ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Intro ある不幸な密輸商人
降りしきる大雨の中。
使われなくなって久しい交易路を、一台の馬車が走っていく。
「ちくしょう、ツイてねェ……」
馬車を御する密輸商人のボンセムは、度重なる不運に悪態をついた。
国境沿いの交易路跡を用いて商品を輸送していたが、ついに冒険者達に嗅ぎ付けられてしまった。
逃走先で魔物である鬼狼の群れを突破するも、これで護衛として雇っていた山賊達を全て失ってしまった。
死なせても惜しくない輩ばかりであったが、揃って逃げられた。
もうボンセムを守る者は誰一人いない。
追いつかれるのは時間の問題だろう。
藁をも掴む思いで怪しげな召喚術に手を出したが、今更あんなものが役に立つのか、ボンセムは半信半疑だった。
召喚術に用いた依頼料とやらの金額も、馬鹿にはならない。
一ヶ月の稼ぎの約半分も支払わねばならないとは。
それでも、保険はかけておくに越した事は無いのもまた事実だった。
運ぶ品物は各国の、領地を持て余した貴族、クーデターを企む傭兵団、はたまた魔物使いなど、素性の穏やかでない相手の注文ばかりだ。
とはいえ、実入りは多い。
真っ当な商売など、バカバカしくなってくる程度には。
あと数年もすれば、小国でひっそりとしている死に体の貴族から領地と爵位を買い取って、夢のような余生を過ごす事もできるだろう。
しかし冒険者に捕らえられて共和国へと引き渡されれば、いよいよボンセムの密輸商人生命は途絶えてしまう。
打首か、磔刑か……。
良くても懲罰労働だろう。
そうなれば、金に囲まれた生活も夢のまた夢だ。
背後から矢が飛んでくる。
冒険者達のパーティには、弓を使うエルフがいた筈だ。
他には魔法使いの男、王国の女騎士、スカウトの獣人、重戦士のドワーフ。
……見事なまでに、完璧に噛み合ったパーティだ。
それがすぐそこまで迫ってきている。
徒歩の筈の彼らがどのような近道を使ったのかは判然としないが、追いつかれたという事実は覆せない。
「潮時だってェのか! 冗談じゃねェぞ! ああ、くそったれ!」
最悪、積み荷の中には爆薬がある。
これを使えば、道連れくらいにはできるだろうか。
「ケチが付いてばかりの人生だったし、女を抱いた事すら無ェ……最期に抱くのが爆薬の詰まった樽とは、俺もヤキが回ったってか……」
ボンセムは、意を決して前を向いた。
こちらには馬車という盾がある。
矢が刺さった程度では、そうそう壊れるものでもない。
「もう少し進めば、ガケがある筈だ……あそこにおびき寄せれば……!」
ドカンと一発。
巻き込まれなかった者も、上手くやれば谷底へ真っ逆さまという計算だ。
「――ごきげんよう。俺だ」
不意に、背後の荷馬車から声がする。
ボンセムは全身の毛が逆立つ思いに、身震いした。
すぐさま腰のダガーを引き抜き、振り向く。
「だッ、誰だ、てめぇはッ!?」
積み荷の上に座っている男。
見覚えのない奇妙な男だった。
黄色い外套を羽織っているが、その華美な出で立ちに反して野卑な雰囲気も持ち合わせている。
「待たせたな、依頼主さんよ。お前さん、確かに“契約”しただろ?」
その言葉に、ボンセムはようやくあの怪しげな紙にサインをした事を思い出す。
――“ビヨンド”。
前払金を封書に入れて、紙の裏に書かれた魔法陣に乗せる事で召喚される、異界の賞金稼ぎ……。
目の前の男がその“ビヨンド”であるならば、ボンセムは召喚に成功したという事だ。
「依頼内容は伝わってるんだよな!? 頼む、助けてくれ!」
くたびれた馬に鞭打ちながらのボンセムの懇願に、その男――ダーティ・スーは静かに頷いた。
獰猛な笑みを、稲光に照らされながら。
