冬のなぞなぞ女王 オボちゃんの冒険

まさかミケ猫

冬のなぞなぞ女王 オボちゃんの冒険

 世界にはたくさんの神様がいます。
 そして、神様と同じ数だけ国がありました。

 それぞれの国は、それぞれの神様を祭っています。

 知識の女神ライブラ様を祭る国、ライブラリア。
 労働と飲食の男神ワッタ様を祭る国、ワッタミル。
 月と死の女神スノート様を祭る国、スノートデスノート。

 そんな中、ここシーズネシアの国は、季節と謎解きを司る男神・シーズシーク様を祭っているのでした。




「秋の女王から連絡はあったか」

 王様は宰相に尋ねました。
 宰相は渋い顔をしてそれに答えます。

「ようやく第2段階イナダが終わったようです」
「……あと1週間で最終段階ブリまで行けるのか」
「良くて第3段階ワラサまでかと」

 王様は静かにため息を吐きます。

 この国の祭る男神、シーズシーク様は季節を司ります。
 そして、国の中心にある「季節と謎解きの塔」には、三ヶ月ごとに「四季の女王様」が滞在することになっています。
 春・夏・秋・冬の女王様が滞在している間、世界はその女王様の季節に包まれるのです。

 問題は、シーズシーク様の司るもうひとつの権能、「謎解き」でした。

「最後に塔を踏破したのは何年前だったか」
「15年前、でございます」
「……そろそろ国庫もまずかろう」
「はっ。今年の踏破がなければ、税の引き上げが必須になるかと存じます」


 四季の女王様たちは、塔に滞在する間に「謎解き」にチャレンジします。そして、見事全ての謎を解いて塔を脱出した場合、莫大な報償が約束されていました。

 国には沢山の金貨と、他では手に入らない宝石類。
 踏破した女王様自身は、願い事をなんでも一つ。
 それぞれシーズシーク様から授けられます。


「冬の女王の去年の成績は?」
第1段階ワカシの途中で終了です」
「……決めた。女王の任命権を行使するぞ」

 王様にはシーズシーク様から与えられた力が一つありました。
 それは「四季の女王」を任命する権利です。
 女王様が不在の場合は自由に任命できますが、既に存在する女王様を変更できるのは二年に一度だけ。

 王様はその貴重な一回を行使することに決めました。
 期限は一週間。
 その間に、新しい冬の女王を任命する必要があります。




「オボちゃん、研究はどうん?」
「はい……やはり魔導細胞はあります」
「実験は良好かいん?」
「200回以上成功しています」
「ふーん、さすがだねーん」

 オボーリエは王国魔導大学出の才女でした。
 子供の頃から物覚えが良く、勉強では他の子の何年も先を行きます。周囲からの期待を重荷とも感じず、国内最難関と言われる王国魔導大学に入りました。

 卒業後に就職したのは、独立行政法人シーズネシア魔導研究所という、国内外で有名な研究所。
 そこで数々の画期的な発見をしたオボーリエは、徐々にその知名度を上げつつありました。

