御曹司の召使はかく語りき

ノベルバユーザー172401

12 振り回される、夏休み



夏休み、ということで透哉様は暇を持て余しているらしい。この、綺麗に晴れて気温もぐんぐん上昇している真夏日の今日に限って。
大学生の夏休みは長い。しかして、使用人に夏休みはない。私たちはつつがなく主たちの生活をサポートするのがお仕事です。夏休み、なんてものは小学校の時、私がまだあたしだったころの記憶だ。対して思い入れもない。

透哉様は、いつもはご学友との遊びや家の関係での雑務、課題などでそれなりに忙しいにも拘らず、今日はそういったものはすべてなく完全なる休日だそうで。夏休みの醍醐味であるごろ寝うたた寝だらだらする、という日々を送ってはいかがかとそれとなく伝えてみたものの、そういったことが出来ない主(これはもう家柄というより性格だと思う。家柄がいい癖にこの主は寝汚いし)は、私を連れて大学生らしいことをすると決めたらしい。
――誤解のないように言っておくと、決めたのは主で、乗ったのは昴様で、私の意思は全く持ってこれっぽっちも塵の一欠けらさえ含まれていないのである。

「ナギちゃん、水着持ってる?え、買ってない?ちょっと透哉、何してるわけ。ええとコレとコレとソレと…あとこの辺。うん、それ全部新品だから好きなの選んでいいよ。海だからね、そんな暑い格好じゃ楽しめないでしょ」
「……………」

昴様がノリノリでやってきたと思ったら、今日の私の一日は確定していた。
楽しそうに準備を進める主と昴様。楽しそうなのはいいのだが、私が行くことも決まっているというのが解せない。ついでに言えばビーチボールまで用意しているけれど、それはもっと人数がいないとつまらないのではという言葉を飲み込む。
本日の予定は、プライベートビーチで海を楽しむ、だそうだ。休みごとにテーマをつけるなんてさすが御曹司、考えることが庶民とは違う。ちなみに庶民の私には考えられない。なぜこの暑い日に海に行かねばならないのか、そしてどうして昴様は新品の水着を何着も持ってきているのか、時に人は突っ込みを諦めなければならない時がある。それが今だ。
私は何も言わずに言われるがままに透哉様が浮き輪を膨らませるのを手伝っていた。シュコシュコと間抜けな音がするが、主が楽しそうなので良し。
だがひとつ引っかかるのは。星城のプライベートビーチに日帰りで帰ってくることが出来るのか、という点だ。

「右から二つ目」
「………お言葉ですが、派手です」
「ならその隣」
「………ワンピースタイプじゃないとやです」
「別にテレビに出ろと言ってるわけじゃない、お前に似合っていれば構わんだろうが」

だから、どうして、そういう発想になるのか、という言葉を飲み込んで私は透哉様が指さした二つの水着をメイド服の上から体に当ててみる。そもそも問題は、ルックスにおいて100点満点な二人に挟まれることへの尻込みである。断じて最近少しお腹周りがふわっとしたとかじゃないのだ。主がむにむにと私の脇をつまんでくる手を叩き落とした。これはセクハラです。

私的に言えば、昴様がしまおうとしている紺色に白の水玉模様のワンピースタイプが良い。カルピスを思い出して久しぶりに飲みたくなってしまった。自分で好きな濃度にできるのがいいところ、というのは置いておいて。その水着の裾はフリルになっていて清楚で可愛らしい。
今手元にあるものは、黒のホルターネックタイプのビキニ。これはこれで胸元も可愛いが、需要はどこにあるのかという点において議論したい。需要はない。
あと一つは、パレオ。エスニックな感じが可愛らしい。色はブルーで、どちらかと言えばこちらを選ぶしかない。渋々指さされたパレオを取れば、あからさまに透哉様がむっとした。

「こちらもお選びになったじゃないですか」
「うわあ、透哉ってばそういうの着せたいのー?」
「お前が持ってきたんだろうが」

茶化す昴様にビーチボールを投げつける主。とりあえずこれに決定してついでにとパーカーを渡された。日焼け防止だそうで。

「ありがとうございます」
「着替えを忘れるなよ。支度をして来い」
「ところで、どちらの海に行かれるのです?」
「ああ、沖縄だ」

おきなわ。はあ、そうですか。沖縄に。
思わずぽかんとしてそして今度こそ私は水着を放り投げた。一日で帰ってこれるわけないじゃないか!一週間お泊りコースだこれは!
しまった言ってなかった、と舌を出している主と美味しい食べ物いっぱいあるから一緒に行こう、ね?となだめすかしてくる昴様を、私は睨みつける。これはきっと涙目になっているはず。目頭が熱い。

「そんな、ひどいです…!私、藤賀様が明後日スイーツバイキングに連れて行っていただく予定だったんですよ?!透哉様にもお伝えしていたじゃないですか!横暴です…!」
「悪かった、バイキングならいつでも連れて行ってやるから」
「明後日が最後なんです!私が食べたい夏限定のアイスケーキは!食べたかったんです…!ずっと楽しみにしていたのに!このためにおやつ断ちをちょっとしてたのに……っ、透哉様の、透哉様のいけず!」

