悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!
第一話 特異体質
「どうしてお前が、ルイスの格好をしている?」
メロディー城の一室にて、私は人生最大の危機を迎えていた。
「な、何をおかしな事を言ってるんだ、リヴァイ」
鋭い眼光でこちらを睨むリヴァイド王子に、私は双子の兄ルイスのフリをして必死に取り繕った。
「俺の目が、誤魔化せると思っているのか?」
「誤魔化すも何も、僕はルイスだよ」
「ルイスが楽しみにしていた楽譜は先日、すでに渡してあるはずだが? リオーネ嬢、お前は一体何をもらいにここまで来たのだ?」
最初からバレていたんだと気付いた時にはもう手遅れで、誤魔化しても無意味だと思い知らされた。
完全に詰んだ……それもこれも、全ては私の持つ特異体質のせいだー!
◇
窓を開けると、木の枝に小鳥が止まっていた。触れてみたくてそっと手を伸ばすと、驚いたように小鳥は空へと飛び立ってしまう。その姿を見てチクりと胸に痛みが走った。
小鳥が居なくなってしまった景色を見ていると、心にぽっかり穴が開いてしまったような気分になる。生まれた時から感じるその虚無感の理由がずっと分からなかった。
大好きなお父様とお母様とお兄様が居て、幸せに包まれて生活しているのにどうして……
「リィ、どうしたの? またボーッとしてる」
私と同じ顔をした双子の兄、ルイスが心配そうに尋ねてくる。
「……ううん。何でもないよ。それよりほら、そろそろお稽古の時間だよ」
余計な心配をかけたくなくて、私は笑って誤魔化した。
ルイスは少し不服そうな顔をしながら、それ以上私が何も言わないと悟ったようで、「何かあったら僕に言うんだよ?」と念を押して部屋から出て行った。
本当に心配性なお兄様だ。
だけど、その優しさに触れると少しだけ虚無感が和らぐ。
さて……気は進まないけど、私もお稽古に行かないと。重い足取りで、私は先生が待つレッスンルームへと向かった。
音楽の都として有名なウィルハーモニー王国。音楽を美しく奏でる事がステータスであるこの国では、貴族の嗜みとして楽器の一つぐらい弾きこなせて当たり前。
由緒正しいレイフォード家の公爵令嬢リオーネ・ルシフェン・レイフォードとして生まれた私も、今日こそ楽器の練習を頑張るはずだった。
「さぁ、リオーネ様。今日はヴァイオリンのレッスンをしましょう」
「はい、先生」
用意されたヴァイオリンを手に取った瞬間、弦がはじけ飛んだ。それはもう凄まじい勢いで。私に音楽を教えるべく派遣された何人目か分からない先生も、今までの先生と同様驚きを隠せないようで目が点になっている。
「す、すみません、リオーネ様。すぐに新しいヴァイオリンを用意しますので」
我に返った先生は急いで予備の練習用ヴァイオリンを取り出した。渡されたヴァイオリンを掴んだ瞬間、指板の付け根から真っ二つに折れた。弦のみで繫がれたヴァイオリンの本体が左右に揺れる。
「ひぃぃぃ……」
あまりにも衝撃的だったのだろう──先生は青ざめた顔をして、そのまま気を失ってしまった。控えていた侍女のメアリーが介抱にあたる。駆けつけた執事たちに運ばれて先生が居なくなる、なんてことはない見慣れた光景だ。
私は生まれた時から楽器に触れることが出来ない特異体質だった。
最初に触れたのは確かお母様の得意なフルート。金色にかがやく美しいそれに触ってみたくて、触れた瞬間変な方向へ折れ曲がった。
お母様はとても驚いた顔をしていて、怒られると思った。でもあの時「リオーネ、怪我はありませんか?!」と、私の身を一番に案じてくれた。お母様の大切にしていたフルートを壊してしまったことが悲しくて、何度も「ごめんなさい」と謝った。
その事件以来、私の専用楽器候補からフルートが除外された。それから新しい先生と共に、違う種類の楽器がやってくる。
クラリネット、トランペット、オーボエ、トロンボーン……あらゆる楽器をダメにして練習どころではなかった。
そして今日、残された最後の楽器──ヴァイオリンの先生が来てくれたわけだけど、やはり触れることすら出来なかった。
