年の冬はすごく厳しくて、お母さんもギリギリのところで踏ん張ってたみたい。

「学校で習うっていうか、お母さんの仕事なんたけど」
「うぅ……」
「早とちりね、ちゃんと言ってくれれば――」

 いっぱい甘えて、謝って。
 ジト目で見られながら、アハハと笑って。

 はぁ、やっちゃったなぁ。

「まったくもう、こんなトコまで私に似なくてもいいのに」
「……え?」

 お母さんがボソッと呟いた言葉に、お父さんが吹き出す。
 お父さんは私の頭をポンポンと叩きながら説明する。

「お母さんも子供の頃、メイナと全く同じ誤解をして家出したことがあるんだ」
「え、ほんと?」
「お父さんも街中を探し回ってね……あれは寒い冬だったなぁ」

 顔を真っ赤にして頬を膨らませるお母さん。
 お父さんは苦笑いを浮かべて頬を掻いている。

 なーんだ、そうだったんだ。
 私はなんだかお腹が空いちゃって、お母さんが焼いたパンに手を伸ばした。



 この国には、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がいます。女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。 

 春の女王様は命の魔法使い。
 荒れた大地に新しい命を芽吹かせます。

 夏の女王様は氷の魔法使い。
 灼熱の砂風を柔らかくして、皆が暮らせるようにします。

 秋の女王様は嵐の魔法使い。
 風を呼び、雨を呼び、大地に実りをもたらします。

 そして冬の女王様。
 冬の女王様は炎の魔法使い。
 冷たい空気を暖めて、優しく街を包み込みます。
 毎年冬が来ると、一生懸命皆のことを守っています。

 冬の間は寂しいけれど、そんな時は塔を見ます。
 頑張れって念じれば、きっと届くと思うから。


 皆のために、私のために、一生懸命頑張ってる。
 そんなお母さんのことが、私は大好きです。

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