ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
Final Task スナージとの賭けに勝て
俺は今、いつものうらぶれたバーにいる。
スナージの拠点で、俺達ビヨンドの拠点でもある。
カウンター席に、俺は座っていた。
依頼はまだ継続中。
俺じゃなくて、ロナにやらせている。
「やられたのかよ、情けねぇな」
スナージがグラスを磨きながら、横目で俺を嘲笑う。
別に恥ずかしい事じゃあないと思ったので、俺も笑顔で返してやった。
そしたら周りで呑んでいた同業者は、俺を見るのをやめた。
失礼な連中だぜ。
「実際、手詰まりだったぜ。相手が悪かった。クラサスとかいう野郎だ」
「あいつか……」
どうやら、たっぷりご存知らしい。
スナージは大げさに左手で額を覆いながら天を仰ぐ。
「ロナの内臓をぶち抜いたクソ野郎は、あいつだろ。金を積まなくてもペラペラ喋ってくれたぜ。ご丁寧に長講釈まで付けてくれた」
「俺が苦労して守秘義務を守ったのに、あの野郎……まあいい。
それで? ロナお嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「まだやらせている。色々放り投げて、あいつに一人でものを考えさせてみようかと思ったのさ」
「あのお嬢ちゃんがねぇ……だがよ、ダーティ・スー。あいつはお前が思っている以上に、お前に依存している」
「知ってるよ。だが俺は“ライナスのタオル”じゃねぇんだ。
だから選択肢を与えてやった。依頼をこなすか、手を引くか。どっちでも俺は構わない。クソッタレな依頼だったしな」
「そういやお前達が受けた依頼は……あ! 殺しじゃねぇか!
お前、ロナに人殺しをさせようとしてるのか!? サイテーだな!?」
「サイテーだろ? 惚れた弱みに付け入って、悪い事をさせちまうのさ」
思わず俺は肩をすくめた。
ああ、まったくのクソッタレだ。
相手がゾンビだとしても、洋館で戦ってきた奴らと違ってまだ意志はあった。
つまり、一線を越えちまうんだ。
たとえビヨンドという選択肢を与えたとしても、それはあくまで保険だ。
俺が望んでいるのは、ゾンビの勇者様がクラサスと協力してロナを蹴散らし、俺と一緒に行動すればどうなるかをロナに思い知ってもらう事だ。
或いは落とし所を見付けて、自分で答えを作る事。
「マジでサイテーだ! 死ねばいいのに!」
「もう死んでる」
「そうだった……!」
「まあ聞けよ。前者なら俺はあいつのタオルだ。後者なら、俺はもう必要ない。あいつは自分自身の正義を、てめぇで検証できる。
俺は……そろそろ後者にしてほしい。後者に賭ける。罪を背負うのは俺だけでいい」
カイエナンでの依頼で、俺のやり方は見せた。
俺が何を考えて、どういう戦いをするのかも。
「俺は前者だ。現実を見ろよ」
「見た上でそう願ったのさ。僅かでも可能性があるなら、そっちに転ぶ事だってある」
憎まれ口を叩いているうちは、まだ後戻りできる筈さ。
頼むよ、ロナ。
「ロマンチストめ……で? 何を賭ける?」
指輪に収納していた馬鹿でかい鉄塊を、カウンターテーブルに乗せる。
戦利品はたとえしくじって帰ってきても、提出できるシステムだ。
「俺が勝ったらこの大剣を壁に飾ってくれ」
「それくらいならいいぜ。俺が賭けに勝ったら……そうだな。あのお嬢さんの気持ちに応えてやれよ」
こいつは驚いた。
仲良しな男女を見かけるや嫉妬心を露わにするあのスナージの口から、そんな台詞が出て来るとは。
「てっきりいかがわしい格好でもさせてストリップショーでもやらせるのかと思ったが」
