腹ぺこ令嬢の優雅な一日

ノベルバユーザー172401

4子息たち、ネズミ取りに行く



その時、リアン・ヴェルトレールの機嫌は、最高に近いくらいに悪かった。
普段であれば機嫌を損ねることはまずないのだが、今回においてはいくつもの布石があった。それをやれやれと見ながら、弟であるルイス・ヴェルトレールは体中に仕込んだナイフを一本ずつ取り出しては、投げつけていく。
切れ味のいいナイフたちは、的確に急所をえぐっていく。

――今、リアンとルイスはある屋敷に入り込んでいた。


***

最近家の中に新しい使用人が増えたと思ったら、宰相が送り込んできた蠅だったらしい。と聞いたのは、昨晩の事だ。
年代物のワインを開けながら気分よく酔っていたところに、父であるアンドリュー・ヴェルトレールがやってきてまるで天気の話をするかの如く平坦な表情で宣ったのである。
――ネズミ取りに行ってきてほしいんだけどね?
それはもう、行けと言っているようなもんじゃねえか。毒づいた声に父である伯爵は笑みを深くしただけだったが。

宰相曰く、隣国からやってきたという貴族の者たちを王宮の使用人として使ってやって欲しいと侯爵が言ってきたが、身元も不明でその侯爵からも良いうわさを聞かない。
そんな物たちを王宮に入れるわけにはいかないが、侯爵の発言権は強い。なのでまずヴェルトレールで教育をしてから、問題なければ王宮に送ってほしい。
問題があったのであれば、対応はヴェルトレール伯爵にお任せする。

良いように使われたものである。だがまあ、生き易くするためにはこういったことも必要になってくるわけだ。
ワインを煽ったリアンは、母によく似た美貌に酷薄な笑みを浮かべながらグラスを掲げた。まるで乾杯するように。捧げたグラスの中の、血を連想させるような赤が、きらりと揺らいだ。


そして、今に至るのである。
リアンは出迎えもなく、また話を聞きもしない門番に早々にキレた。ついでに言えば、もうすぐ昼時だというのに時間が推していることにも苛立っていた。
だからこそ、力づくで突破することにしたのだ。

「全く、ヴェルトレールがきたってのに出迎えもなしか?どういう教育受けてんだよオラ」
「………死んでる」
「んなことわかってんだよ!」

がくがくと、門の前にいた衛兵を揺さぶりながら、リアンは毒づいた。衛兵は、リアンが揺さぶり始めたところでこと切れていたのだが、そんなことは知った事ではない。
怪力もここまでくると、もう殺人兵器でしかなかった。
そんな兄を見ながら、髪の毛の隙間から漏れる人間のこちらへ向かう悪感情の色を消すように、ルイスはナイフを投げ続けた。門の前に集まった、この屋敷の警備の兵たちは、瞬く間に屍へと姿を変える。

リアンが、怪力の持ち主であると自覚したのは、まだ幼いころだった。
初めての子供ということでたくさんの贈り物がきたが、その中に鳥がいたのだ。美しいかごの鳥、外を飛びたいだろうと手で檻を壊して握った鳥は、簡単に逝った。
あの時に、生き物の儚さと自分の力を思い知ったのだ。
あれから時は流れ、ついには可愛い可愛い妹まで生まれた。家族や使用人たちにはこの怪力は少し力が強い程度といったようなので、妹をめいいっぱい可愛がることに決めたリアンには、他の人間がどうなろうがどうでもいいのだ。

リアンの力は強い。普通の人間を、少し触っただけで大怪我を負わせるほどの。線の細さ、女性的な美しさに惑わされていると文字通り痛い目に合うのだ。
リアンがちょっと触っただけで人間は壊れてしまう。喧嘩などになったら、最悪だ。むしろそこまでやる奴は馬鹿だ。もちろんそれは、そんな危ない人間に対抗しようとした点もそうだが、危機察知能力が全く持って機能していないのと同じことである。と、何代目かの王は言っていた。
そして、今、門を守っていた一番偉そうな男はリアンによって壊された。
――例外はもちろんあるし、リアンとてちゃんと力加減を気を付ければけがなどさせずに人に触れることも出来る。ただ、短気なのが災いしてそこまでの加減をしてやる余裕がないのである。
例外は、ヴェルトレールの家の者(使用人含む)とノエルのみだ。彼らには、どんなにリアンが力を籠めようとも、ただのじゃれ合いにしかならない。
全く、不甲斐ないなとリアンはあざ笑う。そして、物言わぬ屍となった名も知らぬ男を再度揺すりあげた。

