黒猫と呼ばれた狩人(イェーガー)~三十五歳独身男が相棒の黒猫とがんばります~

愛山雄町

第二十二話「やっぱり監視はなくなりませんでした。そろそろ動きがありそうです」

 エッケヴァルトで生活を始めてから一ヶ月ほど経った。
 今は中級から上級の魔獣ウンティーアを中心に狩りを行い、生活は安定している。ただ、半月ほど経った頃からここでも勧誘が激しくなる。それも金級のクランばかりで条件も破格だった。
 一番いい条件を出してきたのはこの町のトップのクラン、つまりグランツフート共和国で一番のクランだ。銀級の俺だけでなく銅級のラウラに対しても報酬は完全均等割りで、更に契約金プラス準備金として十万マルク、一千万円の現金を提示してきたのだ。そのクランは災害級の魔獣を狩っており、俺たちの無傷での帰還率に目を付けたそうだ。

 破格の条件だが、もちろん断っている。そのことを知った狩人イェーガーたちは信じられないという顔で呆れ、更にはクランの運営にほとんど関与しない狩人組合イェーガーツンフトの職員までもが、あのクランは信用できるから入っておいた方がいいと言ってきたほどだ。
 そのトップクランのリーダーは更に条件を上げようとしたが、
「今のところ二人だけでやっていきたいと思っています。それに彼女は俺以外の普人族メンシュが苦手なので」と伝える。
 ラウラがレヒト法国で家族を殺された上に奴隷にされたという噂を知っていたのか、リーダーも渋々ながら納得してくれた。

 そんな俺たちの噂はすぐにノイシュテッターに伝わったらしい。ある日を境に再び監視が付くようになったのだ。
 そして、遂に監視者が接触してきた。

 接触してきたのは魔術師の塔、真理の探究者ヴァールズーハー魔導師マギーアだった。その魔導師はノイシュテッター支部所属の一級魔導師で、挨拶もそこそこに居丈高な感じで勧誘してきた。

「……多くの魔導を目指す者が、我が真理の探究者ヴァールズーハーへの加入を希望し門を叩いている。しかし、その門は才能ある者にしか開かれない。いかに金を積もうとも、いかに権力で脅そうとも、我らは才能なき者には門を開かぬのだ……」

 俺が黙って聞いていると、魔導師は勝手に盛り上がって話を進めていく。

「……君は我々から直々に勧誘されたのだ。これは長い我が塔の歴史でも非常に珍しいことである。更に魔導師の家系でない者が勧誘されたことは、未だかつてない画期的なことなのだ……」

 あまりに恩着せがましいので、話の途中で魔導師の塔に入るつもりはないと伝えると、その魔導師は目を見開き、

「このような奇跡的なことは二度とないのだよ。よく考えるのだ。魔導師として能力を開花させれば寿命すらなくなる。数百年、数千年という生を享受できるのだ。それを投げ打つというのかね」

「今は入るつもりはありません。将来的には分かりませんが」と告げると、修行は早ければ早い方がよく、すぐにでも塔に入るべきだと主張する。
 更に最初は居丈高な言葉を使っていたが、徐々に口調が変わっていき、最後には懇願するような態度にまで変わっていく。

「……これは本当によい話なんだよ。もう一度よく考えて結論を出してはどうかな。明日、もう一度話を聞きに来るので、ゆっくりと考えてほしい」

 ゆっくりと考えろという割に一晩しか時間を与えないことに苦笑しそうになる。
 ここで揉めるよりはと考え、「もう一度考えてみます」とだけ答え、話し合いを終えた。

 魔導師が去った後、ベルとラウラを交え、話し合いを行う。といっても結論は既に出ており、それを確認するだけだ。
 俺は真理の探究者ヴァールズーハーを含め、“魔導師の塔”を信用していない。噂を聞けば聞くほど、他の組織との対立は思った以上に激しく、下手に取り込まれると無用な争いに巻き込まれる可能性が高く、デメリットが大き過ぎるためだ。

 今回勧誘に来た魔導師の話を聞く限り、ノイシュテッター支部が単独で動いている可能性が高い。無条件で“塔”に入れると言っていたが、詳しく聞くと支部長である導師が“塔”に掛け合うという話も出てきている。そうなると真理の探究者ヴァールズーハーという組織に入れるのかすら確定的ではない。
 更に獣人であるラウラについては魔導師の塔に入ることはできず、別の組織、つまり間者か暗殺者の養成機関に入ることになると仄めかしており、一度入ってしまえば二度と会えなくなる可能性がある。

