黒猫と呼ばれた狩人(イェーガー)~三十五歳独身男が相棒の黒猫とがんばります~

愛山雄町

第二十話「新しい武器も手に入れました。最前線の町に行きます」

 俺たちは上級の魔獣を相手に狩りを続けていた。暗殺者――俺たちを尾行していた狩人の口を封じた黒装束――たちはあれから姿を現すことなく、平和な日々が続いている。森に入ってもベルの索敵範囲内で尾行されることはなかった。
 但し、街の中では監視が続いていた。
 俺自身はほとんど気付かないのだが、ベルとラウラが不自然な視線や尾行に気付いている。ほとんどが狩人のようで興味本位で俺たちを見ている連中のようだが、あの暗殺者の一味が成りすましていないとは言い切れない。

 そんな中、狩りを続けていたお陰で、俺が銀級にラウラが銅級に昇格している。ラウラの銅級も早いが、俺の銀級への昇格は異常なほどで狩人組合イェーガーツンフトの職員も「これほどの記録は記憶にないですね」と言っているほどだ。

 更に小人ツヴェルク族の鍛冶師に依頼してあったミスリル製の武具が完成している。
 俺の武器は今まで通り刃渡り百三十センチの両手剣。防具は兜、胴鎧、籠手などで主要な部分はすべて作り直している。
 ラウラの武器はククリだ。防具は胴鎧と大腿甲など動きを阻害しない防具のみを作り直している。ちなみに彼女は耳が隠れる兜を装備していない。
 すべてが鈍い光沢を放っているが、見た目は鋼の物とほとんど見分けがつかない。

「久しぶりにいい仕事をさせてもらったわい」と親方が満足そうに笑っている。

「さすがですね。見た目だけなら鋼の物と見分けがつきませんよ」

「当たり前じゃ。だが、見る奴が見ればすぐに分かるからな」

 俺は素直に頷く。これだけの武具は銀級の狩人の装備としては異常だ。ミスリル製の武具は軍の将軍クラスですら剣と兜程度しか所持していない。実際、レオンハルトの実家である武の名門ケンプフェルト家でも剣が二振りと兜が一つあるだけだ。
 そんなことを考えていたら親方が、「少しだけ余ったからこんなものも作っておいたぞ」と言って短剣をテーブルに置く。

「お前は予備の武器を持っておらん。念のために装備しておけ」

 短剣は長さ三十センチほどで比較的細い剣身の両刃のものだった。先端が尖っており鎧通しのように防具の隙間を狙うものらしい。

 その後、武器の調整を兼ね、北の森に入る。
 剣単体の切れ味が大きく変わっているということはないのだが、身体の延長のように簡単に魔導を纏わせることができるようになっている。このため、武器としての攻撃力は格段に増している。
 未だに武器に魔導を纏わせることが苦手なラウラが興奮気味に驚きの声を上げる。

「簡単に魔導が! レオさん、これ凄いですよ!」

 俺は無邪気な子供のように笑いながら大型ナイフを振り回すラウラに苦笑しながら、
「調子に乗ってケガをするなよ」と注意しておく。

 子供のようにといったが、実際まだ十六歳の子供で、日本にいた頃の俺なら娘と言ってもおかしくはない年齢だ。ナイフを振り回して魔獣を倒すのに無邪気も何もないが。
 下級の魔獣を何匹か倒し、武器や防具に不都合がないか見ていく。

「俺の方は特に問題ないが、そっちはどうだ?」とラウラに聞くと、満面の笑みを浮かべ、
「あたしの方も全然大丈夫です!」と元気に答える。

「これでノイシュテッターここを出発できるな」と言うと、ベルが『急ぐ必要はないんじゃないニャ?』と言ってきたが、

「監視の目が気になるんだ。何もしてこないうちに離れた方が無難な気がする」

 ベルは何も言わず、ラウラも「あたしはどこでもいいです。レオさんとベルさんと一緒なら」と賛成した。
 その後、武具に問題がなかったことを鍛冶師の親方に伝えていく。
 親方に問題がなかったことと満足いく武具を作ってくれた礼を言い、街を離れる予定であると伝える。

