クリスマス極滅法案

チョーカー

クリスマス極滅法案

 朝起きる。目を覚まして最初にする事はスマホの確認。
 着信はなし。メールもなし。確認OK

 「寒い」

 今は12月。ベットから起き上がるには、気合が必要だ。
 テレビのリモコンに手を伸ばす。

 『先日、国会でクリスマス極滅法案が成立しました。今後、おもちゃメーカーの強い反発、諸外国との反応が不安視されています』

 「……なんのこっちゃ?」

 僕は大学2年生。大学の近くにマンションを借りて1人暮らし中だ。
 将来の目的もなく、社会に出るまでのモラトリアムを惰性的に楽しむだけ……。
 そんな、どこにでもいる大学生だ。
 あぁ……言い忘れていたが、僕の名前は望月望。

 大学に行くと、親友の師走明がいた。

 「おはよう」
 「おう、おは!」

 昨日のテレビ番組、週刊誌の漫画の内容。
 普段通りに、話に花を咲かせながら、廊下を歩く。
 すると……

 『ざわ……ざわ……』

 前方から、ざわつきが聞こえてくる。

 「なんだ?なんだ?」と僕は様子を見に進もうとした。
 しかし、明に腕を捕まえられ、止められた。

 「やめとけ。どうせ、極滅隊の連中だ」
 「ご、極滅隊?なんだ、そりゃ?」
 「いや、奴らが来る。良いか?絶対に言葉を話すな。目も合わせるな。連中は暴れたいだけの連中だ。どんなイチャモンをつけられるわからないぞ」
 「????」

 いきなり、明が別人になったかのように真剣な顔で言う。
 僕は意味が分からないながらも、その真摯さに頷くしかなかった。
 でも……

 「なんだ?あれ?」

 明の忠告も、すぐに忘れて、思わず声が出てしまった。
 全員が木刀を肩に担いでいる。
 それよりも、目に留まるのは白い着物で統一されている服装。
 長く伸ばしている黒髪を後ろに束ねていて、まるでちょんまげだ。
 そんな連中が10人も徒党を組んで、廊下を練り歩いている。
 先頭を歩いている人物と目が合ってしまった。

 「おい、そこのお前!」

 いきなりの怒鳴り声。
 思わず、僕は――――

 「は、はい!」と勢いよく返事をしてしまった。

 極滅隊?のリーダー?らしき人物は僕に詰め寄ってきた。

 「ほう……良い返事。貴様、名前は?」
 「はい、望月望です!」
 「なるほど、良い名前だ。貴様、12月25日は何の日だ……答えろ!」

 12月25日?クリスマスだ。
 そう連想した瞬間、朝のニュース番組を思い出した。
 クリスマス極滅法案!
 そうか、コイツはそれを目的にしているのか。
 それじゃ、クリスマスって答えはダメだ。
 ……じゃ、何て答えればいいんだ? 何が正解なんだ!

 「おい、どうした?答えろ望!」

 えっと、確か12月25日はキリストの誕生日……いや、違うのか?
 たしか、宗教戦争でキリストに鞍替えした連中が、戦後にキリスト教に祭りがない事に怒った事が始まり……いやいや、絶対に違う。じゃ?じゃ、答えは……

 「へ……」

 「へ?」と連中は威圧気味に食いついてくる。

 「へ、平日です」

 漫画なら『シーン』と描写であろう静寂が周囲を支配した。
 ドッさと荷物を落とす人もいた。そ、そんなに力が抜ける解答だったのか?

 「……よし、正解だ」
 「へ、へぇ?」

 そう告げるリーダーらしき人は僕から離れていった。
 へなへなと僕は腰から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
 そのまま、遠ざかってくる極滅隊を見送っていると急にリーダーが振り返り――――

 「おい!」
 「は、はい!」

 腰が抜けてたはずなのに、反射的に立ち上がってしまう。
 そんな恐怖感が、再び僕を襲う。

 「貴様、望月望と言ったな。貴様には見込みがある。興味があるなら極滅隊に来い。……今なら幹部候補だぞ」

 ニヤっと強烈な笑みを浮かべ、今度こそ極滅隊は帰って行った。
 もしも、あの時――――
 「12月25日はクリスマス」と答えていたら、どんな目にあっていたのだろうか?
 そんな恐怖しか残っていなかった。


