ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Extend 亡霊は共に堕ち、共に足掻く
スナージさんに用意してもらった個室で、あたしとダーティ・スーは二人きりだ。
ベッドは硬いし、どう見ても一人用だけど、それでもこいつの腕の弾力はいい枕になる。
“後でベッドな”
あたしは確かに約束して、こうしてその約束を果たしてもらった。
無理やり迫ったような形だけど、あれだけはぐらかしていたのに、今回はすんなりとあたしの頼みを聞き入れた。
もしかしたら、あたしを撃った事の負い目があるのかな。
……余談だけど、大きかった。
お腹の中がまだズキズキするけど、その痛みが絆を意識させてくれる。
まさかこいつも童貞だったとは夢にも思わなかった。
それにしては紳士的だったのは、いつか誰かに自慢してやろう。
あたしは今までのビヨンド活動のかたわら、自分自身の心について色々と考えてきた。
自己分析はそんなに得意じゃないけど、嫌いでもない。
一人でゲームをやっていた時なんかは話し相手もいなかったから、どうしてもそういう時間が増えてしまう。
そしていつの間にか、自己分析という行為はあたしの“良き隣人”となっていた。
もう一度、ダーティ・スーとの出会いを振り返ってみる。
“Sound of Faith”は、クソッタレな記憶の連続だった。
最初はPKから一般プレイヤーを守る、のんびりまったり人助けギルドだったのに。
いつからか少しずつランクが上がるにつれて、人が増えて、方針も変わっていった。
フィールド巡回は無くなって、ギルド対抗戦とボス狩り、それと罪人レベルの高い者達を倒すのが中心に。
他愛もない会話はなりを潜めて、会話はいつでもギルド対抗戦やボス狩りの反省会だ。
鬼軍曹のしごきは毎日続けられ、そしてそれを癒やすかのように、公然の秘密として新ギルドマスター“ゆぅい”……あの女のオナニーをギルドメンバーが覗き見する。
思い出すだけで吐き気がする。
あたしの元カレは、そんな状況でもギルドを有名にしたい、大きくしたいという一心で黙認した。
口論はもちろん毎日した。
ある日を境に、それも無くなったけど。
元カレが、あたしに見向きもしなくなったからだ。
フレンド登録も、メアドも拒否設定にされた。
……裏切られたんだ、捨てられたんだ。
それだけが、あたしの胸に渦巻いていた。
あたしはギルドを抜けて、ソロでモンスターを倒し続ける毎日。
ソロでやっても、嫌な部分は何度も目の当たりにしてきた。
その度に、どうしたらいいのか解らなくなっていった。
現実を犠牲にして、仕事もできなくなったっていうのに。
親は「そんなのさっさとやめて仕事を探しなさい」って何度も言ったに違いない。
これで新しい恋人でも探せば良かったんだろうけど、生憎あたしはそんなにフットワークも軽くなければ、出会いのある環境でもない。
そういう性格じゃないし。
生きた屍になったあたしは、未練も断ち切れないままゲームを続けていた。
すっぱり辞めるには思い出が多すぎたから。
……ダーティ・スーは、その全てをブチ壊しにしてくれた。
無関係なプレイヤーも巻き込んで、PKしまくって、大事にした。
あの時は、流石にやり過ぎだろって思ったけど。
今にして思えば、そうする必要があるって確信していたんだろうな、こいつは。
そうやって派手に暴れて、何もかもを浮き彫りにさせて、あのゲームのクソッタレな日和見主義をプレイヤーごとぶった切る。
動画にまでなったのに、すぐには助けに来なかった、あたしの古巣。
善良なプレイヤーをPKの魔の手から守る筈の街道警察は、ランク上げの為に暴れん坊を放置した。
暴虐に怯える弱者などには目もくれず、街道警察はこぞって獲物を狩る為だけに戦う。
だから、ダーティ・スーは好き放題にやった。
こいつは、いつもそうやって問い掛けている。
得意気な「お前さんの正義を検証する」という宣言の裏側には、常に一つの問い掛けがあるのだ。
“お前さん、本当にそれでいいのかい”って。
……なんてね。
あたしの勝手な妄想だったら、どうしようか。
