悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第十三話 攻撃コマンドありませんか?

 よく晴れた昼下がり、メアリーの手でいつものようにレッドラズベリーのサンスクリーンオイルを丁寧に塗りたくられた私は、中庭で武器の扱い方を意気揚々と習っていた。ものの──早くも、挫折寸前です。

 まさか、杖で魔法攻撃するのがこんなに難しいとは思わなかった。

 一般教養の授業で魔力について少しだけ習ったことはあるが、あくまでそれは理論的なもの。生まれながらにして人は五行の属性の何れかの魔力を持っていて、それらを体外に少しずつ放出しているらしい。それは植物が光合成を行うように、この世界では自然な人間の生理機能であると。

 実践で魔法を習えるのは、学園に通い出してからが一般的だ。貴族の家では前倒しして8才ぐらいから学ばせるらしいけど、私もルイスもまだ7歳だから魔法学の授業は受けていない。

 セシル先生曰く、そもそも魔法攻撃用の武器は全て、魔力を通わせて初めて武器として機能するらしい。絶えず体外へ流れ出ている魔力をコントロールして武器に集中させる事で、その力を増幅させ放出する。
 錬金術を行う上で、魔力のコントロールをマスターするのは必要不可欠なこと。それを学ぶには属性武器を使いこなせるようになるのが一番手っ取り早いそうで、武器の扱い方を習っているわけだけど──

 なんとなくイメージは分かった。分かったけども、魔力ってどうしたらコントロール出来るんですか?! それ以前に魔力が身体から流れ出ている感覚さえよく分かりません。

 ゲームだったら攻撃コマンドを選んで押すだけで済んだ事が、現実ではこうも上手くいかないなんて……杖を振ったら勝手に魔法が出るなんて軽く考えていた少し前の自分をはたきたい。
 これなら杖で直接殴った方が早いかもしれないなんて本気で思ってしまう。腕力をあげてメイスを鈍器として使うしかないのだろうかと想像して思わず身震いする。それだけは嫌だ。今は杖に集中しよう。


 すーはーと、深く息を吸い込んでゆっくりと出しながら邪念を追い払い、杖を握りしめ魔力を杖に込めるようにイメージしながら振ること数十回。マイ武器は、悲しいくらいに何の反応もしてくれない。
 それどころかただ杖を振っているだけなのに、息が上がる。肩で呼吸をしながら杖を握りしめると先生が声をかけてきた。


「リオーネ、そこまでです」
「次は、次こそは成功させますから……だからっ!」


 これで終わりにしないで……っ!

 焦る気持ちから先生の制止も聞かずに杖を握りしめ一歩踏み出した瞬間、疲労した足は体重を支えられずそのまま地面に倒れ込む。痛みがなかったのは先生が支えてくれたおかげだった。
 カランと地面に杖が転がる音が聞こえた。壊れてないかと急いで杖を確認するとなんともなっていないようでほっと安堵の息が漏れる。よかった。


「すみません、ありがとうございます」


 助けてもらったお礼を言ったはいいものの、顔を上げることが出来なかった。セシル先生にまであんな目で見られていたらと思うと。

 落胆を滲ませたような哀れみの眼差し。
 片割れは音楽の申し子のようにたぐいまれないセンスを持っているのにこの子は……と、何人もの先生に腫れ物を見るような目で見られた。そしてどの楽器の先生も翌日、私の元を訪れることはなかった。見捨てられたのだ。才能がこれっぽちもないどころか、楽器を壊してしまうから。

 杖は壊れていない。壊れていないけど、何の進歩もない私に先生は呆れているはずだ。だから止めたんだ。あそこで成果をあげなければいけなかったのに。ラストチャンスを逃した。明日、先生は来てくれないかもしれない。

 それだけは嫌だ。
 力の入らない足に鞭打って、何とか立ち上がり杖を握りしめて先生に向き合う。


「まだやれます、次こそは成功させますから! だから……もう一度だけやらせてください!」
「無理をしてはいけません。魔力のコントロールが慣れないうちは消費が激しいものです。自分で思っているより身体には負荷がかかっているのですよ」


 少し強めな口調でたしなめられ、先生は怒ったような表情でこちらを見ている。


「……ごめんなさい」


 いたたまれなくなって俯いた私に視線を合わせるように、先生は片膝を地面について話しかけてくる。さっきとは違う、優しい口調で。


「熱心なのは良いことですが、焦る必要はありませんよ、リオーネ。古の属性は普通よりコントロールが難しい。でも、慣れてしまえばなんてことはありません。一緒にゆっくりやっていきましょう」


 一緒にゆっくり……?
 先生は明日も来てくれる?


「明日も、セシル先生は明日も……私に訓練して下さるのですか?」


 先生は不思議そうに首を傾けながらも答えてくれた。


「ええ、魔力は一晩休めば回復しますから。明日までに魔力の流れを掴むのに役立つ道具を準備しておきます。わかりやすく図解して教えてあげられればよかったのですが、すみません」


 申し訳なさそうに言うセシル先生に、私は嬉しさのあまり飛びついた。


「そんなことはありません! ありがとうございます……っ!」


 先生の大きな手が私の頭をやさしく撫でた。ルイスとはまた違う、温かくて包み込むような安心感のあるその手に撫でられると気持ちがいい。
 思わず堪えていたものが堰を切って流れ出し、涙があふれて止まらなかった。セシル先生は、今までの先生とは違う。これで終わりじゃない。明日も来てくれる。その事実が嬉しくて仕方なかった。


「落ち着きましたか?」


 泣いたら心がすっきりした。しかし、その代償に先生のマントの肩口がびしょ濡れになってしまった。


「はい、ありがとうございます。先生……あの、すみません! 大事なマントが……」


 敵の返り血を浴びるのが嫌で氷のレイピアを使う先生だ。私の涙と鼻水がついたマントなど、即刻脱ぎ捨てたいに違いない。


「そんなことより、今は休むのが先決です」


 そう言って先生はオロオロと慌てふためく私を横抱きにして立ち上がると、そのまま涼しい顔で歩き始めた。


「あ、あの……先生! 自分で歩けますから!」
「言ったでしょう。無理をしてはいけません、と」


 にっこり笑顔で有無を言わせない先生。美人さんはこういう時、迫力が違う。


「君は大事な私の生徒です。音楽の才能には恵まれなかったのかもしれませんが、その代わり錬金術の才能は極めて高い。もっと自分を誇っていいのですよ、リオーネ」


 後に、あの伝説の錬金術士と言われるセシル先生。そんなすごい人にそんな嬉しい言葉をもらったら、もしかすると自分もすごい錬金術士になれるんじゃないかって自惚れてしまいそうになる。
 そんな昼下がり、身体はヘロヘロだったけど、心はすっきり晴れやかな気持ちになった。

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