腹ぺこ令嬢の優雅な一日

ノベルバユーザー172401

7令嬢、王宮へ向かう準備をする


「ご機嫌ですね」
「うん?うん、そうだねえ。王宮はいっぱい美味しいものであふれてるからかな!」

るんるん、と鼻歌交じりに侍女に支度を任せているアナスタシアにノエルは甲斐甲斐しく口にマカロンを食べさせながら言った。
ひな鳥の様に小さな口に含まれていく焼き菓子は、いたいけな主を懐柔しているようなどことない背徳感がある。
アナスタシアはノエルから与えられるそれを実においしそうに頬張りながら、華やかになっていく自身の頭部をみて侍女に笑いかけた。

「ちょっと派手じゃないかな?」
「………」

困ったように首をかしげる侍女に、もう一人の侍女が花飾りを渡し、少しだけ目立たないような位置につける。

「まだ地味なほうですよ、他の淑女たちはもう少し派手でいらっしゃいますから」
「ふうん、そうなの?あんまり女の子たちと会わないからよくわからないなあ…。ね、ね、ノエル!私もそろそろ舞踏会に行ってみてもいいんじゃないかな?」
「ソレは私の管轄ではありませんので」

ご意見は、伯爵と兄上へどうぞ。そっけないまでの返答にむう、と膨れた紅唇に焼き菓子を当てた。紅い唇がひらき、ちろりと除く舌と、咥内に入っていく菓子と。ごくんと飲み込んで、アナスタシアは不満げにノエルを見上げる。

「じゃあじゃあ、お兄様とお父様が良いって言ったら行っていいんだね?」
「ええ、そうですね」
「早速後でお願いしてみるね!そしたら、舞踏会の美味しいご飯をいっぱい食べられるね?」

色気より食い気、結婚相手の選別より食べ物の選別。むしろ他の令嬢と知り合う事は建前である。それこそが、アナスタシアであり彼女の良い所であるのだが。ノエルはそっと嘆息しながら、最後ですよと皿に乗った焼き菓子の最後の一つを口の中に放り込んでやった。
美味しそうにそれを飲み込んで、最後に紅をさせば身支度は完成である。――淑女へと、花は開く。

「それじゃあ行こう、ノエル」
「――かしこまりました」

淡い紅色のシンプルなドレスと複雑に結い上げられた髪、うっすらと施された化粧がアナスタシアを引き立てる。
傍らに控えながら、ノエルは前方からやってくる厄介な気配に、かすかに眉根を寄せた。

「めかしこんでどうした、お出かけか?お姫様みたいなだなあ、アナスタシア」
「リアンお兄様!うふふ、あのね、王宮に呼ばれてるの」
「……ああ?王宮?」

アナスタシアを見つけて満面の笑みを浮かべながら近寄ってきた長兄は、アナスタシアをそっと抱き上げてくるくると回ってご満悦である。力加減は、ちゃんと弁えているらしいので、ノエルは今回は手を出さなかった。
兄に抱き着きながら楽しげに笑う妹の姿に、リアンが一瞬で不機嫌を顔に出す。

「グリード殿下からのご招待だそうですよ」
「第一王子だけならまだいいが、グリードの奴もか。お前ちょっと可愛くしすぎ」
「ええ?これでも地味ですって言われたのに」

そっと床におろして、アナスタシアを全身くまなく眺めると、リアンはおもむろに妹の顎を持ち上げた。
そのまま顔を近づけて、片手で唇をぬぐう。うっすらと塗られていた紅は剥げ落ち、本来の赤い唇が顔を出す。

「紅までさしていくことねえだろ。ノエルが行くのか?」
「もう!お兄様ってば、せっかくしてもらったのに、ひどいわ」
「ええ。――お嬢様は、グリード様がご用意するお菓子に興味がおありなのでしょう。すぐにはがれてしまうのですから、紅は必要ないかと」

むす、と頬を膨らませた妹の頬を両手ではさみ、空気を萎ませるように力を込める。リアンはくつくつと拗ねる妹を笑って、そして、ノエルに目を向けた。

「下手するようなら容赦はするな。あのバカ、姿形が初代国王に似てるからって全部がそうじゃねえからな。次期国王は第一王子、アレは所詮、第一王子に何かあった時の変わりでしかねえ」

冷たいまでの言葉に、ノエルは声を出さないままに胸に手を当てて頭を垂れる。

「ううん、お兄様心配しすぎだよ?私はいつだってずーっとここにいるんだから。お兄様たちも、みんないる此処にね」
「当たり前だ、たらふく食ったらさっさと帰って来いよ?一緒に行ってやりてえが、母上に呼ばれてるんでな」
「お母様に?いいなあ、私も早く帰ってくるね」

そうして、仲の良い兄妹は頬にキスを送り合い、そこで別れた。
が、アナスタシアが歩き出したところでがしりと手をめいいっぱい掴まれたノエルは、胡乱気にリアンを見やる。

