ヒーローライクヒール(リメイク連載中)

手頃羊

その1・birth

[ハゼット]
昔、あるところに夫婦がいた。
とても仲が良い夫婦だった。
ある日、その夫婦に1人の子どもが生まれた。
が、その子どもに幸せな日常は待っていなかった。
夫婦の仲は良かった。だが、2人は子どもが欲しいわけではなく、むしろ子どもは邪魔な存在でしかなかった。
そもそも2人は誠実な人間とは程遠いタイプのやつだった。
後で知ったことだが、男は賭け事が好きで、その為に強盗すら平気で行うようなやつだった。
女の方は浮気三昧。結婚をする前は、町の裏路地で体を売っては金を得て体を売っては金を得ての生活を送っていた。趣味でやっていたと、本人が言っていた。
結婚した後も男は昼間は見知らぬ男にイカサマをしかけては金品を巻き上げ、女は他の男の所に行き、夜は2人で…というような日々だった。
この2人がなんで結婚するような仲になったかは知らん。
子どもは毎日虐待を受けていた。
殴る蹴るは当たり前。
男が賭けに負けてきた時の暴力なんか、子どもに対してするようなものではなかった。虐待自体子どもにするもんではないがな。
賭けに大勝ちした日は、運が良ければ叩かれないこともあった。
その時の男の笑顔を子どもはまだ覚えている。
自分に向けたことのない、中年の男が普通はしないような無邪気とも言えるような明るい笑顔だった。
なぜその笑顔を自分に向けてくれないのか、と思った日もあった。
女の方はまだマシだ。
子どもの分の飯を作ってくれる程にはな。
夫と自分の分の料理はそれなりに豪華だったが、自分の分はヒドイものではなかったが、今思うと、子どもに与えるような量ではないというほど少なかった。
だがそれ以上はなく、話しかけても無視される。
怪我をしてきても子どもの顔を見ようともしない。
だが子どもは絶望しているわけではなかった。それより良い状況というのを知らなかったから。
暴力がない日というのがどんなものかを知らなかった。
他の家の子どもがどういう日々を送っているのか知らなかった。
そもそも、家から出してもらえなかったから他の家に子どもという存在がいるとは思っていなかった。
家の外に人がいるのは知ってる。
だが、顔を見たことはない。顔を見せたこともない。
でも子どもは少しだけ望みがあった。
「もし叩かれない日があったら」
「もしおかあさんとおとうさんが自分に笑いかけてくる日があったら」

子どもが生まれて何年経ったかは分からないが、恐らくは10年も経ってはいないくらいだろうか。
ある日、急に父から話しかけられた。
普段は2人とも家にいない時間帯である昼間に、2人とも家にいて、自分に向かって微笑みかけながら話しかけてきた。
「今まで本当にごめん。辛かっただろう。お父さん達と仲直りしてくれないか?あんなことは2度としないから。」
正直言って信じられなかった。
今まで散々自分に暴力も暴言も何もかもしてきたくせに、今更何の口でそんなことが言えるのか。
だが子どもの希望が、まだ少しだけ心に持っていた希望がその言葉を信じさせた。
両親の謝罪を受け入れた。
その日の夕食は今までにないほど賑やかだった。
家族みんなで豪華な料理を食べた。

夕食の後、父に明日は山に行こうと誘われた。
「今の時期の山は葉の色が変わり、綺麗な景色を見ることができるんだ。弁当を持ってみんなで美しい景色を見に行って、今までの償いをさせて欲しい。」と。
子どもは誘いを受けた。
家族とどこかに仲良く出かけるなんて今までなかったからどんなものか知りたかった。

次の日の朝。
自分が起きた時には既に父も母も起きていた。
その日のピクニックに持っていく弁当を2人で作っていた。
自分も混ざり、3人で仲良く弁当を作った。
町を出て、しばらく歩いた先にある近くの山に行った。
とても大きな山で、神様が住んでいるという言い伝えのあり、町の人に愛されている。

父の言っていた通り、普通は緑色であるはずの木の葉は赤色や黄色に変わり、とても不思議な感覚だった。
山に入り、頂上を目指す。
山の中から見る景色もすごいものだった。
家の中しか景色を知らない子どもには全てが新鮮だった。
土を踏む感覚すらも知らなかった。

