影遊び

鬼怒川 ますず

カケコ遊び


 このままではダメだ。
 僕はこのオカルトに対する恐怖を抱くのと同時に、今目の前で幼馴染がその怪奇に巻き込まれて過去の人たちのように同じ運命に会うのを考え、足元の影に怒りを覚えた。
 
 僕も影になれたらいいのに。

 そう思った後だ。

 僕の脳裏にある発想が浮かんだのは。


 (……影遊びって、ようするに影が遊び相手を求めているんだっけ。なら、影が満足するような『遊び相手』がいれば、みゆきが引きずり込まれることはないんだろう)


 『影遊び』という怪異が、単に人に襲いかかるのではなく、その名前の通りに影の遊び相手をするというもの。
 だったら、もう一つ影が必要なのではないだろうか。

「……やるしかない」

 僕は無謀と思う賭けに出る。

 彼女を掴んでいた手を離して、僕はその横に移動する。

 真ん中にあるロウソクの火が、メラリと揺れてあたりの影も少し動いた気がした。
 まるで、僕が行うことに気づいたように。でもそんなのは関係ない。

隣で沈んでいく幼馴染を救うために、僕は文句を言った。


「影さん! 影さん! 俺と一緒に遊びましょ! 」


 そう言った直後、僕の影に何かが入り込んだような感じがした。
 足元にある僕の影が波打ち始める。

『いいよー』

そんな声が聞こえた気がした。
 瞬間、僕の影が隣にある彼女の影にロウソクの灯りを無視して伸びていく。

 僕にはそれが手を伸ばすようなものに見えた。

 それと同時に、彼女の体が影からポンッと出てきた、まるで弾き出されるように。

「おいみゆき!! 」

 僕は急いで飛んで床に叩きつけられた彼女の元に行く。
 彼女を抱き起こすと眠っているようで、安らかな吐息が聞こえていた。
  僕はそれに安堵しつつも、自分の足元と彼女の足元に影がないことに気づいた。

