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レディ・ヴィランの微笑み

ノベルバユーザー91028

堕天の五秒前

わたしは今まで無神論者だった。
カミサマとやらを信じたいと思ったことなど全くない。それは、運命は決して自分の味方にならないと幼いうちに思い知らされたからだ。ゆえに神を信じる者の気持ちなんてきっと一生理解できない。
カミサマなんてもの、どこにいるんだ。
居るとするなら、今すぐ此処へ連れてきてみせろ。奇跡とやらを起こしてみろよ。
……どうせ、わたしの願いなど聞き届けようとしないくせに。


だから。今、目に映している地獄の如き光景に。……いったい、どのような感情を抱けばよいのだろう。



全ては、ほんの数日前に遡る–––––。




束の間の休暇を終え、わたしは再び慌ただしい日常に戻った。まだまだ減る様子のない未決済の書類たちをさくさくと処理していく。
大抵はオーウェル家が領地として治めている各地方からの報告書や、条例や予算に関わる書類だ。とはいえ後者は期末や年末、年度初めにまとめて来るので、殆どが前者である。
その中に、気になるものがあった。……どうも一つだけ日付がおかしい。
「ねえ、どうしてガーランド地方の報告書だけ日付が1ヶ月も前になってるの?ひと月も前の書類ならとっくに処理が終わってるはずだわ。それが今になって届くって変じゃないかしら」
わたしの問いかけに、書類の山を運んできた本人であるメアリがはて、と首をひねった。
「うぅん、アタシは持ってくる時中身は見てませんからねぇ。ちょっと分からないでです」
「でしょうね。たぶんここにいる全員、何も把握してないと思うわ。実際に行って確かめてみないと」
「えー、わざわざそんなことする必要あるんですかぁ?」
「当たり前じゃない! 報告書が正しく届かないなんてことが続けば今後の領地経営に差し支えるもの。あっちの担当者に問い詰めてやらないことには気が済まないわ」
ぷんすこと怒りを露にするわたしに、メアリはやれやれと肩をすくめる。
「アハハ、ジュリア様ってなんだかんだ真面目ですよねー。やっぱりオーウェル公よりよっぽど領主向いてると思いますよ」
「え? やっぱりそう思う? さすがわたし、これぞカリスマってやつよね」
「あーもー、ちょっと褒めるとすーぐ調子に乗るんだから……」
「……こほん! とりあえず、列車のチケット手配しといて。明朝には出立するわよ」




オーウェル領・ガーランド地方
そこは雪深い山々に閉ざされた北方の小さな田舎町である。主な産業は農業、牧畜等で人口は1000人にも満たない。しかし歴史は古く、建国の時代から遥か1000年前からずっと存在し続けている。
本来なら、あくまで一地方として殆ど見向きもされないだろうこの町は、だがある事情のために王家がオーウェル家に監視を命じている。
それは–––––……。


「な、なによ……これ……」
まるで戦争でも起きたのかと思うほど、ガーランドの町は荒れ果てていた。カラフルな西洋建築の町並みは無惨に破壊され、あちこちに浮浪児や乞食が溜まっている。かつて訪れたときの、穏やかで静かな雰囲気はどこにもない。
列車から降りた瞬間、絶句し立ち尽くすメアリとジュリアとは裏腹に、一緒に着いてきたサンサーラはニヤニヤと粘ついた笑みを湛えていた。
「……メアリ、急いで総統府へ向かいましょう。事の次第を問い質さなくては」


