ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Task8 この魔法少女を社会的に抹殺しろ
――始まれ、俺のカタルシス。
指輪からボードを取り出して、カメラでそれを映す。
内容は、加賀屋紀絵がくたばるまでの一連の流れだ。
「見ろよ、かなりぶっ飛ぶぜ!」
調査結果によれば。
紀絵が所属していた“株式会社ウィザーズタワーソフトウェア”じゃあ、会議でお偉いさんが商業戦略として納期を早めた挙句、幾つかのキャラクターデザインを練り直した。
既にイベントイラストの納品を終えていた紀絵は、大急ぎで片っ端から描き直すハメに。
会社側は、いわく「作業時間短縮の為に本業でない者達も総動員して作成させた」という線画のデータを、電子メールで送付。
で、それに色を塗るよう業務命令を出した。
不幸な事件は更に上乗せだ。
社内から「加賀屋紀絵は不正ダウンロードした作品のイラストを無断で転用した」という告発の声が上がる。
示し合わせたように、会社は翌日に紀絵をクビにした。
で、曰く「前以て社内のスタッフが用意した」イラストレーターによって、ほぼすべての絵が新しい奴に差し替えられた。
もちろん紀絵は不服として裁判を求めたが、ブログやら何やらは酷い有様だ。
おまけに、電話番号も割れたから、イタズラ電話は一日中響いた。
携帯電話の電源を切っても、今度は家に直接嫌がらせが来た。
勇気を振り絞って警察に相談したのに「対応はするが、そうなるまで放置したのがいけない」なんて言われりゃ、引きこもりたくもなるだろう。
嫌がらせが続いている中で、家族もくたばってから十年。
弁護士に相談するにも電話が使えず外にも出られない。
そんな状態だったから、身体にガタが来るのは必然って事だ。
紀絵は最後、酒に溺れてくたばった。
ウィザーズタワーの連中はさっさと紀絵を抹消したし、あれだけ食いついていたピラニア共も飽きて別の獲物を探した。
で、かたや会社が用意したイラストレーターは、組織票をやたらと使ってイラスト投稿サイトでも高評価を叩きだして、今じゃ立派にプロデビューだ。
酷いもんだね。
草葉の陰でジャンヌ・ダルクとティモシー・ジョン・エヴァンスが泣いてるぜ。
注釈で出典も書き加えてあるから、今俺が流している映像を録画した奴はそれを丁寧に辿ってくれるだろう。
ろくに目を通さず「嘘っぱちだ!」なんて揃ってほざいた日にゃあ、この国の報道の自由とやらは便所の落書きと大して変わらん。
……だが、もしウィザーズタワーが次の標的になったら?
スタッフに濡れ衣着せて格安で済ませた挙句、死なせたんだ。
たいそうデカい花火が打ち上がるだろう。
そこに噛みつく連中が、当時の紀絵に噛み付いた奴と同じであれ別であれ、だ。
「みんな、こいつの言う事を信じちゃ駄目!」
そんな呼びかけも虚しく、観客共の視線は大型ビジョンに映し出された“驚愕の新事実”に釘付けだ。
そのうち、声が上がる。
「じゃ、じゃあ……あの魔法少女は……」
「この展開、漫画で見たことある! 最後、自分の道具で裁かれるんだよね?」
「あーあ、だから言ったんだよ。コメントしたら特定されて殺されるとか、どう考えてもアウトじゃん」
「“ダイブ”した奴、大丈夫かな。なんか、あの黄色いのにやられた奴がみんな入院したとかって話だけど」
「うおお! 見ろよ! まとめサイトに新着記事が!」
ざまあみろ、クソッタレ魔法少女!
動かぬ証拠ってのは、かつての敵と友情を育む魔法のアイテムなのさ!
三百の軍勢が一万の侵略者を迎え撃つって寸法だよ!
あちこちの特定の動きをしている奴に閃きを与える“アイデア効果限定・不特定テレパス”のスキルは、結構高く付いたんだぜ。
「ご満足頂けたかな、クソ魔法少女さんよ。ほら、笑えよ。面白いだろ? 笑わない奴は空気読めてないんだろ? 笑えよ」
カメラで映してやったんだからよ。
どうせここまでの事なんざ、テレビに映せる絵面じゃないんだ。
好き放題やらせてもらうぜ。
「くぅ!」
なんだい、そのヒョロッちいビームは。
ネズミのションベンのほうがまだ勢いがある。
ほら、カメラ回ってるぜ!
