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レディ・ヴィランの微笑み

ノベルバユーザー91028

間章、夕暮れ、血の匂い




とても良い香りがする。
大好きな、たぶんこの世界でいちばん好きな死臭と血の匂いだ。生臭くて、ほんのわずかに甘いかおり。–––––あぁ、なんと甘美なことか!
すぅっ、と町に満ちる血臭を吸い込む。体中に力が湧き上がるようだ。いや比喩ではなく実際に、この死の匂いは確かな力を持っている。
……ヒトが死ぬその瞬間、肉体から膨大なエネルギーが放たれる。ヒトを人たらしめるそのエネルギーを“魂”という。
非常に高密度な、そして不変性と完全性を有する莫大なエネルギーは、肉体が死したのち本来あるべきところ……エネルギー界に還る。
俗に言う“あの世”だ。常に膨大な生命エネルギーが渦巻き、あらゆる平行世界を跨いで存在するそこへ。
そう、何の問題もなければこの町の住民共の魂もあの世へ還るはずだった。ここに「サンサーラ」がいたことで、彼らは寄る辺を失い、サンサーラの力の源に成り果てる。
片っ端から住民の魂を吸収し、やがて彼は満足そうに笑った。
「ああ、上手くいった。非常に美味しいものを食えた。ふふ、あの馬鹿女の絶望に狂う姿も見れたし、もう思い残すこともないや」
にこにこと見ようによっては無邪気にも思える笑顔で、瓦礫に覆われた焼け野原を彼はぽてぽてと歩く。背後に揺らめく人影にも気付かずに。


「……やぁ。サンサーラ、久しぶりじゃあないか。……元気そうだな?」
反射的に振り返り、サンサーラは自身に肉薄する「そいつ」を睨めつける。
「きさまっ、いつだ、いつからそこにいた!! くそっ、ボクとしたことが!」
「いやいやそんなに自分を責めることはないよ、だって、–––––俺が強すぎるだけなんだからさ♡」
ニタリと口許を彩るうつくしい笑み。そいつはバサリと身に纏うコートを脱ぎ、初めて素顔を晒した。
フードつきの黒革のコート、その下に黒いジャケットとアーミーパンツを身につけており、首の周りに傷跡がぐるりと一周している。それがただの傷ではなく魔術的効果を持つことをサンサーラは知っている。
陽に当たることのない血の気のない真っ白な膚、パサつき傷み放題の黒髪がフードからこぼれ、風に舞う。そしてこちらを真っ直ぐに捉え、射抜くように見据えるアンバーの瞳。
「おまえ、あのときの……。風の民の末裔か! なぜここにいる!」
余裕を無くし大声を張り上げたサンサーラに彼は冷笑する。
「簡単なコトだよ、お前が今まで溜め込んできたその贅肉エネルギーを剥ぎ取りに来てやったのさ!」
「は、っはは……。あははは!! くそが、人間風情が偉そうに!」
「どうしたよ、そんなに俺が怖ぇのか?いつもの捻くれたガキじゃなくなってんぞ?」
「うるさい、うるさい……うるさいうるさいうるさぁぁあい!! しね、今すぐきえろ、殺してやる……!」
殺意をむき出しに飛びかかるサンサーラの小柄な身体をいとも容易く押さえ込み、風人は肉付きの薄い腹を渾身の力で繰り返し踏みつける。
がっ、と息を詰まらせ白目を剥いた少年の頬へ、ぱんぱんに砂の詰まった袋を振り抜いた。サンサーラが人間ならばこの一撃で失神している。
だが、彼は魔族だった。
つまりどんなに痛くても、その苦痛から逃げられないのだ。人とは違い、本能に闘争が刻み込まれている彼ら魔族は、苦痛を避けるための防衛機構が働かない。