「なんだと!? 俺を何だと思ってやがる!? 紳士のいる異世界数あれど、ここまで紳士的な奴は俺を除いて他にはいねぇ! ロナの胸がもうちょっと大きかったら少しは考えたかもな! そう、F以上なら! だがそれならストリップショーじゃなくて、俺が個人的に楽しむぜ! ざまぁみろ!」
周りの客が「また始まったよ」と呆れてるが、大丈夫かね。
存分に肌を露出したお姉ちゃんなんて、胸元を隠しながら顔を引きつらせてやがるぜ。
「あー、オーケー、矛を収めてくれよ、マスター。商売道具のグラスにヒビが入っちまうぜ」
「……ゴホン。まあ冗談はさておいて、俺は女を粗末に扱う奴は嫌いだ。
お前が、お前なりの理屈であいつの為を思っているのは解るからこそ、それに応えたんだよ」
「俺は既に、石橋を崩した。揺れる吊り橋なんて、俺には似合わない。
だから賭けは五分五分に近いんじゃ――」
「――あたしが吊り橋効果であんたに惚れた? 冗談はコートの色だけにしてくれませんかね」
声のするほう、バーの入り口を見る。
ロナはいつものシケたツラでやってきた。
しかし、思ったより早かったな。
「おう。お帰り、お嬢さん」
「ただいま、スナージさん。で? 何を賭けたんです?」
「あー、そこのいけ好かないバナナ野郎がな? お前がターゲットを殺すか殺さないかを」
「……そうですか。スナージさんは、どっちに?」
「殺す方に」
「じゃあスナージさんの勝ちですね」
ちくしょう。
あのゾンビを成仏させちまったか。
「ヒイロさんも、ビヨンドになるらしいですよ。そろそろ、ここに来る頃じゃないですか?」
「もう来てるんだな、これがよ」
スナージが、店の一角を親指で示す。
真っ黒なテーブル席に突っ伏しているのは、ついさっき見かけた姿そのままだ。
俺と違って、容姿に変化は無い。
あいつが望んでいるからか。
「……ここは」
元ゾンビの勇者様、ヒイロが起き上がる。
そこに、ロナが歩み寄った。
「ビヨンドの拠点へようこそ、ヒイロ・アカシさん。さっきは、ごめんなさい」
「いいよ」
俺も、ロナの後ろからついていく。
「俺としては、もうちょっと頑張ってもらおうと思ったんだが……命を粗末にするのは、あまり好きじゃなかったからな」
「諦めろと言ったのはお前だ。せめてもの当て付けに、俺は命を生け贄にした。どうせ、一度は死んだからな」
「額面通りに受け取ってくたばりやがって。俺も、ごめんなさいと謝ってやるべきか?」
「それで格好がつくかよ。事情は察している。お前はお前の役目を果たせばいい。お前が自分で、そう決めたんだろ」
ヒイロ。
……すまねぇ。
「それに、俺も摂理の全容を見渡したくなったんだ。摂理の外側に立つ、ビヨンドになって。
俺は他の世界で復讐を手伝うんだ。何も知らされないまま利用されて裏切られた奴に、力を与えたい」
そう語るヒイロは、青白い顔のままだ。
にもかかわらず、生き生きとしてやがる。
「そうかい。いつか俺と再びやり合う日が来ると思うが、その時はしっかり殺せよ。今度こそ」
「お互い、成仏まではまだ掛かりそうだ。
それより、お前はロナの頑張りを評価してやれよ。ロナは、お前の為に俺を殺したんだぞ」
「えっと、ヒイロさん、謝って許される話じゃないですけど、その、あたし……」
「いいんだ。どうせ、そこのサイコ野郎が責任を取る」
確かに、ロナの覚悟を思い知っちまった。
……いい加減、腹を決めるか。
ただし、ナイショ話だ。
『ロナ。お前さんの罪は、俺が全て背負う。たとえ俺が命じたものでなくとも、俺が黒幕として振る舞おう』
それが敵役である、俺の務めだ。
『あたしをそっち側に堕としてください』
ああ、ちくしょう。
砂糖菓子みたいに甘い台詞が、今の俺にはありがたい。
