悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第三十一話 錬金術……それは究極のエコ魔法?!

 意気揚々と袖をまくりあげた先生は、棚からバケツを取り出すと流し台へ向かわれた。


「錬金術に欠かせないもの、それは何だか分かりますか?」


 流し台で水をバケツにためながらそんな事を聞かれたら、答えは一つしかないと思うのですが……先生。


「錬金術というくらいだから、金じゃないですか?」
「そうですね。元々錬金術は卑金属から金属を錬成しようとした試みから始まったとされています。金も錬金術と馴染みあるものではありますが、残念ながら違います」


 真面目に答えるリヴァイに、真面目に説明する先生。
 手元! 先生の手元を見て! リヴァイ、貴方にはそれが見えないのですか?!


「リオーネは何だと思いますか?」
「……水」
「よく分かりましたね」
「すごいな、リオーネ」


 目を丸々とさせて驚きを露わにする先生とリヴァイ。
 わざとですか? それはわざと何ですか? そんな目の前で分かりやすく水を汲まれたら誰でも分かりますよ!


「あらゆる物質を融合し錬成する。それを可能にさせた媒体……それが、魔法水なのです。ということで、錬金術を始めるにはまず、水を用意することから始める必要があります」


 説明しながら先生は、バケツにためた水を錬金釜に流し込んでいる。
 流し台と錬金釜を往復すること約五回。大きな錬金釜だから、その作業だけでも結構重労働だ。
 洋服越しだと分からなかったけど、先生の細腕はかなり筋肉がついている。なるほど……だから錬金術士は体力を要するのか。

 ホースがあればいいのにな……
 そっか、ないなら作ればいいんだ。先生もこの眼鏡をアレンジで作ったとおっしゃっていたし。ホースがあればあの重労働からも開放され、庭園の水やりとかトム爺も楽になるだろうし一石二鳥だ。


「では実際に、魔法水を作っていきましょう。魔法水はなるべく作りたいアイテムと同じ属性にした方が成功率は格段に上がりますので覚えておいて下さい」
「はい、先生!」
「では、魔力探知眼鏡をかけてよく見ていて下さいね」


 先生が錬金釜に手をかざして火属性の魔力を通わせると、透明だった水が赤く染まる。そのまま魔法水をかき混ぜるように渦状に魔力を送り続けると、サラサラだった水がドロドロになった。不思議だ、すこし触ってみたいかも。


「魔法水はこれで完成です」
「先生、触ったら駄目ですか?」
「構いませんよ」
「ありがとうございます!」


 そっと魔法水に触れてみると、柔らかいスライムのような感触だった。少し粘りけがあるけど、不思議と手にくっついてくることはない。ああ、癖になるかもこの感触。夢中で触っていると、リヴァイに笑われてしまった。


「面白いか?」
「はい、すごく! スライムみたいで面白いです」
「スライム……?」


 首をかしげて尋ねてくるリヴァイに、慌てて私は言い直す。この世界にスライムなんて存在しないのだろう。変な言葉を使って怪しまれても嫌だ。


「あ、いえ! 珍しい感触だなと思って。とろとろなのに手につかなくて、触れていると気持ちいですよ。とても水とは思えません。リヴァイもいかがですか?」
「ああ……だが……」


 私の言葉にリヴァイは戸惑うように視線を彷徨わせた。そういえば先程から彼は、水という言葉が出てくる度に様子がおかしくなる。もしかして……


「リヴァイは水が苦手なのですか?」
「…………っ?!」


 何とも分かりやすいリアクションをありがとうございます。さっき先生の手元を見てなかったのも、それが原因なのですね。


「これならいかがでしょう?」


 錬金釜にたくさん入っているから駄目なのかもしれない。そう思った私は、両手で魔法水をすくってリヴァイの方へ差し出してみた。
 意を決したように、恐る恐るリヴァイはそれに触れた。一つまみ掴んで上に引っぱると、びよーんと伸びる。