使われなくなって久しい交易路を、一台の馬車が走っていく。
「ちくしょう、ツイてねェ……」
馬車を御する密輸商人のボンセムは、度重なる不運に悪態をついた。
国境沿いの交易路跡を用いて商品を輸送していたが、ついに冒険者達に嗅ぎ付けられてしまった。
逃走先で魔物である鬼狼の群れを突破するも、これで護衛として雇っていた山賊達を全て失ってしまった。
死なせても惜しくない輩ばかりであったが、揃って逃げられた。
もうボンセムを守る者は誰一人いない。
追いつかれるのは時間の問題だろう。
藁をも掴む思いで怪しげな召喚術に手を出したが、今更あんなものが役に立つのか、ボンセムは半信半疑だった。
召喚術に用いた依頼料とやらの金額も、馬鹿にはならない。
一ヶ月の稼ぎの約半分も支払わねばならないとは。
それでも、保険はかけておくに越した事は無いのもまた事実だった。
運ぶ品物は各国の、領地を持て余した貴族、クーデターを企む傭兵団、はたまた魔物使いなど、素性の穏やかでない相手の注文ばかりだ。
とはいえ、実入りは多い。
真っ当な商売など、バカバカしくなってくる程度には。
あと数年もすれば、小国でひっそりとしている死に体の貴族から領地と爵位を買い取って、夢のような余生を過ごす事もできるだろう。
しかし冒険者に捕らえられて共和国へと引き渡されれば、いよいよボンセムの密輸商人生命は途絶えてしまう。
打首か、磔刑か……。
良くても懲罰労働だろう。
そうなれば、金に囲まれた生活も夢のまた夢だ。
背後から矢が飛んでくる。
冒険者達のパーティには、弓を使うエルフがいた筈だ。
他には魔法使いの男、王国の女騎士、スカウトの獣人、重戦士のドワーフ。
……見事なまでに、完璧に噛み合ったパーティだ。
それがすぐそこまで迫ってきている。
徒歩の筈の彼らがどのような近道を使ったのかは判然としないが、追いつかれたという事実は覆せない。
「潮時だってェのか! 冗談じゃねェぞ! ああ、くそったれ!」
最悪、積み荷の中には爆薬がある。
これを使えば、道連れくらいにはできるだろうか。
「ケチが付いてばかりの人生だったし、女を抱いた事すら無ェ……最期に抱くのが爆薬の詰まった樽とは、俺もヤキが回ったってか……」
ボンセムは、意を決して前を向いた。
こちらには馬車という盾がある。
矢が刺さった程度では、そうそう壊れるものでもない。
「もう少し進めば、ガケがある筈だ……あそこにおびき寄せれば……!」
ドカンと一発。
巻き込まれなかった者も、上手くやれば谷底へ真っ逆さまという計算だ。
「――ごきげんよう。俺だ」
不意に、背後の荷馬車から声がする。
ボンセムは全身の毛が逆立つ思いに、身震いした。
すぐさま腰のダガーを引き抜き、振り向く。
「だッ、誰だ、てめぇはッ!?」
積み荷の上に座っている男。
見覚えのない奇妙な男だった。
黄色い外套を羽織っているが、その華美な出で立ちに反して野卑な雰囲気も持ち合わせている。
「待たせたな、依頼主さんよ。お前さん、確かに“契約”しただろ?」
その言葉に、ボンセムはようやくあの怪しげな紙にサインをした事を思い出す。
――“ビヨンド”。
前払金を封書に入れて、紙の裏に書かれた魔法陣に乗せる事で召喚される、異界の賞金稼ぎ……。
目の前の男がその“ビヨンド”であるならば、ボンセムは召喚に成功したという事だ。
「依頼内容は伝わってるんだよな!? 頼む、助けてくれ!」
くたびれた馬に鞭打ちながらのボンセムの懇願に、その男――ダーティ・スーは静かに頷いた。
獰猛な笑みを、稲光に照らされながら。
「現代アクション」の人気作品
書籍化作品
-
-
516
-
-
55
-
-
24251
-
-
29
-
-
969
-
-
267
-
-
314
-
-
127
-
-
89
コメント