身内びいきは、あたしの悪い癖だし。
元カレと別れて心に空いた穴を埋めているにすぎないって言われたら、あたしはすぐには首を横に振れないと思う。
少なくとも、ちょっと前まではそうだった。
見向きもされなくなるのが怖かった。
そっぽを向かれたり、置いてけぼりにされたりするのが、たまらなく嫌だった。
あたしがダーティ・スーに初めてを捧げると言って譲らなかったのは、つまりそういう事だった。
色々と他にも理由はあるけれど、何より一番は……そう。
肉体的な繋がりを一度持ってしまえば、もしかしたら独占欲が湧いてくれるかもって思ったから。
都合のいい女性なら、とりあえず近くに置いときたがる筈。
どんなに酷い事をされても隣に在り続ける奴隷として、あたしは自身を定義した。
首輪を付けているのも、そういった理由からだ。
そして、首輪の裏側に刻んだ言葉も。
……でも、スーは面白半分であたしを傷つけるような真似は絶対にしない。
感情に任せて暴力を振るうなんていう、ゲームのギルドの鬼軍曹みたいな奴でもない。
それに、歯に衣着せない口ぶりなのに、あたしの不幸自慢を嘲笑しなかった。
そもそもスーがあたしを傷つけたのは、魔法少女達と戦った時だけだ。
あたしの頼みを聞き入れたきっかけかもしれない、あの時だけ。
「ねぇ、スーさん?」
「ああ」
あたしは薄っぺらいシーツを抱き寄せて口元を隠しながら、スーの目を見る。
「あたしを撃った時、どう思いました?」
「申し訳ないとは思った」
なんだよそれ。
どうせなら「いい気分だった」とか言えよ。
申し訳なく思うなら、最初から撃たなきゃ良かったのに。
なんて思うけど……まぁでも、そうしないと不自然な消え方で退場する事になったから、仕方ない。
「あたしを抱いてくれたのは、その負い目?」
「たまには愛を検証するのも悪くない」
あたしは目を背けて「ふぅん」と返すくらいしか、今できる事なんて無かった。
……検証する。
それはつまり、いや、もしかしなくても……あたしの気持ちが間違っているという事なのかな。
解ってるよ、そんなの。
自暴自棄で身体を売ったし、スーの側に居続けるのは自分の思考を放棄して、ただ道具であろうと思ったのがきっかけだ。
あたしがビヨンドになった時から、何度か脳裏に記憶がちらつく事がある。
こいつの悲しげな顔が、頭から離れないのだ。
もしも、検証の結果……あたしが合格しなかったら?
あたしは既に、恋に恋する乙女なんかじゃない。
閉塞したあたしの精神を焼いて解き放ってくれるのは、スーしかいないというのに。
頼むよ……。
「いつもの考え事かい」
「いっ」
不意に声をかけられたせいで、自分でも呆れるくらいに両肩が跳ね上がってしまった。
くそ、恥ずかしい……世界中から光を奪った上でしばらく冥府に篭りたい……。
「いつもって……」
「無口な奴は、饒舌な奴の長講釈と同じくらい色々な事を考えるのさ」
恥ずかしさを誤魔化す為に、あたしはスーに擦り寄って、頬を撫でてみた。
そして耳元で囁く。
「全部教えてあげてもいいんですよ。あたしが初めてを捧げたよしみで」
ってね。
「やめときな。ヘビと人魚だけは、足を生やしちゃいけない決まりになっている」
蛇足って言いたいの?
人魚は……歌が歌えなくなるって事?
あたしはどっちでもないよ。
しいて言うならゾンビって所じゃないかな。
「スーさんは、腐りかけのあたしを焼いてくれた。お陰で臭いに悩まされずに済みそうです」
「ごちそうさん。食っちまったからには、俺の血肉になるしかない」
「悪食め」
「お互い様だぜ」
頭を撫でられる。
やっと、認めてもらえたんだ。
今なら、自信を持って言える。
本当に心から愛したのは、後にも先にもダーティ・スーだけだって。
後は、スーの恋人第二号からその先の奴らと、こいつの良さについて語らおう。
どんなに爛れた関係に見えてもいい。
 “亡霊は共に堕ち、共に足掻く”
首輪の裏に刻んだ言葉は、あたしのたったひとつの誓い。
……絶対に手放させない。
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