悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第三十五話 錬金術士として大切なもの

 カタカタと鳴る穏やかな車輪の音を聞きながら、窓から外の景色を眺めていた。
 屋敷の中で閉じこもっていた私が、こうして外を出歩けるようになったのも、セシル先生が錬金術を教えて下っているおかげだ。

「ご機嫌ですね、リオーネ」

 そんな帰りの馬車の中で、緩みきった顔を先生に指摘されてしまった。

「今日は本当に楽しい一日だったなぁと思いまして。セシル先生が来て下さってから、私の日常はとても賑やかな日々に変わりました。改めて、ありがとうございます」
「こんな私でお役に立てたのなら、光栄です」

 馬車の窓からさす茜色の夕日に照らされた先生は、どこか悲しそうに見えた。一緒に武器を買いに行った帰り道に見たような、悲しそうな笑顔。
 一見したら優しく微笑んで下さっているようだけど、その笑顔には何かを誤魔化すかのような不自然な感じが含まれている。
 
「……先生?」

 私が声をかけると、先生はハッとした様子ですぐに表情を戻した。

「どうかしましたか?」
「いえ……その……」

 あの時は、聞けなかった。でも、何か困ってる事があるのなら、私も力になりたい。先生にはたくさんお世話になっているし、なにより私が先生のために何かしたいと思った。

「何かあったのかなと、思いまして。悩み事があるなら、言って下さい! 先生の力になりたいんです!」
「リオーネ……」

 作中での先生の情報はほとんど謎だった。カトレット皇国の皇子様だったってことも、リヴァイやエルと知り合いだったってことも。
 セシル・イェガーは、主人公が一人で錬金術の在り方について悩んでいる時にだけ、現れたサポートキャラだった。先輩錬金術士として、道を指し示すように現れては消える。

 どうして彼が悩んでいる主人公の前にだけ姿を現したのか……その意味が、今の先生の悲しそうな顔と繋がりそうな気がした。
 とはいえ、こんな子供に先生が話してくれるわけないよな……それならば! 

「先生が思っているほど、私は子供ではありません。前世の記憶で生きた年数を足したら、精神年齢はずっと上なんです!」
「前世の記憶……」
「信じられないかもしれませんが、こことは違う文明の世界で生きた17年分の記憶が私にはあります。魔法がなく、科学や機械工学が発展した世界でした。その世界には、この世界とよく似た世界の事を記した物語がありました。その中で先生とよく似た方が、伝説の錬金術士として登場してくるのです」
「君が時折、私の事を伝説の錬金術士と呼んでいたのは……」
「つい心の声が漏れてしまいました。前世の記憶を思い出してなかったら、私はきっと錬金術の存在も知らずに、生きることを諦めてしまったかもしれません。音楽の都と名高いウィルハーモニー王国に生まれて、触れただけで楽器を壊してしまう特異体質に悩まされ、当時の私は自分の存在価値が全く感じられませんでした。錬金術のことを知って、先生が来て下さって私は今、毎日が楽しくて仕方ないんです。だから先生が何か困っているのなら、私も力になりたいんです」

 真っ直ぐと、前の席に座っている先生を見上げる。
 戸惑うように左右に視線を彷徨わせた後、先生は観念したかのように一呼吸おいて、ゆっくりと口を開いた。

「私は君が思っているような、大層な存在ではありません。ここに来るまで、錬金術から離れた生活を送っていましたから」
「そうなのですか?」
「錬金術は、一歩間違えば人を狂わせる禁断の秘術です。その片鱗を垣間見て、私は錬金術が怖くなりました。自分の無力さに、為す術も無く失った代償の大きさに耐えかねて、逃げるように錬金術から距離をおきました。そんな私を見かねて、父がこちらへ私を寄越したのです」

 知らなかった。先生にそんな重たい過去があったなんて。そんな事情を抱えていたのに、今まで私にそれを悟らせないように隠して、色々教えて下さってたんだ。

 そういえば終盤、主人公達が初めて精霊の森を攻略した後、先生がダンジョンの奥底にある場所へ一人で訪れている場面があった。小さな墓石に向かって献花して合掌しているシーンが何とも印象的だった。後でもう一度その場所を訪れて確かめた時、確かその墓石には「ジルベール」と書かれていた。

「どこでその名を?!」

 どうやら声に出てしまっていたらしい。先生が驚いたような表情で尋ねてくる。

「作中の先生によく似た方が、精霊の森でその方の墓石にお参りしている場面があって、それで……」
「精霊の森……そうか、その手があったんですね。その場所ならば、彼の墓石を作ることも可能かもしれない」

 墓石を作る? もしかしてその方は、普通に冥福を祈る事を許されないほどの大罪を犯した方なのかもしれない。
 この世界では悪人の名前は後世に残されない。存在ごと、まるで存在していなかったかのように抹消されてしまうから。
 先生にとってジルベールという人は、良い意味でも悪い意味でも大きな影響を与えた人だったんだろう。

