ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Extend7 誰が為の憂患



 アルヴァント王城は、華美な装飾の割に無骨だ。
 城塞と宮殿が組み合わさったような、ちぐはぐな印象。

 依頼主と一緒にいるロナちゃんは偽者らしい。
 スー先生は気付いていたけれど、私はどうにも確信が持てなかった。
 私の知っているロナちゃんと、ところどころ言動が似ていたりもするし。

 ちょっと前に私が最期を迎えた世界と、状況が似ているからかも。
 という事は、どこかに本物の(或いは分割させられたもう一人の)ロナちゃんがいる?
 ま、ま、まさか、記憶と人格を上書きされて……!?


 とかそういうこと諸々ぜんぶ念話で先生に相談してみたら、同じ事は既に思い至っていたようだ。
 相変わらず早いなあ、先生は。

『どうにもその痕跡・・・・だけが見当たらん。依頼主サマはあれを本物と言い張ってやがった。
 が、あの目つきは“まさか偽者の筈がない”という、疑念と何かに縋る感情がこもっていた……何ともきな臭い話になってきやがった』

『そんな……』

 スー先生だけが偽者と思っているのか、それとも。
 スー先生だけが何かのカラクリに気づきかけているのか。
 現時点で、私には結論が出せない。

『なんでもいい。あの世界に来る前、何か変わった事は無かったかい』

 あら珍しい。
 大抵はすぐ痕跡を見つけて「つまりはこういう事さ」なんてズバリと当てちゃうであろうスー先生が、まさか私に頼るとは。
 でも、私に提供できる情報なんてたかが知れている。
 あの世界に戻った直後は意識朦朧としていたし。

 ……あ。
 大事な事かは解らないけど、そういえば一つ気になる事はあったかな?

『えっと、そうですわね……来る時は判りませんけれども、確か、サソリの姿になる直前に、知らない女の人の声が聞こえたような』

 怒られる、かな……。
 冷静に考えれば、割と重要な情報のような気がしてきた。

『お前さんに囁いた女と、俺とロナが出会った女が同じなのか、裏付けが無けりゃ何とも言えん。
 向こうが勝手に因縁を付けてやがる可能性は無きにしも非ず、だがね』

 あれ、怒らないんだ……。

 ちょっと待って。
 私は一体、何に安堵した?

 違うよ、そうじゃない!
 まったく、なんと臆病者な私!
 こういうときは謝罪だろう。

『申し訳ございません。もう少し早く、お伝えしていれば……』

『何でもありの世界なんだ。どれが必要な情報か見分けが付く奴なら、フロイトにだって喧嘩を売れる。もちろん、アーサー・クラークにも』

 じゃあこれ、やっぱり許されたって事でいいの?
 私、許されちゃっていいの!?

『あまりビクビクするもんじゃないぜ。お前さんが焦げたキャベツを出さない限り、俺は軽蔑したりはしない。
 そもそも俺は、そんな奴は連れ回さない主義だ。つまりはそういう事・・・・・さ』

 動揺を見抜かれた上に、なだめられた!?
 いや、ちょっと待って待って待って。
 駄目だよ、先生……!
 超ナイーヴな時に優しくされちゃうと……私みたいにちょろい奴はすーぐ引っ掛かっちゃうんだって!

 慌てて頭を振り、弱気な自分を叱咤する。

 考えないようにしていたけれど、どうやら私はスー先生とロナちゃんの両方が揃っていないと落ち着かないようだ。
 前々回にロナちゃんと一緒に依頼を受けていた時に感じたモヤモヤを、たいした事ではないよと見て見ぬふりをしていた。

 けど、やっぱり駄目。
 二人の夫婦漫才を見るのが楽しいわけで。
 どっちかが欠けている今の状況を、私は堪えられそうにない。

 ウオォォォォ!
 ロ ナ ち ゃ ん !
 早く!
 戻ってきてッ!!

 この依頼を請けて本当に大丈夫かどうか、先生が何度も確認していたよね!?
 ロナちゃん、世界管理番号が出身地と違うから真相を確かめたいって言っていたよね!?
 やっぱり直前になってやる気なくなっちゃったとか!?
 ……それは、無い、か。
 やっぱり、何かのトラブルに巻き込まれたのかも。

 そして私は、ある事に今更ながら気付いてしまった。
 せっかくお絵描きができるのだから、人相書きを作ればいいじゃないか!
 ああ、私の愚かさが恨めしい!