「実は国からオボちゃんに要請が来ていてねん」
「……国から、ですか」

 オボーリエは所長から封書を受けとりました。
 内容は予想もできません。
 恐る恐る封を開けます。

「…………」
「どんな内容だいん?」

 オボーリエは要請書を見て固まりました。
 嘘かと思い、三度四度それを読み返します。

「…………ぃ…………ゃ」
「オボちゃん?」
「……ぃぃぃぃよっしゃぁぁぁ!!!!」
「オボちゃんっ!!??」

 腹の底から唸るような声に所長は驚きました。

 オボーリエの目はキラキラと輝いています。
 いえ、キラキラを通り越してギラギラです。
 握りしめた要請書がグシャっと丸まりました。

「所長、3ヶ月ほど不在にします」
「どゆこと?」
「ちょっと婚活してきます!」
「ど、どゆことーーっ!!??」

 理解の追い付かない所長を置いて、オボーリエは準備のために家に帰りました。


 オボーリエには自信のある分野がありました。
 それは謎解きなどの頭脳労働。
 生まれてこのかた、周囲の人より頭一つ飛び抜けて優秀な成績を残しています。

 一方で、オボーリエには自信のない分野がありました。
 恋愛、結婚、人間関係。
 二十代も終わろうとしている中、恋人の一人もできたことがありません。

「家庭的な感じを出そうと合コンに割烹着を着てったのは失敗だったな……」

 オボーリエは過去の自分を振り返り、身震いしました。
 同級生は次々と結婚し、友達の子供は大きい子でもう基礎学校に通う年齢になっています。

 もちろん友達の幸せは心から祝福します。
 嫉妬したり、まして嫌がらせなど絶対にしません。
 それでも……心には「何か」が濁って滞留していました。

「踏破したら願い事を一つ……ふひ……ふひひ……」

 道行く人々をドン引きさせながら、オボーリエは家路を急ぎます。スキップをしたのなんて20年振りでした。
 でも、それは仕方のないことなのです。三日後から、彼女は冬の女王様になるのですから。




「新しき冬の女王よ」
「は、はいっ……」
「ほっほ、そんなに緊張するでない」

 オボーリエは王様の前に膝をつきました。
 ここは謁見の間。

 女王任命の儀は先ほど終わりました。
 オボーリエは晴れて冬の女王になったのです。

「宰相よ、腕輪を持って参れ」
「ただいま」

 オボーリエに手渡されたのは『女王の腕輪』。
 これには攻略に必要な機能がふんだんに備わっています。
 主要なものは次の三つ。

 まず、魔導倉庫ストレージの機能。
 3ヶ月を塔で過ごすための、食料や雑貨を収納しておく機能です。収納した物は時間が停止し、いつまでも新鮮な状態を保ちます。

 次に、謎解き失敗ドロップアウトの機能。
 これは、3ヶ月が過ぎても踏破できなかった場合、諦めて外に脱出する機能です。3ヶ月が過ぎるまでは使用できないようになっています。

 最後に、救済措置ライフラインの機能。
 謎解きがどうしても進まない場合に、三種類のお助け機能を利用することができます。それぞれ一度しか使用できないため、使いどころの見極めは非常に重要な攻略要素です。


「知っての通り、近年は長らく踏破者が出ていない。すまぬが多少無理をしてでも踏破を目指して欲しい」
「かしこまりました……必ずや踏破して見せます」

 オボーリエの決意に満ちた目に、王様はホッと胸を撫で下ろしました。




 秋の最終日。
 塔の前の魔方陣が光ると、一人の女性が現れました。
 秋の女王様です。

「ただいま戻りました」
「うむ。大義であった」

 秋の女王様は、金貨の入った袋を宰相に渡します。

「なんとか第3段階ワラサまで終わりました」
「苦労をかけましたね」

 最後まで踏破できなくとも、神様からはクリア段階ごとに報償金が得られます。国の財政状況を憂いた秋の女王様は、最後の一週間を不眠不休で乗り切り、なんとか報償金のランクを上げられたのでした。