双子の兄であるルイスは、早々に第1楽器をヴァイオリンに決め、今では美しい音色を響かせている。
同じ双子なのにどうしてこうも差が出るのか。まだ生まれてくる前に、お兄様が私から音楽の才能を全て持っていってしまったんだ──と、そう思っていた時期もあった。
でも、ルイスが必死に練習している姿を見て、それは違うとすぐに分かった。毎日、先生が帰ってからもルイスは1人で練習を続けている。その努力が、あの美しい音色に繫がっているんだと気付いたから。
お父様に連れられてヴァイオリンと共に出かけていくお兄様を何度も見送り、気がつけば私は屋敷に引きこもるようになっていた。
もう7歳にもなるのに演奏の1つも出来ないと知れてしまえば、お父様やお母様が悪く言われてしまう。
このままでは、家族に迷惑をかける。何か1つでいい、せめて壊さずに触れる楽器があれば寝る間だって惜しんで練習する。そう思っていたのに、やっぱり今日もだめだった。
もう私に生きる価値なんてない。何の楽器も弾くことが出来ない私はこの家に居る資格がない。生まれてこなければ良かったんだ……。立派なお兄様が居る。双子でよかった。私が居なくなっても誰もきっと困らない。
希望を打ち砕かれて、マイナスの感情が一気に心の中を支配していく。
落胆しながら壊れたヴァイオリンをそっとケースに片付けていると、奇妙な違和感を感じた。
初めて触らせてもらった楽器なのに、初めてじゃない。私はこれを知っている。同じ光景を前にも1度体験したことがある。
(どこで……?)
その原因を思い出そうとすると、頭に鈍い痛みを感じた。それでも必死に記憶を辿っていくと、今まで閉められていた扉が解放したかのように、頭の中を膨大な記憶情報が駆け巡る。
こことは違うどこかで、全く異なる容姿で生活していた自分が確かにその中に居るのを感じた。
脳がその情報を上手く処理出来ていないのか、頭痛はどんどん酷くなり、ぐにゃりと視界が歪み立っていられない程の目眩がする。
その場に倒れ込んだ私の意識は、記憶の渦の中へ飲み込まれていった。
メロディー城の一室にて、私は人生最大の危機を迎えていた。
「な、何をおかしな事を言ってるんだ、リヴァイ」
鋭い眼光でこちらを睨むリヴァイド王子に、私は双子の兄ルイスのフリをして必死に取り繕った。
「俺の目が、誤魔化せると思っているのか?」
「誤魔化すも何も、僕はルイスだよ」
「ルイスが楽しみにしていた楽譜は先日、すでに渡してあるはずだが? リオーネ嬢、お前は一体何をもらいにここまで来たのだ?」
最初からバレていたんだと気付いた時にはもう手遅れで、誤魔化しても無意味だと思い知らされた。
完全に詰んだ……それもこれも、全ては私の持つ特異体質のせいだー!
◇
窓を開けると、木の枝に小鳥が止まっていた。触れてみたくてそっと手を伸ばすと、驚いたように小鳥は空へと飛び立ってしまう。その姿を見てチクりと胸に痛みが走った。
小鳥が居なくなってしまった景色を見ていると、心にぽっかり穴が開いてしまったような気分になる。生まれた時から感じるその虚無感の理由がずっと分からなかった。
大好きなお父様とお母様とお兄様が居て、幸せに包まれて生活しているのにどうして……
「リィ、どうしたの? またボーッとしてる」
私と同じ顔をした双子の兄、ルイスが心配そうに尋ねてくる。
「……ううん。何でもないよ。それよりほら、そろそろお稽古の時間だよ」
余計な心配をかけたくなくて、私は笑って誤魔化した。
ルイスは少し不服そうな顔をしながら、それ以上私が何も言わないと悟ったようで、「何かあったら僕に言うんだよ?」と念を押して部屋から出て行った。
本当に心配性なお兄様だ。
だけど、その優しさに触れると少しだけ虚無感が和らぐ。
さて……気は進まないけど、私もお稽古に行かないと。重い足取りで、私は先生が待つレッスンルームへと向かった。
音楽の都として有名なウィルハーモニー王国。音楽を美しく奏でる事がステータスであるこの国では、貴族の嗜みとして楽器の一つぐらい弾きこなせて当たり前。
