ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Task3 木々の目印を辿れ

 王子様、もとい“風の解放者”サイアンに因縁をふっかけられてから二日が過ぎ去った。
 逃亡奴隷の中にターゲットの特徴と合致する奴を見付けては、あのハラショーエルフに報告した。
 だが、結論から言えば全員ハズレだ。

 雲行きが怪しくなってきやがった。
 今回ばかりはロナに丸投げしてバックレるわけにも行かねぇ。

 仮にも錬金術士なら、段取りにも頭を使ってくれれば良かったぜ。
 おかげ様で、こっちは使いたくもない頭を使わなきゃならねぇ。

 ただ、助かるのは薄紅色の髪に紫色の瞳っていう特徴だ。
 いなくもないが、多くもない。
 オマケに俺の前世ではそんな奴がいなかったから、俺が探せばすぐ目につく。


 今日も今日とて、街道をお散歩だ。
 ただし使う道を変えてみた。

 この近辺は、奴隷市場はどこにでもある。
 ギズウィックじゃなくても、その一つ手前の村でもちょっとした奴隷市場が開かれるという。
 正直、期待はしていないがね。

 だがこの街道で、妙なものを見つけちまった。
 緑色のやけに小さな人型の奴が三匹ほど、道の真ん中で寝そべってやがる。

「あれ、ゴブリンの死骸ですね」

「幸せそうな寝顔だ。いい夢を見ているらしい」

「どう見ても苦悶に満ちた死に顔なんですが……」

「そうかね?」

 まったく、こんな所で寝転がりやがって。
 行儀の悪い野郎共だ。
 ハウスキーパーは何をしている?
 ご主人様をベッドに運んでやれよ。

「スーさん、あの木を見てください。印が付いてます」

「一箇所だけかと思えば、どうやら等間隔で付いてるな」

 誰かが目印にしているのは間違いない。
 俺達はそれを辿って、道無き道を進んで行く。

 坂のケヤキから顔を出せば、木々に囲まれた小さな湖が見えた。
 木漏れ日に照らされ、赤毛の小娘が呑気に水浴びなんてしてやがる。

『ちょっと、バレますって。女の裸が見たければ、あたしに言ってください』

 ロナは警戒しているのか、俺を引きずり下ろして念話を使う。

『そういう目的じゃないんだが』

 修羅場に慣れた雰囲気も無かったから、あれは誰かが守っているに違いない。
 印はまだ続いていた。

 やがて、小さな声が聞こえてくる。


「すぅ……ぷはぁ……! あっ……ああ……この木苺にも似た甘酸っぱい香り……ほどよく汗で湿っていて……しかも、身に着けていたのは赤毛の少女、いい、いいよ……はぁ、はぁ……!」

