ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Result 10 傷跡
加賀屋紀絵と正体不明の魔法少女を取り巻く一連の事件は、ひとまず幕を閉じた。
ウィザーズタワー・ソフトウェアは、身寄りを失っていた加賀屋の墓の管理費を半永久的に賠償金として支払い、自社の設備やデータなどを同業他社に売却という方針を打ち立てた。
つまり、それは事実上の敗北宣言だった。
今まで隠し通してきた数々の工作を世間に公表し、社長自らが緊急会見にてその経緯を事細かに説明した。
当然、スタッフに対して利益のために粗雑な扱いをするような企業は、社会的には到底受け入れられるようなものではない。
株価は暴落し、ウィザーズタワー・ソフトウェアは半年も経たずに倒産、同業他社に吸収合併される。
加賀屋紀絵に同情的な者達は、毎日のように墓前に花を添えている。
彼女の魂は、ようやく救われたのだろうか。
奮闘の焼痕は、傷跡は、ようやく癒され報われたのだろうか。
一方で、世間を騒がせた奇妙な魔法少女もニュースになった。
通称“断罪少女”は、信奉者が睡眠中に祈りを捧げる事によって彼女と同じ姿で、彼女の近くに現れるという。
荒唐無稽な話だが、動画サイトに投稿された数々の動画が、その超常現象に現実味をもたせていた。
そして、信奉者が“ダーティ・スー”と名乗る者に攻撃を受けた際、叫び声と共に目覚めた事も。
断罪少女によって引き起こされた数々のリンチ事件に加担した者達は、皆一様に身体の痛みを訴えていたが、傷は一つも残されていなかった。
だが、中には精神に重大な疾患を抱えた者や、植物状態から回復しない者もいた。
……この世界の医療技術では、それらは決して解明できない事だった。
二つの事件はやがてバラエティ番組などでも心霊専門家達によって呪いや祟りの類と取り沙汰されたが、一部メディアから「それよりも冤罪や捏造こそが問題だ」との声が挙がる。
弁護士でも探偵でもなく、それは新聞社だった。
いつしか、この世界におけるごく一部では、このような噂がまことしやかに流れるようになった。
――“面白半分に誰かを攻撃すれば、ダーティ・スーに殺される”
彼の名は恐怖と共に語り継がれるが、いずれ忘れられるだろう。
何故なら、もう二度と彼はここに足を運ぼうとは思わなかったし、彼に依頼を出す者もいなかったからだ。
故に、恐怖だけが伝播していった。
―― ―― ――
世間を騒がせた大事件の当日、クラサスは早草るきなと臥龍寺紗綾をホテルに戻し、郊外の廃墟で作業をしていた。
この世界で活動するための偽造戸籍を作成するためだ。
クラサスは己の右肩に止まっていたカラスを、窓に向かわせる。
多元世界の結合現象は未だに解決していない。
おそらく、ゲートを嗅ぎ付けた他の侵入者が次々と流入してくる。
二人の魔法少女には、それを送還ないしは撃破してもらう必要があった。
そして、侵入者はどれもダーティ・スー程の脅威には成り得ないだろう。
クラサスの目から見ても、あのビヨンドが手加減していたのは明らかだった。
にもかかわらず、クラサスは刃が立たなかった。
潜在能力で言えば、将来的にはS級ビヨンドに匹敵する。
S級ビヨンドは、生前に世界規模での戦争をたった六人で調停した傭兵部隊の一人――コードネーム“ストレイ・ドッグ”を除いて存在しない。
クラサスは、その男が戦場で命を落としてからも戦い続けてきた事を知っている。
そして今もなお、情報という名の戦場に身を置いている事も。
ダーティ・スーの思想を読み解こうと、クラサスはコンタクトの度に努力した。
彼の魂は何重ものプロテクトが掛けられており、直接の閲覧はできなかった。
では、どうすれば?
