黒猫と呼ばれた狩人(イェーガー)~三十五歳独身男が相棒の黒猫とがんばります~

愛山雄町

第四話「“魔導”は“魔法”とは違うようです。最初からうまくはいきません」

 魔導マギの研究と実践のため、俺のサポートキャラ、黒猫のベルと共に森に行く。ベルは器用に俺の肩の上に乗っており、街を出る時、門番から「ネコを連れて行くのか?」と言われる。答えに困り「ああ、死んだ仲間の代わりみたいなものだ」と曖昧な表情で言い、外に出て行く。門番は呆れていたが、俺がキメラに襲われたことを知っており、精神に異常をきたしたと思ったのか、それ以上何も言わなかった。

 森では人が近寄らない場所を探していく。この森には薪や薬草、食料になる野草を採りに来る人がいるため奥の方がいいが、あまり奥にいくと魔獣が出るため、慎重に場所を探す。
 東の森に入ると昨日はほとんど感じなかった魔獣の気配を僅かに感じた。獣や鳥ではない独特の感じで、日本にいる時には感じなかった類のものだ。それでも魔獣に襲われることなく、森の中を五百メートルくらい分け入ると小さな丘があり、それを越えると見通しが悪い窪地になっていた。

「ここでいいな。さて、魔導の練習をするか」

 まず魔導マギの基本を思い出していく。
 魔導はこの世界とは異なる世界、つまり異次元のような魔象界ゼーレと呼ばれる世界から自らの体内にある魔導器ローアと呼ばれる器官を通じて魔素プノイマというエネルギーを取り出し、具現界ソーマであるこの世界に現象や物質として顕現させる技術だ。
 変換後の形態は、“火”、“水”、“風”、“土”といういわゆる“四元”と呼ばれる属性に分類できる。
 実際にあると言われると奇想天外に思えるが、日本にいた時にはフィクションの世界でよく見かける設定であり、違和感はほとんどない。
 また、ベルとの話で気付いたことだが、この“魔導”は“技術”であって特殊な才能を必要とするものではないということだ。つまり、上手い下手はあっても誰でも料理が作れるように、魔導も魔導器さえあれば誰でも使えるはずだということだ。ちなみに極稀にだが先天的に魔導器を持たない人もいるらしい。
 繰り返しになるが、魔導は体内にある器官を通して現象を起こす。このイメージさえできれば魔導を使いこなすことができるはずだ。

 まずはイメージしやすい火を発生させることに挑戦する。
 ライターをイメージすれば簡単にできるだろう。

「では、火を指先に点けてみる」と宣言して右手の人差し指を立てる。
 ライターをイメージしながら指先から炎が現れるように念じる。一分ほど念じてみたが、一向に火が出ない。
 発声が必要かと思い、「着火」とか「ファイア」とか呟くが、一向に何も起きない。
 魔導を発動させようとぶつぶつと呟きながら必死に念じていく。十分ほどがんばってみたが全く発動する気配がない。

「何が駄目なんだろうな。理屈は合っていると思うんだが」と誰に言うでもなく呟くと、毛繕いをしていたベルが俺を見上げ、後足で耳を掻く。

『旦那は勘違いをしているニャ』

「勘違い? 夕べ話し合った通りにやっているつもりなんだが」というと、ベルは首を傾げるようにしながら呆れたような表情を浮かべる。

『魔導は技術ニャ。技術はきちんとした理論があるニャ。闇雲に念じるのは技術とは言わないニャ』

「闇雲ってわけじゃないんだが……」と言い訳をするが、ベルは容赦なく切り捨ててくる。

『魔導は魔導器を通じてエネルギーを取り出すニャ。魔導器を使うイメージはしていたかニャ? 魔導器で魔素を現象に変換するイメージはどんな風にしていたニャ? 魔導は杖を振ったら簡単に使える魔法とは違うニャ。旦那は“魔導”を“魔法”と混同しているニャ』

 確かにその通りなので返す言葉がない。

『まずは体内にある魔導器をイメージするところから始めるニャ。これは剣術の修行でも習っているニャ』

 確かに大昔に習った記憶があったが、最初から教えてくれてもいいような気がする。そのことをベルに言うと、

『最初から教えたら覚えないニャ。苦労して覚えたことは忘れないニャ』と言った後、
『第一おいらが知っていることは旦那も知っていることニャ。人のせいにしてはいけないニャ』と言い返されてしまう。
 再び返す言葉を失う。

(それにしてもサポートキャラを毒舌にする必要は無いんじゃないか? もう少し優しいキャラがよかったな……)