スナージの拠点で、俺達ビヨンドの拠点でもある。
カウンター席に、俺は座っていた。
依頼はまだ継続中。
俺じゃなくて、ロナにやらせている。
「やられたのかよ、情けねぇな」
スナージがグラスを磨きながら、横目で俺を嘲笑う。
別に恥ずかしい事じゃあないと思ったので、俺も笑顔で返してやった。
そしたら周りで呑んでいた同業者は、俺を見るのをやめた。
失礼な連中だぜ。
「実際、手詰まりだったぜ。相手が悪かった。クラサスとかいう野郎だ」
「あいつか……」
どうやら、たっぷりご存知らしい。
スナージは大げさに左手で額を覆いながら天を仰ぐ。
「ロナの内臓をぶち抜いたクソ野郎は、あいつだろ。金を積まなくてもペラペラ喋ってくれたぜ。ご丁寧に長講釈まで付けてくれた」
「俺が苦労して守秘義務を守ったのに、あの野郎……まあいい。
それで? ロナお嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「まだやらせている。色々放り投げて、あいつに一人でものを考えさせてみようかと思ったのさ」
「あのお嬢ちゃんがねぇ……だがよ、ダーティ・スー。あいつはお前が思っている以上に、お前に依存している」
「知ってるよ。だが俺は“ライナスのタオル”じゃねぇんだ。
だから選択肢を与えてやった。依頼をこなすか、手を引くか。どっちでも俺は構わない。クソッタレな依頼だったしな」
「そういやお前達が受けた依頼は……あ! 殺しじゃねぇか!
お前、ロナに人殺しをさせようとしてるのか!? サイテーだな!?」
「サイテーだろ? 惚れた弱みに付け入って、悪い事をさせちまうのさ」
思わず俺は肩をすくめた。
ああ、まったくのクソッタレだ。
相手がゾンビだとしても、洋館で戦ってきた奴らと違ってまだ意志はあった。
つまり、一線を越えちまうんだ。
たとえビヨンドという選択肢を与えたとしても、それはあくまで保険だ。
俺が望んでいるのは、ゾンビの勇者様がクラサスと協力してロナを蹴散らし、俺と一緒に行動すればどうなるかをロナに思い知ってもらう事だ。
或いは落とし所を見付けて、自分で答えを作る事。
「マジでサイテーだ! 死ねばいいのに!」
「もう死んでる」
「そうだった……!」
「まあ聞けよ。前者なら俺はあいつのタオルだ。後者なら、俺はもう必要ない。あいつは自分自身の正義を、てめぇで検証できる。
俺は……そろそろ後者にしてほしい。後者に賭ける。罪を背負うのは俺だけでいい」
カイエナンでの依頼で、俺のやり方は見せた。
俺が何を考えて、どういう戦いをするのかも。
「俺は前者だ。現実を見ろよ」
「見た上でそう願ったのさ。僅かでも可能性があるなら、そっちに転ぶ事だってある」
憎まれ口を叩いているうちは、まだ後戻りできる筈さ。
頼むよ、ロナ。
「ロマンチストめ……で? 何を賭ける?」
指輪に収納していた馬鹿でかい鉄塊を、カウンターテーブルに乗せる。
戦利品はたとえしくじって帰ってきても、提出できるシステムだ。
「俺が勝ったらこの大剣を壁に飾ってくれ」
「それくらいならいいぜ。俺が賭けに勝ったら……そうだな。あのお嬢さんの気持ちに応えてやれよ」
こいつは驚いた。
仲良しな男女を見かけるや嫉妬心を露わにするあのスナージの口から、そんな台詞が出て来るとは。
「てっきりいかがわしい格好でもさせてストリップショーでもやらせるのかと思ったが」
「なんだと!? 俺を何だと思ってやがる!? 紳士のいる異世界数あれど、ここまで紳士的な奴は俺を除いて他にはいねぇ! ロナの胸がもうちょっと大きかったら少しは考えたかもな! そう、F以上なら! だがそれならストリップショーじゃなくて、俺が個人的に楽しむぜ! ざまぁみろ!」
