ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task1 出発前に軽く作戦を立てろ


 ごきげんよう、俺だ。
 辺りを見るに、馬車が四台ほど列を作っている。
 キャラバンだろうというのは、どの馬車にも同じエンブレムが付いているから想像がつく。
 目の前には、ふくよかだがうらぶれた面構えの男がいる。

「ん……お前さん、誰だ?」

 俺はこいつを知っているが、それは痩せていた頃のこいつだ。
 案の定、面食らってやがるな。
 可哀想だから、この辺にしといてやろう。

「なんてね。冗談だよ、ボンセム」

「くっそ、脅かさないでくれよ。運び屋稼業から足を洗った今、頼れそうなのはあんたくらいなんだからよ」

「俺以外でも呼べただろう。そんだけ健康的な太りかたをしたなら、さぞかし稼いでやがるだろうに」

「これはメシの量が増えただけだぞ」

「まさか、お前さん。あのピザ屋に鞍替えしたのかい」

「そうとも。作ったピザの試食とか、まかないとかで食うには困らんが、まっとうな品物を扱う商売だからな。稼ぎはむしろ落ちた」

 なんて抜かしておいて、随分と穏やかなツラをしてやがる。
 悪魔共の投げたコインで運命を決められていたような、かつてのボンセムはもういないって事さ。

 ……だが。
 俺が呼ばれたって事は、つまり“世間様に睨まれるような碌でもない何かを仕出かした”って事に他ならない。

「お前さん達、休憩してからどれくらいになる?」

「まだ止まったばっかりだよ。昔ほど身軽じゃないんだ」

 ボンセムが、後ろに引っ連れたキャラバンを手で指し示す。
 なるほど、そりゃあ今すぐUターンという訳には行くまいよ。

「足を洗ったなら、何食わぬ顔で普段通りに動くのが一番だろうさ」

 俺は馬車に背中を預ける。

「で? 今回は何を運ぶんだい。依頼書には詳細が伏せてあったが、相当ヤバい代物らしいじゃないか」

 左肩にわずかな重みを感じる。
 ロナは俺にもたれかかっていた。

「スーさん、きっとアレですよ。お貴族様の令嬢を妊娠させたとかって」

「小娘が! 滅多な事を言うんじゃねェ!」

 そうムキになるなよ、ボンセム君。
 顔を真っ赤にして、脂汗なんて流すもんじゃないぜ。
 ロナ、お前さんも唇を尖らせるなよ。

「あたし、一応これでも、ロナって名前あるんですけど」

「あ……おおう、その、すまん。とにかく! 俺じゃねぇからな! 断じて!」

「知ってるよ」

「ならいいがよう……」

 てめえで孕ませておいて、その女を何ヶ月も載せて運ぶかよ。
 ましてやキャラバン引っ連れて困り顔と来たら、訳アリが転がり込んできた以外に何があるというのかね。

「まあ、足を洗っても密売人という前科ケチは付いて回る。加えてその悪人ヅラだ。変な噂は、金を借りに来た友達気取りのたぐいだと思って軽く受け流せよ」

 せいぜい上手く立ち回ってくれよ。
 初仕事の相手がくたばっちまうのは寝覚めが悪くてかなわん。
 それじゃあ……屋根付き馬車のカーテンを拳ひとつ分だけ開けて、少し覗き見るとしよう。

「ひっ……!」

 すると、中にいたのはオレンジ色に緑のメッシュの髪の女だった。
 ちょいとばかり不健康そうな細身だが、腹だけは大きい。
 服から察するに、魔法使いだろう。
 生地の質感から上等さは感じられない。

「やっぱりか。こうも予想通りだと面白みが無い」

 ……さて。
 荷台には乗り込まず、ここから覗き見る。

「なに……な、なんなの……!?」

 座り込んだまま少しずつ後ろに下がっていき、しまいには壁に背中をぶつけて驚いてやがる。
 こりゃあ重症だな。
 よくこれでボンセム達に頼み事ができたもんだ。
 その時は必死だったに違いないがね。

「野郎の出る幕じゃあなさそうだが、信頼できる奴を二人ほど寄越すとしよう……ロナ、紀絵。頼んだ」

「うーい」

「おまかせくださいませ」

 ここはひとつ、念話で指示を出しておこう。

『多分、冒険者だ。それも口減らしで追い出された貧乏魔術師か何かの生まれだろう。
 碌でもないクソ野郎に、何らかの不愉快な手段で一発ブチ込まれて、医者に診てもらうとか、腹の中のガキをどうにかするとかの発想も無かったに違いない』