瓦礫の山と化した町の中心部に位置する総統府は、3階建てで煉瓦造りのこじんまりした建物であった。だがところどころ砲弾の痕が残されており、それでもかろうじて崩れることなく建っている。
シンボルマークであった時計塔が半壊し、そのシルエットが跡形も無くなってしまったのを痛ましげに見つめていたジュリアだったが、意を決し、外れかけていた扉を開け放つ。
かつては広々としたロビーには普段各種手続きをするためにきた住民達が受付を待っている光景が見られたが、今は閑散としておりしんと静まり返っている。
「町長はどこ? ちょっと聞きたいことがあるんだけれど」
受付カウンターの奥で作業していた係員にジュリアが尋ねると、1人の係員がひょこりと顔を覗かせた。
「ジュリア様ではないですか! 本日は父君の名代で?」
「とぼけないで。そんな訳ないでしょ、報告書が一月も遅れてきたから気になって様子見に来たんじゃない! 何よこの有様、まるで戦争でも起きたみたいじゃない。……ねぇ、一体何が起きたのよ」
ジュリアとは顔見知りだったらしい、その係員は悲しげに目を伏せた。
「……きっかけは、ジュリア様もご存知のようにこの町特有のいざこざが起きたことだったんです。ですが、それがどんどん肥大化して……いつの間にか、戦争みたいなことに……」
「じゃあ、始まりは結局“いつものアレ”だったわけね……」
「……はい」
係員とジュリアの間で交わされる会話に、我慢できなくなったのかメアリが割り込んだ。
「あのう、サッパリ話が読めないんですけどぉ。いつものアレって何のことです?」
これには係員が簡単に説明した。


ガーランド地方はこの国最大の宗教「オーレリィ教」が興った“始まりの町”であり、今も聖地として常に巡礼者の絶えない土地だった。
オーレリィ教とは、博愛と自由を教義に掲げ、慈愛と創造の女神オーレリィを崇める宗教だ。預言者アジムが著者とされる「預言者による神託の書」によって世界中に伝わっていった。彼はのちに最初の教主におさまっている。
オーレリィ教には、大別して2つの宗派が存在する。前述した預言者アジムの一族を信仰する「教主派オーレリアン」と、あくまでも教義の真髄を記した聖典こそが重要と考える「聖典派オーレリウス」だ。2大宗派である教主派と聖典派は、オーレリィ教が広まるにつれ段々と諍うようになり、やがて大規模な宗教戦争が勃発した。ガーランドの町も例外ではなく、むしろ戦争における主戦場として荒廃していった。事態を重く見た時の王家は兵を派遣し、圧倒的軍事力で無理やり鎮圧したのである。
–––––だが。


「……その後、いつまた争いが起きるかもわからないこの町を見張るために、代々王家に仕える貴族がこの地を治めてきたわ。今は我がオーウェル家がそれを任じられているけれど……でも、今までこんな大規模な戦いに発展する前に食い止めてきたのに!……なぜ、誰も報せてくれなかったのよ!」
怒りを顕に歯を食いしばるジュリアを諌めるかのように、メアリは肩を軽く叩いた。
「ジュリア様、落ち着いてくださいな。係の方はずっと末端ですから、多分根本的な部分は知らないと思いますよぉ」
「分かってる! ……すまなかったわね。少し、取り乱してしまった」
係員もいえいえ、と頭を下げる。
「連絡がきちんとなされていなかったのは明らかにこちらのミスですから……でも、おかしいですね。かなり早い段階でジュリア様の元へ使者を送ったと町長は申していたのですが……」
「……え? どういうこと……? そんなの、うちには来ていないわ」
「そんな! しかし、実際に使者として出向いた方はこの町に戻ってきていません!」
「なんですって……!? では、どこへ行ったというの……!」




