ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Intro 絶望の反逆者

 月のない夜だった。

 カキン、カキンと、古戦場に金属音が響き渡る。
 その古戦場には、幾つもの剣が刺さっていた。

 危機が去った筈の世界において尚、そこにいる彼は戦い続けた。
 仲間には裏切られ、守るべき全てが奪われた。
 愛も、名誉も、安寧も、そして己の人生すらも。


「くそ! 反逆者め!」

 “彼”は最後の一人になっていた襲撃者の呪詛を聞き届け、そしてとどめを刺した。

 “彼”は目を閉じて、そのまま座り込む。
 幸いにして、ここには椅子・・が腐るほどあった。
 どの椅子に腰掛けても、今なら誰も文句を言わないだろう。
 だが、夜になればその限りでもない。

「アイリーン、オズワルド、スピカ……」

 念仏のように、かつて仲間だった者達の名を唱える。
 失われた命ではない。
 これから奪う命だ。


 この世界・・・・を侵略していた邪帝ヴェンダルタスは、死の間際に大いなる呪いを振りまいた。

 それはアンデッドを生み出す土台だった。
 狂気の魔石が各地に現れ、欲望の亡者達は貧者を使って非道な実験を行った。
 死せる者からは本物の亡者が生まれ、生ける者は狂気に呑み込まれた。


 ……追手の亡骸に腰掛け思案するこの男は、ヴェンダルタスを倒した勇者だ。
 にもかかわらず、誰もが勇者を詰った。
 世界が荒廃したのは勇者の仕業だと、国王が喧伝した為だ。

 その有り余る力を以って世界征服を画策していると目され、勇者は追われる身となったのである。
 全ては未知のものへの恐怖と、既知のものへの欲望がもたらしたものだった。


 元いた世界から呼び出され、仮初の力を与えられ、邪帝を倒したら帰れる筈だったのに。
 召喚の儀式を行った神官達は今や、勇者を殺す為に新たなる生け贄を異世界に求めている。
 力を与えた女神は、姿を消してしまった。


 それどころか、勇者は一度殺された。
 かつての仲間達によって心臓を串刺しにされ、焼かれたまま谷底へと突き落とされた。

 三年の時を経て蘇った勇者。
 王国は今度こそ滅すべく、次々と刺客を送り込んでいた。


 もはや元には戻れない。
 屍蝋の浮かぶ肌からは熱も、鼓動も感じられない。
 生ける屍として世界を彷徨い歩き、死人に鞭打つ残忍なる者達を同族へと誘う。

 そして用が済めば、それらを燃やすのだ。
 かつて彼がそうされたように。


 ――とどのつまり、この世界の全てが敵だ。
 彼は翌日も、その翌日も、そしてずっと戦い続ける。

 元の世界へ帰りたいという望みも、命と共に潰えた。
 蘇生した為に魂はこの世界に固着しており、もう二度と離れられない。



 敵を葬りながら、彼は数千もの亡者達を率いて王都へ向かった。
 そこに全ての敵が存在したからだ。
 亡者の軍勢は城壁を乗り越え、殺到した。

 幾つもの命を奪い、王宮に現れた彼は、かつての仲間に刃を向けた。

「俺は戦う。俺が、俺で在り続ける為に」

「それがお前の答えか! 仲間に剣を向ける事が!」

「先に向けたのは、お前達だ」

 彼は感情の篭もらぬ顔のまま、自らの胸を少し撫ぜる。
 五年も待った。
 その短くはない年月が、彼に些かの郷愁を与えた。


 月のない夜だった。
 王宮に響き渡る轟音、剣戟。
 それらはやがて止んだ。

 走り去る勇者の亡者。
 それが全ての結果だ。
 敗北したのだ。


 手傷は負わせ、あと一歩だったというのに。
 こうして森の中を走るしかない。

「俺は……」

 何をしていた?
 続ける言葉を、彼は呑み込む。

 こんな筈ではなかった。
 勝利に酔いしれて堕落した国家であれば、容易く食い破る事もできよう。

 ――だが、彼は知らなかったのだ。
 邪帝を討ち滅ぼした後も、王国は亡者との戦いで決して衰えなかった事を。
 かつての仲間達はよりいっそう精強に育ち、今や数多の亡国を浄化する勢いだという事を。

 そして、廃墟と化した洋館に身を潜める今まさにこの瞬間。
 彼を狙う何者かが、背後から接近していた事を。



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