「そちらが新しい冬の女王様かしら」
「は、はい……」

 秋の女王様は、オボーリエの方までフラフラ歩いてくると、両手で包み込むように握手をしました。

「頑張ってね……応援しているわ」
「あ、ありがとうございます」

 体力の限界まで絞りきった秋の女王様の姿を、オボーリエは気遣わしげに眺めていました。
 すると、遠くから幼い少年の声が聞こえてきます。

「お母さーん!!」
「……! アルバ!」

 少年は秋の女王様のもとまで走ってきました。
 そのまま、二人はしっかりと抱き合います。
 3ヶ月ぶりの再会です。

 少年の後ろからは、少年の父親らしき男性が歩いてきました。

「アルバ、もう渡したのかい?」
「あ、そうだった!」
「なに?」

 少年は背負っていた鞄をゴソゴソと漁ります。
 中から取り出したのは、手作りのマフラーです。

「お母さん、お疲れ様!」

 そう言って、女王の首にマフラーを掛けました。
 ゴワゴワして、お世辞にも上手とは言い難い代物。
 それでも、溢れるほどの愛が伝わってきます。

 堪えきれず、涙を流す秋の女王。
 思わずホッコリする兵達。

 そんな皆を、オボーリエは無表情で眺めていました。




「絶対踏破する。第3段階秋のやつと同じじゃダメだ。最終段階踏破私の勝ちじゃなきゃ――」

 塔に転移すると、オボーリエは何かに取り憑かれたようにブツブツと呟きました。
 いったいどうしたというのでしょう。

 いずれにしろ、オボーリエのチャレンジは明日――冬の初日からスタートします。
 オボーリエは塔の控え室で、眠れぬ夜を過ごすのでした。



第1段階ワカシの扉』

 翌朝。
 控え室の壁には、扉が一つ生まれました。
 扉には今回のルールが書いてあります。

第1段階ワカシの扉

 出題数:100題
 解答形式:4択
 誤答ペナルティ:泥+1日
 救済措置ライフライン:ヒフテヒフテ、オデンス、テレホン』

 オボーリエは頬をピシャリと叩きます。
 ずいぶんと気合いの入った様子です。

「人生を決める3ヶ月の闘い……やるのよオボーリエ」

 オボーリエは震える手で扉を開きました。


 扉の先は小部屋でした。
 真っ正面の壁には、大きなスクリーンと四つの押しボタン。
 スクリーンの右隣には石の扉がありました。

 オボーリエはスクリーンに書かれた問題を読みます。

「これは……サービス問題ね」

『第1問
 この国の神様は誰?

 A. 怠惰と物書きの神・ルーズリーフ様
 B. 季節と謎解きの神・シーズシーク様
 C. 結婚と幸福の神・オモイゼクシィ様
 D. 太陽の神・アマテラス様』

 オボーリエは迷わずボタンを押しました。
 目の前には最終確認画面が現れます。

『C. 結婚と幸福の神・オモイゼクシィ様
 ファイナルアンサー?』

「えっ!?」

 オボーリエはびっくり仰天。
 慌ててキャンセルボタンを押します。

「危なかった……BとCを押し間違えるなんて……第1問目から巧妙な罠が仕掛けられていたわ……」

 ブツブツと呟くオボーリエ。
 彼女は決して『結婚』の単語に反応したわけではありません。
 『結婚』の単語に反応したわけではないのです。
 大事なことです。

「いえ、決して結婚がどうでもいい訳ではなくて、結婚はしたいんだけれども、別にそれに引きずられて間違えたわけでは……」

 誰向けか分からない言い訳を呟くこと10分。
 再びスクリーンに向き合うと、今度こそ気持ちをしっかり持って選択肢を選びます。

 C……に何度も手が伸びそうになりました。
 しかしそこは才女オボーリエ、冷静に自分の手を制御すると、Bのボタンを押します。

「あっ…………」

『B. 季節と謎解きの神・シーズシーク様
 ファイナルアンサー?』

「…………っ、はい。ファイナルアンサー」

『…………………………』

「…………………………」

『…………正解っ!』

 お前の正解は「結婚」じゃない、と言われた気がして、オボーリエはそっと涙をぬぐいました。
 石の扉がすぅっと消えます。

 これは一筋縄ではいかない。
 オボーリエは予想外の精神的ダメージに、改めて気を引き締めました。

 実は見ていた神様にとっても予想外で、ただのサービス問題だったのですが。




 そこからは進んでは止まり、進んでは止まりの繰り返し。
 どんなに頭の良いオボーリエも、知らない問題が出てきては太刀打ちできません。

「…………………………」
『………………残念』

 ベチャ。
 天井からオボーリエの顔に泥が降ってきます。
 これが地味に心に来ます。

 間違えたペナルティは泥だけでなく、次の解答まで1日待つことになります。自分の中では2択まで絞ったのに、どちらも不正解だった時の悔しさったらありません。

 また、全く正解の予測がつかない問題もありました。

『第52問
 短編小説「気付いたら性欲と食欲の扱いがあべこべな世界にいた」のヒロインの名前はなんでしょう』

 こんなマイナーな短編小説のことなど知りません。
 オボーリエはそこで救済措置ライフラインの一つ、「ヒフテヒフテ」も使いました。
 これを使うと、4択のうち外れ2つが自動的に消え、残り2択になります。

