レディ・ヴィランの微笑み

ノベルバユーザー91028

簒奪者





暗い、昏い、闇の中。
光の射さないそこに浮かぶ、2つの影。


「……そうだ。それで良い。なんだ、やればできるじゃないか」
「本当に……?」
「ああ。これでキミは、素晴らしいチカラを手に入れる。何もかもを変える、“脅威”そのものを、ね」






「–––––ようこそおいでくださいました、あなたがオーウェル伯爵令嬢ジュリア様ですね。わたくしはローサ。オーレリィ教を治める者でございます」
「はじめましてアンダルシア様、……それとこちらへ向かうのが遅くなりすみません。もっと早く気付けていれば、こんな……戦争みたいなことには、ならなかった……!」
古い木の板を貼り付けた床に漆喰壁、長椅子を並べた小さな礼拝堂の奥。聖母の出産を描いたステンドグラスをバックに1人の女が待ち受けていた。
白絹の修道服姿に、艷めくプラチナの長い髪を束ねた彼女こそ、国内最大の宗教「オーレリィ教」の現教主「ローサ・アンダルシア」その人だ。
町で起きている動乱について、きっと町長と同じく詳しいと踏んだジュリアは事情を聞くため彼女の元を訪ねたのである。
深々と頭を垂れるジュリアを聖母の如く優しい眼差しで見つめるローサは、いいのと言うように首を横に振った。
「あなたは何も悪くありませんわ。……今回の一件は我々オーレリィ教を信ずる者が勝手に争っているだけです。むしろ、巻き込んでしまうことになり、こちらから深くお詫び申し上げますわ」
ゆったりとした動きで立ち上がり、頭を下げようとする彼女を止め、ジュリアは本題に入る前にひとつ気になったことを訊いた。
「あの、アンダルシア様は確か齢90を迎えるはずでしたよね。……なぜそんなに若々しい外見を保てるのですか」
二十代で教主の座に就き、以降億を超える信者の統率者として辣腕をふるってきたとは思えぬ程穏やかな雰囲気をまとう女性は、ころころと無邪気に笑った。
「あら、やっぱり若いお嬢さんとしては美容の秘訣に興味がおあり? 残念だけれど、これはわたくしが望んで得たのではなく神威によるものですの。教えてあげられず申し訳ありませんわ」
「そのようなことを聞いているのではありませんわ。王家に仕える者として、希少かつ悪用の危険がある新魔術は見逃せぬだけでございます」
毅然とした態度で彼女のからかいをぴしゃりと跳ね除けたジュリアを舐めるように観察していたローサは、す、とノーモーションで一対の槍を出現させる。
片方は華麗な薔薇の意匠が施された真紅の三叉槍、もう片方は百合の花を象った純白のスピアだ。教会のステンドグラスには必ず描かれるそれに、確かに見覚えがある。
瞠目するジュリアをよそに教主は落ち着いた声音で語り始めた。
「この手に今生み出したるは女神オーレリィ様の持つ力の“象徴”……神威でございます。オーレリィが何を司る神か、あなたはご存知?」
「慈愛と、創造です」
「ええそう、慈愛……つまり“治癒”の力と創造……“創成”の力。それがオーレリィを象徴する能力でございます」
「まさか、あなたは」
「今あなたが想像した通りですわ、ジュリア様。わたくしは女神が持つ力と同じものを振るうことができるのです。ゆえに、このような人外の如き外見をしていますの」
うふふ、と艶やかな笑みを湛える女が急に怪物のように思えた。
ざわ、と背筋に緊張が走る。
「あら、そんなに怯えなくてもよろしいのですよ? あなたに後暗いところがないのであれば、この槍は決して神威を振るいませんから……ね?」


神威。それは、理論に基づき超常を引き起こす魔法と異なり、神の力の“象徴”そのものを“借りて”奇跡を体現する。
神はそれぞれ、“死と再生”、“戦い”、“芸術”、“縁結び”……など様々な力を有し、それを象徴するものが存在する。
女神オーレリィの持つ力は、治癒(慈愛)と創造(創成)だ。それを象徴するものが真紅の三叉槍と純白のスピアである。


「アンダルシア様。あなたは人の身でありながら、神の力の象徴を簒奪なさったのですね? なんて恐ろしいことを……!神に仕える者とは思えませんわ!」
「心外ですわ。最も神に近しいからこそ、この槍を預かることができるというだけですのに。そんな酷いことをおっしゃるなんて、……やはり貴族はこわいわ」
艷麗に笑いながら槍を差し向け、真っ直ぐに心臓を狙うローサ。動きにくいドレス姿ながら、ジュリアはかろうじて殺意のこもった切っ先を逃れる。
どうやってこの窮地から脱するか思案しようとしたその矢先、
–––––ジュワッと蒸発したかの如く槍は掻き消えた。
空っぽになった手のひらを呆然と見つめ、ローサはわなわなとその身を震わせる。
「何が起きたの、説明しなさい!」
険しい顔で問いただすジュリアに、薄笑いを浮かべながら彼女は答える。その声は老婆のように嗄れている。
「簡単なことよ、神威が……消えた。わたくしの元から……あぁ、愛しいあの子、ついに罪を犯したのね……可哀想に」




巨岩の如く重たくも、羽のように軽くも感じた。
ふわりと手元に現れた、一対の槍。薔薇をあしらった真紅の三叉槍と、百合の装飾を散りばめた真珠色に輝く短槍。ただ美しいだけではない、これらは恐ろしい力を秘めた神の武器だ。
善意をもって使えば、万物を生み出しあらゆる苦しみを癒すことが出来る。
だが、悪意のままに振るえばこの槍は全てを破壊することを可能とする。
–––––それを今、彼は手に入れた。
首から下げていたロザリオを握力だけで粉々に砕き、同様にストラを外して放り投げた青年はくつくつと笑った。次第にそれは不気味な哄笑と化す。
「こわしてやる。全部、全てこの手で壊してやる。たとえ外道に堕ちようと……神敵は許さない……穢れた貴族よ、今こそ審判の時だ!」
狙うはただ一人。闇を抱えたあの女だけ。
そして、神の力の象徴を簒奪した狂信者は歩き出した。


自身が掌で踊らされていることを自覚しながら。

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