「銀級に上がったので近々エッケヴァルトに行こうと思っています」

 親方は「そうか」というと、理由を聞かずに武具の手入れができる小人族の鍛冶師を紹介してくれた。

 組合で拠点を移す手続きを行うが、職員にはエッケヴァルトではなく実家に戻ったという噂を流して欲しいと伝える。

「最近、俺たちの周りを探っている人が多くて……すみませんけど実家から戻って来いと言われたという感じで噂を流してもらえないでしょうか」

 職員は同情するような表情を見せ、

「そうですね。確かにあなたの話を聞きに来る狩人は多いですよ。いいでしょう。他の職員にも伝えておきましょう。こんなことで優秀な狩人が辞めると言われると困るのでね」

 冗談めかしているが、意外とこんな感じのトラブルはあるらしい。
 この街でも大手のクランが金級に上がったばかりの狩人を取り込むために、美人局つつもたせを使ったという噂を聞いたことがある。

 数日後に出発することに決め、数ヶ月間過ごした宿“ホテル・十字路クロイツヴェーク”に戻る。荷物はそれほど増えておらず、野営用の背嚢に入ってしまうほどだ。

 出発の当日、ホテルを出るといつもの北門ではなく、首都ゲドゥルトに向かうことを偽装するため、一旦西門から街を出る。街道に出た後、周囲に人がいないことを確認し、森の中を北上していく。そして、何食わぬ顔をしてエッケヴァルト行きの街道に出た。

 エッケヴァルトはノイシュテッターから北に約二百キロの場所にある。俺たちは身体強化を掛けて移動し、三日で踏破する。重量物を運んでいるが、俺たちの能力なら充分に可能な行程だ。
 当然、隊商キャラバンには入らず、単独行動だ。更に途中にある宿場町は迂回し、夜も野営で済ませる。
 これは追跡者がいることを想定し、できる限り人と接触しないようにするためだ。
 野営地ではベルを単独で後方に送り込んで追跡者の確認を行った。ベルの身体は小さく、俺の背嚢から消えても目立たない。これならベルの索敵範囲外から監視している場合でも、追跡者を見つけることができると考えたのだ。
 ベルが周辺を探索するが、俺たちを追っている形跡は見つからなかった。

 エッケヴァルトまで続く街道は森の端、ゼールバッハ川沿いに作られているため、上流にいくに従い、渓谷のように深い谷になっている。そのため最後の方は桟道のような険しい道だった。

 三日目の夕方、エッケヴァルトが見えてきた。町は大陸有数の魔窟ベスティエネストであるフォルタージュンゲルの森の中にあり、町のすぐ近くでも上級の魔獣が出現する危険なところだ。そのため、町の周囲に高さ十メートルほどの石造りの防壁が作られ、魔獣の侵入を防いでいる。

 町に入ると、この町が魔獣を間引くためにできたことがよく分かる。城壁に作られた門は木製ではなく鋼鉄製の頑丈なもので、更に二重の城門になっている。町の中に入ると、すぐに宿屋と食堂、酒場が立ち並び、更に多くの娼婦たちが手招きをして客引きをしている。そのすべてが狩人を相手にしているらしい。
 ノイシュテッターで聞いた話では人口五千人に対し、狩人が二千人以上おり、狩人以外も家族か、狩人をサポートするための職業に就いている者がほとんどだということだ。

 町の中に入ってから狩人らしき人物に偵察アオフクレーラで能力を確認していく。
 さすがに潜在能力は六百程度が多く、更に現在の能力値も四百を超えている者が多い。低くとも三百はあり、三倍以上の身体強化が行えるほどの強者つわものばかりだった。

 狩人組合イェーガーツンフトの建物は町の中心部にある広場に面したところにあり、すぐに見つかった。俺とラウラの移動手続きを行う。
 対応したのは年嵩の男性職員だが、俺とラウラが若過ぎることに一瞬驚くが、組合員手帳を見せるとすぐに納得した。

「その若さで凄いものだね。君たちならこの町でも大丈夫そうだ」

 この町には腕に自信がある狩人しか来ていないと思っていたので、
「無理そうな人も来るんですか? ここはある程度の腕が無いと組合ツンフトが移動を認めないと聞いたのですが?」と尋ねる。

