腹ぺこ令嬢の優雅な一日

ノベルバユーザー172401

5令嬢、お土産を楽しむ


アナスタシアは、軽やかな足取りで広間へと向かっていた。
後ろには、音もなくノエルが付き従っている。鼻歌を歌いだしそうなほどにご機嫌な様子は、昼食が楽しみだというのと、母や兄たちと共に食事をとれるということが影響している。
ふわりと歩くたびに背中で踊る髪の毛は、陽の光に照らされてキラキラと光っていた。

「ねえ、ノエル?今日はお兄様たちも一緒なんて、うれしいね!」
「お二人も、お嬢様とのお食事を楽しみにされていましたよ」
「今日のごはんはなにかな!あ、いっちゃダメだよ、当てるから」

うふふ、と笑いながら歩くアナスタシアに、少しだけ口元を緩ませたノエルがつづく。
昼食のメニューはなにか、と料理名を呟きながら歩くアナスタシアは、広間を通り過ぎて食堂へと足を進め始める。
その背中を見つけて、後ろから来ていたリアンが声をかけた。

「アナスタシア、待てよ」
「あ、リアンお兄様!おかえりなさい!」
「ただいま、今日も可愛いなあ……っておいコラ、ルノエールの化け物!邪魔すんじゃねえよ」
「リアン様の馬鹿力でお嬢様が傷付いたらどうなさるのですか?それから、その名前は嫌いです」

ぱあ、とリアンに駆け寄るアナスタシアを抱き上げようとしたリアンは、その手をぎりぎりとノエルに掴まれて邪魔される。
額に青筋を浮かべながら低い声で唸ったリアンに、無表情で淡々とした口調のままでノエルも応えた。ルノエールの化け物、という単語にぴくりと反応して、リアンを掴む手にさらに力を込める。
それを上から空いている片手で押さえつけながら、引きちぎってやろうかと力を籠めようとしたところで、アナスタシアはぱあ、と顔を輝かせてぽん、と手を打った。

「リアンお兄様、生クリームに苺ソースをかけたみたいね!」
「………ん?」
「…………着替えてきてください怪力馬鹿」
「テメェ、誰が馬鹿だってコラ?!」
「そういうところが、ですよ。全く…、お嬢様の教育によくないのでやめてください」

ああ?!とチンピラの様に声を上げたリアンを冷ややかな目で見て、ノエルははあ、とため息をついた。
アナスタシアは、楽しげに笑っている。こんな風に喧嘩をしながらも、仲が良いのだ意外と。

「お兄様、真っ白なお洋服なんだもの。おいしそうね!」
「ああ…なるほどな」
「食べたら、甘い?ちょっとかじってもいい?」

きらきらとした目で見上げてくる可愛い妹の頭を撫でながら、リアンは自分の体を見下ろした。
真白い服を着ていったせいで、先ほど行っていたネズミ取りでの返り血が付いてしまっていた。恐ろしいと泣くでもなく、食べ物に連想するところが妹らしい。

「おう、じゃあ、喰ってみるか?甘くはねえけどな」
「うーん、でも、ノエルがすごい顔してるからやめておくね」
「お前怖えよ!」
「お嬢様、食べ物の取捨選択はしっかりなさいますように」

ほらほら、とアナスタシアを引き寄せて体を近づけたリアンとノエルの顔を見比べてアナスタシアは首を振った。
ノエルの顔を見て思わずリアンも引き攣るほどに。
ふん、と鼻で笑ったノエルはアナスタシアを引き寄せて抱き上げた。服の血が乾いていたので、ドレスにつかなかったのが幸いだ。
ただ、血の匂いは少しだけ移ってしまっている。眉間に皺を寄せてノエルはリアンに血の匂いが付きました、と氷のような声で告げた。

「悪かったよ、機嫌治せって。アナスタシアに土産も持ってきたしな」
「わあ!なにかな、なにかな?ノエル、お土産だって!」

片腕に座るように抱き上げられているアナスタシアは、ぎゅうとノエルに抱き着いてはしゃいだ声を上げた。
ノエルの機嫌を直すには、アナスタシアのテンションを上げてノエルに障らせればいいのである。テンションが上がると、傍にいる人間に飛びつく、というのがアナスタシアの可愛い所であり、悪癖だった。
柔らかな肢体が抱き着いてきたことで機嫌も幾分か治ったらしい。では、先に行きますよと抱き上げたまま歩き始めたノエルにリアンは呆れたようにため息を吐きだした。