由緒正しいレイフォード家の公爵令嬢リオーネ・ルシフェン・レイフォードとして生まれた私も、今日こそ楽器の練習を頑張るはずだった。
「さぁ、リオーネ様。今日はヴァイオリンのレッスンをしましょう」
「はい、先生」
用意されたヴァイオリンを手に取った瞬間、弦がはじけ飛んだ。それはもう凄まじい勢いで。私に音楽を教えるべく派遣された何人目か分からない先生も、今までの先生と同様驚きを隠せないようで目が点になっている。
「す、すみません、リオーネ様。すぐに新しいヴァイオリンを用意しますので」
我に返った先生は急いで予備の練習用ヴァイオリンを取り出した。渡されたヴァイオリンを掴んだ瞬間、指板の付け根から真っ二つに折れた。弦のみで繫がれたヴァイオリンの本体が左右に揺れる。
「ひぃぃぃ……」
あまりにも衝撃的だったのだろう──先生は青ざめた顔をして、そのまま気を失ってしまった。控えていた侍女のメアリーが介抱にあたる。駆けつけた執事たちに運ばれて先生が居なくなる、なんてことはない見慣れた光景だ。
私は生まれた時から楽器に触れることが出来ない特異体質だった。
最初に触れたのは確かお母様の得意なフルート。金色にかがやく美しいそれに触ってみたくて、触れた瞬間変な方向へ折れ曲がった。
お母様はとても驚いた顔をしていて、怒られると思った。でもあの時「リオーネ、怪我はありませんか?!」と、私の身を一番に案じてくれた。お母様の大切にしていたフルートを壊してしまったことが悲しくて、何度も「ごめんなさい」と謝った。
その事件以来、私の専用楽器候補からフルートが除外された。それから新しい先生と共に、違う種類の楽器がやってくる。
クラリネット、トランペット、オーボエ、トロンボーン……あらゆる楽器をダメにして練習どころではなかった。
そして今日、残された最後の楽器──ヴァイオリンの先生が来てくれたわけだけど、やはり触れることすら出来なかった。
双子の兄であるルイスは、早々に第1楽器をヴァイオリンに決め、今では美しい音色を響かせている。
同じ双子なのにどうしてこうも差が出るのか。まだ生まれてくる前に、お兄様が私から音楽の才能を全て持っていってしまったんだ──と、そう思っていた時期もあった。
でも、ルイスが必死に練習している姿を見て、それは違うとすぐに分かった。毎日、先生が帰ってからもルイスは1人で練習を続けている。その努力が、あの美しい音色に繫がっているんだと気付いたから。
お父様に連れられてヴァイオリンと共に出かけていくお兄様を何度も見送り、気がつけば私は屋敷に引きこもるようになっていた。
もう7歳にもなるのに演奏の1つも出来ないと知れてしまえば、お父様やお母様が悪く言われてしまう。
このままでは、家族に迷惑をかける。何か1つでいい、せめて壊さずに触れる楽器があれば寝る間だって惜しんで練習する。そう思っていたのに、やっぱり今日もだめだった。
もう私に生きる価値なんてない。何の楽器も弾くことが出来ない私はこの家に居る資格がない。生まれてこなければ良かったんだ……。立派なお兄様が居る。双子でよかった。私が居なくなっても誰もきっと困らない。
希望を打ち砕かれて、マイナスの感情が一気に心の中を支配していく。
落胆しながら壊れたヴァイオリンをそっとケースに片付けていると、奇妙な違和感を感じた。
初めて触らせてもらった楽器なのに、初めてじゃない。私はこれを知っている。同じ光景を前にも1度体験したことがある。
(どこで……?)
その原因を思い出そうとすると、頭に鈍い痛みを感じた。それでも必死に記憶を辿っていくと、今まで閉められていた扉が解放したかのように、頭の中を膨大な記憶情報が駆け巡る。
こことは違うどこかで、全く異なる容姿で生活していた自分が確かにその中に居るのを感じた。
脳がその情報を上手く処理出来ていないのか、頭痛はどんどん酷くなり、ぐにゃりと視界が歪み立っていられない程の目眩がする。
その場に倒れ込んだ私の意識は、記憶の渦の中へ飲み込まれていった。
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