ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Extended3 澱みゆく解放者


 ……ボクのスタートは、誰もいない廃墟からだった。
 けれど、寂しさなんて無かった。

 広がりゆく可能性に胸が踊った。
 性別が前世と同じ女の子だったのも、好都合だ。
 男だと、下手したらセクハラになっちゃうしね。

 ボーイッシュな見た目で、水面に映る顔は自分で言うのも何だけど母性本能をくすぐる幼顔だ。
 空色の上着に、グレーのズボン。
 腰に差してあった細い剣。
 絵に描いたような金髪碧眼も相まって、お伽話の王子様みたい。

 とにかく前世のボクのような無力な存在じゃない。
 身軽で、動体視力も良くて、力持ち。
 野生のイノシシを一突きで倒し、片手で空き地に運んでいける。


 だからボクは、前世で果たせなかった事を始めた。
 それは、奴隷解放だ。
 前世はいわゆる現代日本だけど、くだらない男たちに食い物にされる女の子はいっぱいいた。
 いなくなってしまったボクの古い友だちも、その一人だった。


 この世界は冒険者がいっぱいいるという。
 ボクもギルドに登録して、冒険者になった。
 各地の小悪党から、道行く怪物たちから、女の子を救い出す為に!

 出会った人達はみんなボクに優しくしてくれた。
 奴隷商を営む小悪党たちも、ボクが力を見せればすぐに降参してくれた。
 助けた女の子はみんな、ボクの友達になってくれた。

『こんなに優しい世界があったなんて』

 今にして思えば、呑気すぎる考えだった。
 その時のボクにとっては、この身体の出自なんて知ったことじゃなかった。
 どんな運命だったかも、誰が関わってたかも。
 どうやってこの姿になったかも。

 この世界に来た時に与えられたものだとばかり思っていた。
 だからこそ、悲劇は起きた。



 ―― ―― ――



 朦朧とした意識の中で、ボクは彼らの会話を聞いてた。
 再び、いや……ボクがこの身体に宿る前を含めれば三度目になる虜囚の身。

 冷たい鉄の箱に満たされたゲル状の液体。
 その中にボクはいた。
 目隠しと猿轡のせいで見る事も喋る事も出来ないけど、液体越しに伝わる音で会話の内容は理解できた。

 ……奇妙だと思った。
 そうなる前まではあんなに血が騒いで自分を抑えられなかったのに、不思議と落ち着いてた。

 そして、落ち込んでもいた。
 どう足掻いても、誰にも勝てなかった。


 青いサーコートに身を包んだ騎士団にも……。
 この身体に刻まれてた記憶によれば、あの騎士団を束ねてるのは獄卒騎士オルトハイムだ。
 彼らから、ボクは逃げるのが精一杯だった。

 初めは、森の村長が騙したんじゃないかって思ってた。
 村長さんは、化け物に成り果てたボクを快く迎え入れてくれた。
 なのに……それからほどなくして、ボクは騎士団に襲われた。

 少ししてから、ボクはマキトくん達と接触した。
 あまり頭の良くないボクだけど、ダーティ・スーを追ってやってきたという彼らを放っておけなかったから。

 もちろん、細心の注意は払った。
 夜中で、なおかつ死体からローブを拝借してそれを羽織った。
 だからボクの姿はほとんど見えてなかったと思う。

 結局マキトくん達はボクの正体に気付く事なく、ダーティ・スーを探しに行ってしまった。
 ボクは、それでいいんだと自分に言い聞かせながらも、言い知れない寂しさで胸がいっぱいだった。


 アジトを頑張って探しているうちに、夜が明けてしまった。
 けれど、情欲と焦りに苛まれていたボクは冷静な判断ができなかった。

 だから地面に穴の空いた彼らのアジトに、そのまま突っ込んじゃった。
 馬鹿だと笑ってよ……。
 愛しのロナがいるのにも気づかず、魔力を解放して爆発魔法を使っちゃったのだから。

 ああ、ごめんよ、ロナ!
 きっとキミはボクを許してくれはしないのだろう。
 知ってるよ。
 もとより許される筈が無い。

 ボクと出会ったあらゆる人々は必ず、ボクに好意や興味を持ってくれた。
 けれど、キミとダーティ・スーは違った。
 初めから解っていたのに。
 でも、そのとき手が届かなかったとしても、頑張れば追い付けるかもしれないって心の何処かで期待してもいた。
 そうすればダーティ・スーから奪えるかもしれないって。

 だから、追いかけ回した。
 煙の立ち上る方角に逃げる、ロナを。


 その後は……あまり思い出したくない。

 ナターリヤから尋問を受けたけど、その内容を彼女はダーティ・スーに話さなかった。
 その理由は解らない。
 どうしてだろう?

 違和感を拭う暇も無く、ボクはあのネバネバした液体に放り込まれた。
 鉄の棺桶のようなものになみなみと満たされたそれは、ボクを拘束して離さない。
 だからまたオルトハイム達が襲ってきても、ボクは身動き一つ取れなかった。

 人外の身体をもってしても、この程度のピンチも切り抜けられないなんて。




 ―― ―― ――



 そうして今、四度目だ。
 もう駄目だと諦めるしかなかった。
 目も口も塞がれていても、耳だけは聞こえた。
 だから……魅了が解けた人達からは、失望や怨嗟の声がたくさん聞こえてきた。
 マキト君達からも、きっと見放されてしまった。

 ここでもまた、ボクは過ちを犯した。
 ボクを慕ってくれていた人達の隔意に、ボクは堪えられなかった。
 溢れ出る憎悪を抑えきれず、昂ぶる魔力に身を任せた。

 ――とはいっても、逆恨みだ。
 素直にナターリヤの処置を受けていればこんな事にはならなかったというのに。

 結局ボクは怪物に成り果て、欲望の赴くままにロナの身体を弄び、作り変え、操った。
 それだけじゃ飽き足らず“魅了のくびき”なんてものに頼って、手勢を強引に増やした。
 ボクが望んでいたのはそんな事じゃなかったのに。
 そうして結局、人の形を捨ててまで挑んだ勝負にも負けた。


 ボクの最初の目的は、檻に囚われて咽び泣く人達を助ける事だった筈だ。
 村人達を助けたかったし、ロナも救い出したかった。
 その気持は決して嘘じゃなかった筈だ。

 そのボク自身が、檻から出る事を許されていない。
 この身体に刻まれた呪いからも。
 ボク自身が定めた筈の使命からも。


 所詮、ボク一人ではここまでが限界だったんだ。
 数えきれない程の過ちを犯した。
 奴隷を奪われた貴族達は、ボクの正体を知ればますます追及の手を過激化させるだろう。
 無関係だった森の民は、謂れ無き闘争に巻き込まれるかもしれない。


 全てはボクの蒔いた種だ。
 ……釈然としないところは山程あるけど、それでもボクは罪を犯したのだ。

 ナターリヤの望みに、身も心も捧げよう。
 ホムンクルスとかいう夢の産物を実現したら、満足してくれるんだろ?

 腐っても“風の解放者”たるボクが、救ってあげよう。
 そのどうしようもなく後ろ暗い、焼け焦げるような欲望を、他ならぬボクが叶えてあげよう。
 さぁ、ボクと一緒に気持よくなろうよ……。


 やっと気付いたんだ。
 戦って奪うだけが解放じゃないって事に。

 ……ありがとう、ご主人様ダーティ・スー



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