「死ねよ、死ねよ、死ね!」
飛び出てくるビームは一発ごとに大きくなっていくが、そんなもんはデモンストレーションにしちゃあショボすぎる。
全身を発火させて距離を取ろうったって、無駄だぜ。
「お前は潰してやる! お返しだ!」
杖に赤黒いプラズマを纏わせて、振りかぶってくる。
俺は、それを煙の槍で弾いた。
カメラは空中に放り投げてやった。
「お返しだって? いつまで寝言ほざいてやがる」
すれ違いざまに首根っこを引っ掴み、銃を腹に押し付ける。
耳元で囁いてやる言葉は、これだ。
「――お前さんに必要なのは起床だよ……寝坊助」
ズドン、ズドンズドン!
「かは……っ」
おっと、まだ死ぬなよ?
パチンッ。
俺の足元に作ったのは、煙の槍と煙の壁で作った晒し台だ。
そこにクソ魔法少女を放り投げる。
すると歪んだ煙の槍が、奴の体中に幾つも絡み付いた。
ここでリロード。
「お前も、同じ穴のムジナじゃないか……!」
「同じ土俵に上がってやったのに感謝の言葉も無いのかね。恩知らずな野郎だ」
お空を飛んでいたカメラが奴の顔の横に着地したから、それを踏み潰す。
緑色の光が漏れて、カメラは粉々になった。
ここからは会場限定上演だぜ。
モニターの映像は、緊急ニュース番組に切り替わっていた。
「そろそろカーテンコールだ。幕引きは、紀絵。お前さんにやってもらう」
右手には銃を。
左手で紀絵を指差して、それから手招きだ。
「……」
おいおい、お前さんがケリをつけるタスクだろうが。
仕方がないからロナに目配せするかね。
『いっそ抱えていきますか? さっきいろいろと音声を拾ったんですが、自衛隊が突入するらしいですよ』
『おかしな話だ。人的被害は皆無だぜ。人でなし共にしたって、痛みしか無い筈だが』
『そうですか』
ロナは俺の意図を察したのか、紀絵の背中を軽く叩く。
「紀絵さん。事情は知りませんが、またあいつが何か企んでるみたいですから」
「あ、え、は、はい」
物憂げなツラを誤魔化そうともしないで、紀絵はふらふらとした足取りで俺のところへやってくる。
どんな気持ちだい。
きっと、今にも吐きそうに違いない。
油の塊みたいな料理を腹いっぱいに喰った後、炎天下に放置したラムネを一気に飲み込んだような、そんなクソッタレな気分に違いない。
「えっと、先生。銃を貸してもらっても?」
「もちろん。ロナ、るきなを頼んだ」
「オーケーです」
「さあ、しっかり狙えよ」
銃を紀絵に手渡して構えさせる。
狙いはクソ魔法少女の額。
撃って死ぬかは別として、死ぬほど痛い事くらいは俺でも解る。
「左手で挟み込むように。そうだ。肩の力を抜けよ。よし、いい調子だ……」
射撃の姿勢が順調に整っていく。
さあ観衆共、刮目しろよ。
これが本物の公開処刑だぜ。
「嘘だ、嘘でしょ……私を作ってくれたのに!? 殺すの!?」
「アルカちゃん……」
「迷ってるのかい」
「まさか」
紀絵は振り向いて、皮肉げに笑った。
それから、クソ魔法少女のアルカ(と呼ぶらしい)を睨む。
「自分に娘がいたとして、その子が犯罪者になったら、きっとこんな気持ちになるのかな……」
「黙れ、黙れ黙れ黙れェエエエッ! お前だろ! 犯罪者は! 
スタッフに股開いて入社したくせに! お前みたいなビッチは梅毒になって死ねばいいんだ!」
「股開いて入社……いつの間にそんな設定ができたんだ。私が死んだ後?」
「設定じゃない! 事実だ! ほら! 謝れよ!」
「そもそも誰とヤッたの? 私は」
「ハァアアアア!? しらばっくれですかあああああ!?」
見苦しいね。
人事部から面接の資料を取り寄せて、電話の通話履歴を漁ったが、そんな事実は確認のしようがない。
後から幾らでも言えるのが、第三者様の特権だよ。
もっとも、それを存分に活用するのはお前さんじゃない。
俺様だ。
「……お前なんて生むんじゃなかった」
「嫌だ! 嫌だ! なんで、どうして! 悪い奴いっぱい倒したよ!?
せっかくお前のアイデアを実現してこの姿をとって、お前の代わりに悪党をとっちめてやったのに!」
「私にも手出ししたじゃん」
「悪い奴は殺さなきゃ、悪い奴は殺さなきゃ、殺さなきゃ……」
そら見ろ。
紀絵は銃を構えながら、お前さんを冷たく見下ろしている。
「やっちまえよ、紀絵――善悪の彼岸より、憎しみを込めて」
「……はい、先生」
ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!
……カチッ。
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