ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task4 サメにご退場願え


 俺は今、サイアンに抱えられて沖のほうを飛んでいる。
 海上から5メートル辺りは、この前の輸送機よりかは退屈しない眺めだ。
 何せタコが俺達の真下に、うじゃうじゃとやってくるからな。
 いやに積極的じゃないか、ええ?


 少し進むと、タコを虐殺して片っ端から喰っていく、一匹の巨大なサメが見えた。
 軽く路線バス一台分くらいの大きさはある。

「途中で落とさないでくれよ。余計な手間が増える」

 事前に、サイアンには忠告しておく。
 そうでもしないと、ただでさえドジを踏みそうなこいつだ。
 何の拍子に手を離すか判ったもんじゃない。

「もちろんです、ご主人様! 誠心誠意、このボクがご奉仕させて頂きます!」

「だといいんだが」

 何せサイアンは色ボケだ。
 懐いていようがなんだろうが、ウサギってのは発情すりゃあ腰を振るもんさ。
 こいつは、後ろから狼に襲われても気付かないだろう。
 気になるケツは、ロナにでも聞いてみるとするかね。

『ロナ、そっちの様子はどうだい』

『犬と飼い主が、上陸タコ相手に無双なう。それが片付いたら、多分あたし達が狙われますね』

『そうかい。オーストとナターリヤは?』

『邪教徒くんを置いて、とんずら・・・・ブッこきました。オーガストってダーレっスか? なんちゃって』

『……うん?』

 お前さんもクトゥルフ神話を知っていたのかい。
 いや、どこかで勉強したのかね。
 いずれにせよ、今のは0点って事でいいな。
 幾ら寒いと言っても、海の幸を冷凍保存するにはぬる・・すぎるぜ。

『えっと、すみません。ほら、エアコン効いた室内に慣れてると、夏の暑さは物理的に溶けそうで――』

『――帰ったら座布団の代わりにクッションを没収だ』

『持ってないじゃないですかクッション』

『俺がクッションさ』

『あたしのささやかな楽しみが……』

 間抜けは放っておこう。
 それより今はサメだ。
 捕まえるか?
 還元・・してやるか?

「サイアン、奴にもう少し近寄れるかい」

「お安い御用です!」

 今のところは問題なし、か。
 だが油断は禁物だ。
 赤恥の悪魔は得てして、獲物の幸せの絶頂期、その無防備な背中を狙ってやってくるものさ。

「どうかしましたか? ご主人様」

「いや、お前さんがまだ解放者を名乗っているなら、俺を心配事から解放してくれるのかと思ってね」

「いやあ、ぶっちゃけあれはボクにとって黒歴史というか……えへへ」

 などと頭を掻いて、もう片方の手をひらひらさせる。
 つまり……手ぶらだ。

「……あれ? ご主人様!?」

 ほら、ね?
 この間抜け。
 お前さんの予想を裏切らない働きぶりには、感動して涙も出ないね。

 そら見ろ。
 サメの奴、俺をエサだと思って舌なめずり(サメにあるまじき行動)をした挙句、歯をカチカチ鳴らして待ってやがる。
(こりゃあ煙の槍だけで飛べるよう、特訓するしかないようだ)

「ご主人様! 今助けます!」

「すっこんでな」

 煙の壁を足場にして、少しだけ落下速度を和らげる。
 そして俺は、大口を開けるサメの上顎と下顎を足場に降り立った。

「ヴォオオッ!?」

 ワーオ!
 磯臭い鼻息を出しやがって!
 俺を喰っても腹を下すだけだぜ。

「そんなに飯が食いたきゃ、俺が直々にご馳走してやる」

 鼻っ柱に狙いを定めて、
 ――ズドン!

「ヴォアアアアッ!!」

 人型じゃないってのはいいね。
 ぶっ殺しても、ちっとも心が痛まない。
 ましてや、容赦なく襲ってくる奴は尚更だ。
 正当防衛の名の下に、狼藉を働くのも自由。

 砕けた鼻に蹴りをお見舞いしてやる。

「ヴォアアァ、オォォゥウウ……!」

「痛いか。そうだよな」

 自分で思っていた以上に、俺は鬱憤が溜まっていたらしい。
 サメを蹴飛ばして悶えるたびに、胸にハーブが染みこむような清涼感が湧き上がる。

 そのまま、奴の土手っ腹に、煙の槍を平行に置く。
 どうするかって、そりゃサメをサーフボードにしてやるのさ!
 そのままタコを蹴散らしていく。

 煙の槍を雨のように降らせる。
 タコ共は神経を揺さぶられて、次々と水面をたゆたうオブジェクトになっていく。

 サメが足元で抵抗する度に、俺は床を踏み鳴らすようにしてお仕置き・・・・をする。

「イイイエェェアアァッ!!」

 そうさ。
 暴力とは、とどのつまりミントだ。
 適量をデザートに添えれば、それだけで一つのアクセントになる。
 やりすぎれば飽きる。

 ひとしきりいじめた後は、手頃な岩場に激突させる。
 後は簡単だ。
 もう一本、奴のケツに煙の槍をお見舞いして上空に打ち上げ……

 ズドン!