 ―― ―― ――



 数日後の今に至る。

 人相書きは会心の出来だった。
 これを片手に街を練り歩いて尋ねて回ったりもした。
 けれども今日という日まで誰一人、その顔について知っている人はいなかった。

 もしや、目の下のクマがいけなかった……?
 いや、まさか。
 あれが無いとロナちゃんっぽくない。

 今日は、それまでと同じように人相書きを片手に情報収集をしていた。

 スー先生とは何度か打ち合わせをした。
 もちろん念話で。


 城の中で色々な人の悩みを聞いてカウンセリングの真似事なんてしてみたけれど、新しい派閥が増えたくらいで大した成果は無かった。
 私が欲しいのはロナの手掛かりだというのに!
 城内にいる偽ロナ(仮)の情報ばかり入ってきても、困るのだ。
 こんな日が暫く続くのだろうかと、憂鬱な気分になっていた。


 けれど、束の間の気怠けだるい日々は終わりだ。

『……あら。緊急避難警報、ですって……?』

『どでかい敵ってのは、そいつの話かね』

 途中、緊急避難警報のアナウンスが流れ、程なくして町の人達がすごい勢いで逃げ回るところを目にした。
 連合のエンブレムを付けた人達が、一生懸命に誘導していた。
 時計塔なら一番見晴らしが良さそうだから、様子を見に行く。


 で、双眼鏡を片手に、見に行った。

「なんですの、あれ……予想より大きいのですけれど?」

 あれは、ヤバい。

 遠くでは白くて巨大な四足の怪獣が何匹も、北壁目掛けてゆっくりと足を進めて来ていた。
 雨のように降り注ぐ矢と魔法を物ともしない。
 モンスターの背中から飛び出した、羽の生えたトゲみたいなものが北壁を容赦なく削っている。

 途中に散在する十数メートルの高さはあるだろう幾つかのバリケードも、容赦なく踏み潰している。
 伝令を乗せた早馬は、怪獣の両目から発せられたビームのようなもので半数以上が焼かれた。

「一体誰があんなものを……まさか依頼主ではありませんわよね?」

 私の推理なんてあてにならないけれど、それでもあの化け物が街に到達すれば無事では済まされない事くらい理解できる。
 私は時計塔の螺旋階段を駆け下りた。

 逸る気持ちを何とか必死に抑えながら、人のいなくなった街をひた走る。
 もうこうなったら、当てずっぽうでもいいから声をかけるか!
 臆病で馬鹿な私だけど、それでも……!

「ロナさぁーん!? どこにいらっしゃいますのー!?」

 繰り返すこと、数分。

「早くしないと、スー先生を取ってしまいますわよー!」

 もちろん、取るというのは嘘だ。
 万一遠目で見られていたらきっと寂しい気持ちにさせちゃうだろうから、この世界に来てからずっと、先生にはくっつかないでおいた。
 君の居場所は、ちゃんとここにあるよ。
 ……そう言ってあげたいから。

「ったく。これ以上、心配掛けさせないで欲しいなー……」

 そんな時だった。

『すみませんね。もうちょっとで終わりますんで、北壁のデカブツは任せますよ』

「え? あれ……今のは?」

 ああっ、思わず念話じゃなくて普通に声を出してしまった!
 慌てて念話に切り替える。
 初めは戸惑った念話も、今となってはすっかり自然に扱えるようになっているのだから、ビヨンドというのは本質的に人間とは別物なのかもしれない。

『今、どこにいますの!? とりあえず“もうちょっと”なんて曖昧な表現ではなく、明確に納期を伝えて頂けませんこと!? ねえ、ロナさん!』

 返事がない。
 無視?
 誰かに勘付かれた?

 何さ!
 なんなのさ!
 戻ってきたらおしおきしてやるっ!!


