混じりけのない白より好きな色

些稚絃羽

1.ウォールの一日

「オスは強くなければいけない。そこに少しの優しさがあれば、なおいい」
 これが白色オオカミの親分、ウォールの口ぐせです。


* * * * *


 ウォールの一日は太陽がかたむきかけた頃から始まります。おねぼうさんなのではありません、月の出る真っ暗な夜が彼らオオカミにとっての”昼”なのです。
 なかでもウォールは早起きです。まだ空が青い内に起き出します。
 まずは二匹の子分がどこにいるかを探します。大抵となりで丸まって眠っているのがかみつきジャッキーで、となりで寝ていたのにころころと転がって近くの木に体をまきつけているのがおしゃべりシギーです。シギーはどうやら夢の中で大きな動物をつかまえたようです、眠っている時でもシギーはおしゃべりです。

 まだ気持ちよく寝ている二匹を置いて、ウォールは出かけます。子分のことは大切に思っていますが、ウォールにとってこの一匹の時間も大切なものです。一匹でぶらぶらと散歩をして、知りつくしている森の季節ごとにちがう景色を探して。その時間は優しく心地よいものですが、そうしながら森の悪い変化も探しています。

 ウォールは森の中で二番目に強い立場を持っています。一番は森の外れに住んでいるライオンです。
 その立場は体の大きさや強さだけで決まるのではありません。かしこくて、森の動物たちのためにいいことができるのです。だから森に住む動物たちは、少しこわくてもウォールの言うことをすすんで聞いてくれます。ぶっきらぼうですがいつも助けてくれるからです。

 森の変化は放っておくととてもキケンです。
 たとえば大雨が降った日は土がとてもやわらかくなります。森はじめじめとしていて天気のいい日でも土はやわらかいものですが、大雨のせいで森全体が沼のようになったことが、ウォールが覚えているだけでも三回はありました。いつもは地面を守ってくれる木々もそんな時ばかりは動物たちの敵となります。どろどろとした土で支えられなくなった木は、土が流れるのにまかせて倒れてしまうのです。

 そうした悪いことが起きないよう、ウォールは昼下がりの散歩を欠かしません。気を散らす子分もいないこの散歩は、とても大切なものです。


 太陽が沈む頃まで森をぐるりと回るのが日課です。そうしてやっと目を覚ました子分たちと一緒に食料探しに出かけるのです。
 ですが、今日は散歩を始める前に寄るところがあるようです。

 いつもとは反対の方向へ歩いていきます。今日はこの冬一番のいい天気です。太陽の光に照らされて白いウォールの毛先は透き通って見えます。それに向かう先の木々のすき間から山の先端もよく見えます。ウォールもそれに気が付いて、余計にお腹がすいてきました。

 山にはオオカミの好物の動物たちがたくさん住んでいます。ですがウォールは山には入っていきません。生まれてから一度も入ったことがありません。それは昔から決められていることで、とって食べていいのは森に住んでいる動物や迷いこんできた動物だけです。それらをとれなければ森の真ん中にある小さな泉の魚や、木の実や葉っぱを食べる生活です。その決まりごとのせいで肉を食べられない日が続くことがよくありますが、ずっと昔に住んでいたオオカミたちもそれを守ってきたので子分たちにもよく言って聞かせています。力が足りないと子分たちのように文句を言いたくなることがあっても、生きていられるというだけで十分だとウォールは考えるようになりました。
 それでも森を管理する者としてしなければいけないことがあるのです。そのコハク色の目に大きな背中が映りました。


「レオン」

 ウォールが声を上げると、まわりの砂がちりちりとおどります。地面をふるわせるほどの低い声をしているからです。
 そして目の前のたてがみもさわさわとゆれます。それはウォールの声というよりは、その動物が右に左に大きく動いたからでした。
 レオン、それがこの森に一頭だけいるライオンの名前です。そして彼が、この森の主です。

「そんなにあわててどうした。かくしごとか?」
「気配を消してねぐらに入ってきたやつの言うことか?」
「ふん、においで気付け」

 無茶を言う、とレオンは思いました。
 ライオンはオオカミほど鼻が利きません。それにいつもはねぐらまで訪ねてくる動物もいないので、気配を消されてしまえば声をかけられるまで気が付くのは難しいのです。そんなことを考えながら、小さな葉っぱのお手紙をそっと体の下に隠してふりかえります。相変わらず怒っているような顔をしているのだな、と思って小さく笑いました。

「何がおかしい。……まあいい。お前が何をしていようが関係ない。だれと仲良くしようと、な」
「仲良く? そんな皮肉を言いにわざわざ来たのか。お互い、得にならん早起きだったな」
「そんなくだらん話で長居するつもりはない。用件を言う」

 ウォールはレオンのことをすごいやつだと認めています。ですが冗談を言ってごまかそうとするところは好きになれません。それがだれかを守るための優しさからでも、森に住む者としてのけじめは必要だと思うからです。

「レオン、お前はいつから山の者になった?」
「おれは生まれてからずっと森の者だったと思うが」
「そうだ、お前は生まれた時からこの森を背負っている。ならばせめて、救う命はひとつにしろ。余計なことをして森に入る者を減らすな」

 それを聞いたレオンの頭には小さな赤茶毛うさぎの顔が思い浮かびます。
 本当に守りたいのはただひとつです。けれどそのひとつだけと決めてしまえば、守れてもいつか泣かせてしまう時が来るでしょう。大切なだれかを失うのがどれほど悲しいかをレオンは知っています。同じ思いをさせるのはつらすぎるのです。
 もちろん、ウォールの言うことも分かります。ウォールが森のみんなのことを思って言っているのも知っています。そして、ウォールも失う悲しみを知らないわけではないということもレオンは知っているのです。
 生きるために必要なこと、楽しく生きるために必要なこと。それらをてんびんにかけるのは何だかさみしいことです。

「……オスは強く、そして優しく、じゃなかったのか」
「優しさは少しでいい」

 レオンのつまらなそうな声に答えながらウォールは背を向けます。森の主であるレオンの目にもその真っ白な後ろ姿は強く美しく見えました。
 いいか、と背中を向けたままウォールは続けます。

「優しさにのまれた時、強さはただの飾りになる。よく覚えておけ」

 そうして来た道を戻っていきます。行く先には耳をつんと立てた黒い影が伸びています。今日は本当にいい天気です。でも吹いた風には冷たいカケラが混じっているような気がします。夜はいっそう冷えるのでしょう。

 レオンに言った言葉が、頭の中で何度も繰り返されます。
 優しさだけではだめだ、まず強さがなければだれも守れないのだ。ウォールは心の中でひっそりと呟きました。


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