短編集〜徒然なるままに~
いなりさまっ!
寂れた稲荷神社に毎日通い、欠かさず手入れをするのは何故だろう。ひいじいちゃんが死に際に放った「イナリ様のお世話は毎日するんじゃあ……」という言葉が大きいか。
もはや習慣と化しているが、まあ修学旅行とか、風邪ひいた時以外は本当に休まず来てるなぁと思う。
その日も、長い石階段をひーこら登り、馴染みの稲荷神社へとやって来た。
古いだけあって雰囲気はあるが、如何せん規模が小さい。手水舎も無ければ絵馬掛所もなく、授与所すらない。
これでは参拝客も来ないのではないだろうか……いや、実際毎日来てる俺でさえ、人を見かけることはまず無い。
鎮守の杜によって外界と遮断された境内は、いうならば異界で、少し張り詰めたような静寂が広がる。そんな空気がわりかし好きなんだ。
しかし、その日はいつもとは違った。
鳥居をくぐると同時に微かな物音がしたのだ。それも自然が立てるような音ではなく、誰かが枯れ草を踏みつけたような音。
それは社の裏から聞こえた。
「なんだ、賽銭泥棒か……?」
人が上がって来たから慌てて隠れたとか……なんて思いながら、社の横を通り裏手へ回る。
と、丁度曲がり角の所で「あぶないっ!」という声と共に誰かに突き飛ばされた。
尻餅をつき、いったい誰だ……と目の前の人物を見た俺は、目を見開いた。
背中で一つに纏められた金髪に、ダイナマイトボディ。顔立ちは日本人だけど、髪は染めた感じじゃない。
なぜか和服……花魁が着そうな肩が大きく露になった着物を着ているが、豊満な胸は何故かブラジャーではなくなぜか包帯……さらしかな?で隠されている。
またその着物は裾が短く、太股の真ん中辺りまでしかない。
しかし問題は他にあった。主に三つ。
俺の見間違いじゃなければ、この女性の頭からは金色の耳が生えているように見えるのだ。
何の耳か……それは、女性の背後から覗く大きな九本の尻尾から、狐のものであるだろう。
「き、狐っ子だぁ!?」
妹の友達が確かケモナーで、その娘がみたら大歓喜しそうなまでに狐っ子だった。
さらに俺を驚かせたのはそれだけでない。女性の手には、一本の日本刀が握られていたのだ。
そりゃ、日本刀を持った女性が目の前にいたら驚くだろうが、そうじゃない。
問題は、その刀がこの神社に納めまれている御神体だったからだ。
「あ、あんたそれ、どうして──」
「細かい事を説明している暇はない! カズキ、ここから早く──チッ、もう来よったか!」
なんで俺の名前を? 来たって何が? そんな疑問が頭を過ぎるが、女性は振り返り刀を構えたし、確かにもう一つの足音が近付いて来る。あいにく巨大な尻尾で何も見えないが。
「神殺し、お主の目的は……いや、訊くまでもないか。お主等が神を酷く憎んでいるのは知っておる。……だが、妾としてもむざむざと殺されるつもりはないのでな!」
「…………」
なんなんだ? 神殺し? 一体何を言って……
すると突然風が吹き荒れ、思わず目を強く瞑った。
風が止み、何が起きたんだ……と目を開いた俺が見たのは、黒い和服を着た男だ。しかし素肌はボロボロな包帯で隠され、異様にギラついた目が、この後もずっと忘れられなかった。
そしてその男が憎々し気に睨みつけるのは社の屋根の上。いつの間にどう移動したのか、女性は優雅にそこに立っていた。
すると男は、懐に手を突っ込み何かを取り出した。あれは……扇か?
「嗚呼……神、ヨウヤク、殺セル。嗚呼……死ネヨ……死ネヨ!!」
「……っ!?」
なんだコイツ、まともじゃねえ!!