 そんなことを考えていると、その考えも読まれ、

『サポートキャラは気の置けない仲間がいいと旦那が設定したニャ。おいらに言われても困るニャ』

 これ以上この話にならないよう「ごもっとも」と頭を下げておく。

 気を取り直して再び魔導の発動に集中する。

(剣術の師匠に聞いた話じゃ、魔導器ローアはへその下あたりにあるんだったな。丹田とかチャクラとかをイメージすれば魔導器を認識できるはず。まずは集中して……)

 薄く目を瞑り、腹式呼吸をしながら丹田辺りを意識していく。レオンハルトが幼い頃に学んだ呼吸法だが、少しやると自然とできるようになる。
 呼吸を整え、魔導器を意識すると、うっすらだが魔象界と呼ばれる世界が見えるような気がした。
 力が渦巻くような、それでいて深海のようなどんよりと動きがないような不思議な世界だ。
 魔象界が見えてくると力が自分に向かって流れ込んでくる感じがし始める。

(これが魔素か……力がみなぎる感じがするな。師匠は何と言っていた? 身体の中を循環させる。確かそう言っていたはずだ……循環は血液をイメージだ。心臓から動脈、末端まで行ったら静脈に入って心臓に戻る……どんどん力が増えていく……)

 魔素を循環させていくと、魔象界から無限ともいえる力が身体に流れ込んでくる。力に酔ったのか、自分が超人になったような錯覚に陥っていく。
 更に力を貯めようとしたところで、『やりすぎると身体に悪いニャ』というベルの声で我に返った。

 魔素を限界以上に体内に入れると身体が負荷に耐えかね、障害が出ることがある。障害だけでなく、“魔素に魅入られ”、魔獣のようになることすらある。

 ゆっくりと魔象界との扉を閉じていく。それでも体内を巡る力は失われない。
 再び魔導器を意識しながら指先に力を移していく。ゆっくりとだが右手の人差し指の先が温かくなっていく。
 充分に力が移動したことを確信し、ライターをイメージした。

 ボッという燃焼音と共にガスバーナーのような炎が指先から放出される。
 指先の僅か数センチ先でオレンジ色の炎が燃えているにも関わらず、指先が熱くなることはなかった。

「成功だ……」と呟くが、内心では今まで感じたことがないほど感動していた。

(本当にできた! 魔法を使えたんだ!)

 魔導を使えたことに子供のように喜んでいた。
 ベルも一回目の助言で成功したことに「ミャー」と鳴いて喜んでくれる。

『さすがは旦那ニャ! 魔素の循環も完璧ニャ』

 指先の炎を消し、ベルを抱え上げ、「ベルのお陰だ。本当にいい相棒が来てくれたもんだ」と言って背中を撫でる。
 ベルもうれしそうに目を細めるが、すぐに『次の段階に進むニャ』と言った。
 俺にも異存はない。
 ゲームのように魔力なりマジックポイントなりを使い疲労するかと思ったのだが、疲労感は全くない。それどころか体内が活性化され力が漲っている。
 魔導の特徴として、魔導器で魔素から実現象に形態を変える際の変換エネルギーは必要とされない。つまり、魔素を取り出す時に自らの力を使う必要がなく、理論上は疲労することはない。
 但し、これは完璧に魔導を使える者だけに言えることだ。普通は変換効率が悪く、そのロス分が疲労となる。つまり、魔導師が実力以上の魔導を使うと、意識を失うほど生命エネルギーを消費してしまう。
 逆に言えば効率のいい魔導師であれば、いつまででも魔導を使い続けられる。魔導師の塔の高位の魔導師は魔導を常時使うことで寿命を延ばしていると言われているほどだ。

 今回俺が使った魔導は単に炎を出すだけの簡単なものだが、初心者である俺に疲労感がないということは想像以上に効率がいいのだろう。

『検証できニャいけど、多分あっているニャ。旦那の今の魔導は思った以上に熱量があったニャ。それでも全然疲れていニャいっていうことは才能があるということニャ』

 ベルのお墨付きを得て俄然やる気が出てきた。

 その後、基本的な攻撃魔法である“炎の球”や“石の礫”などを発動するが、全く問題なく発動できた。あまりに簡単にできたことに驚くほどだ。

「レオンハルトの記憶だと魔導は難しいと思っているんだが、これはどういうことなんだろうな」

 俺の疑問にベルも『旦那のイメージ力が強いとしか言いようがないニャ』と明確な答えを持っていなかった。

『一般に言われている常識が邪魔をしていたのかもしれないニャ。塔での修行が必要って思いこんでいる人が多いんだろうニャ』

 ベルの言うことは分からないでもない。
 見た感じだと絶対に無理だと思うものでも、やってみたら意外とできるものはある。一輪車なんてその際たるものだろう。小学生の頃にやったことがあるが、最初は絶対にできないと思っていた。しかし教えてくれる人にコツを聞いていくうちに、徐々に乗れるようになった。もちろん、運動が苦手でできない奴もいたが、できないと思いこんでいる奴は運動神経が良くても結局最後まで乗れなかった気がする。

