悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第七十六話 情けは人の為ならず!

「アリーシャちゃん。今日は楽しかったよ、ありがとう」

 食材もたくさん買えたし、美味しいミルクセーキもご馳走になって満足!

「こうしてのんびり息抜き出来たのは本当に久しぶりで、私もすごく楽しかったです!」

 この国では学園に通えるのは貴族と裕福な平民だけ。しかも音楽学園だしな。一般的な勉強は自宅に家庭教師を呼んで学ぶのが、貴族では当たり前だ。でも多くの平民の子供達は、アリーシャちゃんのように家のために小さい頃からこうして働いている。

「お仕事、大変なの?」

 休みがとれないほど大変なのか、少し心配になった。

「どうしてもお母さんの治療費を貯めたくて、最近は働く時間を増やしてもらっていたんです。でもリオーネ様のおかげで、お母さんの薬も買えます……っ! このご恩は決して忘れません。今日は本当にありがとうございました!」
「お母さん、具合が悪いの?」
「はい。喘息を患ってまして、発作を止めるのに薬がないと本当に辛そうなんです」

 そういえば『夢色セレナーデ』の主人公は確か、子供の頃に家族を亡くして孤児院から養子として男爵家に引き取られた設定だった。

 自分を引き取って育ててくれたハグリット男爵や夫人に恩返しがしたくて、音楽で良い成績を残して喜ばせたいってプロローグがあったような。

 もしかするとアリーシャちゃんのお母さんの容態は、あまり良くないのかもしれない。引き取られた先の家族も温かい人達なのだろうけど、こうして頑張って働いているのもお母さんを助けたいからなんだろう。

 私は転送バッグから『聖なるブレスレット』を取り出して言った。

「アリーシャちゃん。よかったらこれ、お母さんに付けてあげて」
「こちらは……?」
「身に付けていると、身の回りの空間を綺麗にしてくれるアイテムだよ。喘息って、綺麗な空気を吸った方が身体に良いと思うから。試しに手を貸してくれる?」

 まぁ本来の用途は、冒険時に永続ダメージを与えてくる場所を移動する時に使うものだけど。

「これでよろしいですか?」
「うん、ありがとう」

 差し出されたアリーシャちゃんの腕に『聖なるブレスレット』を嵌めてあげた。

「どう? 何か感じる?」
「まるで美しい森の中にいるような、空気がとても清んでいるように感じます。ですがこんな貴重な物を、頂くわけには参りません!」

 アリーシャちゃんは、慌ててブレスレットを外して返そうとしてくる。

「それ、私が作ったんだ。いつでも作れるから、遠慮しないで受け取ってくれると嬉しいな」
「リオーネ様がお作りになったのですか!?」
「そうだよ。私は錬金術士だから、困ってる人の悩みを少しだけ解決するお手伝をしているんだ。アリーシャちゃんのお母さんに効果があるかは分からないけど、よかったらもらってくれると嬉しい」

 こうして知り合ったのも何かの縁だ。全ての人に手を差しのべる事は物理的に無理だけど、困っていると知ったからには何か力になってあげたい。それは私が錬金術を極める原動力になるから。

 情けは人の為ならず!

 巡りめぐっていつか自分に返ってくるかもしれないしね。

「ですが! 高額な案内料まで頂いてしまっているのに……」

 私の自己満足でもアリーシャちゃんにとっては、負担になるか。そうだよね、出会った時もそうだったし。中々傷薬を受け取ってくれなかったもんな。

「今日、とっても楽しかった。だからアリーシャちゃん、よかったら私とお友達になってくれないかな?」
「平民の私がそんな……」
「私に錬金術を教えてくれた先生は、身分なんて気にしなかった。だから私も気にしないよ。むしろこうして楽しい時間を共有出来たんだから、もう友達だって勝手に思ってるんだけど、だめかな?」
「いいえ、嬉しいです! リオーネ様、ありがとうございます。私でよければ是非喜んで!」
「じゃあ、友好の証にそれは受け取ってね」
「いえ、それとこれとは別です! 一方的に与えられる関係ではお友達とは呼べませんから」

 ぐぬぬ。ガードが硬いな、アリーシャちゃん。でもしっかりとしたお母さんに育てられたから、こんなに良い子に育ったんだろうな。

 手元に戻ってきた聖なるブレスレットを、私はルイスの手に握らせた。

「え、何で僕に?」

 困惑するルイスに私は訴えかけた。

「お兄様! 私の気持ち、汲み取ってくれるよね?」
「…………分かったよ」

 説明しなくても分かってくれる。双子ってこういう時便利だね!

 ルイスはアリーシャちゃんに向き直って話しかけた。

「今日は妹と遊んでくれてありがとう。よかったら感謝の印に、受け取って欲しいんだけど……」
「り、リオーネ様! これは反則です!」

 ルイスからの提案にアリーシャちゃんは慌てている。

「お兄様が勝手にしてる事だから、私のせいじゃないよー?」
「なんかごめんね、妹が迷惑をかけて……でもリィは一度言い出したら聞かないから、良かったらもらってくれると僕も助かるんだけど……」
「ですが……」
「さっきミルクセーキも買ってくれたし、そのお礼も兼ねて」
「それは元々リオーネ様に頂いたもので……」

 アリーシャちゃんは手強いけど、頑張れお兄様!

「じゃあ、これは貸しにしよう。いつか要らなくなったら僕に返しに来て。ずっと必要なら勿論返さなくていいから。それなら、受け取ってくれる?」

 善人同士がぶつかり合った結果、アリーシャちゃんが折れてくれた。

「分かりました。重ね重ね、本当にありがとうございます……!」
「アリーシャちゃん。もし何か困った事があったら、遠慮なくレイフォード公爵家を訪ねて来てね。力になるよ」
「レイフォード公爵家って……公女様と公子様だったのですか!?」
「しー! ここではただの冒険者! ってことにしておいてね?」
「は、はい!」

 帰り際、アリーシャちゃんは何度も手を振って、私達を見送ってくれた。これで未来がどう変わるのか分からないけど、良い方へ向かってくれるといいなと願いつつ帰宅した。

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