 このヒフテヒフテの救済措置ライフライン第1段階ワカシでしか利用できないため、迷わず利用しました。
 あとは勘です。




『第100問
 2人で鳴らすと幸福が訪れると言われる
  恋人岬の「恋人たちの鐘」
 1人で鳴らすとどうなる?

 A. 近いうちに恋人ができる
 B. 今後決して幸せになれない
 C. 嫉妬の悪魔が召喚される
 D. 何もないけど白い目で見られる』

 これはオボーリエにとってサービス問題でした。去年の職場旅行がちょうどサンマ・ノマンマ国だったのです。
 恋と空騒ぎの神サンマンマ様を祭る国で、有名な恋人岬も観光コースに含まれていました。

「Aであって欲しかったけど、違った。Bは絶対違う、よね。違うよね。Cはないわ。消去法でDね」

『D. 何もないけど白い目で見られる
 ファイナルアンサー?』

「ファイナルアンサー……」

『…………………………』

「…………………………」

『…………………………』

「…………え、正解でしょ?」

『…………………………』

「まさかBじゃないよね、だってそれなら皆もっと必死に止めてくれたっていいじゃない。いや一応軽く止められはしたけど、だってそんなこと誰も言わないし、どこにも書いてないし、知らないしそんなの、サンマンマ様ってオフでも騒がしいけどファンには優しいって聞いてるし――」

『…………………………』

「ねぇ溜めが長いよお願いダメならダメで早く答え教え――」

『正解!』

「良かったぁ…………」

 オボーリエはその場に座り込みました
 今のが第1段階ワカシ最後の問題。
 結果だけを見れば、三週間という驚異の早さで突破したのです。
 新人女王としてはまさに快挙でありました。




 冬も残すところあと1ヶ月。

「宰相、冬の女王の様子はどうかな」
「はっ、2ヶ月で第3段階ワラサを突破し、最終段階ブリに入ったところです。救済措置ライフラインも計画的に使いきりました」

 王様はひとまずホッとしました。
 でも、最終段階は一筋縄ではいかないことを、王様はよく知っています。
 宰相もまだ不安そうな顔を浮かべています。

「……進みはどうだね」
「やはり、最終段階ブリは格別に難しいようです」



 季節と謎解きの塔では、オボーリエが頭を抱えていました。
 控え室で食事を取り、ベッドに潜り込みましたが、一向に休めそうな気がしません。

 彼女は控え室から繋がる扉を見ました。

最終段階ブリの扉

 出題数:30題
 解答形式:自由入力
 誤答ペナルティ:なし
 救済措置ライフライン:利用不可』

 最終段階では救済措置ライフラインを利用できないため、第3段階までにライフラインは使いきっています。
 ただ、最終段階は誤答ペナルティもないため、オボーリエは正直少し嘗めてかかっていました。

 オボーリエは現在、最終段階ブリの第3問で、三日ほど立ち往生しています。


「どういうことよ……論理が破綻しているじゃない……」

 ぼやきながら頭を掻きました。
 答えは全く浮かんできません。

 オボーリエは第1問、第2問を思い出します。

『第1問
  A × 2 = 12
 Aに入る数字を入力せよ』

 これは6を入力して一発でした。
 そして、すぐに第2問に移ります。

『第2問
  A × 2 + B × 3 = 23
  A × 5 + B × 7 = 55
  A + B = C
 Cに入る数字を入力せよ』

 これも少し考えれば分かる問題でした。
 上の二行から連立方程式でAとBを出しても良いですし、うまくやればいきなりCを計算することもできます。
 才女オボーリエにとっては基礎も基礎です。