「あのなあ、俺らはお前らの主を訪ねてきてやったヴェルトレールの家のモンだっつてんだろ!さっさと通さねえと痛い目見るぞコラァ!」
「…………」

しゅん、さく、ぐさり。
リアンが見た目の割に粗野で乱暴な恐喝をしている間に。ルイスは無言で胸元をあさりながらナイフを投げていた。百発百中、向かってくる人間にはすさまじいスピードのナイフが突き刺さる。
ただのナイフのくせに、的確に急所を突くので、逃げられない。

「もう出てこねえみたいだな。まったく、手間かけさせやがって。行くぞォ、ルイス」
「………ん」
「ったく、一匹残さずつかまえる」

まるで悪人の様に高笑いした兄についていきながら、ルイスは腰に差した剣を抜く。ルイスは、何よりも、“何か”を切ることを愛しているのである。――切ることができれば、人であろうが物であろうが、何だっていいのだ。
屋敷の中に入り込むと、怯えたような使用人たちが叫び声をあげて逃げ回る。逃げる者にはルイスがナイフを、向かってくるものはリアンが。そして、血に染まる家が出来上がる。

「隣の、アルセーヌ国と手を組んでえ?ヴェルトレールを潰そうとした、ブルヴェスト侯爵ってのはァ、どーこーだあ?」
「…………それ、ヘン」
「うっせえ。こういう方が英雄ヒーローっぽいだろうが。で、おい、侯爵どこだ?」
「……それも、しんでる」
「またかよ!弱いな!鍛えてんのかお前らは!」

執事らしき使用人を捕まえてがくがく揺さぶりながら、巻き舌気味に言い放つリアンにルイスはぼそぼそと突っ込みを入れる。
ちなみに、揺さぶり始めたところで執事らしき男はこと切れていた。骨がねえ、とぼやく兄を尻目に、剣を抜いてルイスは集まってきていた人間を斬りはじめる。
容赦は無用、ヴェルトレールに手を出した人間は、敵は須らく消し去るのみだ。そして、恐れと憎悪とその他諸々、生きている人間の感情が煩い。

ルイス・ヴェルトレールは、基本的にしゃべることをしない。無口で、静かだ。目を覆い隠すように伸ばした前髪のせいで表情を伺うことも難しい。
けれど、金髪の目とサファイア色の瞳は母と同じように持っている。
目を隠すのは、彼の身内以外の人間が抱く感情が色となって見えてしまうからだ。情念のような、感情によって変化するそれが鬱陶しくてルイスは見ることをやめた。
最初、家族や使用人たちの色は見えなかったから安心していたのに。自分もまた、なんだか変なものだと諦めてしまった。代わりに、何かものを斬ることが快感に変わり、ルイスは幼少期からナイフを体中に仕込んだ。そして、切れるモノはなんだって切り刻む。
――消費は、アナスタシアがほとんどを担うし、アナスタシアが食べられないものはノエルが切り刻んで消し去ってくれる。

「おいルイス、斬りすぎだ。ノエルか」
「………消えてない」
「から違うってか?アホ――、血の池みたいになってんじゃねえかよ。さっさと行くぞ、奥の部屋できっとがたがた震えてんだぜ」

辺りに生きている侯爵家の使用人は居らず、床には赤いものがあふれていた。
剣についた血を払い、腰に収めると歩き出している兄を追う。
――どちらかと言えば、兄は、英雄というよりはただの悪役だという言葉は飲み込んだ。いくら死なないと言っても、怪力の兄に殴られたら、向こう一時間くらいはじんじんと痛む。
そして、さっさという事だけ言って歩き出したリアンは、ここだな、と扉の前でにやりと笑った。リアンは、探し物も、上手いのだ。

