ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Result 03 歯車は欠けなかった


 ラエダン公爵領カイエナンを襲った騒動は、一夜にして終息した。
 カイエナンの誇る鍛冶屋ギムリ・バズリデゼリの一人娘、ギーラ。
 そのギーラが謎の男に拉致され時計塔から落とされたという事件について、様々な憶測が飛び交った。

 反公爵派勢力が差し向けた刺客か。
 ギーラに恋心を抱いた、気の触れた旅人か。
 第三者達は少ない情報からあらゆる方向へと話を飛散させ、それを集めた吟遊詩人は詩を生み出す。

 誰もが彼を訝しんだ。
 誰もが彼を疎ましく思った。

 極めて平穏な社会、天国ではないが快適な生活。
 そこに一滴の水を差された事に対し、住民達は少なからず憤慨した。


 ――だが、運命の歯車はいつの時代においても、余人に決してそれを悟らせる事なく廻る。

 雪ヘビは、さる錬金術士の私兵によって討伐された。
 巨人の井戸から姿を消した雪ヘビ。

 雪ヘビが何故そこに現れたのかを、カイエナンの人々は誰も知らなかった。

 かの大蛇は、腐れ狼と呼ばれるアンデッドの群れから逃げ、傷を癒やしていただけだったのだ。
 追い求めていた獲物が消えた事を知った腐れ狼の群れは、当然ながらカイエナンの人々をその毒牙に掛けようとしていた。

 しかし。

 カイエナンには、腐れ狼を討ち滅ぼす異分子が存在していたのだ。
 死者を討つ使命を帯びた、破魔の冒険者フレン。
 そして彼の相棒、犬人の冒険者ドリィ。

 二人は折しも、ギーラから受け取る予定の剣が盗まれた事により、カイエナンに滞在していた。
 激闘の末、腐れ狼は敗北した。
 濁りきった彼らの魂はフレンの手によって、残さず輪廻の道へと送られた。
 キックマンと呼ばれた中年の、尊い犠牲と共に。


 その数日後に、ギーラはフレンへと剣を渡す。

「あなたの事が好き。私は戦えないけど、あなたを守る剣は作れる」

 ドリィはギーラの告白を大いに祝福した。
 そして、やがてギーラはフレンとの間に一子を設ける。

 後にその剣は伝説となり、バズリデゼリの家名は、試練と恋の成就を意味するものとして知られるようになった。

 後にフレンは、カイエナンでの騒動についてこう語っている。

「まさかあの誘拐犯も、自分の行動の結果がこうなったとは思っていないだろうね。今頃、どう思っているのやら」



 ―― ―― ――



 赤黒い霧に包まれた空間。
 幾つもの魔法陣が整然と立ち並ぶ、奇妙な部屋だ。
 事の顛末を、その女性はレンタル品の水晶球で観察していた。

 やがて水晶球が霧になって消え、女性は立ち上がった。
 ピンクブロンドの髪を揺らし、艶のある唇は弧を描く。

「魔王様。報告がございます」

 最奥に備えられたひときわ大きい魔法陣の上に、黒銀の炎が集まる。
 それが巨大な人の形へと収束し、女性を見下ろすように二つの目が見開かれた。

「ジルゼガットか。申してみよ」

 地の底から響くような声に、ジルゼガット・ニノ・ゲナハは妖艶な笑みをよりいっそう深めた。
 そして表情を崩す事なく、今回の騒動を事細かに報告する。
 報告の内容は至って事務的だが、その声音は恋人の話をする少女のように弾んでいた。

「――此度の人間界侵攻において、非常に有用かと」

 そう締めくくるジルゼガットに、魔王も満足気に目を細める。

「善哉、善哉。優秀な手駒は引き入れるに越したことは無い。汝ならば、その難物も使いこなせるであろう」

「は。必ずや、手綱を握ってご覧に入れましょう」

 魔王は頷くと、再び黒銀の霧となって散っていく。
 彼らの魔手は、静かにこの世界を侵食しようとしていた。



 ―― 次回予告 ――

「ごきげんよう、俺だ。

 復讐者がやってきた。
 力が欲しいと奴は言う。
 俺はその要求に応えてやる。

 この世の全ての動作は、取引なのさ。
 腕を掻けば痒みは収まる。
 肌の表面には傷が付く。

 こっそり灰をまぶした所で、誰も泣きはしないだろう。

 大丈夫だ。
 全てが上手く行く……。

 次回――
 MISSION04: 裏切りの花言葉

 さて、お次も眠れない夜になりそうだぜ」




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