 問題はその次でした。

『第3問
  A = B
  A ≠ B
 A、Bに何が入るか答えよ』

 オボーリエの頭は真っ白になりました。
 全く答えが浮かばないのです。



 いつの間にか眠っていたのでしょう。
 オボーリエは夢を見ていました。

 それは、遠い記憶。
 彼女が高等学校に通っていた時のものです。

『オボちゃん、どうしたの?』
『前に告白してくれた、返事をしようと思って』
『あー……1年前のやつ?』
『……う、うん』

 告白されて舞い上がって、返事をしないまま1年が過ぎていました。
 なんだか彼が最近冷たくなった気がして、不安になったオボーリエは返事をすることにしたのです。

 普通に考えれば手遅れなのですが、オボーリエはそのあたりの感覚が全く分かっていませんでした。

『ごめん、僕もう恋人いるから』
『え?』
『もったいぶって、付かず離れずの駆け引きごっことかさ……そういうのホント汚い。チヤホヤされたいだけなんだろ? 都合のいいときだけ恋人ですみたいな顔して奢らせといて、何もさせてくれないし……僕はお前の都合のいい玩具じゃないんだよ』

 オボーリエにはそんなつもりはありませんでした。
 ただ彼を「自分を好いて尻尾を振ってくる可愛い奴」くらいに思って、彼が尽くすのを受け入れていただけなのです。
 まさにそれが男から見たときには汚いメスでしかないのですが、オボーリエがそれに気付くことはありませんでした。

『ちょっと待って――』
『じゃあな』

 去っていく彼の背中。逃してしまった大魚。
 沸き上がる感情を振り払おうと、勉強に打ち込みました。
 そしてそれが、オボーリエに好意を抱く男が現れた、最初で最後の記憶になってしまったのです。



「ん、んん」

 ベッドの上で軽く背伸びをします。
 昔の夢を見て、あの後慰めてくれた女友達の言葉を思い出しました。
 そして――

「第3問、行けるかも」

 オボーリエの目は再びギラギラと輝き始めす。
 パンを頬張りながら、最終段階ブリの扉を開きました。



『第3問
  A = B
  A ≠ B
 A、Bに何が入るか答えよ』

 オボーリエは設問の前でキーボードをカタカタと打ちます。
 そしてボソボソと呟きました。

「第1問、第2問はこの問題のための布石だったのね」

 オボーリエは、問題文が少し違うことに気づいていました。
 第1問、第2問は「数字を入力せよ」とあったのに、第3問は「何が入るか答えよ」という文だったのです。
 これは答えに数字でない文字を使っていい、ということでした。

「アルナに感謝しなきゃ……」

 ヒントになったのは女友達の言葉でした。
 彼女は自分勝手な失恋をして落ち込んでいたオボーリエに言ったのです。

『人類の半分は男なんだから、またチャンスはあるよ』

 もっとも、チャンスをことごとく逃したから今のオボーリエがあるのですが、それはまた別の話としましょう。


「これでいける、はず」

 オボーリエの入力した回答欄は次の通りでした。

『回答
  人類の半分=男
  人類の半分≠男』

 ターン。
 オボーリエは決定キーを小指で力強く押しました。

『正解』
「よっしゃ!」

 初めて最終段階ブリに到達した女王の多くは、この辺りで躓きます。
 それは単純に1問ずつの問題だけでなく、問題の繋がりで思考を誘導されていることに気がつかないからです。
 今回も、答えを数字だと思い込んでいたら突破できなかったことでしょう。