「いるんだよね、組合の許可を強引に取って来る連中が。こちらとしても記録を見て拒否したくなるんだけどね、受け付けないわけにはいかないんだよ……」

 どうやら田舎で多少稼げるようになった連中がノイシュテッターをパスして直接ここに来るらしい。

「……大抵、そういう連中は十日ももたないんだ。そんな連中のことをここじゃ、”ツィカーデ”って呼んでいるだよ。まあ、君たちは“蝉”じゃなさそうだから問題ないけどね」

 エッケヴァルトに来てすぐに死んでしまうため、地上に上がると半月も生きられない“蝉”に例えられるらしい。
 手続きが終わり、宿の情報を聞き出していく。

「宿? ああ、この町の宿ならどこでもいいと思うよ。狩人イェーガー相手にぼったくる連中はいないし、評判の悪いところはすぐに潰れているから」

「本当に全く分からないんですよ。食事が上手いとか、安いとかっていう情報はありませんか」と更に聞くと、南が歓楽街で騒がしく、北と西が森に行くのに便利で、東が鍛冶師や道具屋が多い場所だと教えてくれたが、具体的な名前は利害関係がありすぎて出せないとのことだった。

『仕方がないニャ。確かに狩人の町で狩人組合の職員が便宜を図ったら問題になりそうニャ』

 仕方なく組合近くで探すことにした。すぐに一軒の宿を見つける。

「とりあえずここにするか。駄目そうなら別のところに行けばいい」

 ベルもラウラも異存が無さそうなので、目の前にある“森の一軒家ヴァルトハウス”という宿に入った。
 名前は長閑なログハウスをイメージさせるが、周りにある石造りの建物と変わらず、三角屋根で四階建ての瀟洒な建物だった。
 中に入ると清潔そうな板張りのロビーがあり、その奥には食堂兼酒場のホールがあった。
 ロビーにあるフロントで一人部屋を二つ頼むと一泊二食付で一人二百マルクと言われた。日本円で二万円であり、シティホテルとほぼ同じだ。
 高いなと思っているのが顔に出たのか、フロントの女性従業員はにこやかな顔で、
「初めてここに来られたのですか? この辺りの相場はうちと同じくらいですよ」と親切に教えてくれた。このくらいの金額を稼げない連中はここにいる資格がないのだろう。
 とりあえず一泊分支払い、部屋に向かう。
 ノイシュテッターのホテル・十字路クロイツヴェークより部屋は広く、掃除も行き届いている。ベルのことも全く問題ないらしく、にこやかに了承してくれた。

「犬を持ち込まれる方は時々いらっしゃいますので。こんなかわいいネコちゃんは初めてですが」

 しっかり追加料金で五十マルク取られたが、狩人の中には猟犬を使う者もいるらしく、犬舎もあるらしい。

 ラウラは隣の部屋で荷物を片付けた後、俺の部屋にやってきた。明日以降の予定を確認するためだ。

「組合で情報を見てから考えるが、近場で狩りをしてみる」

「何を狙うかは情報を見てからですか?」とラウラが聞いてくる。

「ああ。どの程度の魔獣がいるか確認しないと、いきなり災害級と出くわすなんてこともありそうだ。それに他の狩人と競合しない場所を探す必要があるからな」

 ラウラにはそう言ったが、町の近くに災害級と呼ばれる強力な魔獣が出る可能性は低い。それは危険な魔獣はできる限り森の奥で倒すようにしているからだ。しかし、何キロか先に危険な魔獣がいることは確かで、出くわす可能性がゼロではない。

『時間を見て町の中も探索しておいた方がいいニャ。ノイシュテッターと同じ物価だと思っているとすぐにお金がなくなりそうニャ』

 ベルの言うことももっともだ。宿の値段で比べるしかないが、ノイシュテッターに比べ二倍くらいだ。輸送にも危険を伴う場所であり裕福なベテラン狩人たちを相手に商売をしていることから、物価が三倍くらいになっていてもおかしくはない。今は充分な貯えがあるからいいが、先を見通す意味でも肌で感じておく方がいいだろう。