罵倒が出てこない私の頭を誉めてほしい。そして予定がなくなって子供みたいに主の前で声を荒げてしまう冷静さにかけた私を誰か怒ってほしい。失態だ。失言のオンパレードだ。くびを斬られても仕様がない体たらくだ。
こんなの使用人失格じゃないか、自分の気持ちのコントロールすらできない子供な私の中身が憎たらしくて不甲斐なかった。けれど出してしまったものはもうなかったことにできず、そして私は主の私室で公の場ではないとはいえ、ご友人の前で主に恥をかかせた形になってしまっている。
言っている傍から、じわじわ目頭が熱くなって滲み始めた視界を瞬きで飛ばす。

「悪かった、そこまで楽しみにしていたとは思わなかったんだ。ちゃんと連れて行ってやる、アイスケーキも食べたかった物はつくってやる。だから一緒に来てくれないか?ナギ、良い子だから」
「………」
「お前には夏休みがないから、少しでも遊ばせてやりたかったんだ。藤賀との約束の日時も失念してた、悪い」

ぽすん、と肩を引き寄せられて頭を抱き込まれ撫でられる。耳元で落ち着いた声が聞こえてぐす、とすすった鼻が透哉様の香水の匂いを吸い込んだ。
こうして謝ってくるのが、悪い。本当だったら私は捨てられてもおかしくない程の事をしたのだ。この方は、私が気軽に不機嫌をぶつけて良い相手などではない。
そういうので騙されるほど乙女じゃないです、と憎まれ口を頭の中で叩いた。知ってる、毎回こうして連れていくのは自分の気分転換のためでもあるけれど、全部この屋敷の中で世界が完結してしまう私に色々なものを見せるためだという事、透哉様が好きなものを同じように好きになってほしいと連れ出してくれていること。…たまに、今日の様に裏目に出るけれど。
小学生だった私の世界はここでずっと大きくなった。それでも、世界はまだまだ広いことも、大きいことも知っている。だから少しでもそれに触れさせたいと透哉様が思っていることも。私を使用人としながらもどこか甘やかしてくれていることも。
――本当は、こうして癇癪を起してしまう召使を罰せなければならない立場の透哉様は、身内にやたらめったら甘いのでこうしてまるで妹に言い聞かせるみたいになだめすかしてくるのだ。私は妹じゃないのに、ただの召使には過ぎた行いなのに。

「…私こそ、申し訳ありません。言葉が過ぎました」
「藤賀には俺から言っておく。お前、イルカに触りたいと言ってただろう、触れるぞ。あとパンケーキも食べられるし、フルーツだってある」
「そうそう、海の幸だって美味しいよ?ナギちゃんもいればきっとすっごく楽しくなる。どうせなら藤賀くんも一緒に行けばいいんだよ、ね?」

二人して私を食べ物で釣ろうとするのはやめてほしい。こんな風に、甘い声を出すのも。心地よさに寄ってしまいそうになる。いつも引かなければと思っている距離が縮んでいく。

「お前が癇癪を起すなんて、はじめてだな」
「…どうして少し嬉しそうなんです…!」

かあ、と赤くなる顔を誤魔化すように慌てて主から離れる。
手の甲で目元をぐいと拭うと、座り込んだまま姿勢を正す。離れたせいで遠くなった透哉様の手が、私の気持ちを落ち着けた。

「取り乱して申し訳ありませんでした」
「いや?なかなか面白いものを見れた。そうだな、まあ、使用人としては減点だ。罰として一週間着いて来い。ここじゃみられないものを見せてやる。楽しめよ?」

それは、罰でも何でもない、というのは野暮というもので。
私は自然とうかんだ笑みを顔に乗せたまま御意、と胸に手を当てて頭を下げた。
透哉様が満足そうに私の頭に手を乗せて揺さぶり、そして昴様が犬を撫でまわすように頭をぐしゃぐしゃにするのも、今日は甘んじて受け入れた。


「はあああ?!!行くけど!行くけども!兄さん俺の楽しみ潰すのホントやめてくれるかな?!!ナギが嬉しそうなのがヤだったんだろ、知ってるからな!大人になれよ兄貴!俺だって、俺だってアイスケーキもナギと行くのもすっごい楽しみにしてたんだからな!!」
「……お前もか…」
「透哉、お前ちょっとそこに座ろうか?思いつきで何かするのもいい加減にしなさい」
「………だから、悪かったと…」

そのあと透哉様が、藤賀様に涙目でなじられ、東輝様にいい笑顔でお説教されるのを部屋の片隅で昴様と縮こまって準備を進めながら見ることになったのである。
――ついでに、藤賀様の参加が決まり、東輝様も隙を見て参加するとのことで、なんだかんだ星城3兄弟は仲良しである。何よりです。







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