『おぇッ……その推測が間違いであることを祈りますよ。あまりにも、ありきたりすぎるし、胸糞悪い』

『なら、ハズレである事を祈るといい。もちろん、優しいお前さんの事だ。いきさつについては訊いたりしないだろう』

『そりゃあね。傷を抉る真似はしませんよ。そこらの悪党じゃないんですから。
 スーさんの言う“頼んだ”は、カウンセリングとかやってくれって意味でしょうし』

『話が早くて助かるぜ』

『あたしはわかってますよ。スーさんは悪党になりたいんじゃなくて、正義の味方の目の前で悪党を演じたいだけだってこと』

『……ただの偏屈な意気地なしさ』

『はいはい。そういう事にしといてあげますよ』

 買いかぶるなよ、ロナ。
 俺が生前そんなできた人間じゃなかった・・・・・・・・のは、俺自身が一番よく理解している。

 荷台に上がっていくロナと紀絵を横目に、俺はボトルのウイスキーに口をつけた。

「ボンセム。さしずめ、今回は新しいトッピングの具材でも探しに来たって所かい」

「あんた、相変わらずバケモノじみた勘の良さだな……エルフ向けの新商品を作るって、オーナーからのお達しでね。
 生地を冷ましてからベリー系のフルーツをトッピングするんだよ。あいつら、火を通したり肉だったりすると受けが悪いらしくてよ」

「いいのかい、俺にバラしちまって」

「俺らで宣伝して回ってるんだ。落ち着いたら食いに来いよ」

「邪魔が入らなきゃいいが」

 後ろにいるキャラバンの連中は、俺を見て何やらこそこそと内緒話をしてやがる。
 こちとら悪評と悪名は勲章みたいにジャラジャラと引っ提げた、筋金入りのクソ野郎だぜ。
 その俺様が気付いているのに、お構いなし……とはね。

 度胸があるのか、単なる馬鹿か。
 まあ、いいさ。
 余計なことを考えるのはやめておこう。

 ロナと紀絵が、げっそりしたツラで出てきた。
 そっちを確認するのが最優先だ。

「終わったようだな」

「一応……収穫ありですね。聞きます?」

「続けてくれ」

「臨時で組んでいたパーティに追いかけられて、この近くに潜伏していたところ、ナボ・エスタリクとかいうヤツから殺害予告が届いて、急いで遠くへ逃げるところだったそうですね。
 まぁ理由については敢えて訊きませんでしたが……お腹の子が原因なんでしょうね……」

「とはいえ、あちら側の言い分を聞いてみない事には何ともいえませんわね」

「いうて、だいたい男が悪いじゃないですか。ほぼクロで確定ですよ」

「両方の言い分から事実関係を明らかにしたほうが、悪人も逃げ場が無くなるでしょう?
 問題は、どうやってそれを聞くのか、ですわね」

 意見が分かれるとは珍しい。
 いや、紀絵が少しずついっちょまえになってきているのかね。
 少しの沈黙を挟んで、ロナが口を開いた。

「……変装して潜入捜査という案が無くはないです」

「へ!? ……おお、そういえば、その手がありますわね!
 ちなみにパーティのリーダーは黒髪の少年で“異世界からやってきた”とか。であれば、目星を付けるのはそう難しくはありませんわ」

「提案しておいて何ですが、命の危険が伴います。相手がゲス野郎だった場合……」

「ロナさん……っ! よろしくてよ! わたくし、いつでも覚悟完了ですわ!」

 紀絵は涙を堪えながら、ロナの手をしっかりと握る。

「う、あ、ええと? ありがとう……ございます?」

 ロナの奴、やりづらいってツラをしてやがる。

「上手いこと頼むぜ。俺はいつものように、立ち塞がって追い払うくらいしかできん」

「またスーさん嘘ばっかりつく……碌でもないイタズラと、良くも悪くも真っ直ぐな青少年にトラウマを植え付ける能力もあるでしょ」

「もう、ロナさんったら、また憎まれ口を叩いたりして!
 スー先生、大丈夫ですわよ! 烙印を押された人達に共感できる感受性をお持ちですわ!」

 お褒めに預かり光栄だよ。

「いい仲間に恵まれたじゃねぇか、ダーティ・スー」

「だろ。付き合う相手はいくらでも選べただろうに、物好きな連中だ……さて――」

 ロナと紀絵に合図して、馬車の荷台に乗らせる。
 最後に俺も乗る。

「お前さんは今まで通りに動け。俺はここに隠れておく」

「前みたいに積荷を燃やしたりなんてしてくれるなよ」

「燃やしていい物と悪い物の区別くらいは付く」

「ホントかよ……?」

 大丈夫さ。
 燃やすなら、この女にガキを仕込んだクソ野郎だ。

「ところで、あのお嬢さんの名前は訊いたかい」

「頑なに教えて下さりませんでしたわ。名前を明かしたくない理由がおありなのでしょう」

「ボンセムさんは知ってます?」

「いんや全く」

 その名前にこそ、面倒事のタネが潜んでやがる筈さ。
 俺にはよく解る。
 どう転んでも楽しめるよう、心の準備は済ませようじゃないか。



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