『連中は追ってくると思うニャ?』とベルが唐突に聞いてきた。ラウラも気になっていたのか、小さく頷いている。

「恐らく撒けたと思う。だが、俺たちがここにいることはすぐにノイシュテッターに伝わるだろうな」

 ラウラが小首を傾げて、「どうしてですか?」と口にする。

「俺たちは目立つ。俺もラウラもまだ十代半ばだ。それがペアを組んだだけでエッケヴァルトの魔獣に挑むんだ。すぐに噂になるだろう。噂になればノイシュテッターに伝わるのは時間の問題だ。こことノイシュテッターは商人たちが行き来しているんだからな」

『それに獣人の狩人は珍しいニャ。もちろん、ネコを連れた狩人の方が珍しいけどニャ』

「すぐにノイシュテッターに噂が伝わるのに、どうしてゲドゥルトに行くって偽装したんですか?」

 ラウラは俺の意図が分からず困った顔をする。

「理由は二つある。一つは俺たちに興味を持っている連中がどの程度の範囲まで動けるか確認するためだ……」

 まず俺たちに興味を持っている組織のどのレベルが動いているかを探ることを考えた。ノイシュテッターの街レベルなのか、国家レベルなのか、それによって敵となった時の危険度が変わってくる。もし、ノイシュテッターでしか権限を持っていないなら、上位機関に許可を取る必要があり監視の目が届くのに時間が掛かるだろう。逆にもっと大きな権限を持っているとすれば情報が入ればすぐに動き出す。
 もう一つは俺たちが監視の目があることに気付いており、それを嫌っていると意思表示することだ。友好的に接触したいなら、俺たちが鬱陶しいと思っている状況は好ましくないと考えるだろう。そうなれば別のアプローチで接触してくるかもしれない。
 いずれにせよ、こちらの意思を明確にしておけば、相手の取るリアクションで考えが見るのではないかと思ったのだ。

「……それにここならノイシュテッターみたいな強引なことはできない。ここの狩人たちはあの黒装束に匹敵する。ここでは下手な騒ぎは起こさない、というより起こせないだろうな」

 ラウラも俺の説明に納得し、安堵の表情を見せていた。
 彼女が部屋に戻った後、ベルが何気なく『さっきの話は本心ニャ?』と聞いてきた。

「何の話だ」と聞き返すと、
『ここなら敵が来てもラウラを逃がせると思っているんじゃニャか? もっと言えば、おいらたちじゃない仲間を見つけてくれればいいと思っているんじゃないのかニャ?』

 俺は答えに窮し、「分かっているなら聞く必要はないだろう」と口にするしかできない。

『それはラウラにとって本当によいことなのかニャ? あのは家族も仲間も失ったニャ。ようやく旦那とおいらが新しい仲間になったのに離れるような動きを見せたら……多分二度と立ち直れないニャ……』

「じゃあ、どうすればいいんだ? 最後まで面倒を見ろっていうのか?」

『拾った生き物はきちんと面倒を見ないといけないニャ。最初にそう言ったニャ』と冗談めかして言うが、

『ラウラの気持ちは分かっているはずニャ。気付かない振りをし続けるのはあのがかわいそうニャ』

 ベルに言われるまでもなく、ラウラが俺に好意を寄せていることは既に気付いている。男女の関係を求めているのか、それとも家族的なものなのかは分からないが、恐らく彼女自身分かっていないだろう。
 それに対し、俺は正面きって応えることができない。
 日本に戻りたいと思っており、俺が戻ってしまえば彼女は再び一人ぼっちだ。日本に戻ることを諦めればいいのかもしれないが、今は踏ん切りがついていない。

『それは言い訳ニャ。旦那は日本に戻るよりここで暮らしたいと思っているニャ。ただ、日本に戻るかもしれないってことを言い訳にしているだけニャ』

 俺の心を読めるネコには言い訳は通用しないようだ。

「確かにそうかもしれない。だが、俺だってどうしていいのか分からないんだ」

 結局、その話はこれで立ち消えになった。夕食時、ラウラの顔を真直ぐに見ることができなかった。

コメント

  • ノベルバユーザー374095

    凄く面白かったです。
    有り難う御座いました(*ˊᵕˋ*)੭

    0
  • ノベルバユーザー261299

    最高でした…

    0
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