ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Task6 そろそろ暴走泥棒猫にストップを掛けてやれ
「ホモは死ねぇええええッ!」
などとクロエは、黒髪を振り乱して抜かしやがる。
オー、恐い。
フロリダ州オーランドの連中に聞かせてやりたいぜ。
一体あいつらのどれほどが、お前さんを心の中で磔刑にするんだろうかね。
外敵のいない世界で育った奴は、時折おっかない無防備さを見せてくれる。
ハトの中でもとびきり間抜けな奴が、車に轢き潰されに行くのと同じように。
「ロナ、紀絵、そっちは任せるぜ」
まさかこの程度しか寄越さない筈もあるまいよ。
伏兵にも気を使う必要がある。
「サイアンはナターリヤと一緒にお留守番だ。手出しはしないでくれ」
「はい、ご主人様がそう望むのなら! ロナに何かが起きそうな時は……」
「あいつの頑丈さを信じてやれ」
「……! はい!」
頼むぜ、ナイト様。
手出しを望まない奴は、そいつが本気で助けを求めるまでそっとしておこう。
これで振り分け終了だ。
あとはてめぇで考えて動きやがれ。
さあ、クロエ。
たっぷり遊んでやろう。
「猛英、お前さんはどうだい」
「アレと戦えっていうんすか……流石に炭になっちゃうっすよ」
「なら俺と来な。一真に、もっといいところ見せてやりたいだろ?」
肩越しに視線を寄越せば、その先にはすっかり顔面蒼白な一真がいる。
恐ろしい事を抜かしやがるとでも言いたげだ。
だが、臆病風は跳ね除けるものさ。
最愛の人を死なせるのが恐ろしいなら、さっさと加勢するなり連れて帰るなりしやがれよ。
「さて、特製ダーティ・シールドだ」
元は扉だった木の板に、小さく煙の壁を纏わせただけの簡単な盾だ。
ただの木の板よりは、多少の余裕がある筈だ。
「何、キレている上に喧嘩慣れはしていない奴だろう。クレフの時より簡単さ」
「うっす!」
さあどう出る、一真。
お前さんは愛しい人に戦わせたままなのかい。
それとも、俺と同じように戦いを鑑賞したいのかい。
自分が出るまでもなく、取り巻きにすら勝てない奴を見て嘲笑したいのかい。
「……」
ふはは!
いい眼差しをしてやがる。
どのタイミングで前に出る?
時間の問題かね。
『ロナ、そっちの調子はどうだい』
『見れば解るでしょう。頭のない鶏なんて、足を掴めば羽をもぎ取って終了ですよ』
つまり、クレフがいなけりゃまとまりを失って、楽々各個撃破って寸法かね。
実際、魔法使いが放った魔法を紀絵が反射させて、他の連中にぶつけている所なんかはアタマの大切さを感じさせるね。
特別な天才じゃなくてもいいから、周りを落ち着いて見渡せる奴が必要だ。
初めは得意気に指示を飛ばしていた眼鏡の女は、経験はあってもブランクがあるんだろう。
指示が的確に飛ばせず、周りからの信頼も充分じゃなけりゃ、チームってのはすぐに空中分解しちまうもんさ。
パチンッ。
煙の壁を低く展開して、逃げ回っている奴を転ばせる。
流石に、目ざとく気付いて避けるなんて器用な真似はできないらしいな。
「フォルメーテ! やっぱりもう限界だよ! エウリアと一緒に降参しよう!?」
「アマンダ、何を言ってるのよ! 今更、そんな事をして許してもらえる筈ないじゃない!」
……それはどうかね。
ご期待にお答えして、容赦なく突っぱねてやるのもいい。
だが、それじゃあ俺が楽しめない。
もう少し練ってみるか。
「――うっわ、やっべ!?」
「骨になれェ!」
「くっそ、あああぁ!」
少し目を離しているうちに、タケVSクロエは宴も酣。
ダーティ・シールドと銘打ったドアの残骸は黒焦げになっていて、炎が表面で波打っている。
タケはクロエのスネを蹴飛ばす。
下衆にしてやる遠慮会釈なんざ無い。
存分に蹴飛ばしちまえよ。
「つーか、ゴミサワどうしたんだよ。俺の事バラしやがって」
「臣澤先生ィ? 他の生徒を守ってるよ。お前みたいな奴から――ね゛ッ!!」
「あッ……――」
盾が割れる。
クロエの見事なパンチによって。
体裁も何もかもを失った以上、演じる必要が無い。
あわやトドメかといった所に割り込んだのは?
「――もう、やめろよッ!!」
ほう、ビンタか。
待ってたぜ、ナイト様!
そう出るとはお前さんも面白い奴だよ、一真くん。
「か、かず、ま……くん?」
思わずバランスを崩して、ミロのヴィーナスじみた座り方になるクロエ。
ああ、いい絵だ。
ここだけを切り取って写真にすれば、彼女に暴力を振るう彼氏として喧伝できちまう。
そうすりゃクロエは一真を庇いきれるかな?
猛英を似たような方法で陥れた、その口で。
「違う、違うの、私、操られていたの!」
「いい加減にしろよ、軒田……お前、ここに飛ばされる前からそうだっただろ!