「確かに、不思議な感触だな。水に魔力を加えると、粘度が変わるのか」


 恐怖心より好奇心の方が勝ったようで、両手で伸ばし始めるリヴァイ。強張っていた顔は、いつの間にか笑顔になっている。やはりリヴァイは知識欲旺盛な方ですね。


「魔力を注ぐ量によって、堅さは調節できますよ。錬金術にはこれくらいがちょうどよいのです。準備も整った事ですし、私は倉庫から必要な材料を持ってきますので、その間に片付けておいて下さいね」
「はい、先生。リヴァイ、そろそろ戻してもよろしいですか?」
「ああ。かまわない。リオーネ……その、ありがとう」
「いいえ、お礼を言うのは私の方です。苦手なのに挑戦して下さってありがとうございます。面白かったですか?」
「ああ、凄くな」
「それならよかったです」


 その時、ちょうどセシル先生が戻ってこられた。


「お待たせしました。それでは、錬金術を始めましょう」


 先生は作業台の上に置いてある材料から、りんご2個、小麦粉1袋、ミルク1本をとって錬金釜の中へそのまま放り込んだ。うん、何ともダイナミック。


「え、瓶ごと?!」
「中で不要なものは再利用させるので大丈夫ですよ、リヴァイド君」


 説明しながら先生が錬金釜に手をかざして数秒、火属性の魔力を注ぐと魔法水がポコポコと沸騰しながら渦を巻いていく。


「作りたいものをイメージしながら、素材の良さを引き立てつつ、丁寧に魔力を注いでいきます」


 ケーキが焼けるような美味しそうな匂いが漂ってきて、先生が手を上げると、中から魔法水に包まれたりんごのケーキが出てきた。
 紙皿に触れた途端、魔法水が錬金釜の中へ滴り落ちて美味しそうなりんごのケーキが姿を現す。

 すごい。本当に魔法みたいだ。いや、実際魔法なんだけど。ゲームの画面越しに見ていた映像がそのまま再現されて少し感動した。

 先生はそれをテーブルに置くと、今度ははちみつとレモン、何かの茶葉を手にとって錬金釜に投入。さっきと同じように先生が錬金釜に手をかざして数秒、今度は透明なガラス容器に入った鮮やかな黄色の液体が出てきた。それを掴んだ瞬間、魔法水だけが錬金釜に滴り落ちていく。


「では、実際に食べてみましょう。リオーネ、リヴァイド君、こちらへ」


 透明のガラス容器に入った液体を先生がティーカップに注いでくれてた瞬間、レモンティーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「牛乳瓶……さっきの牛乳瓶がこのレモンティーの容器に?」
「よく分かりましたね、リヴァイド君」


 喋りながら起用に手を動かして、先生はりんごのケーキを切り分けてくれた。お礼を言ってそれ受け取りながら、残った紙皿を見て私は疑問を口に出す。


「じゃあこのケーキがのっていた紙皿は……小麦粉の紙袋ですか?」
「そうですよ、リオーネ」


 錬金術……なんてエコなんだ! 無駄なものを再利用して使う究極のエコ魔法じゃないか。


「さぁ、食べてみて下さい」


 先生に促されケーキを食べてみると、りんごの爽やかな酸味と生クリームの甘さが口の中に広がる。飲み込んだ瞬間、疲れた体が癒やされるかのようにふわっと軽くなる感覚がした。
 レモンティーを一口飲むと、身体の底から魔力が湧き上がって満たされる感覚に包まれる。

 アナライズしてみると、りんごのケーキには高程度のHP回復効果、レモンティーには高程度のMP回復効果があるようだ。

 レシピ本を見てみると、りんごのケーキの本来の性能は小程度のHP回復効果しか無い。作中で小程度を中程度まで高めることは出来ても、高程度までは出来なかった。


「先生、どうやってここまで性能を高めたのですか?」
「新鮮で高品質な素材、そしてそれに合った特殊効果を持つ素材を掛け合わせる事で、より高性能のアイテムを作ることが出来ます。今回は新鮮なりんごと高品質なミルクに加え、小麦粉に予め細工をしておきました。これを調べてみて下さい」


 先生に促され、小麦粉をアナライズしてみる。すると『高品質』に加えて『元気はつらつ』という特殊効果がついていた。


「元気、はつらつ……」


 某エナジードリンクを思い浮かべてしまったのは不可抗力だろう。


「回復系のアイテムに、この『元気はつらつ』の特殊効果を重ねることで、より性能を高める事が出来ます」
「錬金術とは、中々奥が深いな」
「そうですね」


 素材を集めるのは大変そうだけど、わずか短時間でこんなすごいものが作れるとは……錬金術、おそるべし。

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