やがて、頂上ではなかったがとても見晴らしの良い景色の見える場所に着いた。
そこで1度休憩をし、弁当を食べようということになった。
父と母が作った弁当は昨日の夕食にも負けない程豪華だった。
弁当を出す用意をする間、父に誘われもう少し景色の見える場所に行った。
山の表面が一面真っ赤で景色の中に引き込まれた気分だった。
足元が崖だったが、おかげで足元にも真っ赤な絨毯が広がってるようで、一層子どもの気分を高めた。
「どうだ?綺麗な景色だろう?」
父の問いに子どもは無邪気に「うん。」と答えた。
父と母と仲直りをし、こんな綺麗な景色を見ることができて、とても幸せな人生になったと思った。
だがその後に父が言った言葉を子どもは理解できなかった。
「そんなにこの綺麗な景色が好きなら、この景色達と一緒になるのもいいんじゃないか?」
子どもはどういう意味なのか聞き返そうと振り返った。
どことなく、声の響きが自分に暴力を振るう時と似ている気がしたから、余計に気になった。
父の方を向くと、目の前には父の顔は無く、父の靴の裏が自分に向かって放たれているのが見えた。
大人の男の蹴りの威力は子どもを吹き飛ばすには十分だった。
背後は崖で地面は無く、子どもは真っ逆さまに落ちていった。
離れていく父の姿と近づいてくる地面。
何十秒と落ちていく程崖は高く、その間子どもは何度も何度も自問自答をした。
「なんでおとうさんに蹴られたんだろうか。きっと足が滑ってしまったに違いない。」
自分が落ちる方向に何か馬のような動物が立っているのが見えた。
額に角が生えていた。
ユニコーン。名前くらいは知ってるだろう?
ユニコーンが立っていたんだ。
そのユニコーンの額に生えている角に、自分の体が、具体的には、右目が角に突き刺さり、顔を抉った。
ユニコーンの体にぶつかるごときでは落下の速さは抑えきれず、そのまま地面に激突した。

本来なら、子どもでなくても死ぬだろう。
地面に上手いこと死なないような着地だったとしても、ユニコーンの角で顔を抉られたのだからな。
それからどれくらい経ったかは分からなかったが、目が覚めた。
ユニコーンが子どもの顔を舐めていて、子どもが目を覚めたのが分かると、顔を離す。
子どもはなんで自分が生きているのか分からなかった。
だが、ユニコーンの腹に付いていた傷とそこからの出血、そして近くに落ちていた血まみれの尖った枝から1つの答えが出た。
死んでいく自分をかわいそうに思って、自分の血を使って子どもを救おうとしたのだと。
その時からユニコーンの血を飲むと不老不死になれるという伝説はあったし、父と母がそれについて話しているのを聞いていた。
今目の前にいるのがそのユニコーンなんだと。
ユニコーンは首を振り、何かを促した。
ユニコーンが向いていた方向を見ると、ただ森が広がっているだけだった。
だがそれでもユニコーンは促す。
おそらく歩けということなのだろう。
ユニコーンが子どもを先導し、子どもはそれについて行った。

やがて、山を出た。
向こう側には子どもが住んでいた町があった。
ユニコーンは山を出て家に帰るよう促していたのだ。
子どもはユニコーンに礼を言い、町に向かって走った。
子どもの心はまだ父を信じようとしていた。
「きっと間違っちゃったんだ。家に帰れば心配しているおとうさんとおかあさんと僕を抱きしめてくれるさ。」

あたりは暗くなり始めていた。
家にたどり着き、扉を開ける。
既に父も母も帰っていたようで、母は料理を作り、父はその母に向かって何か話しかけながら笑っているようだった。
料理を作っている母の元に向かう。
「おかあさん…おとうさん…」
父と母は自分の顔を見ると、ひどく驚いた。
そして2人揃って同じ言葉を言った。
「化け物‼︎」
父は自分の座っていた椅子を投げ、母は持っていた包丁を投げた。
椅子は顔面にあたり、包丁は額に突き刺さった。
子どもはたちまち逃げ出した。

子どもは自分に投げかけられた言葉を信じられなかった。
だが、それが現実だったということを否定できなかった。
周りを見ると、人々がこちらを指差し、同じ言葉を言っていた。
「化け物‼︎」
「化け物‼︎」
「化け物‼︎」
額にはまだ包丁が刺さったままだったし、右目も抉れたまま。
全身血まみれの子どもがいれば誰だって化け物だとは思うだろうが、信じたかった親に化け物と言われた直後の子どもの心を折るには強すぎる程だった。
子どもは包丁を抜いて走り出した。
誰かが呼んだ町の力持ちにも追われた。
子どもは必死に逃げ、なんとか振り切り、路地裏に逃げ込んだ。

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