「まったく……妾がお主に、一体何をしたというのじゃ。まぁ、今すぐここから立ち去るのであれば見逃してやるが、そうでなければ……」
今まで微笑みを浮かべていた女性の目が、鋭く細められる。
「……容赦はせぬぞ?」
空気が、ピアノ線のように張り詰められる。悪い冗談か、夢のようだ。そんな状況にいるにも関わらず、俺は声一つ出せないでいた。
「…………ルナ、フザケルナ、フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナッ!!」
「っ!」
おもむろに扇を拡げる男。しかし狐の女性が先に動いた。
「先手は打たせぬ! 『憑解』──狐火!」
そう唱えると共に女性の周りを火の粉が舞い、一気に業火が発生したのだ。
「悪いが、真剣勝負じゃ。死んでも文句は言うなよ──?」
そして刀──神刀『孤月』が、その焔を纏う。
「ゆくぞ! 『孤炎斬』!!」
────轟!!
まるで焦熱地獄を目の当たりにしているかのようだった。魂までが蒸発しそうなほどの熱気が、空気を焦がす。
しかし、そんな焔の斬撃が一気に男へと襲いかかろうとしたその時、男が何かを唱えた。
「アアァァアァアアア……『憑解』……『孔雀之鎌鼬』」
!?
「──え?」
それを眺めていた僕の、焔で赤く染まっていた視界が、紅く染まった。
「────か、カズキイイイイイイ!!」
狐の女性の声が響く。
紅──紅──これは、俺の血だ?
腹が熱い。あの女性の焔で焼かれたみたいに、熱い。けど、きっと違うんだ。だって──
「──く、はっ」
口から漏れたのは、どこまでも弱々しい吐息のみで……俺の意識は暗転した。
「か、カズキっカズキっ!」
してやられた! あの男、範囲攻撃をするとは!
当の男は妾の焔を受けて逃げて行ったようじゃが、それどころではない! 生身の人間に神通力が直撃するとは……最悪じゃ!
どんどんと生命力を流出させて行く目の前の少年。このままでは……
「何か、何か手は……」
信仰力の少ない今の妾では、こんな致命傷は治せない……あっ!
「この手を使えば……いや、しかしカズキは……」
百パーセント成功するとは限らない。また、結果がどのようになるかも分からない。しかもそれでカズキの心が傷付くかも知れない。
だが…………やるしかあるまい。
「許してくれ、カズキ……こうするしか、道はないのじゃ」
妾は、妾の依代である神刀弧月を、カズキの胸に────
ん、ここは……?
ぼやける視界に映るのは、小さな手、障子、狐、畳、布団……どうやら社の中で寝かされている様だ。
「…………って、きつねぇっ!?」
うっかり流していたが、もふもふした狐がお座りをしてこちらを心配そうに見ていた。
いや、なぜか分かるんだ。表情が。
「おぉ、カズキ! 目が覚めたか!」
「そしてしゃべったあああ!?」
甲高い声を上げる俺を嘲笑うかのように、狐は喋り出した。
「いやぁ、よかったよかった……もしこのままカズキの目が覚め無かったら……とヒヤヒヤしたのじゃ」
「の、のじゃ……?」
なんだこの狐、声は可愛いのに年寄りクサイ喋り方だ……。
「なんじゃ、愛らしい声はカズキも同じではないか」
は? 愛らしい声? 声変わりなんかとっくに終わった俺が?