共に入ってはいないが、先に忍ばせておいたリアンとルイスの使用人たちも、侯爵の家族たちを始末したことだろう。
さあ、仕上げだな!と笑うその顔は、まるで殺人鬼のような恐ろしさだと、笑ってしまった。もちろん、その事を察したらしい兄に拳骨を食らったので、ドアを開けて中に入るときにルイスは頭を抱えて痛さをこらえることになったのだが。音もなくするすると集まってきた優秀な使用人に氷袋を渡されたルイスを尻目にリアンは部屋の中で震えている小太りの男に対峙していた。

「さあて、ヴェルトレールに歯向かった報いは、受けてもらうぜ?お前がやった事、やろうとしたことは筒抜けだ。そして、ヴェルトレール伯爵は、お前を始末することに決めた。
さあ、その身をもって償え。今日でブルヴェスト侯爵は終わる!あとはお前だけだぜ」
「……この家の人間は、全部死んだ」
「そう!お前以外は、全員、すべて地獄におちた!――お前はどうする?」

大袈裟に、両手を広げて芝居がかった言葉を紡ぐ。
ひい、と脂汗をたらしながら怯える侯爵は喘ぐように命乞いをした。白い服に血をまとったリアンは、まるで聖女のような微笑みを浮かべる。その優しい笑みに、少しだけ侯爵が息を吐く。

「なに、俺もそこまで鬼じゃねえ。選ばせてやるよ、侯爵。生きるのか、今までの記憶すべて失ってただの平民として生きるのと。どっちにする?」
「…っ、ひ…っ、」

今まで侯爵というくらいに甘んじてそれ以下の人間を見下してきた者からすれば、その提案は受け入れがたいものだっただろう。
けれど、生への執着がその葛藤を吹き飛ばす。
――生きてさえいれば、隣国に伝手があるはずだと、内心ほくそ笑んだ侯爵は生きるほうを取った。
相手は、ヴェルトレールだというのに。

「そうだよなあ、生きたいよなあ。いいぜ、叶えてやる。ただ悪いな、今まで成功したのはルイス伯爵オヤジしか居ねえんだ」

そう言い捨てて、至極ゆっくりとした動作で侯爵の額を掴み、激しく揺さぶった。
口からこぽこぽと赤いものが吐き出され、首元が真っ赤に染まる。

「お?…やべ、逝かせたみたいだ」
「………記憶消せるの?」
「……お前らは消えただろ」

記憶を消す、というのは。昔ちょっとしたことで恥ずかしいことを見られた父と弟の頭を揺さぶったところその部分の記憶がすっぽりと消えたのでリアンは調子に乗ったのである。ちなみに、成功しているのは弟と父だけで、普通の人間に行っても一度として成功したことはない。
今日もまた、失敗したそれに唇を尖らせながらリアンは逝ってしまった侯爵を放り投げた。
肩をすくめて呆れた、というような弟を小突いてリアンは赤く染まったコートを脱いで使用人に渡す。
使用人たちはするすると動いて片づけを始めていた。
――明日には、もう、この国にブルヴェスト侯爵とそれに準じる者はいなくなる。

「さあて、帰るぞ。昼はアナスタシアと一緒にって約束だからな」
「………お風呂」
「ああ、確かに。美味しそうだね、なんて言われたら俺がノエルに怒られちまう」

あの過保護な忠犬は、アナスタシアを愛しすぎている。
抱き上げようとして悉く邪魔されるので、そろそろ限界だ。
ネズミ取りも終わったことだし、とリアンは侯爵家の厨房に立ち寄って、食べられそうなフルーツを見つくろうとルイスにも持たせた。

「これ持ってると目の輝きが違ェからな」
「…………餌付け…」

うるせえ、と呟いた言葉を最後に、リアンとルイスはさっさと家を後にした。
そして、ちょうどよくやってきた馬車に乗り込む。
――昼食に間に合うように、帰らなければならない。




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