 名付けてダーティファイアワークス・サタデーナイトエディション!
 ジョン・トラボルタのあのポーズで銃を撃ったから、実に気分爽快だ。

「花火とスイカ割りの代わり……には程遠いな」

 派手に血を吹き出してくたばったサメが落ちてきたのを、俺はそのまま引っ掴む。
 新鮮なうちに捌いて食おう。
 どんな味か興味がある。
 だからこいつは指輪の収納に。

「さすがご主人様! この程度は楽勝ですね!」

 岩の上で座り込んでいると、ようやく立ち直ったらしいサイアンが降りてきた。
 まったく。
 前は俺が何かする度に口を尖らせていた筈が、いつの間にやら手のひら返しやがって。

 俺は責任を取らないぜ。
 どんな状況があったにせよ、そう振る舞うように決めたのはお前さんだ。

「どうしたんですか? 黙り込んじゃって」

「何が望みだい」

「ボクの望みは……ご主人様の寵愛を受ける事です」

 本当かよ。
 怪しいもんだぜ。
 口付けを求めるサイアンの額を、指で弾く。

「当分お預けだ。浜辺の状況が気になる」

「……はい」



 ―― ―― ――



 その肝心要の浜辺のほうだが、まったくどういう了見かね。
 どいつもこいつも、揃ってタコに絡み付かれてお楽しみ中だ。

「誰か! 誰かー!」
「勇者様、助けて!」
「く、くそ……ドリィ、動けるか!」
「駄目だご主人! こいつら、関節極めて来て、あぎぎぎぎ! やめろ、そこは筋痛める、痛い! あ、くすぐるな! ひゃ、あっははははは!」
「駄目っぽいな……あ、わ!? なんで君まで!?」
「ぷはっ! ああ……勇者様、私と隣合わせなのね。私の胸、どう?」
「い、いや、その、どうって言われても、今これ緊急事態だよ!?」
「つれないわね」
「諦めちゃ駄目だ……どうにかして抜け出し――締め付けないでェ!? 色々まずいから!?」
「羨ま……けしからん! ご主人、こっち来てくれ! 私も動けない!」
「いや無茶言うなよ、あ、痛たたたたたッ!」
「あら~ワンちゃん、私じゃ不満?」
「私にそっちの趣味は無い! あ、でもいい匂いする……」

 ふはは!
 楽しそうで何よりだよ、雑魚共!
 見ろよ、俺の陣営は有能揃いだぜ。

「……あの。スーさん、助けてもらっていいですかね」

 なんてこった!
 ロナも例外じゃないと来た。
 捌ききれなかったのかい。

「後処理含めての契約とはいえ、流石に骨が折れるってもんだぜ」

 ズドン!
 フリーのタコが近寄ってきたから蒸発させる。

「数が多すぎて駄目ですって、これ」

「ナターリヤ様なら物量作戦は革命的って言いそうなんだけどなあ……じゃなかった。
 ロナ、いいアングルだね……ウェットスーツを破いてもらえないかな……ふ、ふふふ」

「このクソッタレなド腐れ淫乱ピンクのケツに今すぐウツボをブチ込みた――うわ、どこ触ってるんだタコ! やめッ!?」

「いいよ、いいよ!」

 サイアンは、おもむろにもじもじし始めた。
 白昼堂々、何を考えてやがる。
 俺はバスタード・マグナムに鉛弾を装填して、ロナに絡み付いた触手を狙う。

 ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン、ズドン!

 八本足で助かったぜ。
 残り二本は貫通させりゃ済む。

「銃で狙うこた無いじゃないですか」

「クッションは没収と言ったぜ」

「だからってお手柔らかにやらない理由がありますか」

 丁寧にやったら、それこそ俺達らしくないだろう。
 お互いにラフでいいんだよ。
 今まさに、ロナが俺の脛を蹴っているように。
 ところがそんな事情を知らないサイアンは、不満気だ。

「えー? もう終わっちゃうんですか? ご主人様」

「悪趣味なショーは嫌いでね」

「でも、このラージ・オクトパスはマッサージ効果があって、身体中の老廃物やコリを取ってくれるんですよ?
 ボクが思い付いた方法で、もうテストも済ませたから効果は保証しますよっ!」

「マッサージは間に合ってる」

「間に合ってる!? 気になる……ボクの予想はですね――」

 あー……さて。
 残るレディの連中は紳士的にやるべきだろう。
 何せ、他所の世界からのお客様らしいからね。
 こんなクソッタレな世界でくたばっちまったら、忍びないってもんだぜ。
 異世界ピザの味を知って、偉大なる祖国とやらにお帰り願おう。

 辺りを見回す。
 そういえば、タコが他より多く絡んでいる奴は、大体が女だ。
 それも、一つの共通点がある。

「サイアン」

「は、はい!」

「……マッサージは、好きかい」

 俺は精一杯、爽やか・・・友好的・・・紳士的・・・な営業スマイルを浮かべて問いかけた。
 これ以上ない程の笑顔だというのに、奴のツラは引き攣った。



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