「そんなわけ……ってナニこの声っ!?」
今更感が半端ないが、まるで小さな女の子のように甲高い声だ……。
「あー、あー……やっぱり高い……」
信じられなくて何度も発声をするが、結果は変わらない。
そして喉に当てていた手に、ふと違和感。
「…………ナニコレ」
これまた、小さな女の子のように可愛らしいお手てだこと。
男特有の筋張った手とは違い、ほっそりとしつつも柔らかな丸みを帯びた、毛の生えてないちっちゃな手。
肌はキメが細かく、スベスベとしている。
「…………まさか」
顔をベタベタ触れば、青ヒゲのチクチクした感触が全くなく、布団を剥いで見れば、いつの間に着替えさせられたのか、白い和服……肌着を纏った小さな身体があった。
「え……?」
そして、股の間から圧倒的存在感と共に姿を見せるのは、記憶に新しい大きな尻尾。艶やかな金色のそれはしかし、一本しかなかった。
「…………」
「か、カズキ……?」
「……な」
「な?」
「な、なんじゃこりゃあああああああ!!??」
その魂からの叫び声さえもが、高く澄んでいたことは言うまでもない。
もはや習慣と化しているが、まあ修学旅行とか、風邪ひいた時以外は本当に休まず来てるなぁと思う。
その日も、長い石階段をひーこら登り、馴染みの稲荷神社へとやって来た。
古いだけあって雰囲気はあるが、如何せん規模が小さい。手水舎も無ければ絵馬掛所もなく、授与所すらない。
これでは参拝客も来ないのではないだろうか……いや、実際毎日来てる俺でさえ、人を見かけることはまず無い。
鎮守の杜によって外界と遮断された境内は、いうならば異界で、少し張り詰めたような静寂が広がる。そんな空気がわりかし好きなんだ。
しかし、その日はいつもとは違った。
鳥居をくぐると同時に微かな物音がしたのだ。それも自然が立てるような音ではなく、誰かが枯れ草を踏みつけたような音。
それは社の裏から聞こえた。
「なんだ、賽銭泥棒か……?」
人が上がって来たから慌てて隠れたとか……なんて思いながら、社の横を通り裏手へ回る。
と、丁度曲がり角の所で「あぶないっ!」という声と共に誰かに突き飛ばされた。
尻餅をつき、いったい誰だ……と目の前の人物を見た俺は、目を見開いた。
背中で一つに纏められた金髪に、ダイナマイトボディ。顔立ちは日本人だけど、髪は染めた感じじゃない。
なぜか和服……花魁が着そうな肩が大きく露になった着物を着ているが、豊満な胸は何故かブラジャーではなくなぜか包帯……さらしかな?で隠されている。
またその着物は裾が短く、太股の真ん中辺りまでしかない。
しかし問題は他にあった。主に三つ。
俺の見間違いじゃなければ、この女性の頭からは金色の耳が生えているように見えるのだ。
何の耳か……それは、女性の背後から覗く大きな九本の尻尾から、狐のものであるだろう。
「き、狐っ子だぁ!?」
妹の友達が確かケモナーで、その娘がみたら大歓喜しそうなまでに狐っ子だった。
さらに俺を驚かせたのはそれだけでない。女性の手には、一本の日本刀が握られていたのだ。
そりゃ、日本刀を持った女性が目の前にいたら驚くだろうが、そうじゃない。
問題は、その刀がこの神社に納めまれている御神体だったからだ。
「あ、あんたそれ、どうして──」
「細かい事を説明している暇はない! カズキ、ここから早く──チッ、もう来よったか!」
なんで俺の名前を? 来たって何が? そんな疑問が頭を過ぎるが、女性は振り返り刀を構えたし、確かにもう一つの足音が近付いて来る。あいにく巨大な尻尾で何も見えないが。
「神殺し、お主の目的は……いや、訊くまでもないか。お主等が神を酷く憎んでいるのは知っておる。……だが、妾としてもむざむざと殺されるつもりはないのでな!」
「…………」
なんなんだ? 神殺し? 一体何を言って……
すると突然風が吹き荒れ、思わず目を強く瞑った。
風が止み、何が起きたんだ……と目を開いた俺が見たのは、黒い和服を着た男だ。しかし素肌はボロボロな包帯で隠され、異様にギラついた目が、この後もずっと忘れられなかった。
そしてその男が憎々し気に睨みつけるのは社の屋根の上。いつの間にどう移動したのか、女性は優雅にそこに立っていた。
すると男は、懐に手を突っ込み何かを取り出した。あれは……扇か?
「嗚呼……神、ヨウヤク、殺セル。嗚呼……死ネヨ……死ネヨ!!」
「……っ!?」
なんだコイツ、まともじゃねえ!!
