ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Intro ならず者達の挽歌


 『Sound of FAITH』……サウンド・オブ・フェイス。
 それは、ニューロフリート社が運営する、国内最大級のプレイヤー数を誇るオンラインゲームだ。
 VRバーチャルリアリティシステムを最大限に活用したリアルなマッピング、豊富な職業、そして社員主導によるツアー形式のクエストが特色である。
 ユーザー密着型サービスが好評を博し、十年以上もの間、ユーザー数は不動の一位である。

 しかし、そんなSoFの電子の箱庭に、異物が舞い降りた。


 初心者向けのフィールド“古戦場の小さな砦跡”にて。

「こっちは順調だ。そっちはどうだよ? アンドレイ」

 ユーザー名“地下通路のアンドレイ”は、ギルドメンバーの“ベリー・ザ・キッド”の声に振り向く。

「やっぱり初心者はすぐくたばってくれるから、楽でいいぜ。とりま、15はカタい」

「ひゅー! やるじゃん。こっちはまだ10行くか行かねぇかって所なのによ」

 彼ら“ジェントル・ジェイルマン”は、PK(プレイヤーキル。その名の通り、他のプレイヤーキャラの殺害を指す)を専門としたギルドである。
 基本的にSoFの運営グループはPKを推奨してはいないが、禁止もしなかった。

 PKにはPKを。
 彼らジェントル・ジェイルマンのような存在があれば、逆にそういった者達を専門に相手取る自警団も存在する。
 というのも殺害されたプレイヤーは、その加害者のプレイヤー名を記録、告発する事ができるのだ。
 これが各所でお触書として、キャラクターの顔と一緒に掲示される。
 PKには相応のリスクがあるという事だ。
 しかも一度でもPKをした者は、この告発システムを利用できない。


 ……それこそが彼らの悲劇でもあった。

「さて、そろそろずらかるとし――」

 言い掛けたベリー・ザ・キッドの額に、銃声と共に風穴が開く。
 キッドはそのまま光の粒子になって消えた。

「ちょ! 待ッ、街道警察の仕業――」

 地下通路のアンドレイもまた、キッドと同じ末路をたどる。
 他のギルドメンバーが一斉に、銃声の方角へと振り向いた。

 距離にして十数メートル程度。
 そこには、黄色いコートを羽織ったプレイヤーらしき男がリボルバー拳銃を構えていた。
 誰もが色めき立ち、武器を構えて立ち向かう。

「見ろよ! ステータス的にはレベル5くらいしか無い!」

 ズタ袋を被った男が叫ぶ。
 彼らの視界にはステータス表示があった。
 レベル5といえば、初心者に毛が生えた程度だ。
 平均してレベル30の彼らからすれば、赤子同然である。
 名前が非公開になっているのは気掛かりだが、倒してしまえば手柄には変わりない。

「やれる、やれるぞ!」

 バケツのようなヘルムを被った男も、それに追従した。
 だが、黄衣の男は口元を歪める。

「――ゲームの常識にとらわれ過ぎたな、坊や達」

 惨劇の被害者たちは目を見開く。
 勝てると確信していた筈のステータスをもう一度見れば、そこには信じられない数値が並んでいた。

「なんだよ、これ……」

「お前さん達からはどう見えているか、俺にはわからない。
 ただ、たっぷり楽しんでくれていることくらいは、俺にもわかる」

 断末魔の叫びが、街道にこだまする。
 不敵に笑う黄衣の男は、銃を片手に次の獲物を探しまわった。


 彼は悪党を憎む復讐者ではない。
 彼は正義を貫く守護者ではない。

 彼は蹂躙者。
 故に、獲物の善悪を区別しなかった。
 目の前にいれば、すぐに殺す。

 仮想現実の命は軽い。
 何度でもよみがえる事ができてしまうからこそ、その引き金は枯れ葉のように軽かった。


 逃げ惑う冒険者達。
 だが、武器を奪われ、身体を貫かれ、首を切り落とされ、次々と霧散していった。

 にとって、知ったことではないのだ。
 どうせ惨劇の被害者たちは、数分後には知らぬ顔で冒険ごっこを続ける。
 彼はそれを知っていた。
 知らされていた。


 黄衣のガンマンが現れてから、ものの数分。
 ここには、誰もいなくなった。



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