ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task2 作戦領域を観察しろ


「で、お前さんは潜水艦をブッ壊しにでも行くつもりかい」

 着替えから戻ってきたロナは、頭まで全身真っ黒のウェットスーツ姿だ。
 顔はガスマスクに、まるで一眼レフカメラのような部品が付いている。
 まるで今からカニでも密漁しとりに行くような格好だぜ。

 ……もちろん俺は違う。
 黄色いまだら模様のトランクス型水着と、サングラス。
 ビーチパラソルの下で椅子に座っているから、もう見るからにバカンスの最中さ。
 懐中時計は腕に巻き付けてある。

 ついでに言えば、木造テーブルにはラジオと、ウォッカのトロピカルジュース割りもある。
 楽でいいね、今回の仕事は。

「あんな怪しげな日焼け止めなんて無理でしょ。絶対何か仕込んでるでしょ。
 売り主としてナターリヤが名乗り出ない時点でお察しですよ、お察し」

「流石は俺の相棒だ。察しが早い」

「ふふ。相棒、ね……セフレよりはいいですね」

「お前さんをセフレ呼ばわりした覚えは無いぜ」

「ハッ、股を開く以外の能があっても毎日のようにパコってりゃ、セフレと大して変わりませんって」

「そういうもんかね」

「少なくとも、薄っぺらな愛だの恋だのを嘯くよりは現実的ですよ」

 ガスマスク越しじゃあ表情も何もあったもんじゃないが、きっとシケたツラをしてやがるんだろう。
 黄昏れるように顔を背ける仕草が、何よりも雄弁に物語っている。

 悲しいかな、こいつは“愛”というものを二度と信じる事は無いだろう。
 それでいて捨てられるのは嫌だと来たもんだ。

「まったく、お行儀の悪いお口だ」

 だからせめて、俺はキスだけでも。
 ひんやりとした金属の口触りは、こいつの心そのものだ。

「ちょっと……シュノーケル越しにキスとか、どういうお預けですか」

「お前さんがそんな格好したのが悪いのさ」

「ちぇ。まあ……この前のスパイごっこが終わった時もさんざんキスしたから、蓄えはありますけど」

 ゴキゲンな魔法の杖パンツァーファウストもプレゼントしてやったしな。
 愛は永遠に満たされないが、欲は束の間でも癒せる。

 ……俺はひとしきり観察して満足した後、双眼鏡を覗いてみた。
 ナターリヤの差し金で浜辺に送り込まれた販売員の女が、小瓶を次々と売り捌いていた。
 うら若きギャル共が、或いはカップルが、長蛇の列を作っている。

「見ろよ。飛ぶように売れてるぜ」

 双眼鏡を手渡すが、ロナはそれを押し返す。
 代わりにロナは、顔のカメラを少し弄った。

「ホントだ。焼けるのが嫌なら初めから海に行かなきゃいいのに、どうして世の中のああいう女はみんなこぞって肌を出しに行くのやら……」

 ナターリヤ曰く、あの小瓶はサイアンが考案したサンオイルと日焼け止めらしい。
 前者が綺麗に日焼けする為で、後者はその名の通り日焼けそのものを防ぐ為だ。
 正反対のように見えるが、成分は似ている……なんて得意気に講釈垂れてやがったが、何か裏があるに違いない。

「世の中の男がそうするように仕向けたのさ。合法的に肌を見せ合えるチャンスだからな」

「……あーあ。唐突にサメが出て来て大惨事になってくれないかなあ」

 と、そこへさっきのローブ野郎が俺の椅子を掴む。

「……それは同感だぞ。だが貴様らも犠牲になってもらおう」

「は? 嫉妬ですか?」

「じゃかあしい! 姐御の得意先でなければ、俺が直々に偉大なる神々を呼び出して葬ってやったというのに!」

「でかい口ばかり叩いてくれやがりますね、このオカルト野郎君は」

「何だと!? この天然パンダもやし!」

 まったく、元気ですこと。
 暑い中あんまりはしゃぐと、脱水症状で酷い目に遭うぜ。
 もっとも、そんな重装備じゃあトロピカルジュースも味わえないだろうがね。

 ……かぁー、美味い!

「おい、ロナ、見ろよ。あの二人組、いやおまけにもう一人、見覚えのある奴らがいるぜ」

「あ! 犬と飼い主! あとあのハーフドワーフは……えっと、ギーラですね。結局、旅に出たんだ、あの子」

 ギーラはシートに寝そべる他の連中に、オイルを器用に塗っている。
 対するワンちゃんは不器用もいいところで、砂浜にオイルをベチャベチャこぼしたりして、他のレディに塗り方を教わっていた。

 飼い主の坊やは……一生懸命そっぽ向いてやがるな。
 顔が真っ赤だ。
 まあそれも道理だろうよ。
 お嬢様がたは寝そべって背中しか見えないとはいえ、ブラの部分を外している。

 ところでライフセーバーの姿も、水平線のほうに船も見かけない。
 襲って下さいと言わんばかりの体たらくだ。
 楽でいいね、今回の仕事は。


「ご主人様、ボクも見ていいですか!」

 サイアンの奴は戻ってくるなり、鼻の下を伸ばしてやがる。

「……ほらよ」

「わんこの水着は白のワンピースでフリル付き!? ああ、尊い……尊い! あっちのちっちゃい子はミントグリーンのギンガムチェックのビキニ……やばい鼻血出そうっていうか出る! それに、あの子達は? すごい、みんな可愛い子ばっかり、すっご……! ふぎぎ」