 僕はおそるおそるといったように後ろを振り向く。
 そこには……。


 『よう、俺たちようやく会えたね……』

『マコトくん……』

『これからはずっと一緒だから。ひとりで遊ぶな。だから、行こう』

『行くってどこに? 私もう少し遊んでいたい……』

『ダメだ、俺たちは死んでいるんだ。だから、遊ぶ時間はもうないんだ……』


 僕の影が坊主頭の少年になり、彼女の影がおかっぱの綺麗な少女になって会話していた。
 少年の方は瞳に真なる力があり。逆に少女の瞳は黒くて光彩がない。


『私はもっと遊んでいたい。だから仲間をたくさん作って遊ぶの!! 私はもうひとりじゃイヤだ! 』

 少女がそう言うと、教室中の影という影からまるで亡霊みたいな顔が頭だけ突き出すように出てきた。
 僕にはその顔全てに見覚えがある。

 この学校で『影遊び』で行方不明になった生徒の顔によく似ていた。

 いや、まさにその通りなのだろう。

 『みんながいる! マコトくんがいなくなって寂しい時に私と遊んでくれるって言ったこの人たちが!! だから遊ぼ? マコトくんも一緒に遊ぼうよ!』

 『カケコ……』

 少年が言ったその少女の名前を聞いて僕は瞬時に答えを悟った。

 この怪談は『影遊び』ではなくて、『カケコ遊び』だったのではないだろうか、と。

 これは一種の降霊術の類だ。しかも特定の人物を意図せずに出せる、もっともタチの悪い。

 『カケコ』と呼ばれた少女はそう言って、黒い瞳で『マコト』という少年を見据えて邪悪にニタリと笑う。
 しかし、『マコト』と言われた少年は……。


 『俺はお前が好きだった』

  『ちょっ! マコトくん!? 』

 『いつか結婚するんだってずっと思っていた。今だってそうだ、生き返れたらお前と結婚したい。それぐらい好きだ』

 『いきなり何言ってんの!? みんなが見ている前で!!』

 少女が恥ずかしがって、初めて人間らしさが出た。それと同時に周りの影から突き出す顔もみんな囃し立てる。

 けれど、マコトは。

 『でも、そんな事は今はできない。ずっと遊ぶんだってカケコが時間を止めて一人で遊んでいては、俺だって出来ない』
 
『それじゃ無理なんじゃない……』

 『だからこそ、一緒に行くんだ。もう一度この世に生を受けるために……』

 『それって……』

 少女が何かを言う前に、少年の黒い体から淡い光が照り出し、まるで教室中の影を優しく包むようにその光が広がっていく。

 僕はその暖かい光を浴びて心が落ち着く。心なしか、眠っている彼女の顔にも安堵の表情になっている。

 周りの影は違っていて、その光が彼らを包むと、影のシルエットだけの目鼻から憑き物が剥がれたように、写真でみた生前の顔に戻っていく。そして、まるで砂糖が水に溶けていくように彼らも影からスーッと消えていった。

 成仏。

 少女に殺された人たちの魂が、解放されていくように僕の目には映った。
 事実、少女の顔には驚きと泣きそうで仕方ないといった顔でその光景を眺めていたのだから。

 『私の友達が! みんなどっかに行っちゃう!! どうしてなのマコトくん!! 私は一人ぼっちが嫌だ! それなのにマコトくんは私を一人ぼっちにまたするの!? 』

 『そうじゃないよカケコ、俺たちはもう一度生を受けたら一緒になれるはずなんだ。輪廻転生でもう一度人生をやり直すんだ』

 『いやだ! 私は私のままがいいの! マコトくんだってマコトくんじゃなきゃ嫌! 一人ぼっちも嫌だ! 違う自分になるのも嫌だ! なんで、なんで私たちは死んだの!? あの時、学校が米国の空襲で燃えた時に、なんで死ななきゃならないのさ!』

 カケコは泣きながら、その姿が鮮明になっていく。
 瞳もさっきまで闇で覆われていたが、クッキリと光彩がかかっており。涙が頬を伝ってたくさん流れていた。
 涙は地面に着く前にスッと消えていくが、僕にとってはその涙はとても大きな価値がある様に思えた。

 『私は、死にたくなかった。好きだったマコトくんを失くしたくもなかった。もう、イヤだよ。どうして、どうして……』

 『カケコ……』

 カケコは涙をぽろぽろ流しながらとても悲しい顔を浮かばせていた。
 幽霊とは、こんなにも悲痛な運命を伴っているのだ。僕としては貴重な場面だが、決して興味本位で見てはいけなかった。

 そして、そんな僕だからこそ唯一出来ることをしてやった。

 「……抱いてやれよ」

 僕の言葉にマコトと呼ばれた少年は反応した。
 それで躊躇している様だった。
 なぜか、僕には分かった。
 マコトがカケコに抱いているものが本当の愛だからだ。

 一番身近にいて、仲良く遊んで大切に思える相手に抱く感情が愛だからこそ、安易にその表現をしてはいけない。
 愛の言葉をいくつも囁いても、それが空気になってしまう様に。
 たぶん、マコトはそれが怖かったんだと思う。 でも、それでも僕は言い放つ。

 「カケコはずっと待っていたんだ。何人もの人間を犠牲にしても、結局は降霊術で呼んだそいつらが悪いんだ。だから、罪悪感なんか持たなくてもいい。それに、さっきお前が成仏させたんだ。次の人生ではそんな軽率な行為はしないはずだ。他のやつで出来なかったことをお前がやって、カケコを救ってやれよ。本当に好きなら、自分の心が本当なら証明してみせろよ!」


 僕はそんな格好もつかないセリフを言った。
 すると、僕の言葉にマコトが意を決した。

 スルスルと、音も立てずに歩きだすマコト。それはカケコに近づくためであった。

 淡い光が、余計にカケコを照らす。

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