 ワァオ!
 聞き間違える筈も無ぇ。
 こいつは、あのサイアンとかいうガキの声だ。

 さっきの赤毛に水浴びをさせている間に、見張りのふりをして服の匂いを嗅いでいると。
 まったく、間抜けもいいところだぜ。


 ひときわ大きい倒木の陰から、俺は身を乗り出す。
 サイアンは事もあろうに四つん這いになって、白くて小さい布地を片手に香りを楽しんでやがった。

 そして空いた手は、股の間だ。
 ズボンの下で、手がもぞもぞと動いている。


「お楽しみのところ申し訳ないね。ドアがあればノックもできたんだが」

「――!? うっ、うわあぁっ!?」

 王子様は顔を真っ赤にして飛び退く。
 なんてザマだ。
 感心すべきなのは、それでもパンツだけは手放さない事だ。

「驚いたぜ。一部始終を見させて貰ったが、随分と経験豊富・・・・なようだ」

「どうやってここに!?」

「あの緑色のチビっ子は、お前さんがけしかけたんだろう。赤毛を襲わせる為に」

 実際はどうだか知らんが、そういう事だと解釈していると伝えれば、反応を試しやすい。

「あくまで偶然だよ……」

「木に印を付けていたじゃないか」

「ボク以外には見えないようにしたのに!」

「アレが? あからさまな目印だったぜ。ロナはよく見付けてくれた」

 俺はしっかり、事実を伝える。
 そのほうが効果的だ。

「この近辺はゴブリンがよく出るんだ。それを知っていても、近道として使いたがる子は多い。
 だからボクは定期的にここを巡回して、守っている」

 なるほど、スジは通っている。
 だが、穴は多い。

「だったら、最初からゴブリン共を殲滅しちまえば良かった。結局お前さんは、ヒーローを気取って窮地に駆けつけるのを演出したいだけなのさ。見返りを手に入れる為にな」

 図星だったのかね。
 王子様はうつむいて震え始めた。
 ややあってから俺を睨み、パンツを片手に指差してくる。
 ……まったく、いい絵面だぜ。

「とにかく、ロナという子は解放してもらう! たとえキミがあの“落日の悪夢”だとしても!」

「御大層な異名が付いたぜ。誰かから聞いたのかね。いずれにせよお前さんが決闘で勝てば、あいつはお前さんのモノだ」

「モノ扱いするなんて!」

「助けた女を誑かして内緒で下着の匂いを嗅ぐ奴が何を抜かしやがる。口から焦げたキャベツを吐き出しやがって」

「焦げた、キャベツ?」

「とにかく、俺は勝負を受けるぜ。もちろん、男に二言は無いよな? パンツ姫」

「パッ……!?」

 王子様もといパンツ姫は、今度は顔を真っ青にした。
 どこに青くする要素があった?

「その呼び方は何とかならないのかい? 大体、姫って……」

「手の動き方と位置だ。男のやり方じゃなかった」

「あっ……み、見てたのか……!?」

 と、ここで今まで隠れていたロナがパンツ姫を背後から蹴飛ばす。
 しかも尻だ。
 容赦の無ぇ奴だぜ。

「そりゃ見るでしょう」

「ロナ……!?」

 ケツを押さえながら、パンツ姫は物憂げにうつむく。

「失望、させてしまったかな。すまない。ただ、ボクは――」

「――うるさい。パンツ姫」

「うぅ……」

 今にも泣きそうなパンツ姫の所へ駆け寄ってきたのは、さっきの赤毛の娘っ子だ。
 服を着ているって事は、換えの下着が無いならつまり……。

「もう、サイアン様ったら! 私の使用済みパンティが欲しければ、幾らでもさし上げたのに!」

「どっかで聞いたような台詞だな?」

「あたしを見るな。そんな事は言ってない」

 口元を歪めながら首を振るロナをよそに、パンツ姫と赤毛は勝手にラブロマンスを続けてやがる。

「キミは、こんなボクを許してくれるのかい?」

「だって……私は何をされても、貴方の虜ですもの」

 見目麗しいから何をやっても許されるらしい。
 けるね、まったく。

「こいつ女だぜ。いいのかい」

「ええ。愛に性別は関係ありません」

「納得済みなら別に結構なんだが、いかんせん、やり口がスマートじゃないぜ。そうだろう? 性欲の解放者」

風の・・解放者!」

 そうムキになるなって。
 まずは、その握りしめたパンツを返してやれよ。

「どっちだって同じさ。しかし奴隷を解放する奴が、まさか恋の奴隷を作っちまうとは。
 こりゃあウサギは鶏肉だと主張するお坊さん共に、吉報を届けたくなるね」

「スーさん、伝わらない。詭弁でどうにでもなるっていう事を言いたいんでしょうけど、どうせ伝わらないです」

「ロナ。お前さんはアルカリ性と酸性、どっちが好きかい」

「んー、別にどっちでも」

 俺はパンツ姫の両目をちらりと見やる。
 驚いてはいるようだが、それを口にはできないらしい。
 飼い主が水槽の上で指を動かすのを見る金魚のように、口をぱくつかせてやがる。

 そうだろうよ。
 こんな世界にゃ、科学の“か”の字も無い筈だ。
 お前さんの青いリトマス紙は、真っ赤に染まったようだな。

「……俺は酸性が好きだ。溶かすって事はとどのつまり、物質である事を認める事だからな」

「ああもう! さっきからゴチャゴチャと! ボクはこれからこの子を送り届けて――」

「――その前に、やること済ませな。木の棒を使うなら、よく洗えよ」

「指で充分だから木の棒は別に……って、何を言わせるんだ! ボクはそんな事をしない!」

「何に使うかまでは言ってないぜ」

「クソ最低だ……昼間から聞かされる身にもなって下さいよ。このケダモノ」

「先に仕掛けたのはそっちじゃないか~~~ッ!!」

 のどかな森にこだまするソプラノボイスの悲鳴を背後に、俺とロナは立ち去る。
 俺の視線の先には、憐れな小鳥達が木々から飛び立っていくのが見えた。



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