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レディ・ヴィランの微笑み

ノベルバユーザー91028

悪役令嬢の誕生

–––––榎本樹里亜がまだ現実の世界で生きていた頃。彼女が何よりも夢中になったとあるゲームがあった。
そのゲームのタイトルは「dream・lovers」
通称、ドリラバ。あるいは夢らぶとも略され、同人作品でありながら圧倒的人気を誇った。魅力的なキャラクター設定に細部まで作り込まれた世界観、そして単なるゲームの枠を超えた、多様で自由度の高いシナリオ。
樹里亜は、あのゲームのことなら誰より詳しいという自負がある。それほどやり込んだ。
大好きだった。いつか、ゲームの世界に入り込んでしまいたいと思ったほど。
……まさか、本当にゲームの世界に転生してしまうことになるとは思わなかったけれど。




シュバルツベルン王国・オーウェル領
この日、成人を迎えたオーウェル家伯爵令嬢「ジュリア」主催のお茶会が行われていた。
王国随一の広大さを誇るオーウェル領の真ん中に建つ豪壮な屋敷には、各地の令嬢達がお祝いの品を手に集まってくる。大広間サルーンひしめく彼女らの数で、オーウェル伯爵の影響力が推して測れるというものだ。
流行りの仕立てのドレスで着飾る女性達の中で、“彼女”は大輪の華の如くあでやかな笑みを湛えて客人をもてなしている。
午後のやわらかな日差しを受けて煌めく緩く波打った黒耀の髪は背に流れ、透き通るように白く滑らかな肌には吹き出物一つない。少女と女性の狭間で揺れる仄かな色香が、端整で冷たげな面差しに花を添える。
装飾こそ控えめながら、女性らしい優美な身体のラインを強調するシンプルなデザインのドレスに身を包んだジュリアは、東方の島国から取り寄せたティーカップを手に令嬢達の間を回っては柔和な口調で噂話に花を咲かせる。
「まぁ、金糸雀姫がご成婚ですって? それはそれはおめでたいことだわ、早速祝いの準備をしなくては」
「えぇ、夜光の君が西方の地より帰国なさるの? なんて楽しみ!」
一流のパティシエに作らせたスイーツを肴に盛り上がる会話は、貴族らしく誰それが使用人と駆け落ちしただの何某が浮気がばれて正妻と喧嘩中だの、くだらないゴシップばかりが行き交っていた。どの令嬢も自由に外出できないので暇を持て余した結果、話の中身がこうなってしまう。
ジュリア本人としては、もう少し知的なことを話してみたいと思っている。年頃の女性のように音楽や芸術、裁縫をするでもなくひたすら勉学に時間を費やしてきた彼女には、どうしても彼女らとの時間は退屈に感じた。
それでもこれはれっきとした仕事であり、外交の一つだ。疎かにはできない。
これからオーウェル家を背負っていくことになる彼女はなるべく広い人脈を築いていかなくてはならない。貴族社会では人脈が何よりモノをいう、ということを彼女はよく知っていた。
(……はぁ、早く終わってくれないかしら。退屈だし面倒ね、この年の女共ときたら何故こんなに愚鈍なの? 全く、やってられないわ)
この場に心を読める者がいれば激怒必至なセリフを脳内で吐き捨て、ジュリアは愛想笑いを美しい顔に貼り付ける。
いい加減、馬鹿馬鹿しく中身のない会話に飽きていた。数種類の香りがブレンドされた甘ったるい匂いのする紅茶を一口含み、ザラつき始める心を落ち着かせる。とはいえお茶会が始まってからずっと紅茶ばかり口にしているためそろそろお腹が水膨れしてきた。
(うぅん、いっそ仮病を使って休んでしまおうかな。いいや、ここでオーウェル伯爵令嬢が病弱と印象付けるのは得策ではないわね。けれど……うざったい見合いの類をかわすにはむしろうってつけかしら)
にこやかに微笑みながら瞬時に計算高く思考を広げていく彼女は、その時ほんの少し油断をしていたのだろう。あるいは運が悪かったのか。
一箇所だけ、皺の寄った絨毯に高めのヒールが引っかかり–––––ズッコケた。それはもう、かなり派手に。
「あっ–––––」
誰かが声を上げる間もなくジュリアは仰向けに倒れ、激しく頭を打った。そしてそのまま気絶してしまう。
「きゃーっっ!! お、お嬢様あああああ!!」
「ジュリア様が!」
「誰か、担架を!」
にわかに騒がしくなる大広間。上へ下への騒動となり、この日のお茶会でジュリアが倒れたことは瞬く間に貴族達の間を駆け巡った。