 ―――数日後―――

 「ヒャッハー サンタ狩りだ!サンタは殺せ!トナカイは食え!」
 「サンタの赤は血の赤だぜ!」
 「この老害じじぃが!サンタの恰好なんて良い度胸してんじゃねぇか!剥ぐぞコラぁ。いや、剥げ」
 「指導だ!この木刀はなんのためにあると思う?こ・う・し・て・気合を叩き込んでやるためだよ!」

 あれから数日。25日に近づくたびにクリスマス極滅隊の活動は、より過激で攻撃的なものに変貌していた。もうクリスマスを無関係な物でも因縁をつけて、暴力を振るっている。
 そんな様子を見て、僕は決意をした。



 ―――12月24日――― 
 クリスマスイヴ

 町は静けさが見て取れる。
 人々の顔から希望が抜け落ち、生きる死者のように、うなだれて歩いている。
 そう――――町は灰色に染まっていた。
 そんな様子を、僕は遠く離れた倉庫街から、望遠鏡で覗いている。
 やがて―――人が集まってくる気配がした。
 振り向けば数人。年も性別もバラバラ。しかし、共通点もあった。
 それは、全員が赤いコスチュームを身につけていたのだ。

 「よく、ここまで……誰一人欠ける事なく、集まってくれました。僕は貴方たちに感謝します」

 僕は彼らに感謝の意を述べた。すると――――
 「水臭いぜ。俺たちに取って、あんたがリーダーだ。あんたの呼びかけで俺たちは集まって行動を起こすんだ。リーダー、あんたはふんぞり返って、俺たちに支持をくれ。
 クリスマスを取り戻すんだ!……と」
 「あぁそうだな」と僕は笑い。「僕が言う前に、君に言われちゃったけどね」と言うと彼は照れたような表情を見せてくれた。

 「さて、それではみなさん。明日は笑ってこう言いましょう 『メリークリスマス』と!」
 「「「おぉ!」」」


 ワゴン車から、降りる。
 ここはテレビ局。ロビーに入ると、普段よりも人の出入りが多いのがわかる。
 そりゃ、そうだろう。なんせ、収録済みだったクリスマス特番はお蔵入り。
 一から番組を収録する時間もなく、全ての特番を生放送でお送りする事になっているんだから。
 しかし――――

 「すいません。入館許可書の提示をお願いします」

 呼び止められた。振り返るとそこには警備員さんがいた。
 「あの、入館書。お願いします」と繰り返しながら、僕に近づいてくる。
 僕は胸ポケットから紙を取り出す。
 それは白紙の紙だった。そして、それを見た警備員さんは、目を見開いて驚いていた。
 そのまま、さらに僕に近づいてくる。近づいて――――
 「メリークリスマスを」と僕の耳元に囁いた。

 「すいません。入館許可書の提示を……」

 彼は協力者だったらしい。すぐに別の人間に向かい、同じ言葉を投げかけている。
 スタジオの扉の前。他の仲間も数人が揃っている。すでに、みんな着替えてサンタの恰好になっていた。
 窓からスタジオの中を除く。

 司会のお笑い芸人。 
 複数の椅子に芸人やタレントが座っている。
 雛壇芸人のトーク番組か?
 彼らの周囲に観客が100人以上? それに加え番組スタッフが走り回っている。
 後方で微動だにしないのはタレントのマネージャー陣か?それとも、局のお偉いさんか?
 OK 内部はわかった。僕らは互いに目を合わせて――――
 突入を開始した。

 「GO GO GO GO !」

 僕らは全員で怒鳴り声を上げた。
 周囲の人間に異常事態を教え。パニックを起こすためだ。
 逃げ惑う人々に向かって真っすぐ突き進んでいく。中央突破だ!

 「望、副調整室及びディレクターを制圧したぞ」
 「流石に早いな。終わったらクリスマスケーキをくれてやる」

 僕は生放送中のカメラにフレームインした。
 他のみんなは、僕の周囲をガードするように持ち場についた。
 出演者、観客、スタッフを追い出すとスタジオを封鎖する。
 これで暫く、邪魔者は入ってこない。
 僕は深いため息を一つ。視線は真っ直ぐにカメラに向けた。



