ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task6 客を迎え入れろ


 崩壊した洞窟は、天井の穴から青空がよく見える。
 いたずら小僧共をしょっ引いてから今まで、俺は洞窟の改築に引っ張りだされていた。
 ハラショーエルフの奴、どうしても採光のために天井の穴をそのままにしたいと言って聞かなかった。

 今まで使っていた出入り口を塞いで隠し通路を作ったはいいが、よくもまあ大掛かりな作業を数十分でやらせてくれたもんだ。
 短時間で終わったのも、事前にハラショーエルフの部下共がドリルと岩盤スキャナを持ちだしたり、飼い慣らした巨大ミミズを召喚したりしたお陰だ。
 手広くやりやがって。
 底知れない恐怖を感じるぜ。


 ……取っ捕まえたのはイノシシ娘とパンツ姫、それから騎士団共だ。
 ハラショーエルフがこの森で徴用した部下の中には、騎士団出身の奴もいる。
 何故なら俺はイノシシ娘と戦う数日前に、騎士団の別働隊をひねってやったからだ。

 そんな状況だから、元同僚から尋問を受けるなんて、当事者からしたら悲劇そのものといった光景も繰り広げられている。

「……好きにしろ。もはや誇れる矜持など、積み重なる生き恥に押し潰された」

 死んだ魚のような目で、イノシシ娘は干し草の上に身を投げ出している。
 奴の両手両足は鎖で縛られ、おいそれと縄抜けなんてできる状態じゃあない。
 そもそも、奴にはそんな気力すら残っていないようだがね。

「あたしと同じような目をしてる……他の捕虜は割と元気なのに」

「信じてたものを全部ひっくり返されて、へそ曲げたんだろ」


 ちなみにパンツ姫はといえば、今度はボールギャグの猿轡と革ベルトの目隠しをされて、棺桶みたいな鉄箱に放り込まれていた。
 中は得体の知れない紫色の液体で満たされている。

「むぐぐ……ん~ッ!」

 奴が身を起こそうとする度に、液体は強引に箱の中へと引きずり込んだ。
 ……可哀想に。


 さて、そんな退廃的な空間を、ハラショーエルフはまるで美術品でも眺めるかのようなツラで見回す。

「監視の者から報告は受け取りましたが、まさか本当にやってのけるとは……つくづく貴殿は敵に回したくない相手ですな」

「お世辞はいい。それより、他に客はいるかい」

「あいや、見ていませんな。この女騎士とパーティを組んでいた者達は既に、罠に掛かりましたからな。
 後はせいぜい、サイアンが村に連れ込んだ奴隷の皆様くらいのものですぞ」

 そういえば、そんな事をしたらしいな。
 パンツ姫の奴は。
 おおかた、助けた・・・奴隷を村に逃がしてやって、そこで自由を与えようって魂胆なんだろう。
 だが、奴は綺麗事の裏に必ず欲望をにじませる。
 本人が意図しないところが、また実にタチの悪い話だ。
 ああ、つまり。

「……臭うな」

 俺の一言に、ハラショーエルフはタキシードの袖あたりを嗅ぎ始めた。

「そういえば我輩、ここへ来てから風呂に入っていない気がいたしますぞ」

「おぇ……」

 いや、そっちは別にいい。
 ロナが相変わらず顔をしかめて舌を出しているが、それも放っておく。

「確か、魅了の対策はしてあっただろ」

「ええ、以前申し上げた通りですぞ。“不動の心得”という指輪を装備させれば、そうそう掛かりませんな」

「徴用した売人共は」

「ばっちりですぞ~!」

「だが、装備する前に、あいつが既に魅了していた場合は? 指輪を付けて打ち消せるかい?」

 両手の親指を立てて腰を振っていたハラショーエルフだが、俺の問いかけで動きを止めた。
 そのシュールなポーズのせいで、ロナが笑っていいのか迷ってやがる。

「……解呪が必要ですな。ただ、此奴の魅了が高位のものであれば、知り合いの司祭にでも頼まねばなりませんぞ。
 我輩が何度か配下に確認させた限りでは、心配は無さそうですな」

「それで上手く行きゃいいが」

「時に、捕らえた騎士団は如何様な処分を?」

「しばらく……そうだな。数年間は村に放り込んでやってもいいだろう。
 立て続けに行方不明者が出れば、連中も追手を出そうとは思わなくなるかもしれん」

「ほう。殺さぬのですな」

「殺すよりは生き地獄を味わってもらうほうがいい」

 殺す相手は選ぶ。
 それをやって俺の気分が晴れる奴だけだ。
 無闇に不殺の尊さを説くようなご高説は持ちあわせちゃいないが、その一線だけは超えたくない。
 言ってしまえば、俺の臆病さが理由だ。
 それと、正義の為に人を殺す連中が大嫌いなんだ。