会話である。
彼の周辺人物まで範囲を広げたが、一貫しているのはただ一つ。
――自らが敵対者となり、立ちはだかる相手に正義の是非を問い掛ける。
それだけは如何なる任務においても共通しており、それ以外は与する相手を選ばない。
思想、身分、出自、あらゆる要素を統合的に利用して、彼は戦場を己の色に染め、そして主張するのだ。
冷笑混じりに「ごきげんよう、俺だ」と。
数多くの多元世界を渡り歩いてきたクラサスは、個々人の価値観に口出しする行為というものを、矮小な世界に閉じこもる攻撃者達の悪癖と捉えていた。
だがそれでも、あの底知れぬ絶望を抱えながら決して心折れない怪物を、このまま看過すべきではない。
せめて、傾向と対策を知っていれば少しは楽だった。
不幸にも、クラサスは過去300年余りの生涯においてそのような人物と出会った事が無かった。
彼同様、周囲に敵対行動を取る者はいくらでもいたが、いずれも己の善意を信じていた。
ダーティ・スーには、それが無い。
自らを敵対者と規定し、己の魂すらも欺いてまで己の思想に殉じようとしている。
それ故、ダーティ・スーが何を仕出かすか予想もつかないのである。
久しく恐怖を忘れていたクラサスは、震えた己の両手を握り合わせた。
「今後、脅威となるようであれば……」
クラサスは、デスクに並んだこぶし大の棺桶に目を遣る。
処刑少女アルカが用いた禁術は、特定の条件下で幽体離脱を誘発し、自らに似せた容れ物に移し替えて召喚するというものだ。
ミニチュア棺桶に入れられているのは、その禁術に乗じたが故にダーティ・スーの毒牙に掛かり、絶命した者達の魂だ。
自業自得とはいえ、使い道が無いわけでもなかった。
甲:この中から純粋な義心によって立ち上がった者だけを選別し、転生させる。
乙:ごくごく平凡だが周囲と同調して動いた者は、ビヨンドへの道を示す。
丙:残りは浄化した上で、この世界を輪廻させる。
という内訳だ。
しかし、早くも頓挫しかけていた。
「果たして、どれだけの数が協力してくれるというのだ……」
クラサスは憂鬱な面持ちを隠しきれなかった。
棺桶の中身はどれも、乙か丙ばかりで肝心の甲種は皆無だ。
これならダーティ・スーに関与して電子掲示板に書き込みを行なった者達のほうが、まだ見込みがある。
「かくなる上は、数で押すしかあるまい、か。人海戦術とは……私も、昔の教え子に似てしまったかな。イヴァーコル」
「されども、マスター。永き刻を歩めば、他者と同じ結論に至る事もままありましょう」
艶のある女の声で答えたのは、クラサスの右肩へと戻ってきたカラス――イヴァーコルだ。
「あまねく友人達と同じ轍を辿らねば良いのだが……」
「たとえ中腹までそれを辿れども、恥辱を恐れぬ勇気が入用になりましょう」
「鳥の行き先は、風が決めるもの……か」
無害なサンプルなど存在しない。
霊魂を取り扱うクラサスの感覚において、サンプルと友人は同義だ。
彼はある種の諦観をすら漂わせる、穏やかな笑みを浮かべた。
「フフ。ままならぬものだ」
―― 次回予告 ――
「ごきげんよう、俺だ。
愛に性別は関係ないと言う奴もいる。
だが、世間様は許しちゃくれないものさ。
ましてや、封建主義の石頭共はね。
お前さんも憲兵やりに来たクチかい。
はるばる日本からご苦労さん。
大いに結構!
俺も異性愛者だから、その気持ちは解らんでもない!
……だから、寄越しな。
お前さんの隣にいる、その善人ヅラしたクソ女を。
次回――
MISSION11: ソドムとゴモラを呼んでこい
さて、お次も眠れない夜になりそうだぜ」
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