「求婚でもしてきやがったら、殺してやれ」
「行き過ぎたシスコンは見苦しいですよ」
「ああ?まあ、俺より強くてルイスよりまともだとお前が判断したら、好きにしろ」
「………………貴方、馬鹿ですか?」

居るわけないでしょうが、という言葉を飲み込んで、リアンは頭部で一束に結い上げた髪を翻しながら歩き去る。そして、少し離れたところで待っているアナスタシアに近寄ると、自分の主が至極楽しそうに笑っていることに気が付くのだ。

「お兄様も、心配性だよねえ?」
「否定はできませんね」
「心配しなくても、欲しいのはアナスタシアじゃなくて、ヴェルトレールの血だっていうのにね?私はお母様やお父様やお兄様たちと同じように、美しい形をしているから王子様にも貴族の人たちにももてはやされるけど、みんなが本当に欲しいのは、この血。いつまでも続く永遠の、そしてこの土地で一番力が強い血!
それなのに真相を誤魔化して、アナスタシアが欲しいだなんて失礼しちゃう。でも、私がその家に入れば、ヴェルトレールが須らく味方になる、だなんて安直な考えもどうかと思うよねえ」

うふふ、と楽しげに、満面の笑みで歌うように笑う少女にノエルはそっと目を伏せる。
語る言葉は辛辣なのに、悲壮も何もまとわないのは何故か。

「私は全部食べるもの、を望むんだよノエル。食べ物が私を満たしてくれる。辛いことも悲しいことも食べてしまえば幸せに変わる。――ねえノエル、愛ってどんな味がするのかな?
誰を食べたらその味は判るんだろうね?」
「ソレは、伴侶を見つけていただくしかありませんねえ」
「そういいながら、出会った人はみーんな、相応しくありませんって消しちゃうくせに」

うそぶかれた言葉に笑うだけで返す。
ノエルを従えながら歩くアナスタシアは、楽しげにステップを踏みながら歩く。

「グリード殿下は、天下が欲しいのね。初代の再来と呼ばれてるから、同じように三人の妃を集めてる。この間、お父様についていったら三人で歩いてたよ。1人目の妃と2人目の妃によく似てる、女の人を連れて。そして私を仲間に入れたいの。そうすれば、この国が興った時の模倣ができるから。コピーなんて、失礼しちゃう!
伯爵令嬢アナスタシアを嫁に取ってしまえば、ヴェルトレールが自分の下につくものだと思いこんでるなんてそれもどうかと思うよねえ。それにしても、他の王国もそう思ってる人がいるっていうんだから、変な話だなあ…。私達、どうしてずーっとファンベルクにいるのか、わかってなさすぎるよ!
――ヴェルトレールは、この土地ファンベルクでしか生きられないのにね?」

――ファンベルクを見る、という役目は、そのままヴェルトレールを縛り付ける鎖になった。もう遥か昔の言葉は時効を迎えているだろうそれに、いまだ伯爵家が従っているのは、遺志に沿うという目的の他に。
先住民の血を引くヴェルトレールがこの土地から離れない理由は。
ここでしか、生きていけないからだ。先住民の血を引き生きてきたヴェルトレールは、寿命でなくなるものと土地を離れて死んだ者の二つしかない。そして、その中で変形したのが今残っているヴェルトレールの人間なのだから。
ファンベルクでしか生きることのできない、ファンベルクの中でしか強さを出せない一族。だからこそ、ファンベルクが国土を広げるたびに、ヴェルトレールが住める場所は広がっていく。
持ちつ持たれつ、が信条である。

「だから、お嬢様は求婚になびかないのですか?」
「あのね、ノエル。私だって女の子だよ?美しさにも異形の血にもアナスタシア・ヴェルトレールっていう名前にもほだされないで、純粋に好きだよって言ってくれるなら、なびいてあげるの」
「――…そうですか」
「長い戦いだね!だからこうして、戦いに備えて私は美味しいものを食べているんだよ!」

あむ、と鞄の中から取り出した果物にかぶりついたアナスタシアに、ノエルは天を仰いで頭を抱えた。
あれほど菓子を食べたと言いうのに、まだ持っていたとは。食い意地もここまでくると天晴だ。

「鞄の中身は入れ替えますよ、グリード殿下がお茶菓子を用意してくださってるはずですから」
「あのね、ノエル?殿下たちのお菓子は正直刺激が強くて気の休まるところがないんだよ?あ、ノエルは一緒に入室してないから知らなかったっけ。
あの方たちが用意するお菓子って全部に催淫剤とか洗脳させるような薬とか混ぜ込んであるんだから!」
「…………自衛は大切ですからね」

バックの中身にするすると近寄ってきた使用人から渡されたキャンディや菓子を詰め込むとアナスタシアに返す。
それを見て満足げに笑った少女は、意気揚々と玄関ホールへ向かって歩き出した。

「刺激的なお菓子も大歓迎だけど、そろそろ私には効果がないってわかってほしいなあって思うんだよね」

くすくす、と笑う少女の言葉を、忠犬だけが知っているのだ。





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