 俺自身がそうされたから。

 ……言えねぇな。
 口が裂けても。

「ただ、途中で何かを企んで抜け出す奴は、股の間に煮えたコールタールでも塗りたくってやれ」

「殺したほうが手っ取り早いのではありませんかな?」

 ハラショーエルフは、試すような視線を寄越す。
 やりづらいったらないぜ。
 やっぱり似てるよ、お前さんは。

「……殺すなら、そっちの刺客共にやらせろ。俺はなるべく自分の手を汚したくない」

「らしくないですな」

「下品な真似は嫌いでね」

 ロナが俺の言葉に眉根を寄せる。

「あのさ……仮にもダーティって名乗――」

 だが、奴は最後まで言えなかった。
 ダイナマイトが投げ込まれたからだ。
 面倒だから全部吹っ飛ばすって魂胆か?
 そいつは無粋ってもんだぜ。

 俺が咄嗟に煙の壁でダイナマイトを囲ったら、すぐさま爆発が天井の穴を広げた。
 破片が乾いた音を立てて崩れ落ちるが、その被害は些細なもんだ。

「ほらな? ルールを決めないと、この手のクソ野郎共が後を絶たない。いやが上にも守らせる必要があるのさ」

 まったく、言わんこっちゃない。
 どこまで計算づくなんだ?

「なるほど、納得ですな」

「で? 新しいお客さんですかね?」

 少しして、天井の穴から声が響く。

「――何やってるんだ! 中に人質がいるんだぞ! 僕達の仲間だって!」

「これは失敬した。先に言って頂けないとなぁ?」

 一人の怒鳴り声は聞き覚えがある。
 もう一人の粘っこい声音は多分、騎士団の連中だろう。

「言ったよ! ああもう!」

 そいつに、聞き覚えのある……マキト君と思われる奴が反論する。
 一枚岩じゃあないのは織り込み済みだが、こうも込み入った事情が続くと気が滅入るね。
 俺は視線でハラショーエルフとお仲間共に合図すると、奴らは一斉に洞窟の奥へと引っ込んだ。

『ロナはハラショーエルフと一緒にいろ』

『はいはい』

 ロナは指示通り、奴らに続く。

 ……俺は、テーブルを立ててその影に隠れる。
 残念ながら人質はそのままだ。


 しばらくして、石を括りつけたロープが上から投げ込まれる。
 それを伝って、次々と青いサーコートの・・・・・・・・騎士団連中がやってきた。
 同時に、いつぞやの冒険者共――マキト君の御一行様も。

「イスティ! 大丈夫!?」

「……ああ、マキトか」

「こんなになって……ごめん、イスティ」

 駆け寄ったマキトがイスティを揺り起こすが、イノシシ娘は相変わらず気だるげにしている。

「いいんだ……私も悪かった。それにしても、遅かったな」

「ごめん、罠にやられてた……やっぱり、イスティの言うとおりだったよ。騎士団と合同で戦うべきだった……相手はあのダーティ・スーだし」

 イノシシ娘は、力なくかぶりを振る。
 肩を落とした後ろ姿からは、絶望が感じられる。

「それでもおそらく不可能だった。奴は……我々より数段は上手うわてだ……今この状況も、奴には筒抜けだよ」

 騎士団の隊長クラスらしい男――さっきの粘っこい奴が嘲笑する。

「くくく。だからどうした。ダーティ何某が何するものかよ。我が帝国騎士団は人類の矜持を守り、務めを果たすのみだ」

 青紫の鎧に金色の装飾が施されていて、見るからに値が張りそうだ。
 兜は流線型かつ口元が出るデザインで、目元はオペラ座の怪人みたいな形をしている。
 奴の得物である金色の斧槍ハルバートも最高に気取ってやがる。
 あれは是非とも強奪してコレクションしたい。

 そんな全身高級品の隊長に、マキトが食って掛かる。

「イスティもろとも殺そうとした奴が何を!」

「貴公、黙りたまえよ。弱者が吠えたとて、飯の種にもなりはしないぞ」

 眉間を小突かれてたたらを踏んだマキトを、イノシシ娘が支えた。
 奴は反論しなかった。

「この!」

「いいんだ、マキト……」

「……イスティ?」

 いや、きっとできなかったんだろう。

『うーわ。清々しいくらいのクソ野郎ですよ』

 ロナが念話を飛ばしてくる。
 奴らの会話が聞こえる程度には近くにいるらしい。

『クソ野郎はお互い様だ。それは別にいい』

 俺はピカレスクの主人公じゃない。
 都合よく神様が俺よりも悪い奴を出したとしても、俺は物申してやりたい。

 ――余計なお世話だ、すっこんでろ。

 そろそろ姿を見せてやるべきか。
 俺は銃を構えて、テーブルの陰から出る。



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