その後も拷問じみた暴力は長い時間に渡って振るわれ、やがて日が暮れる頃になってようやくサンサーラは解放される。
本来は純白だったはずの洒落着は泥と血に汚れ、殴られすぎた顔は元の造作がわからないほど腫れ上がっている。
「あはは、いい顔になったじゃないか!そんな惨めな姿じゃあ、『ボクは魔王の生まれ変わりですぅ』とか言えないよなぁ!ああ、無様でみっともない……魔族の癖に」
「きさまっ……何が目的でボクに歯向かう……? ボクが、キミに、何をしたっていうんだ……?」
恥辱に満ちた表情で風人を見つめる少年へ、アンバーの瞳は愉悦に輝く。
「愉しいからに決まってる!俺はね、あの女が大事なもん壊されて嘆く姿が見たいだけなのさ。そんで、お前みたいな調子こいたガキを甚振るのが一番興奮するんだよ」
ぼろぼろで立っているのもやっとなサンサーラを突き飛ばし、か細い首を片手で思い切り締め上げる。
「……苦しい? でも、お前が人間共に味合わせた痛みはこんなものじゃあないだろ?なぁ、いま何を思ってる? 屈辱? 絶望? それとも怨嗟? 憎悪? どれでもない? まぁ、いいよ。さっさと蓄えたエネルギーを全部使い切っちまえ」


だが、サンサーラは諦めなかった。
震えて力の入らない手を無理やりに持ち上げ、風人の腕を断とうと振り抜く。
「惜しい、あともうちょっと力が残ってりゃ片腕もぐことできたのにね」
もはや殺傷力は殆ど存在しなかった。添えるだけになっているサンサーラの手を捻り、一瞬力を込める。ぼぎっ、と鈍い音を立て、白く華奢な腕は砕かれる。中の筋肉もまとめてズタズタに裂かれ、鬱血でどんどん黒くなっていく。
真っ赤な眼が見開かれ、そして声にならない絶叫が辺りに反響する。
「どうだい? 今まで与えてきた絶望をそのまま返される気分は! なかなか悦いものだろ? クセになっちまうくらいにさ」
もはや物言う気力もなく、なすがままに地面へその身を横たえる少年の頭を蹴り上げ、風人は慈愛に溢れた笑みを湛えた。
「あのお嬢様クソ女に伝言しといてくれよ。いつかはお前もこうしてやる、ってね」


–––––しかし、言うことを聞かない体に鞭打ちサンサーラは微かに笑みを浮かべてみせた。紅い瞳にはいつの間にか光が戻っている。
「はっ、だぁれが貴様のような屑に従うものかよ。忘れたのか? ボクが魔族だってことを! この世界で一番誇り高き種族イキモノだ!たとえ外道に生きようとも、その下で這う虫ケラでしかない貴様なぞ、障害にさえなり得ない!」
「言うたな……俺を虫ケラなどとよくも言えたなぁ! 魔族風情が、よくも、よくも!罵倒や拷問じゃ済まさん、この俺が直々に、地獄へ送ってやる、殺してやるからな……」
憤怒に染まる琥珀の瞳が夕陽を透かして輝くのを、サンサーラは純粋に綺麗だなと思った。あれが失意と絶望に濁るのが楽しみだ、と。
「待っていてやるよ、そして今日の屈辱と痛みをそっくりそのまま返してやる。遠慮なんかするんじゃないぞ、心して受け取りたまえ。……ボクを侮ったことを、永遠に後悔するがいい!」
「……許さない……ゆるさない……お前だけは絶対に、赦さない……!」
「あぁ。……許さなくていい。その代わり、貴様が報いを受けるんだ」



ひとつの町を私欲のために消し去った魔族と、一部始終を目撃しながら見捨てた男はこの日、互いを喰らい合う蛇の尾となる。
憎悪と怨嗟の輪が生まれ、それは昇華されることはない。
「……そう。もっと、もっともっと存分に憎みあい、殺しあえ。そして、そのとき流れる血が、この世界を滅ぼすための穢れとなるのよ。わたしが、『終わらせる』。すべてを……そう、あなた達もね」

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