「……基本的な対応は、“興味はあるが時期尚早。将来はともかく、今はこのままの生活を続けたい”と主張するって感じだ。向こうも急ぐ理由はないだろうし、普通に接触してきたのなら、俺たちにマイナスのイメージを持たれることは避けるだろう。時間を稼いだ上でどうするか考える方が無難だ」

 ラウラは頷くだけで特に何も言わないが、別れ別れになることは避けたいと思っているようだ。

『魔導師の常識がおいらたちの常識と同じだと考えるのは危険ニャ。下手に仄めかすとしつこく付き纏われるかもしれないニャ。毅然とした態度の方がいいと思うニャ』

 ベルは俺の常識、つまり日本人としての常識も持っているから、魔導師の塔が厳しい修行を行い超人的な力を得るという点で、宗教組織に近いと認識している。そのため、曖昧な態度は返って危険だと主張する。
 魔導師の塔が宗教組織に近いという考えには全面的に賛同するが、それだけに全面対決すると身の危険に直結する気がしている。あの平和な日本ですら、地下鉄にサリンを撒いた組織は対立した一般市民を何人も殺しているのだ。それを考えれば全面対決という選択肢は取りにくい。

「魔導師の塔が個人相手に暴走することは考えにくいと思う。ただ、あの魔導師を見て思うんだが、末端は何をするのか分からない気がするんだ。だから、明確に拒絶するよりはやんわりと断って時間を稼ぐ方がいいと思う」

 ベルは疑わしげな顔で『時間を稼いでも解決にはならないニャ』と言ってくるが、
『旦那が決めたことなら、おいらも従うニャ。逃げるだけなら何とかなりそうだからニャ』と俺の意見を支持してくれた。
 ベルの言う通り、真理の探究者ヴァールズーハーノイシュテッター支部の情報収集能力はそれほど高くない。今回のように一気に移動すれば撒ける可能性は高いと思っている。その上でノイシュテッター支部の手が届かない場所に行ってしまえばそれほど危険はないだろう。

 翌日、再び訪れた魔導師に結論を告げる。魔導師はどう受け取っていいのか悩むものの、ノイシュテッターの導師にそのまま伝えるといって立ち去った。
 しかし、俺たちへの監視の目は更に強くなり、森の中まで付き纏うようになる。俺たちを一度見失っているため、監視の目を緩める気はないようだ。

 鬱陶しいことこの上ないが、俺も手を拱いていたわけではない。
 監視者たちを視認できる場所に誘い込み、能力値を確認している。その結果、監視者は全部で五人。その能力は俺やベルどころかラウラにも遠く及ばず、油断さえしなければ大きな問題にはならない。
 狩りの際に魔導マギが使えないが、上級の魔獣でも単体であれば身体強化だけで充分に倒せるため、今は剣の腕を上げる機会だと思って我慢している。

■■■

 真理の探究者ヴァールズーハーノイシュテッター支部ではエッケヴァルトに派遣された一級魔導師が支部長であるジクストゥスに報告を行っていた。

「……彼は我らに対し興味を持っているものの、今の生活を辞めるつもりはないとのことです」

 ジクストゥスは「なぜだ? なぜ興味を持っておるのに我が塔に入らぬのだ。そなたの説得の仕方が悪かったのではないのか」と詰問する。一級魔導師は自らの責任とならないように焦りながら、

「これは彼から直接聞いたわけではございませんが、恐らくあの獣人の娘との関係を捨て難いのでしょう。あの年頃の若者です。性欲に溺れることは充分に考えられるかと」

 その言葉にジクストゥスは小さく頷いた。

「確かに間者の報告にも似たようなものがあったな。獣人の娘を愛人としているという噂がノイシュテッターでもエッケヴァルトでも流れておると……力はあるが所詮愚かな若者ということか。ならば、その元凶を断てば……いや、それでは頑なになるだけだろう。その娘を利用し、ここに誘い込んで精神を弄る方が確実か……」

