ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~

冬塚おんぜ

Result 02 ゲームは廻る

 一夜にしてVRMMO界隈を騒がせた、黄衣のガンマン事件。
 彼は誰にも倒される事なく、忽然と姿を消した。

 チートでステータスを改ざんした悪質プレイヤーなのか。
 何者かが作り上げたAIを搭載したBOTなのか。
 運営が用意した新種のイベントボスなのか。

 様々な憶測が、インターネット上に飛び交った。

 ……結論としては『Sound of FAITH』の開発元・運営会社であるニューロフリート社は、この“黄衣のガンマン”事件を逆手に取った。

 スクリーンショットや動画を参考に、外見とロジックを再現、公式にNPCとして実装したのだ。
 更に、それにともなって彼のスキルや装備も新規実装。

 一連の“黄衣のガンマン”事件は、新しいクエストのプロモーションだったと公表する。
 ……社長の“たったひとつの冴えたやりかた”に巻き込まれたプログラマー達は、一仕事を終えて各々のデスクへと突っ伏した。


 その騒動の裏で、一人のプレイヤーが己のキャラクターを消去した。

 アンデルト。
 一時代を築き上げた英雄的キャラクターでもあった。
 少なくない成果を収めた、手間暇を惜しまず育てられたキャラクターの筈だった。

 消去の直前になされた告発は、静かに電子の海をたゆたう。
 告発は、欲望が古巣を侵食すればどのような末路を遂げるのか、それを警告していた。

 告発文は、こう締めくくる。

「利益を求める為に変わる事は、決して悪では無い筈だ。
 けれどその手段があまりにも常軌を逸した、道理にもとるものであるならば。
 人は果たしてそこに希望を求めるだろうか。
 残念ながら僕は古巣を捨てねばならない。
 だから僕は前に進む為に、初めの分岐点へと戻ります。
 本当の意味で人の冒険を守る、本来の街道警察を作る為に」


 これら二つの事件を関連付けて考える者は、Big Springの中でさえも数える程しかいなかった。
 運営の悪ふざけは今に始まった事では無く、また最大手ギルドは雲の上の存在として周囲に認識されている。

 一人のプレイヤーが古巣にまつわる様々な不利益の結果、心を病んで命を投げたなどと、誰が気付けようか。
 まして、彼女の死因は心停止である。
 自殺ではなく突然死として片付けられ、殆ど誰も気には留めない。


 ――しかし。
 二つの衝撃は、歯車を廻した。
 静かに、そして確実に。
 平穏を求める者達と、栄華を求める者達。
 かつて交じり合っていた彼らは明確に袂を分かち、それぞれの道を歩み始めた。

 そこに善悪を論ずるという行為に、どれほどの価値があるのだろうか。
 それを決めるのは彼ら自身だ。

 かくしてアンデルトは、ナイン・ロルクとして再出発した。
 十年もの歳月をかけて手にした何もかもを、彼は捨て去った。
 装備も、栄光も……。


 その数カ月後、青と黄色の者らが戦火を交える。

 一方は、亡き恋人の遺志を継ぐ為に。
 異界からの侵略者から、若き冒険者の卵を守る。

 一方は、模倣されたプログラムとして。
 傲慢なる敵意の残滓は、目に映る全てを攻撃する。

 たかがゲーム。
 されどゲーム。

 趣味とは人を人として形作る、もっとも大きな要素の一つである。
 欲望に駆られて恋人を死に至らしめたという恥辱を除いて、誰がナインを糾弾できようか。

 少なくとも、この世界においては不可能だ。
 或いは異界の者達であれば、如何様にでも口を出せたかもしれないが。


 後にこのゲームが一つの異世界と化した時。
 ナイン・ロルクは数多くの命を救った。
 しかし、それをここで語るべきではないだろう。



 ―― 次回予告 ――

「ごきげんよう、俺だ。

 突然だが、高い所は好きかい?
 俺は別にそうでもない。

 怪しげな錬金術士に時間稼ぎを頼まれた俺は、酒場で作戦を練る。
 メインディッシュが出る頃に、俺は素敵なアイデアを閃いた。

 そこに現れる鍛冶屋の娘。
 運命って奴を、俺は信じてやってもいい。

 次回――
 MISSION03: 嵐を呼ぶショッピング

 さて、お次も眠れない夜になりそうだぜ」



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