 涙で少し滲んだ視界。
 息を切らせながらもモンスターの方角へと走る。
 途中で、平台を後ろにつけた馬車とすれ違った。
 御者以外は誰も乗っていない事から、避難民を運ぶ為のものとも思ったけど、どうやら違うみたいだ。


 何故なら、その先で見たものは――、

「この前捕まえた方々……?」

 確か“初夏の旅団”と名乗っている、レジスタンスの人達だ。

 この王都アルヴァントでは、英雄たちを讃える歌が毎日のように鳴り響いていた。
 王都に住まう人達は、みんな異口同音に初夏の旅団を糾弾していた。
 現地人も。
 降り人も。

 有りもしない禁術をでっち上げようとしただの、人権屋気取りのヒステリックな集団だのと、言いたい放題だ。
 依頼主のゆぅいは「陰口を叩けるという事は、言論の自由が保障されている証拠」などとのたまっていた。
 けれど……私は、ロナちゃんを自殺に追い込んだあいつが大嫌いだ。

 スー先生の事だから依頼を受けるふりをしつつ裏をかいて罠にかけるなりしそうだけど……どうだろう。
 私はロナちゃんのような察しのいい頭を持っていない。
 ……今は、考えないようにしておこう。


 さて、初夏の旅団らしきメンバーは、北壁へと走っていた。
 よく見ると、遠くにも他の冒険者がいた。
 あの人達も旅団のメンバーなのかな?

「緊急事態だから仮釈放と言ったってなあ」

 と、革鎧のお兄さん。

「この隙に逃げちゃえばいいんですよ」

 と、猫耳セーラー服の女の子。

「でも、あれを倒さなきゃ大勢の人が死ぬ」

 と、金髪碧眼の騎士。

 私は魔法で次々と屋根伝いに跳んで、先回りすることにした。
 なるべく音は立てたくない。
 だって私は彼らにとって敵であり、バレたら絞め殺されるかもしれない。


 彼らを尾行していたらその先に、北壁の大きくえぐれた部分から怪獣を見ている人がいた。
 というか、あの格好には見覚えがある。

 騎士君の、

「……ちひ――ロナ、どうしてこんな所に?」

 と呼びかける声に、ロナちゃんが振り向いた。
(でもどうせ偽者だよね? 服装も偽者バージョンだし)

「話は後! 今は、あれを倒さなきゃ」

「誰かさんと同じ事を言ってるみたいですけど~? 元はと言えば、チミが裏切らなきゃ、私達しょっぴかれなかったじゃないですか! ふざけんなよ!?」

 あの猫耳ちゃん、怒るとキャラ変わるのかな。
 職場にああいう人いたなあ。
(元気にしているかな、元人事部の沖山さん……私が死ぬ二年前くらいに寿退社したけど、一緒にいたあの旦那さんちょっと感じ悪い人だったんだよなあ……おっと閑話休題)

「ごめんなさい」

 偽ロナちゃんはと言えば、猫耳ちゃんに詰め寄られるや、すぐにぺこりと頭を下げた。

 あら可愛い。
 私の知っているロナちゃんはああいう謝り方はしないけど、かつてはあんな時代があったのだろうか。
 猫耳ちゃんはすっかり毒気を抜かれてしまったのか、そっぽを向きながら口を尖らせた。

「まぁ、百歩譲って戦ってあげるけど! 終わったらたっぷり話を聞かせてもらいますからね!」

「……いいですよ」

 どうにも、偽ロナちゃんの間のとり方は何かが胸に引っ掛かる。
 もう一度くらい、先生に連絡入れるべきだろうか?

『もしもし、先生?』

『ロナを見つけでもしたかい』

 良かった、返事くれた。

『偽者のほうですけれどもね』

『お前さんなら、そいつをどうする?』

『監視しますわ』

『じゃあ、そうしてくれ。ただし、バレないように気をつけな』

 白い怪獣との戦いをしながら偽ロナちゃんを監視する。
 なかなかに難しそうだ。

 けど、まあ、その。
 ゆぅいって人からは、かなり陰険な香りがする。
 この偽ロナちゃんを使って名誉を傷つけるとかそういう陰湿極まりない真似を平気でやりそうなのだ。

 あまり偏見で物を語るのは良くないけれど、かつて私も濡れ衣で死に追いやられた経験がある。
 そういう所ばかり嗅覚が鋭くなってしまうのは、きっと致し方ない事なのかもしれない。



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