海沼偲

 辺り一面の花畑。そのどれもが薄く色素が抜けているようだ。空を見上げる。視界に入るものは全て薄いピンク色をしている。視線を再び元に戻す。そこに少女が花を摘んでいるからだ。
 少女は外見から考えるに十代後半といったところであろう。彼女は何かを求める様に花を摘み続けている。
「お嬢さん、何をしているのでしょうか?」
「あら? あなたは誰?」
 今まで彼女の世界には誰も入っていかなかった。つまり、私は彼女の世界の最初の客人になるのだろう。
「あなたが最も欲する存在です」
 少女は顔をぱっと明るくする。今まで待っていた、待ち焦がれていた存在を目の前にして感情を抑えることなどで来ていなかった。我を忘れて辺りを飛び回っていた。
「ねえ、どこに連れて行ってくれるの! わたし、あなたを待っていた!」
「ええ、あなたが求める場所へ連れて行きましょう。さあ、私が乗ってきた馬へ乗って」
 少女はうっとりした。今現在、少女が待ち焦がれた全てが叶っているのだ。私に手伝ってもらい、少女は馬に乗る。
 私は馬を走らせる。目的の場所まで。彼女の家まで。到着する。彼女の家は燃えている。
「どうして……!」
 彼女は言葉を失った。目の前で自宅が燃えているのだ。冷静でいられる方が、どうかしている。私は彼女を後ろから抱きしめる。
「私は嬉しい。あなたが大火事に巻き込まれずに私と一緒に入れるということに感激している。この火で燃えていたら明日も明後日も出会うことはできなかったが、真紀子案れていないあなたと、これから先も永遠に会い続けることが出来る」
「わたしもうれしいわ。あそこで待っていただけの価値があった。家を飛び出してよかった。あなたと出会えてよかった」
「お願いを聞いてくれるかい?」
「なに?」
 私は口を開く。
「たとえ、どんなことがあろうと、あの家には近づかないでほしいんだ。中に入るのなんて絶対にしてはいけない。それが、守れるかい? もし守れるのなら、私は明日もあなたに会いに行こう」
「ええ、誓うわ。でも、あなたが来な場合はどうするの?」
「絶対会いに行くよ」
「じゃあ、誓いのキスをして」
「わかった」
 私は彼女の唇に自分の唇を当て誓いを立てた。それで満足したのか、うっとりとした顔の彼女を置いて、私は馬を走らせる。
「待って!」
 彼女は引き止める。
「なんでだい?」
「どこに行くの?」
「もうすぐ夜が明ける。目覚める時間だよ」
 私は馬を駆け出した。
「よう、首尾の方はどうだい」
 と、先ほどまで夢の中の少女に話しかけていた私に同僚が話しかけてきた。
「……まあ、ぼちぼちといったところだな」
「その様子じゃだめだな」
「ああ、一応伝えるべきことは伝えたんだが、どうせ忘れるか、夢だと思って大して気にもとめないだろうな」
「じゃあ、今回の被験体も死んじまうってことか」
 私は反応しなかった。それが答えである。二人して、気落ちしてため息をつきながら机に寄りかかる。
「いっそのこと直接伝えればいいんだけどなあ」
 同僚は少しむずがゆそうにそういった。みんな、そんなことできればしたいと思っている。だができない。より深い干渉は選別で生き残った者にしかいてはいけない。混乱を生まないための知恵である。
 今まで、我々と向こうの世界がきちんと交信できたためしはない。

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