「きたきたきた、絶対結婚す――じゃなかった、踏破するぞ!」

 オボーリエは最終段階ブリの洗礼を4日で乗り切りました。
 残り26日間で、27問。
 へこたれている時間はありません。




 冬の終わる一週間前。
 お城では王さまが嬉しそうな顔をしていました。

「宰相、もう一度報告を」
「はっ。冬の女王のチャレンジは、残すところあと3問です」
「これは期待できるな」
「ふむ……ですが、最終段階ブリは癖のある問題が多いのです」
「ははは、そう言いながらここまで破竹の勢いで突破してきたじゃないか」
「そうなんですがね……」

 宰相はやはり、心配そうな顔で「季節と謎解きの塔」を眺めました。




 冬も残すところ1日。
 オボーリエは最終問題の前に立っていました。
 そして、勝利を確信しました。

『第30問(最終)
  口=3
  目=4
  鼻=9
  耳=?
 ?に入る数字を入力せよ』

「これは楽勝きた!」

 オボーリエは鼻息を荒げました。
 正直、答えが分かっているわけではありません。
 ただ、問題文の末尾が「数字を入力せよ」だったのです。


 例えば、次のような問題がありました。

『第21問
  8 + 6 + 1 = 3
  9 + 2 + 7 = 1
  6 + 0 + 8 = ?
 ?に入る数字を入力せよ』

 これに対してオボーリエの解法は簡単でした。
 何も考えず、1から順番に試したのです。

「1……だめね。2……だめ。3……もだめ。4……よし正解!」

 どうして正解か分からなくても、数字を入力する問題なら順番に入れていくだけで突破できるのです。
 何せこのステージで誤答ペナルティはありません。
 数問をこのパターンで解いてきたオボーリエは、最終問題もこの解法で行けると確信していました。

 それが神による思考誘導だとも気づかずに。



 冬が終わり、3日が過ぎました。

「宰相、冬の女王は出てこぬのか」
「どうも正解できぬまま時ばかりが過ぎているようです」
「ふむ……」

 王様は悩みます。
 冬の3ヶ月は過ぎ去り、オボーリエの「女神の腕輪」は既に謎解き失敗ドロップアウト機能が使えるようになっていました。
 つまり、オボーリエが望めばいつでも離脱できる状態です。

 しかし、せっかく最終問題まで来たのです。
 今ドロップアウトすれば、成績は第3段階ワラサ止まり。
 王国は税金を上げる必要が出てきて、庶民からも貴族からも反発は大きくなることでしょう。

「もう少しだけ頑張ってもらおう」

 王様の決断に、宰相は頷きます。
 そして、通話の魔道具で冬の女王に連絡しました。





「あ、宰相さんですか……はい……はい……いえ、もう少しなのです。お願いです。あと1週間、いえ、3日ください。そんな……嫌です! 私、絶対結こ……絶対踏破しますから!!!」

 冬が終わって3日が過ぎ、1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎても、オボーリエは最終問題の前に立ち続けました。

 カタカタカタ、ターン。
 カタカタカタ、ターン。
 カタカタカタ、ターン。

 オボーリエがキーボードを叩く音だけが部屋に響きます。

 カタカタカタ、ターン。

「だめね、1から99999まで何度試しても……抜け漏れじゃないみたい」

 食料も底を尽きてきました。
 オボーリエはぼぅっとする頭のまま、キーボードを叩き続けます。

「100000 100001 100002 100003……」

 通信魔道具は鳴り続けていました。
 王様も、宰相も、必死になってオボーリエを止めようとしてきます。

『世界中で冬の蓄えが底を尽きそうなんです』
『各国からのクレームに耐えきれん』
『増税程度とは比べ物にならない被害が各所で起きてます』
『よく頑張った、罰したりなどせぬから帰って参れ』

「100010 100011 100012 100013……」

 所長や友人、昔の知人も片っ端から呼ばれて説得にあたっていました。

『オボちゃーん、研究所に帰ってきてん』
『オボ、どうしちゃったの!?』
『オボちゃん、僕の嫁さんが産気付いてるんだ、頼む冬を止めてくれ』
『オボちゃん、もうすぐ私の結婚式なのに……出席してくれるって言ってたよね』