小学校じゃ、いじめの主犯格だったらしいじゃないか……俺は知ってる。幼馴染が、今もなお立ち直れない事も!」
「え、え? 幼馴染!? 誰……」
「こいつだよ!」
指し示したのは、猛英だった。
察するに、小学校時代にクロエが猛英をいじめていて、それを助けられなかった一真が同じ学校に通って「今度こそ守ってみせる」という所にクロエが一真に惚れたってか?
随分な拗れようだ。
さて、何を理由に虐めたんだ?
「ゲイなのを学校中にバラされて、自殺寸前まで追い詰められた俺を助けてくれたのがカズだった……」
さて、もういいだろう。
俺様による俺様の為だけの、本格的な介入を始めようじゃないか。
「ダーティ・スティンガー・アタック!」
煙の槍を、クロエの尻に深々と突き刺す。
鎧も布も空気すらも、煙の槍は等しく貫く。
「あ、がッ、う……」
クロエが、苦悶に呻く。
ふはは!
そいつはキクだろう?
ロナとのプレイでふと思い付いたものだが、まさかここで役立つとはね。
槍を押し込む。
「ただの浣腸じゃないですかッ!!」
ロナが素っ頓狂な声で叫んでいるが、俺の攻撃に問題なんざこれっぽっちも無いだろう。
きわめて有効で、そして正当だ。
尻に棒を突っ込む事でしか繋がれない、虐げられた二人の気持ちを理解するきっかけを作ってやったのさ。
この俺様の親切さに感謝して欲しい!
ありがとう、全人類を代表する碌でなし!
ありがとう、史上最低最悪のおもてなし!
槍をもっと押し込む。
「何、どうせ腹の中に黒いものをたんまり溜め込んでやがるんだ。
少しぐらい漏らした所で、まっさらな腹にはなりゃしないってもんさ」
「おぇッ、想像したら気分悪くなってきました……」
「あらゆる異世界のスカトロ趣味の連中に謝りな」
「いや、それが好きなのは勝手にしてくれていいんですけどね、あたしだってスーさんには尻の穴もしてもらいましたし。けど!」
まるでフォークリフトみたいに、物を置くような仕草を見せる。
「それと! これとは! 話が! 別!」
わがままなお嬢ちゃんだ。
それもまた、人の在り方だろうがね。
守りたいものを護り、誹りたいものを謗る。
人は所詮、獣の軛を微塵も脱せちゃいないのさ。
槍を更に押し込む。
「ソドムの町がカミサマにヤキを入れられたのは、そこの住民が“カミサマと使者との愛”に横から手を出そうとしたからさ」
乏しい者に施さなかった事が罪になるのは、何も富や飯だけじゃない。
同意や共感、愛情、理解というものだってある。
そう考えりゃ、俺がくたばった後の時代でもきっと通用する解釈だと思うがね。
それ以外の部分はともかく。
「……ほら、さっさと降参しちまえよ。それとも首だけ後ろに振り向かせて、首から下を硫黄漬けにしてから塩の柱に変えてやろうか?」
耳元で囁く。
と、同時に槍をもっと奥まで押し込む。
「ぐ、えェ……」
ほら、ここでまた獣が泡を吹きながら一匹ほどぶっ倒れた。
指ではなくて煙の槍だから、どこまで突っ込んだのかいまいち感覚が掴めんが……一般的な医療行為と同じくらいにはなったかね。
「相変わらず、えげつない事をなさいますな。悪魔とは、同志の事を指すに違いありませんな」
などと拍手しながらそう抜かすナターリヤだが、スナッフフィルムを観る時の加虐嗜好の持ち主みたいなツラだ。
やれやれ、横から茶々を入れてきたかと思えば積極的に手を出してくるでもない。
まさしく、近所の草野球を見に来た暇な連中みたいな奴だったな、お前さんは。
「悪魔、ね。退屈で、ありきたりな概念だ。が、その枠に嵌ってやるのも悪くはない気分だぜ。
見ているだけじゃ退屈だろう。どうかね、ナターリヤ。こいつを縛ってみないかい」
「おお、我輩が? ハラショー! やりますぞ! ムッフフフフ……」
「スー先生の交友関係は本当に、波乱に満ち溢れておいでですのね」
遠い目をして、紀絵は溜息をつく。
そのがっくり垂れた肩に、ロナの手が乗った。
「浣腸だけで怪獣人間を気絶させるような奴ですよ? 碌でなしばかり集まるに決まってるじゃないですか」
「その理屈で言えば、わたくし達もまた……」
「ははは。皆まで言うなってやつです」
今日もロナの笑顔が眩しい。
「はい……」
そして、紀絵の諦観混じりの表情も、実にそそる。
本当に、俺様の周りには優秀でイカした連中しか集まらないな!
「そもそも、だからこそスーさんはダーティなんですよ、きっと」
あまり公衆の面前でノロケ話はしないでくれよ。
俺にも、照れるという感情くらいは残っているんだぜ。
「さて、後片付けをするか。お前さん達、お縄に付いて貰おうか」
腰を抜かしている冒険者共に、俺は喜色満面で宣言した。
たったそれだけで、奴らの顔から血の気が引いていくのがしっかりと見える。
ああ、可哀想に!
お前さん達が男で、俺が女なら!
そこには恐怖より屈辱のほうが多くの割合を占めていただろうに!
さぞかし悔しかろう。
悪い男の、その虜囚となる事が!
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