「……二人とも、単純」
「うるせえ、可愛いは正義だ」

先に着替えに行っていたルイスが、それを見て呆れたように肩をすくめていた。
け、傍にあった扉を肘で突いた。ドン、という音がして扉が外れて部屋の中へ倒れる。

「……やべ」
「………破壊王」
「脆いのがいけねえんだろ」
「……………」

リアンの怪力の前に、強度も何もないだろうが。とルイスは言おうとしてやめた。
ドン、という音に反応した使用人たちがするすると集まってきていおり、修繕を開始している。使用人たちの修復技術が最近上がってきているようで、きっとすぐに扉は治るだろう。
ただし、使用人たちが声もなくまたか、という雰囲気を醸し出していたので、リアンはそっぽを向きながら髪をかき上げた。

「悪かったよ、次は気を付ける」

その言葉に使用人たちの空気が緩む。だがそういいながら、またすぐに怪力馬鹿リアンは何かしら壊すのだろう、とルイスはさっさと歩きだした。

言わぬが仏、触らぬ神に祟りなし。ようするに、面倒事には首を突っ込みたくないのである。
次は、食堂のテーブルとか椅子を壊しそうだ。そして、ベアトリスに激怒されるのだろう。――だが、それが、ヴェルトレールの日常でもある。




***


「ね、ノエル!厨房に寄ってからいこう?お土産が何か、教えてもらわなきゃだよ!」
「…少しだけですよ」


抱き上げられたままアナスタシアはノエルにねだる。
リアンの着替えに時間はかかるだろうし、とノエルは食堂へ向かう足を厨房へと進めることにして歩く。
厨房では調理の使用人たちが音もなく静かに食事の準備を進めていた。
使用人たちはアナスタシアに気が付くと物音もなく近寄ってくる。もうすぐお食事ですよ、と言いたげな使用人に首を振ってアナスタシアはいつもより高くなった目線から、大きく目を開いて中を覗き込んだ。

「……?」
「あのね、リアンお兄様とルイスお兄様がお土産を持ってきたんだよね?だからね、それ何かなあってみにきたの!」

なにかな、なにかな!とわくわくと言った様子で使用人を見つめるアナスタシアに、使用人はぽむ、と手を打ってするすると中へと入っていく。
こそこそと相談した使用人の一人が籠をもって、そしてもう一人が皿をもってアナスタシアに近づいてきた。

「わあ、おいしそうなフルーツ!もしかして、これ味見していいの?」
「……」

こくり、と頷いた使用人にぱああああと顔を輝かせたアナスタシアが、ノエルの腕から降りる。フォークを片手に持った使用人が皿の上から食べさせてくれるそれをパクパクと食べながら、アナスタシアは幸せそうに堪能した。
使用人は表情のうかがい知れない顔で、それをじっと見つめる。嬉しそうにお皿に残っていた最後の欠片を食べ終わったアナスタシアは、食べ足りないと言いたげにフォークに食いついたまま舐めあげて、ぱきりと齧る。
ばきごきばき、という音と共に先の部分が消えたフォークだったものを飲み込んだアナスタシアは、使用人が持っている柄の部分をじっと見つめた。

「うん、なんだか個性的な味がしたよ。銀は体にいいのかな」
「…もうすぐお食事ですから、食器を減らさないように。口は切れていませんか?」
「うん、大丈夫だよお? じゃあ食堂に行かないとだね?ありがとう、おいしかったよ!ごはんも楽しみにしてるね!」

あーん、と口の中を広げて見せたアナスタシアの咥内に傷一つないのを確認して、ノエルはそっとその背中を押した。
すでに使用人たちは仕事に戻っており、食事は食堂へと運ばれようとしている。


「……はやく」
「ルイスお兄様、おかえりなさい!」

ひょっこりと顔をのぞかせたルイスと並んでノエルを後ろに従えながら、アナスタシアはぺろりと唇を指でなぞる。
うふふ、と嬉しげに笑った声にルイスがきょとん、とそれを見下ろした。

「お兄様たちのお土産、とってもとってもおいしかった!ちょっと血の匂いがしたけど、それもまた刺激的」

その笑顔は、無邪気というよりも妖艶と言った方がいいなと思いながらルイスはくすくすと笑う。
ノエルは何も言わないまま二人の後をついていく。

「あ、そうだ。ノエル、私今日はちょっとお出かけしてくるね?皇太子さまに呼ばれてたの思い出したの」

その嬉しそうな様子にノエルは嘆息し、ルイスは明後日の方を向いた。
皇太子が嬉々として準備をしているだろうが、アナスタシアにとっては“おいしいお菓子をくれる人”という認識でしかないのだ。
知らぬが仏、である。

「……兄様には、内緒に」
「ええ、あの方に言うと煩いですからね」

はあい、と声を上げたアナスタシアの脳内には、食べ物の事しか詰まっていないのだ。



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