 「みなさん、こんにちは――――そしてみなさん。明日はこう言うべきです。『メリークリスマス!』
 みなさん、我々は見ての通りのサンタクロースです。
 ……ごめんなさい。嘘をつきました。
 僕は、サンタクロースではありません。望月望という学生です。サンタさんは、こんな事なんてしませんね。
 なぜ、僕がこのような強行手段にでたのか?
 それは、もちろん、クリスマス極滅法案の白紙撤回を願っての事です。
 クリスマスは必要です。絶対に、必要です。
 最初に夢のない話を言いますが、みなさんはサンタさんが、存在しないと知った時は、どのような気持ちでしたか? 失望?かなしみ?ひょっとしたら、悔しみなんて感じた人もいるのではありませんか?
 でも、サンタさんはいます。貴方たちの両親です。みなさんは、ご両親にクリスマスのお礼を言った事がありますか?僕はあります。そしたら、僕の両親はこう言いました。
 『私たちの感謝の気持ちは、貴方の子供が生まれた時に、貴方の子供に送りなさい』
 ……そう言われました。僕は伝えたいです。今はまだ……子供というより、結婚相手も見つからない若輩者ではありますけれども、僕は……両親への感謝を次の世代へ……
 伝えたい!」

 次の瞬間は爆破音が響いた。
 ドアが破られた。続いて武装した警官隊が雪崩込んでくる。
 全員が半透明の盾を装備した紺色の服装。機動隊だ。
 全員が僕に、僕一人の向かって来る。
 そして――――

 「確保!犯人を確保したぞ!」

 12月24日 19時25分35秒
 容疑者 望月望
 国家反逆罪により……


 
 ―――1か月後―――

 「おい。望月望。釈放だ!」

 ガンと牢を蹴られる。
 「え?」と僕は看守を見上げる。
 そう、僕は牢屋にいた。国家反逆罪によって、警察による取り調べもなく、裁判もなく、この牢獄に閉じ込められ、拷問とすらいえる扱いを受けていたのだ。
 普段、僕の拷問担当だった看守は忌々しい物を見るような目つきで言う。

 「さっさと立て。てめぇは、もうお払い箱だ」

 そう言うと唾を吐きかけてきた。もう、僕には唾を吐きかけられても、振り払う気迫も残っていない。
 釈放。その意味もぼんやりとしか理解できない。
 「やっとここから出られる」としか思っていなかった。
 そうして、牢獄を後にすると……
 爆発が起きた。
 いや、そうとしか思えなかった。爆発と勘違いするほどの声援が僕を迎えてくれたのだ。
 見渡す限りの人人人……そして人。
 その人達は皆――――サンタクロースの衣装で迎えてくれた。


 この日のワイドショーにて

 『みなさんご覧ください。新たなるサンタクロース望月望。彼の釈放を望んだ人々によって彼は迎えられております。皆、サンタクロースの恰好をしています。あっと、今、関係者でしょうか?彼に望月望にサンタの衣装が渡されました。どうでしょう?スタジオの馬場さん?』

 『はい、スタジオに帰ってきました。今回の事件以外にも、多くの企業からの反対、諸外国からの反対を受けたかたちになった日本政府ですが……、それでもクリスマス極滅法案の廃止を認めない判断。
 引き続き、クリスマスの関わる事柄を排除する方向に進むそうです。
 しかしながら、本日、1月25日を新サンタクロース誕生記念日として、新たにニュークリスマスを設立しました。これによりまして、来月行われるバレンタインデー極滅法案の成立も困難が予想されます』







 100年後 ニュース番組にて

 『これは、今から100年前の音声です。あの新サンタクロース望月望が投獄中の取り調べの音声が、事件から100年を迎え、日本政府から公開されました。その内容をお聞きください』

 看守「おい、答えろ!一体、どうやったんだ?」

 望月氏「……何がだよ?」

 看守「とぼけるな。あの時、テレビ局のスタジオの中にはお前以外にも、サンタの恰好をした複数の人物がいたと、目撃者は口をそろえて言っている。スタジオだけじゃない。副調整室もだ!」

 望月氏「あぁ、それが?どうかしたのか?」

 看守「どうかした?じゃない!」

 (この後、音が入る。おそらく、望月氏が机に叩き付けられた音と思われる)

 看守「どうやって、周囲を警官隊に囲まれたスタジオから、お前以外の仲間がいなくなっているんだ!煙のようにいた痕跡も残さないで!」

 (この後、望月氏と思われる笑い声が続く)

 望月氏「そりゃ、そうだ。彼らは煙のように移動し、煙のある場所から入り込み、煙のように消える専門家だもの。いいかい?彼らは――――彼らこそが――――

 彼らこそが本物の――――」


 おわり

 

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