遠のく意識の中。
(な、なに、これは……この記憶は何? 一体誰のものなの……?)
ジュリアは–––––自分のものではない、けれど他人のものでもない「記憶」を視ていた。
それが己の前世と分かるのは、もう少し後。



「ん、んん……っ。って、あれ? ここ、わたしの部屋……?」
夕闇が差し迫り、斜陽に染まる薄暗い室内。ゆっくりと瞼を押し上げ見開いた視界に映ったのは、先ほどまでいた大広間ではなく見慣れた自室だった。メイドが替えてくれたのか、身につけているのはドレスではなく寝巻きである。
「ううっ、どうにも頭がはっきりしないわ、けっこう強く頭を打っちゃったみたいね。……なんだったのかしら、あの映像は……」
気を失う刹那、垣間見た記憶は身に覚えのないものだった。けれどどこか懐かしく、決して他人のものとは思えない。
「じゅりあ……榎本樹里亜。あ、ああ、そうだ、わたしは、」
–––––わたしの名前。それはジュリア=オーウェルじゃあ、ない。
「わたしは……、わたしは、樹里亜だ。ジュリアじゃなくて……榎本樹里亜。それが、ほんとうの、わたしだ」
思い、出した。
たった今、何もかも。
「あ、あ、あぁ、あああ……ああああああああああああああああああああ!!」
嫌だ、嫌だ、違う違う違う! あんな惨めなのがわたしであるわけが、あんなみっともないのがわたしなわけ、でもでもでも!
認めない認めない認めない、あんなくだらない世界に生きていたなんて、あんな低俗な人間がわたしだなんて!
「ちがう、いやよ、わたしじゃない、でもっ……! っあぁ、そんな……!」



恐慌を来たした頭の中、グルグルと回るいくつもの光景。それらは全て、誰のものでもない自分の「記憶」だ。
そして「ジュリア」は唐突に悟る。


「ああ、わたし……生まれ変わったのね。“悪役令嬢ジュリア”に」



同人ゲームでありながら女性向けゲーム専門誌で特集を組まれるほどの人気を誇っていた「dream・lovers」でも屈指の嫌われ者だったキャラクター“悪役令嬢ジュリア”。
嫌味で卑怯、皮肉屋で悪辣な性格のあの少女。どこか自分と似たところがあって、樹里亜はなぜかジュリアが嫌いになれなかった。
あんな風に自由に生きられたら。そう思ったこともある。
でも、まさか、そんな。
「わたしが……ジュリアになるなんて」
シナリオの中で、ジュリアは非業の最期を遂げる。悪役に相応しく断罪され、それでも高らかに全てを嘲り笑うのだ。
鉄壁のプライドを最後まで崩さず、悪のカリスマらしい態度で。
誰よりも悪くて賢くて、けれども悲しいほどに孤高だった「彼女」に、どこかで憧れている自分がいた。
–––––そして、榎本樹里亜ジュリアは決意する。



「わたしは、悪役……ならば、最後まで演じきってみせるわ」



後の世にもその悪名を轟かせる「悪役淑女レディ・ヴィランジュリア=オーウェル」がこの時、産声をあげた瞬間だった。

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