「まったく……妾がお主に、一体何をしたというのじゃ。まぁ、今すぐここから立ち去るのであれば見逃してやるが、そうでなければ……」
今まで微笑みを浮かべていた女性の目が、鋭く細められる。
「……容赦はせぬぞ?」
空気が、ピアノ線のように張り詰められる。悪い冗談か、夢のようだ。そんな状況にいるにも関わらず、俺は声一つ出せないでいた。
「…………ルナ、フザケルナ、フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナッ!!」
「っ!」
おもむろに扇を拡げる男。しかし狐の女性が先に動いた。
「先手は打たせぬ! 『憑解』──狐火!」
そう唱えると共に女性の周りを火の粉が舞い、一気に業火が発生したのだ。
「悪いが、真剣勝負じゃ。死んでも文句は言うなよ──?」
そして刀──神刀『孤月』が、その焔を纏う。
「ゆくぞ! 『孤炎斬』!!」
────轟!!
まるで焦熱地獄を目の当たりにしているかのようだった。魂までが蒸発しそうなほどの熱気が、空気を焦がす。
しかし、そんな焔の斬撃が一気に男へと襲いかかろうとしたその時、男が何かを唱えた。
「アアァァアァアアア……『憑解』……『孔雀之鎌鼬』」
!?
「──え?」
それを眺めていた僕の、焔で赤く染まっていた視界が、紅く染まった。
「────か、カズキイイイイイイ!!」
狐の女性の声が響く。
紅──紅──これは、俺の血だ?
腹が熱い。あの女性の焔で焼かれたみたいに、熱い。けど、きっと違うんだ。だって──
「──く、はっ」
口から漏れたのは、どこまでも弱々しい吐息のみで……俺の意識は暗転した。
「か、カズキっカズキっ!」
してやられた! あの男、範囲攻撃をするとは!
当の男は妾の焔を受けて逃げて行ったようじゃが、それどころではない! 生身の人間に神通力が直撃するとは……最悪じゃ!
どんどんと生命力を流出させて行く目の前の少年。このままでは……
「何か、何か手は……」
信仰力の少ない今の妾では、こんな致命傷は治せない……あっ!
「この手を使えば……いや、しかしカズキは……」
百パーセント成功するとは限らない。また、結果がどのようになるかも分からない。しかもそれでカズキの心が傷付くかも知れない。
だが…………やるしかあるまい。
「許してくれ、カズキ……こうするしか、道はないのじゃ」
妾は、妾の依代である神刀弧月を、カズキの胸に────
ん、ここは……?
ぼやける視界に映るのは、小さな手、障子、狐、畳、布団……どうやら社の中で寝かされている様だ。
「…………って、きつねぇっ!?」
うっかり流していたが、もふもふした狐がお座りをしてこちらを心配そうに見ていた。
いや、なぜか分かるんだ。表情が。
「おぉ、カズキ! 目が覚めたか!」
「そしてしゃべったあああ!?」
甲高い声を上げる俺を嘲笑うかのように、狐は喋り出した。
「いやぁ、よかったよかった……もしこのままカズキの目が覚め無かったら……とヒヤヒヤしたのじゃ」
「の、のじゃ……?」
なんだこの狐、声は可愛いのに年寄りクサイ喋り方だ……。
「なんじゃ、愛らしい声はカズキも同じではないか」
は? 愛らしい声? 声変わりなんかとっくに終わった俺が?
「そんなわけ……ってナニこの声っ!?」
今更感が半端ないが、まるで小さな女の子のように甲高い声だ……。
「あー、あー……やっぱり高い……」
信じられなくて何度も発声をするが、結果は変わらない。
そして喉に当てていた手に、ふと違和感。
「…………ナニコレ」
これまた、小さな女の子のように可愛らしいお手てだこと。
男特有の筋張った手とは違い、ほっそりとしつつも柔らかな丸みを帯びた、毛の生えてないちっちゃな手。
肌はキメが細かく、スベスベとしている。
「…………まさか」
顔をベタベタ触れば、青ヒゲのチクチクした感触が全くなく、布団を剥いで見れば、いつの間に着替えさせられたのか、白い和服……肌着を纏った小さな身体があった。
「え……?」
そして、股の間から圧倒的存在感と共に姿を見せるのは、記憶に新しい大きな尻尾。艶やかな金色のそれはしかし、一本しかなかった。
「…………」
「か、カズキ……?」
「……な」
「な?」
「な、なんじゃこりゃあああああああ!!??」
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