「その方は、どんな方だったんですか?」

 思わず口から出てしまった言葉に激しく後悔。故人を思い出させるなど、先生の古傷を抉るような質問をしてしまうなんて。

「すみません、ひどく無神経な事を! つい興味から、口が勝手に……本当にすみませんでした」

 慌てて謝ると、先生は「構いませんよ」と軽く笑みをもらして答えてくれた。

「ジルベールは学生時代、よく競いあって錬金術を学んでいた私のライバルであり、一番の親友でした。彼は錬金術を学んでいくうちに、その可能性を試してみたいと、禁忌と呼ばれる素材に手をつけてしまい身を滅ぼしました。後世にその事実を残すことは許されないと、弔う事さえさせてもらえず。彼を止めることの出来なかった自分の無力さに、当時は心底絶望しました。それ以来、錬金術を行う事が怖くなり、まともにアイテムを作る事が出来なくなってしまったのです」
「では、今日見せて下さった錬金術は……」
「失敗したらどうしようかと、内心ヒヤヒヤしていました」
「私が魔力のコントロールをうまく出来なかった時、先生が作って下さったあの魔力探知眼鏡は……」

 かなりのトラウマを乗り越えて、作って下さったアイテムだったんだ。

「困難に立ち向かうリオーネの姿に感化され、何とかしてあげたい。そう思ったら、不思議と怖くありませんでした。お礼を言わなければいけないのは、私の方です。困っている人の助けになるアイテムを作りたい。そしてそれを使ってくれた人の笑顔が嬉しかった。初めはそれだけだったんです。そんな単純な事も、私は見失っていました。君は私に、錬金術を学んでいた頃の楽しさや目的を思い出させてくれました。君の笑顔が、私に勇気を与えてくれました。本当にありがとうございます」

 どんな思いで先生が私の元へ来て下さったのか、錬金術を教えて下さったのか考えると、涙があふれて止まらなかった。

「先生が作ってくれたあの魔力探知眼鏡、一生大事します! 私の宝物です! 後生大事に伝えていきます! なので、先生。錬金術を止めないで下さい。先生は私の憧れです。目標です。後にすごい錬金術士となられるのです。恐怖に飲み込まれそうな時は、私が先生を支えます! だからどうか……っ」

 その苦しみを、痛みを、恐怖を、少しでも和らげてあげたかった。前を向いて歩き出すのが怖いなら、その背中を少しでも後押ししてあげたかった。

「ありがとうございます、リオーネ。君の良き目標になれるよう、私も精進せねばなりませんね」

 そう言って優しく微笑みかけてくれる先生の姿に、嬉しくてますます涙が止まらなくなってしまった。

「乱暴にこすってはいけませんよ。これを使って下さい」
「すみません、お借りします」

 先生に借りたハンカチで涙を拭う。申し訳ないくらいに、びちゃびちゃになってしまった。後で弁償しよう。
 涙がおさまってきた所で、私は口を開いた。

「先生、錬金術は人の生活を豊かにする、とても便利な魔法です。でも使い方を誤れば、それは人を傷付ける凶器にも、人を退化させる要因にもなり得ます。だからこそ私達は、常に正しい心を持って錬金術に取り組まないといけないと思っています。困っている人が前に進めるように、少しだけ背中を後押しできるような、そんなアイテムを私は作っていきたいです」

 先生が恐れているのはきっと、道を踏み外すこと。先生から錬金術を習った私が決してそうならないように、先生を不安にさせないように、それだけは伝えておかねばならないと思った。

「君なら、立派な錬金術士になれると信じています。その気持ちを、決して忘れないで下さいね」
「勿論です! 先生の生徒として、その志は決して忘れません!」

 何でも錬金術に頼りきりはダメ。そして極端に人の生活を変えてしまうような物も、危ない。理想的なのは、困っている人に役立つ少し便利なアイテムを作るぐらいがちょうどいいと思う。

「リオーネ、よかったら前世の君の記憶にあるその物語、詳しく教えてくれませんか?」
「それは構いませんが、先生は私の言う事を信じて下さったのですか? その、前世の記憶なんて荒唐無稽な話を……」
「少しだけ不思議に思っていたんです。君は私が説明しなくても錬金術で作ったアイテムについて知っていた。基本、錬金術に纏わる書物には、簡単にその内容を開示されないよう術式が施されています。まだレベル1の君が知り得るはずがない情報を、一体どこでと。君の話を聞いて、謎が解けました。前世の記憶で得た知識なのだと。違いますか?」
「正解です」

 さすがはセシル先生。観察眼が鋭いな。
 それから私は覚えている範囲内で、「リューネブルクの錬金術士」について話した。
 先生は興味深そうに話を聞いてくれて、あっという間に屋敷に着いた。
 アトリエで話の続きをしていると、リチャードにしごかれたらしいルイスが、癒やしを求めてヘロヘロの状態でやってきた。

「リィ、疲れた……」
「大丈夫? ルイス」

 よろけるルイスの身体を慌てて支えた私は、とりあえず近くにあった椅子に座らせる。

「少し待っていて下さい、ルイス君」

 先生は急いで倉庫から材料を取ってきて錬金釜の前に立つと、ルイスのために即席で体力回復効果のあるパンケーキを作ってくれた。
 初めて錬金術を間近で見たルイスは、その不思議さにすごく驚いていた。

「さぁ、召し上がれ。楽になりますよ」

 目の前に出されたパンケーキを、ルイスが口へと運ぶ。

「美味しい。それに、疲れが取れて力がみなぎってくる。先生、ありがとう」

 ルイスの笑顔を見て、先生はとても嬉しそうだった。
 自分のことより相手を思って行動できる先生は、やっぱりすごい錬金術士だと私は思う。

 困っている人を笑顔に変える魔法。

 それが錬金術の正しい在り方だと、私はその日学んだ。
 少しずつ前へ進もうとする先生に負けないように、私も頑張ろう。

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