–––––同時刻


ガーランドの町の全景が見渡せる小高い丘があった。さわさわと音を立てて風になびく背高な草むらを片手で払い除けるようにして、旅人らしき男が歩いている。
ミルクをひと匙垂らした紅茶のような色の髪を束ねて目深に帽子を被り、あちこち擦り切れたぼろぼろの革のコートを着込んでいる。その下には真っ黒い修道服と青いストラが覗いていた。彼の身分をハッキリと示すかのように、鈍く光るロザリオがしゃらしゃらと揺れる。
「……ふふ、みんな元気にしているかなぁ。ここを離れて巡礼の旅に出てずいぶん経つものな、僕のことを覚えているだろうか」
彼の名前はルーネ=アンダルシア。オーレリィ教の司教であり、どちらの宗派にも属さない「異端者」である。成人してすぐに司教となったあと巡礼の旅に出、たった今故郷であるガーランドの町へと戻ってきたのだった。
「さて、まずは修道院へ行かなくちゃ。教主に帰還報告しないと……って、あれ?」
ようやく頂上に辿りつき、懐かしい故郷を目にした彼はひゅっと息を呑む。
「なんだ……これは……! まるで戦場じゃあないか! いったい、何が……っ」
口もとへ手をやり、上がりそうになった悲鳴をかろうじて堪えた彼の耳へ、高い少年の声。
「–––––あんたのせいだよ、司教サン」
しかし、ルーネは一切の動揺を見せず冷静に問う。
「……誰だ?おまえ……人ではないな。魔の者か。魔族……いや、それよりも格上か」
「へえ。ニンゲンにしてはずいぶん勘が鋭いじゃないか。おっかないねぇ」
声の方向に向き直り、ルーネは聖油を塗り込んだ短剣を構える。
「何の目的があって僕に近付いた? 返答次第では容赦しない」
「おいおい、いきなり武器を出すなんて短気なやつだなァ! ボクはキミに力を貸してやろうと思って声をかけただけなのに!」
「……力? おまえ、何を企んでいる。薄汚い……魔族風情が」
ルーネは蔑んだ瞳で眼前の魔族を尋問しようとした。
ひ弱そうな、まだ思春期前半くらいの少年こどもに見える。プラチナに輝く美髪を編んで垂らし、純白の貴族服に身を包んでいた。血の色に染まった瞳と尖った耳さえ正常なものならば、誰も魔族だと気付かないだろう。
ただ、全身から色濃くただよう禍々しい気配さえ感じ取れれば正体を暴くのは容易い。
「薄汚いだって。失礼しちゃうな、ボクほどの美少年なんかそうそういるもんじゃないってのにさ。ていうか、お前ら人間共の方がよっぽど悪どいくせに」
「はっ、質問にもまともに答えられない愚かな劣等種がようもほざいた……。今すぐその息の根を止めてやろう」
それまで刺々しいなかにも僅かに残っていた穏やかな雰囲気がたちまち消え失せる。ルーネは薄く笑みを刷き、構えていた短剣を突き刺そうと動く。魔族を一撃で死に至らしめるはずの切っ先は、しかし少年の掌によってピタリと止められた。
なめらかな掌には傷一つなく、血の一滴すらも流れない。
ほんの僅か、驚きのために生まれた隙を逃さず、少年はルーネの懐に飛び込み顎へ掌底を叩き込む。
強烈に脳を揺らされたルーネは失神し、仰向けに転倒した。
「……クソ弱ぇ。つまんねぇな、デカい口たたいて所詮その程度かよ。魔力を使うまでもねぇ。……さて、ちゃっちゃと用事を済ませようかな」
彼は意識のないルーネの頭部を片手で乱雑に掴み、自身の額と重ね合わせる。
「……弱っちいニンゲンに、魔の祝福ギフトを授けてやろう。喜べよ、–––––安心して堕ちてゆけ」




–––––一方。
係員の話から事は一刻を争うと悟ったジュリア達は総統府を離れ、現教主アンダルシアの元を訪ねようとしていた。
町の中心にある小さな修道院が、預言者アジムを始祖とする「アンダルシア一族」の本拠地だ。
「教会は清浄な場所だからあなたはここで待っていなさい、サンサーラ……って、あれ? あいつ、どこへ行ったのかしら」
先ほどまで退屈そうな顔で横に張り付いていたはずの少年はどこにもいなかった。だがそもそも、普段から彼の行動範囲を気に留めていなかった彼女は、まぁいっかと軽く流す。
「ま、いなけりゃいないで好都合だし。メアリ、わたしは教主と話してくるから入り口で待ってて」
「えぇっ、護衛のアタシを置いてく気ですかジュリア様ってば! 無防備すぎますってぇ」
「アンダルシア教主は気難しい方なの。あんたがいたんじゃ話にならないわ。じゃあ行ってくるわね」
扉の向こうに消える主の後ろ姿を見送り、メアリは小さくため息をつく。



「やれやれ。……何も起きなきゃいいけどねぇ。はてさて、どうなりますやら」

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