「100025 100026 100027……チッ」

 オボーリエは通信端末を壁に投げつけました。




『はぁ……僕の負けだ』

 オボーリエの前に、光輝く一人の男性が現れました。
 不思議と心の中に響いてくる声に、オボーリエは正気に引き戻されました。

「も……もしかして……シーズシーク様……」
『そうさ』

 オボーリエは自分がやってしまったことを思い出し、顔を真っ青にしました。
 冬を勝手に1ヶ月も伸ばしてしまったのです。
 何か罰を与えられて仕方のない状況でした。

『分かってるならいい。まあ、謎解きに夢中になると時間を忘れたりするものだからね……』

 シーズシーク様はオボーリエの頭をポンポンと叩きました。
 オボーリエは涙をポロポロ流します。

「ごべんだざい、あだじ、どうじでぼ、げっごんしだぐで」
『あはは、少し落ち着いてください』
「げっごんじでぐだざい」
『落ち着け』
「あい」

 オボーリエはシーズシーク様にちり紙をもらうと、鼻水をチーンとかみました。
 シーズシーク様は苦笑いでそれを眺めます。

「こんなに優しくしてもらったの、初めてです」
『そうかい?』
「あの、私と結婚――」
『君に紹介したい人がいるんだ』

 シーズシーク様の後ろから、綺麗な女神が現れました。
 キラキラと輝く金髪、出るところの出たプロポーション。
 漂う微かな甘い香りとともに、オボーリエから出るオーラが一気にドス黒くなりました。

「いい男は大体彼女持ちかよ……」
『初めまして、結婚と幸福の女神、オモイゼクシィです』
「っ! こ、ここここれは失礼を!!!」

 オボーリエは土下座を通り越して土下寝する勢いでオモイゼクシィ様に敬意を表しました。
 神様二人は引いています。
 ドン引きでした。

『ねぇシーズシーク、本当にやらなきゃだめ?』
『超会議で決まったろう……』
『うぅ……分かったわ……』

 神様が何やらよくわからない会話をしているうちに、オボーリエは再起動していました。

 いつの間に着替えたのか、あざとい程の白いワンピース。
 おしゃれなテーブルとティーセットを用意して、ホカホカの紅茶をティーカップに注ぎます。

「あら、神様がた、お座りになって?」
『いや、のんびりもしていられないのさ。冬を終わらせなければな』

 シーズシーク様が手を振ると、オボーリエは塔の外に転移していました。



 オボーリエは膝から崩れ落ちました。

「結婚したかった……」

 肩を震わせるオボーリエに、そっと寄り添う影が一つありました。
 結婚と幸福の女神、オモイゼクシィ様です。

『もう少しで謎解きの塔を踏破するところだったんだもの。願いを叶えることはできないけれど、私があなたに祝福をあげましょう』
「祝福?」
『そう、祝福。あなたが結婚しやすいように、少しだけ運命を弄るような、そんな祝福』
「……効果、あるんですか」
『うふふ、そこは任せておいて』

 オモイゼクシィ様は穏やかに笑いました。






 数年後。

 相変わらず、国の中心にある「季節と謎解きの塔」には、三ヶ月ごとに「四季の女王様」が滞在することになっていました。
 春・夏・秋・冬の女王様が滞在している間、世界はその女王様の季節に包まれるのです。

 シーズシーク様は、年々謎解きの難易度を上げていきます。
 まるで何かから逃げるように。
 冬の女王様以外は、そのレベルに付いてこれなくなりつつありました。

「くひひ、あと1問で結婚、シーズシーク様と結婚」
『悪化してる……』

 オボーリエがその後結婚できたのか。
 お相手はやっぱりシーズシーク様だったのか。
 そのあたりは今度、結婚と幸福の女神・オモイゼクシィ様あたりに聞いてみてください。

 きっとオモイゼクシィ様の愉快な茶飲み友達について、苦笑い混じりにいろいろと教えてくれることでしょう。

コメント

コメントを書く

「童話」の人気作品

書籍化作品