悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第七話 先生は伝説の錬金術士

 あれから一ヶ月が経って、お父様が約束通り隣国から錬金術の先生を招いてくれた。しばらく、住み込みで錬金術を教えてくれるそうだ。
 そして裏庭では、古くなった温室を改築して錬金術専用のアトリエを作るべく、改修作業が行われている。実用的なアトリエを作るには経験者のアドバイスをきくのが一番だということで、錬金術の先生の意見を参考にしつつ中の構造や必要な道具を揃えてくれるそうだ。

 順調すぎて正直少し怖い。どんな人が来るのかそわそわして待っていたら、部屋をノックして先生が入ってきた。ドアを閉める所作や歩く姿、佇まいなど、一つ一つの姿勢にどことなく気品を感じる。

 色素の薄い青髪を後ろで1つに結び、背中に漆黒のマントをなびかせ冒険者風の装いをした線の細い中性的な顔立ちの先生。
 アメジストを思わせる紫紺色の綺麗な瞳に透き通るような白い肌が美人さを引き立てミステリアスな印象を受ける。
 女性の先生でよかったとほっと胸を撫で下ろしたのも束の間──


「初めまして、リオーネお嬢様。本日より錬金術の講師をさせて頂くセシル・イェーガーと申します」


 予想に反して低い声。そして聞き覚えのある名前……な、何故貴方様がこのような所に?!

 あの伝説の錬金術士セシル・イェーガーが目の前に居る。しかもかなりお若いお姿で。

 そうか、今はまだ「リューネブルクの錬金術士」が始まる二十年ほど前だ。
 十年後、彼は初めて暗黒大陸を攻略した伝説の錬金術士として名を馳せている。
 まさかそんな有名人を講師として呼んでくれるとは、お父様……グッジョブです! 本当にありがとうございます!


「リオーネ・ルシフェン・レイフォードです。セシル先生、私は生徒なので敬称や敬語は結構です。どうかリオーネと呼び捨て下さい」
「わかりました。それではリオーネ、まずは君に、錬金術の素質があるか調べたいと思います。少し準備をしますので待っていて下さい」


 素質?!

 ゲームの中だとレシピを手に入れてアイテムを持っていたら普通に作れたのに、素質なんているの?! も、盲点だった。ここで素質がなければ私の錬金術士への道が閉ざされてしまうのか……


 その間、先生は腰に下げた片手が入るくらいの小さな布の鞄から、次々と器具を取り出している。サラッと見てたけどあの鞄すごい!
 「リューネブルクの錬金術士」の作中に出てきた転送バックだ。どういう原理か分からないけど、自分のアトリエにあるものを自由に取り出したり、外で手に入れたアイテムや素材をしまったり出来る便利な鞄。
 冒険の必需品で、まず最初にあれを作るのを目標にやっていたんだよな。


「錬金術は己の魔力を媒介にして素材と素材を掛け合わせ、新たな効能を持たせた別の物を作り出す術です。といっても、その人の持つ魔力によってそれぞれ向き不向きというものがあります。まずは自分に合った特性を知り、そこから経験を積んでいきましょう。それではリオーネ、こちらへ」


 セシル先生に促されるままテーブルの前に立つ。目の前にはビーカーのようなガラスの器があって透明の液体が入っている。


「これはただの水です。その中に、この粉を一つまみ入れてみて下さい。魔力の特性に合わせて色が変化します」


 物語の冒頭で出てきた水見式だ。確か特性には火、水、風、土、雷の五属性があって、どのタイプかによって、その特性の錬金術の難易度が変わる。
 例えば火属性なら、火属性の錬金術は簡単に出来るけど、水属性は難しくなる。相反する属性の難易度がぐんと上がるから、序盤を有利に進めるために、私はよく水属性で始めていたっけ。同属性のアイテムを生成したら属性ボーナスでより多くの経験値が手に入る。水は手に入りやすいし、数をこなして経験値をためやすくレベル上げが楽だった。

 だけどある程度やりこんでくると、その属性によって作れる最高位のアイテムが違うから結局全属性やったことはある。
 1番難易度の高かった雷属性の最高位アイテム「賢者の石」だけが、暗黒大陸のラスボスを倒せなくて素材を集めることが出来ずに作れなかった。他の属性では賢者の石は作れない。

 出来れば黄色に染まりますようにと願いを込めつつ、言われたとおり差し出された白い粉をビーカーの中に入れてみた。しかし、水の色は透明なままだ。

 これは素質がないという事なのだろうか……ショックを受けていると、セシル先生が細いガラスの棒を渡してきた。


「これで掻き混ぜてみて下さい」


 指示に従いゆっくりと水をかき混ぜると、途端に水が真っ黒に変化した。
 こんなの見たことない。不吉な感じがして身震いする私の傍らで、セシル先生は何故か盛大に褒めてくれた。


「これは素晴らしい! リオーネ、君はまさしく金の卵! いにしえの属性持ちとは……この素質を伸ばしていけば、全属性制覇も夢ではありませんよ!」
「全属性制覇……?」
「そうです。黒はあらゆる波長の光を吸収してしまう色。つまり、全ての特性を兼ね揃えている証拠です。高位錬金術は自分の特性分野しか普通は出来ません。ですがリオーネ、君の努力次第では、全ての属性の高位錬金術を成功させるのが可能ということです」


 そんな仕様、私がプレイした無印の「リューネブルクの錬金術士」にはなかった。
 前世の記憶を辿っていくと、そう言えば携帯ゲーム機用にリメイクされたベスト版でさらに難易度を上げた追加要素があると翼が言っていたのを思い出した。
 スタート画面である裏技を使うと、全属性の高位アイテムが作れるようになるいにしえの属性が解放されるって。
 ただ、全属性をオールマイティに出来る代わりに属性ボーナスが存在しない。マニア向けの難易度MAXのそれは、辛いレベル上げという名の修行に明け暮れなければならないと。

 いきなり難易度がぐんと上がった気がする。今までが順調すぎたツケだろうか。でも、これで雷属性を極める事が出来る。全属性の強い攻撃アイテムと防御アイテムを常備していけば、暗黒大陸の攻略も夢じゃない。
 どれくらい時間がかかるか検討もつかないけど。


「ただ、1つだけ欠点もあります。リオーネ、君は何か1つの分野において人より絶対的に劣っていると感じるものがありませんか?」
「……あります。私には音楽的センスがありません。楽器を演奏する所か触ることすら出来ません」
「やはりそうですか。私と同じですね」
「先生も、なんですか?」
「生まれた時から私には絵のセンスがありません。描こうとしても筆が折れてしまったり、紙が破けてしまったりして描けないのです」


 なんとセシル先生は美的センス0の持ち主だったらしい。少しだけ親近感がわいた。


「なので、私の授業は実践あるのみです。分かりやすく図解など出来ないので覚悟して下さいね」


 そのお言葉通り、翌日から地獄の特訓が始まるのだった。

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