 ジクストゥスは一級魔導師に下がるように言うと、副支部長である上級魔導師を呼び出す。

「例の準備はどうだ?」

 上級魔導師は小さく頷き、「既に魔石は入手しております」と答えるが、すぐに「しかし、災害級の魔獣の召喚は危険が……」と再び反対意見を述べようとした。
 しかし、ジクストゥスは「そのようなことは分かっておるよ」と遮る。

「つまり準備は既にほぼ終わっているということだな」

 上級魔導師はこれ以上何を言っても無駄だと思い、「はい」とだけ答えた。

「では、君には別の任務を与える。今からエッケヴァルトに向かい……」

 ジクストゥスが命じたことはラウラを誘拐し、ノイシュテッターに連れて来ることだった。

「ノイシュテッターは警備が厳しく、その娘を運び込むことは難しいかと。特に間者たちを使えぬとなればリスクは非常に大きいと思われます」

 上級魔導師が指摘したのは、ノイシュテッターは城塞都市であり、厳しい検問が行われているため、誘拐した人物を運び込むことは大きなリスクが伴うということだった。ヴァールズーハーの下部組織である真実の番人ヴァールヴェヒターの間者が手引きすれば可能だが、この支部に所属する間者たちはレオンハルトの監視のため彼に張り付いており、その監視を外すことは得策ではないと指摘され、ジクストゥスも渋々同意する。

「エッケヴァルトの東であれば魔獣も少なく警備の目をすり抜けることは容易かと……」

 上級魔導師はゼールバッハ川の東にある穀倉地帯の農村であれば、城壁もなく警備も甘いため自分たちだけでも充分に可能だと提案する。
 ジクストゥスは地図を思い浮かべながら、
「確かにあの辺りであれば……ゼクスシュタイン村なら“処分”も容易にできるか……それでよい。手配せよ」と命じた。

 上級魔導師は「直ちに」と言って下がるが、彼はこの件と災害級の魔獣の召喚について本部に報告するつもりでいた。その上でノイシュテッター支部の責任とならないよう、ジクストゥス個人が行ったことにするため、小さな農村を提案したのだ。
 彼は上司であるジクストゥスの能力を信用していなかった。逆にレオンハルトの能力を高く評価していた。
 特に間者のリーダー、アインの報告を直接聞いていたのだ。

(アインの報告を聞けば、我が支部のヴァールヴェヒターの間者では太刀打ちできぬことは容易に分かる。既に五倍程度の身体強化が使えるという報告がある。これは武芸の達人が最終的に到達できるかどうかというレベルだ。それでもまだ手の内を隠しているらしいという報告すらあるのだ。そのような敵を侮ることはできない。支部長は導師になって日が浅い。第五階位の魔導が使えるとはいえ、高位の魔導は発動に時間が掛かる。アインたちが時間を稼ぐとしても、捕らえようとするなら逆襲に遭うことは間違いない……)

 彼はノイシュテッター支部の副支部長であり、支部長であるジクストゥスを外出させれば、自分がこの下らない企てに参加しなくてもよくなると考えた。

(獣人の娘の誘拐の手配は仕方がないが、後は支部長と部下たちにやってもらう。このような下らぬことをしている暇があるなら、少しでも研究に時間を取りたいものだ……)

 彼はジクストゥスと違い、魔導の研究のために真理の探究者ヴァールズーハーに入った。しかし、研究自体は本部で行われており、各支部は情報収集が主となり研究は自分で時間を作り出すしかない。
 前の支部長の時には比較的時間が作れ、それなりに成果を挙げられたが、支部長が替わってからは今回のような雑事に追われ時間が作れなかった。そのため、本部に上げるべき研究成果が得られず、悶々としていたのだ。当然、彼はジクストゥスに対しよい感情は持っておらず、失脚の決定的な証拠を掴んだところで本部に報告しようとしていたのだ。

(前回のキメラシメーレ召喚では決定的な証拠は得られなかった。近隣の町が全滅でもすれば本部を動かせたのだが……今回は成功しようが失敗しようが証拠は残る。成功すれば再び魔獣を召喚するだろうし、失敗すれば多くの部下を失う。その前に私が報告書を上げておけば、必ず本部は動くはず……)

 彼は部下である魔導師たちにラウラの誘拐の策を授けると、ジクストゥス弾劾の上申書の作成を始めた。

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