周りの客が「また始まったよ」と呆れてるが、大丈夫かね。
存分に肌を露出したお姉ちゃんなんて、胸元を隠しながら顔を引きつらせてやがるぜ。
「あー、オーケー、矛を収めてくれよ、マスター。商売道具のグラスにヒビが入っちまうぜ」
「……ゴホン。まあ冗談はさておいて、俺は女を粗末に扱う奴は嫌いだ。
お前が、お前なりの理屈であいつの為を思っているのは解るからこそ、それに応えたんだよ」
「俺は既に、石橋を崩した。揺れる吊り橋なんて、俺には似合わない。
だから賭けは五分五分に近いんじゃ――」
「――あたしが吊り橋効果であんたに惚れた? 冗談はコートの色だけにしてくれませんかね」
声のするほう、バーの入り口を見る。
ロナはいつものシケたツラでやってきた。
しかし、思ったより早かったな。
「おう。お帰り、お嬢さん」
「ただいま、スナージさん。で? 何を賭けたんです?」
「あー、そこのいけ好かないバナナ野郎がな? お前がターゲットを殺すか殺さないかを」
「……そうですか。スナージさんは、どっちに?」
「殺す方に」
「じゃあスナージさんの勝ちですね」
ちくしょう。
あのゾンビを成仏させちまったか。
「ヒイロさんも、ビヨンドになるらしいですよ。そろそろ、ここに来る頃じゃないですか?」
「もう来てるんだな、これがよ」
スナージが、店の一角を親指で示す。
真っ黒なテーブル席に突っ伏しているのは、ついさっき見かけた姿そのままだ。
俺と違って、容姿に変化は無い。
あいつが望んでいるからか。
「……ここは」
元ゾンビの勇者様、ヒイロが起き上がる。
そこに、ロナが歩み寄った。
「ビヨンドの拠点へようこそ、ヒイロ・アカシさん。さっきは、ごめんなさい」
「いいよ」
俺も、ロナの後ろからついていく。
「俺としては、もうちょっと頑張ってもらおうと思ったんだが……命を粗末にするのは、あまり好きじゃなかったからな」
「諦めろと言ったのはお前だ。せめてもの当て付けに、俺は命を生け贄にした。どうせ、一度は死んだからな」
「額面通りに受け取ってくたばりやがって。俺も、ごめんなさいと謝ってやるべきか?」
「それで格好がつくかよ。事情は察している。お前はお前の役目を果たせばいい。お前が自分で、そう決めたんだろ」
ヒイロ。
……すまねぇ。
「それに、俺も摂理の全容を見渡したくなったんだ。摂理の外側に立つ、ビヨンドになって。
俺は他の世界で復讐を手伝うんだ。何も知らされないまま利用されて裏切られた奴に、力を与えたい」
そう語るヒイロは、青白い顔のままだ。
にもかかわらず、生き生きとしてやがる。
「そうかい。いつか俺と再びやり合う日が来ると思うが、その時はしっかり殺せよ。今度こそ」
「お互い、成仏まではまだ掛かりそうだ。
それより、お前はロナの頑張りを評価してやれよ。ロナは、お前の為に俺を殺したんだぞ」
「えっと、ヒイロさん、謝って許される話じゃないですけど、その、あたし……」
「いいんだ。どうせ、そこのサイコ野郎が責任を取る」
確かに、ロナの覚悟を思い知っちまった。
……いい加減、腹を決めるか。
ただし、ナイショ話だ。
『ロナ。お前さんの罪は、俺が全て背負う。たとえ俺が命じたものでなくとも、俺が黒幕として振る舞おう』
それが敵役である、俺の務めだ。
『あたしをそっち側に堕としてください』
ああ、ちくしょう。
砂糖菓子みたいに甘い台詞が、今の俺にはありがたい。
「現代アクション」の人気作品
書籍化作品
-
-
58
-
-
59
-
-
127
-
-
768
-
-
1
-
-
140
-
-
141
-
-
75
-
-
107
コメント