 更に魔導を練習していき、固定目標なら命中させられるほどになった。
 問題がないわけじゃない。
 発動の前に一分ほど集中する必要があり、魔獣との戦闘では奇襲以外に使えない。他にも炎の球は射程が二十メートルほどと短く、戦闘で使用できるレベルに達していない。

『一日でできるようになると考えるのは傲慢ニャ。魔導が発動できるようになっただけでも上出来だニャ』

 ベルはそういうが、俺としては自衛手段を持っておきたい。
 レオンハルトは元々剣士であり、剣で戦えばいいと思うかもしれないが、俺にそんな度胸はない。彼らが狩っていた魔獣はカピバラサイズのネズミの魔獣や足を広げると一メートルほどのクモの魔獣など、最弱に分類されるものだが、それでも記憶にある戦いを見る限りでは充分に恐ろしい。中型犬くらいのネズミが歯を剥き出しにして飛び掛ってきたり、自分の顔より大きな身体を持つクモが突然頭上から降ってきたりするのだから、普通の日本人にはハードルが高過ぎる。

『それニャら魔導を“身体強化”に使ってみたらいいニャ』

 身体強化は魔素を身体に循環させ、筋肉や骨の能力を上げるものだ。これも小説やコミックで“気”を使って超人的な戦闘力を得る方法に似ている。

「確かに強化できれば戦えるかもしれないが、怖いものは怖いな」と及び腰になる。俺としては遠距離から安全に攻撃する方がいい。

『いつかは覚えないといけニャいものニャ。今からきちんと練習しておいた方がいいニャ』

「そうなんだが……」と煮え切らないと、ベルは冷たい目で俺を見つめていた。

 身体強化は既にレオンハルトが習得している。彼が学んだ“四元流”では身体強化を習得した者が“中伝”となる。最も今の習熟度では五割ほど能力を上げる程度だ。五割でも身体能力が上がれば大したものだが、達人になれば十倍にまで引き上げられるらしい。
 身体強化は単に筋力を上げればいいわけではない。筋力の増強に従い、骨の強度も上げなければ骨がもたないし、筋力と骨を強化してもそれに見合った反射神経がなければ戦闘能力として生かしきれない。他にも細かい筋力の調整をする能力がなければ大雑把な動きになるから制御能力もいる。これらの能力すべてを最適化しながら向上させなければならないのだ。

 遠距離攻撃を諦め、身体強化の魔導を発動してみる。
 といっても、これに関してはレオンハルトの経験に頼るしかない。身体が覚えるというのだろうか、身体を使うことに関しては訓練で培った感覚に頼らざるを得ない。
 魔素を体内で循環しレオンハルトの記憶に頼って身体能力を上げていく。一度に大きく上げてケガをしては大変なので少しずつ上げていき、その都度体を動かして確かめていく。
 ちなみに身体強化を行っても、黒髪が金髪になって逆立つようなことはないらしい。もちろん、限界を超えれば何が起きるかは分からないが。

 具体的な数字にし辛いが、強化すると今までずっしりと重かった剣が金属バットくらいの重さになり、更に強化すると木の枝のように軽くなる。ジャンプ力を試すと垂直飛びで軽々と一メートルを越え、更に強化すると予備動作抜きで二メートルほど飛び上がれた。
 石を投げてみると、唸るような音を上げて飛んでいく。

(超人になった気分だ。この能力を持って日本に戻ったらオリンピックで金メダルをいくらでも取れるな……しかし、これほど集中力が必要だと戦闘では使い辛いかもしれない)

 懸念は集中力を欠くとすぐに魔素の循環が止まり、身体能力が一気に元に戻ってしまう点だ。
 一番危なかったのはジャンプした時だった。予想以上の跳躍力に驚き、身体強化が切れてしまい、二メートル近い高さから不意に落ちてしまった。そのため、危うく足を挫くところだった。
 戦闘では身体能力を上げることばかりに気を回すわけにはいかない。敵からの攻撃を避けながら、相手に攻撃を掛けることが本来の目的なのだ。その目的に神経を集中すべき時に身体能力に神経を集中させることは本末転倒だろう。

(練習あるのみだな。無意識で身体能力を上げられるようになるまで練習するしかない……)

 とりあえず、魔導の研究と実践という目的は達することができた。初日の成果としては十分だろう。

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