 ご丁寧な実況どうも。
 後でレバーとほうれん草をしっかり喰えよ。

「どいつもこいつも、元気そうで何よりだぜ」

「うちの発情ウサギはともかく……犬がこっちに走ってきてますね。元気に」

「何を呑気にしているのだ、貴様らは!?」

「そういう契約だからさ」

 それより、打ち合わせはもうお済みかい、オーストさんよ。

「意識高い系はこれだから困るんですよね。視野が狭くて」

「こんな有様で本当に上手くいくのか! くそ! くそ!」

 などと騒いでいるうちに、犬の耳と尻尾を生やした背の高い女がすぐ近くまで走ってきていた。
 流石に、ただの人間よりは足が速いらしい。
 奴は走りながら、俺達を指差す。

「あー! お前ら! なんか嗅ぎ覚えのある匂いがすると思ったら! バナナ野郎!」

「ごきげんよう、俺だ」

 サングラスを少し上げて、俺の嘲笑をしっかり見せつけてやる。
 ようやく立ち止まった犬女は、いつぞやに見せた恐ろしい形相で俺を睨む。
 おお怖い。
 食肉加工されちまいそうだぜ。

「今度は何を企んでいる!? 言ってみろ!」

「見ての通り、バカンスだよ」

「嘘だ! 明らかに怪しいじゃないか!
 そこにいる柔らかアーマーに身を包んだ女も、ローブの男も、なんか急成長した悪魔っぽい女も!」

 確かにそうそうたるメンバーだ。
 それにしても、柔らかアーマーとは……。
 こいつは、ウェットスーツって言葉を知らないのかね。
 まあ無理も無かろうよ。
 きっとこいつの前世は犬だったに違いない。

「野郎連中はともかく、あたしがそんなに怪しいですかね。まったく、この駄犬は」

「私は駄犬じゃない! 忠犬だ!」

 ワンちゃんは両手を振り回しながら抗議するが、ロナはお構いなしに右手を差し出す。

「お手」

「わんっ!」

 バカ犬は見事に、ロナの右手に手を乗せた。

「――はっ、しまった!?」

「……そのアホ面、飼い主に見せてやりたいですね」

「ううう、うるさいぞ!」

「おかわり」

「わんっ! うわあ、またやっちゃった!」

 面白いな、こいつ。
 俺も少し遊んでやるか。

「そら、持ってけ!」

 指輪から取り出して放り投げたのは、いつぞやの骨だ。
 後生大事に取っておいた甲斐があったってもんだぜ。
 まあ、何の骨なのかは知らんが。

「わん、わんっ!」

 ややあって、骨を咥えたワンちゃんが戻ってきた。

「はふっ、はぐっ……くそ! こんなの卑怯だぞ!」

 と言いつつ、骨はしっかり胸元に挿し込む辺りが笑わせてくれるね。
 しかも一度は地面に叩きつけようとして思いとどまる所が、最高に傑作だ。
 ややあってから、飼い主の坊やもやってくる。

「おーい、ドリィ! まったく、急に走り出したと思ったら……あ!」

「ご主人、こいつら何か企んでいるぞ」

「うん、見れば判るよ。ギーラをさらった奴だ」

 その節はどうもお世話になりました、だぜ。
 お陰様で素敵なお土産も手に入った。
 まあ俺はそんな感謝は口に出さんがね!

「やあやあ、飼い主君。こんなご時世、呑気にバカンスとはいいご身分だぜ」

「お前が言えた義理か!」

「俺はいいのさ。何せ、世界の命運なんざ知ったこっちゃないからね」

「……大体、そういうお前だって、女を何人も侍らせて何をするつもりだ!」

「それ、あんたが言えた台詞ですか?」

 ロナは飼い主君の後ろを指差す。
 そこには、群がるレディ達の姿が。

「フレンさーん!」

「うわあ、みんな!? 危ないから来ちゃ駄目だって言ったのに!」

「えー? だって、私達守ってくれる人が近くにいないと、何かあった時、大変じゃないですか~」

「そうそう! 怪物から守ってくれるのは、勇者様の仕事だもん!」

「「「ね~!」」」

「ああ、くそ……うわ、ちょ!?」

 頭を抱える勇者様を、レディ達が寄ってたかって頭を撫で始めた。
 勇者様の仕事、ねえ。
 楽しませてくれるぜ、まったく。

「くう……神聖なるルルイエへの門で、何と破廉恥な」

「ほむ。モテモテですな」

「姐御……」

 ナターリヤはいつの間にか、こっちに戻ってきていた。
 いいのかい、俺の所にいて。
 俺の関係者とバレたら……いや、大丈夫か。
 何せ白々しい事に、日焼け止めとサンオイルの売り子はナターリヤと無関係な一般人って事になっている。
 それに、海の家も。

「ご主人様、ボクも犬ごっこしたいよ」

「残念ながら、お預けだ」

 水平線の向こう側から、何やら蠢く連中がやってきた。
 邪教徒野郎が呼び寄せたのかね。



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