ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Extended2 流転する運命


 あの時、ウォータースライダーのように僕達は流された。
 冷えきった体温と容赦のない川の質量に、否応なく体力を奪われていく。


 気が付けば、川辺で寝かされていた。
 すっかり夜も更けて、月が浮かんでいる。
 焚き火がないから寒いけど、居場所を知られたら危険だって思ったのかもしれない。

 見知らぬ女の人が、しゃがみこんで僕らを覗き込む。
 僕らを助けてくれたのだろうか。

「大丈夫?」

「な、なんとか……」

 その女の人は黒い下着の上にボロ布を纏っていて、その上に古びたフード付きのローブを羽織っていた。
 下着はその、角度の関係で偶然見えてしまっただけで、スケベな意図は無い。
 無いんだってば。

「リコナ、リッツ、そんな目で見ないで」

「だって……」

 格好だけじゃない。
 むしろ、それ以外があまりにも人間離れしていた。

 フードから覗く髪はピンク色で、肌は白磁のようだった。
 両目は金色で、そのふちは紫色。
 瞳孔は細長く、まるで猫みたいだ。
 助けてもらってこういう事を考えるのは失礼だけど、まるで……。

「あまり、ボクを見ないほうがいい」

 彼女は悲しげな面持ちで、目を逸らす。
 僕の考えていた事が解ってしまったのだろうか。

「キミ達まで不幸にさせたくない」

 意味深な言葉を、か細い声で呟く。

「そろそろ、限界かもしれないんだ。ボクは、もう……」

「い、一体、何があったのでしょうか?」

「ねぇ、キラーラビットってこの子じゃないかな」

「……そう呼ばれているんだね、ボクは」

「リコナ!」

「え、う、悪かったって、そういう意味で言ったんじゃないんだ。
 その、ダーティ・スーって奴が、アンタを裏から操って悪い事をしてるらしいって聞いてさ」

 ダーティ・スーという名前を聞いて、女の人は険しい顔になる。
 それだけで充分だ。
 ……それが答えだ。

 間違いなくこの人が噂に聞くキラーラビットで、ダーティ・スーの悪巧みに巻き込まれているのだろう。

「やっぱり、彼が関わっているんだね」

「そのようなんだ。見つけたら必ず教えてくれるかな?」

「……うん。わかった」

 力なく微笑む彼女が、なんだか可愛い。
 生気の感じられない肌に、うっすらと差した頬の赤み。
 少しだけ潤んだ、異形の瞳。

 じっと見つめていると、心臓がドキドキしてくる。
 欲望が鎌首をもたげる。

 この人を、守りたい。
 この人を、滅茶苦茶にしたい。
 今すぐボロ布を引き裂いて、押し倒したい。
 けれど、まずはダーティ・スーを倒さなきゃ。
 あいつがこの人を独占するなんて許せない。

 僕だけのものにするんだ。


 ……待って。
 僕は今、何を思った?
 とんでもない事を考えなかったか!?
 駄目だ。
 いくら欲求不満だからって、そんな……。

 この世界での生まれ故郷で、いくらでも発散できるだろ。
 それに、今なら頼めばリコナやリッツが僕を受け入れてくれるかもしれない。
 ブロイと協力して乱交もいいかな。
 そうすれば、この女の人も喜んで――……?


 いや……だから!
 くそ、自分が自分じゃなくなっていくみたいに、思考が変な方向に引っ張られていく!

 おねショタは別に興味が無いんだってば!

 誰か僕を賢者モードにしてほしい。
 なんか、ヘンだ……。

 ざわつく胸中を誤魔化すようにして、僕はみんなを川の上流の方へ進ませる。

「もう、行くよ。そろそろ決着を付けないと。村長たちも、この森を戦場にされるのは本意じゃないと言ってたし」

「……そっか。気をつけて」

 後ろから掛けられた声はそんな僕の内心を知ってか知らずか、感情を押し殺したような。
 そんな、どこか寂しい響きを含んでいた。

「村長もまた、何かを企んでるだろうから」

 思いがけない伏兵に、僕らはまた振り向いてしまった。
 咄嗟に、女の人は背を向ける。

「村長さんが、ですか?」

「確かに、思い当たる節が無いとも言えんのう?」

 僕らがダーティ・スーを追い払えば、きっと村に手出しをする人達はいなくなるだろう。
 現状、ダーティ・スーの他に誰が森を奪おうとしているのかは判然としない。
 もしかしたら、村長は騙されたか利用しているのか、ダーティ・スーをわざと森に招き入れたのかもしれない。

 ……駄目だ。
 ただでさえボーッとしている頭で、これ以上色々と考えるのは難しい。
 とにかく、ダーティ・スーを倒さなきゃ。



 ―― ―― ――



 歩くこと数時間。
 僕らは一旦、村で休憩を取る事になった。

 急流の罠と長時間の行軍は僕らに大きな負担を与えた。
 正直、こんなヘトヘトな状態じゃまともに戦えるかどうかも怪しい。
 村人の中には近頃流れ着いてきたなんてうそぶく、あからさまに怪しい人達もいた。
 どこかから視線も感じるけど、誰が見ているのかな。
 姿だけを隠して気配を出すというやり方は、リコナいわく威圧感を与える為らしい。

 どう考えても警戒すべきだと思った僕は、リッツ達三人に寝ずの番を提案した。


 お陰で寝首をかかれるなんて事は無かったけど、結局胸騒ぎや視線の正体は別の所にあった。
 それを知るのは、もう少し先の話だった。
 この時点ではどうしようもなかった。



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